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イスタンブルで暮らしている。 お仕事する。
ご飯食べる。
うろうろする。
時々むかつく。
でも、結構幸せ。

2007年12月7日 (金) 心機一転
日記を移動しました。
ブックマークしてくださっている方、

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/ayumi_istanbul

のほうに、よろしくお願いします。

さあ、しっかりやんなくちゃ!



2007年7月21日 (土) ありがとうございました。

母が、7月14日に他界しました。
宣告から2年8ヶ月、本当にすごく頑張ってくれました。

海外に出てしまったので、こういうときは間に合わないな、と覚悟していたけれど、知らせを受けたその日に飛行機に飛び乗り、その間持ち直した母の横に、最後は9日間居ることができました。

実は、母は去年一度心肺停止していて、そのとき覚悟はできてると思っていたのだけれど、そんなことは全然できてなかったです、やっぱり。

日本から、トルコから、たくさんの方に励ましていただき、とても励みになりました。
どうもありがとうございました。

無事葬儀も終わり、今は日本で母の遺品整理などしながらのんびりしています。

この3年近く、セーブしていたお仕事を、落ち着いたら少しづつ再開して、母が喜ぶように頑張っていこうと思っています。

これからもよろしくお願いします。



2007年4月2日 (月) あー疲れた。

二年にいっぺんやってくる就労許可の手続き。これがまた長いんだ。
一応人前に出るお仕事なので、税金の監査なんかも厳しい。
この前はなんと、就労許可も滞在許可もないまま映画に出るわ半裸で雑誌に出まくるわのウクライナ美女が国外退去にされていた。その前はビキニショーでまくりのイタリア美女が同時になぜかスカーフショーにも出た挙句、売り出し作戦の一環なのか「イスラームになってもいいかもぉ♪」とか言ったせいで保守女性議員の怒りを買い、その議員さんの指示で監査が入り、脱税&就労許可なしが発覚して国外退去。マヌケなニュースだったので、ちょっと笑った記憶あり。
て言うか、みんなすごい度胸だな。確か働かせたほうにも4000ドル近い罰金がある。しかもウクライナの人は、どうやって入ったのか、舞い戻ってきてイヴェントに出てるところを会場から連行されてそのまま再び送り返されていた。懲りないなぁ。

外国人で、テレビコマーシャルに出たりステージに上がってるミュージシャンの人たちなんかがたくさん居るわけだけれど、芸能活動できる就労ビザ持ってる人は非常に少ないはず。私の知ってる限りでは、国立バレエの人とか。
基本的に、建築関係で就労するなら建築科の、教育関係なら教育学部の、バレリーナやオペラ歌手ならコンセルヴァトワールという風に、大学の卒業証明が求められるのだ。で、さらに税金ちゃんと払ってますの証明、保険払い漏れなしの証明、所属機関がつぶれなそうな証明、などなど、そりゃあもう山のように書類を提示しないとならない。

んで、その書類が通って、お金払って就労許可下りると、今度はそれ持ってガイジン警察行って、滞在許可証の申請。これは書類に不備さえなければ一日ですむから比較的気が軽い。

個人事業主であるということを加味しても、いや〜〜長かったわ。2ヶ月くらいかかったかな。たぶん大きい組織に所属してると比較的簡単なはず。大学なんかの教育機関とか、日本企業とか。ちょっと羨ましい。
でもこれでまた安心して働けるし、行きたいときに日本に行って帰ってくることもできる。
やれやれ。

ちなみに全然関係ない話だけれど、トルコのテレビでは「ガン克服」の話題がよく取り上げられる。手術しました、一ヶ月経ちました、完治しました!みたいなのを見ると、そんな簡単なもんじゃないだろう! と画面に怒ってしまう。
ガンを恐れないで、といいたい気持ちはわかるんだけれど、身内に闘病中の人が居る身としては、「そんな楽観的でいいのか」と思ってしまう。いつ再発するかわからないのに。寛解って何か、とか、再発リスクのこととか、それに対してすべき検査や生活改善や、そこらへんちゃんと啓蒙するのがテレビでしょうが、と。

私の母は、胆管にステントが入り、抗がん剤を13クールもし、20キロ以上痩せ、一度心肺停止をし、復活し、抗がん剤をやめ、さらに十二指腸にステントが入り、腹水がたまっている。
でも、たまに電話で話すこともできる。
「あんたの仕事はあるときしないといけない職業だから」と帰ってきてとは決して言わない。
「一度拾った命だから大切にしないと」とベッドの中で微笑む。
トルコのテレビでよく言う「奇跡の完治」を願うほど楽観的にはなれないけれど、でも、お正月も越せたし、桜も見ることもできた。
次は6月の母の誕生日だ。
劇団のシーズンがおわるまでに、頑張ってテレビのほうもストック撮んなきゃ。



2007年3月9日 (金) 自分のための日。

時々「嫁がほしくなる」病がやってくる。
おうちに帰ったら、あったかいご飯とお味噌汁ができてたらいいなあ、とか。(これはうちに来てくれるおばちゃんにも友人にも無理な芸当なので自分がやるしかないところが悲しい)
子供は産むのははやるけど、このペースじゃ一人じゃきつすぎるから、育てるの手伝ってくれないかなあ、とか。

そういうのって、母親が健在な場合は任せてる友人がほとんど。特に働いてたりすると。
正直、うらやましい。
私には無理なことだし、もう。

で、出産した友人に、「あなたにもこの喜びをぜひ味わってもらいたい」とか言われたり。

無理っす。
味わいたいけど、いろいろ、状況的にね。

そんな愚痴が出る自分がちょっといやになってきたし、ちょっと体力的にも疲れたので今日はお休み。
仕事がオフだからと張り切って入れた美容院の予約も、ダンスのレッスンも、みんなみんなキャンセルして、おうちでお昼寝した。
やっぱりたまには休まないとね。

今、舞台のほかに、トルコで暮らす外国人の暮らしを紹介する番組をやっているのだけれど、本当に多彩な人が居て、とっても勉強になる。
基本的に、「手に職がある人」「トルコで暮らすことを自分で選択した人(配偶者の転勤とかじゃない)」「トルコ語が流暢な人」「デスクワークオンリーじゃない人」「わかりやすい実績がある人」がゲストの望ましい条件なので、みんなバイタリティもあるし、ポジティヴな人が多い。
日本人の方もぜひ紹介したいのだけれど、なかなかリサーチに引っかからない。企業関係の方が多いし、フリーの方が少ないのかなぁ、やっぱ。
ちなみに、これまでのゲストの方の職種は、ミュージシャン、写真家、女性援護活動家でショップ経営者、スポーツ選手、ダンサー、などなど。
ここはトルコ在住の日本人の方も読んでくださってるようなので、面白い方が居たらご一報ください。

ちなみに、ナレーション原稿も、ナレーションも、果ては粗編集も自分でやっているのだけれど、こんなに体力使うとは思わなかったわ。でもトルコ語で書くのも面白いし、とても勉強させてもらっています。

さて、明日からまたせっせと働くか。




2006年11月20日 (月) 手羽先を堪能。

とりあえず、特に日記に書く事件もないまま日々が過ぎて、それはそれで幸せ。
舞台のお稽古、ダンス、来月から始まるお仕事の打ち合わせ、毎日のご飯作り、ちょっと計画中のことの準備、それで日々が過ぎてゆく。
来月から始まるお仕事は、もう5ヶ月も前から準備が進んでいる。新しいテレビ局が開局するのだ。放送免許が日本に比べたら格段に簡単に取れるらしいトルコ、新しい局はバンバン開局されるのだが、その後ほどなくフェードアウトしたり、パトロンが代わったり、もうめまぐるしくて追いついていけない。でも、準備期間からずっと見てきている局だから、うまく波に乗ってほしい。
私もそこで番組を一つ持たせていただくことになっている。私的な事情とかでずっとためらっていたお話だけれど、建設中のビルでお話をして帰る車の中で、大きな虹を見てしまったのだ。トルコに来てから、もしかして初めて見る虹かも。
その幸運を信じて、引き受けることにした。
がんばらねば。

トルコ人はバーベキュー好きだ。家の中でもバーベキューしたい人のためか、「電導コイル式網焼き器」なるものが売られている。煙も出ないし、オーブンほど時間もかからない優れもの。友人の家で見て惹かれていたのだけれど、今日はこれをなんと、道端で発見。25ミリオンでお買い上げした。
で、早速鶏の手羽先を焼いて夜ご飯。にゃんこもわたしも満足。明日はさばの塩焼きをもくろんでいるのだ。楽しみ楽しみ。



2006年11月8日 (水) さて。

戻ってきてから約一週間。
日本(神奈川県)は結構暖かかったので、いきなりの雪にびっくり。ダウンジャケットはやりすぎかしら、と思ったけれど、結構着ている人も居たので、雪が降った日は出して着た。カゼ引いたらかなわないもんね。早速友人の舞台を鑑賞しに出かけたり、割と忙しかった。演劇シーズンが始まったので、友人たちがそれぞれ新しい作品に出ている。今年はいっぱい見て回ることになりそう。私も、再来週から再び国立劇団の舞台がスタートするので、戻ってきたのだ。みんなに久々に会うので楽しみ。
で、戻ってきたことを聞いた人たちからぼちぼち連絡が入ってきた。
今日は某ファッション誌で、「トルコに住む外国人特集」の撮影。作家、料理人、レストランコーディネイター、モデル、役者、という面子。共通語はトルコ語、英語。久々に会った人も居て楽しかった。モデルちゃんは二人ともロシア人だったんだけど、彼女たちはほんとトルコ語覚えるの早いよね。でも美しすぎてちょっと冷たい感じだった。撮影中も私語一切なし。彼女たちの間でも、ロシア語での会話も一切なし。美しい分怖かったよ。その分コックさんと、お料理の話なんかして盛り上がって楽しかったのでよかった。
それから友人の記者とお茶飲んだついでに、某コメディアンのインタビューに同行。彼も知人で、大量に共通の友人が居るので、久々にあえてよかった。
そこから再び始まったダンスのお稽古に行って、今日はおしまい。
今年も始まったなぁ。演劇シーズンが始まると、今年も始まったなあ、って感じがする。暦的にはもうすぐ終わるんだけどさ。
さて、気を入れ替えてがんばんないとね。

母のことで、本当にたくさんの方からメッセージやメールをいただきました。
ページ開設当時の懐かしい方たちから、トルコでがんばっていらっしゃる日本の方たちまで、温かいお言葉ありがとうございます。とても励みになりました。
時間はかかるかもしれませんが、皆さんにお返事を書ければいいなと思っています。
皆さんどうもありがとう!



2006年10月20日 (金) 最近、これに弱いんだ。

掲示板に一言、『母ががんで闘病中です』と書いたら、少しすっきりした。
誰かに言ったら、なんだか急にいっぱい心配されちゃいそうで、そうしたら、「ああ、大変なことなんだなあ」と再認識してしまいそうで、この一年半書けなかったのだ。それに、家族が遠くに居て病気の人だってたくさん居るしね。私だけじゃない。

ということで、最近拘束の長いドラマなんかはやめて、仕事もセーブして、しょっちゅう帰っているわけなのだけれど、この帰国の飛行機は、とてもつらい。毎回、「間に合わないかも」と日本に向かうのも、「もうこれが最後かも」とトルコに帰るのも、もう何度目かわからないけれど。
そして母が病気になってから、私はお年よりカップルにとても弱くなってしまったのだ。夏休みに行った先で見た、海水浴をするヨーロッパの老夫婦や、イスタンブルの街角でよく見かける、胸や帽子に旅行社のバッジをつけて、連れ立って歩いている日本のご夫妻を見ると、とたんに泣けてきてしまう。私の両親も、元気ならこうして旅行してたのに、病気じゃなければこうやって笑ってたのに、と、詮無いこととはわかっていても泣けてきちゃうのだ。
だから、今回の帰国でも、日本からのツアー客の人たちに囲まれて、泣かないように、飛行機で泣いたらみっともないぞ、とがんばっていた。そこにひとりのトルコ人のおじさんが話しかけてきた。同行の奥様が私のお料理番組を熱心に見ていてくださったそうで、飛行機に乗るときに私を発見したらしい。彼らは、入国カードの記入の仕方を尋ねてきたのだ。そして、カードの記入を終えると、おじさんは、とてもうれしそうに、「嫁があなたのように日本人なんです。孫が生まれてねぇ」と、席に戻ると息子さん夫婦と生まれたばかりの赤ちゃんの写真を持ってきてくれた。お孫さんに会うために、初めて日本まで行くというそのご夫妻は、とても嬉しそうで、私も話を聞いているとつられてニコニコしてしまう。気が張っていたその飛行機の旅で、彼らのおかげで、初めてちょっと気分がよくなった。
でもその人が席に戻った後、私はやっぱりちょっと泣いてしまったよ。
私は結婚の予定すらないし、もう母は、孫に会うためにああいう笑顔で飛行機に乗れないだろうなぁ、とか。トルコに来てから9年間、とにかく自分の好きな仕事で、自分の稼ぎで暮らせるように、そればかり考えてきたけれど、それは正しかったのかな、とか。
毎回同じことなのだけれど、こりもせずにまた考えて泣くのだ。でも、5分くらいね。みっともないしさ。

あのご夫婦、孫といっぱい遊べたかな。お嫁さんと、楽しい時間をすごせたかな。帰りの飛行機は、ちょっと寂しいかな。でも次は、きっと息子さんご夫婦が飛行機に乗ってやってくるよね。はじめてトルコを見る、赤ちゃんを連れて。
飛行機に乗る人たちが、いつも幸せな気持ちでいられたらたらいいとおもう。
私はもうすぐトルコに帰る飛行機に乗るけれど、待ってる仕事もあるし、お友達も居るし、にゃんこだっている。かえったらまた、がんばらないとね。
いつも面白い、と日記を読んでくださってる方、暗い話題でごめんね。



2006年7月1日 (土) 久々に。

我が家で夕食をすることになった。仲良しのBちゃんには4ヶ月の赤ちゃんがいるので、レストランに行けないのだ。で、最近は持ち回りでおうちでディナーになることが多い。今日は友人カップル2組+友人+私の6人。辛い物好きのヨルダン人、お魚好きなイズミル人、中華大好きなイスタンブルっ子夫婦、食にかたくなな黒海人、何でも食べる私日本人と、バラバラな構成。うーむと考えた挙句にできたメニューはなんだかまとまりのないものになってしまった。

ヴィシソワーズ ←自分が食べたかった
サラダ ←ソースを和洋中各種置くのでおのおの好きにやってくれ
春巻き(作り置きを揚げただけ)←イスタンブル夫婦用
キョペオウル(昨日作っといた)←黒海人用
鯛のムニエルレモンソース ←イズミル人用
鶏肉としいたけとセロリの塩炒め ←イスタンブル夫婦用
辛口チンジャオロース ←ヨルダン人用
カレーピラフ レーズン入り ←ヨルダン人用
パン ←トルコ人全員用

デザートは、果物とリキュール、ケーキ。

なぜか私のうちでは必ず和食が出てくると期待している人が多いので、非常にやりにくい。本気で和食出したら味が薄いとか言って食べないくせに。冷奴と冷麦でお茶を濁せるものならそうしたいよ。
でも久々のディナーなので準備もとても楽しい。あまり手の込んでないものばかりにしたので、気分もらくだ。
さーて、お魚きれいにしなくちゃ。



2006年6月14日 (水) オーラにのけぞる。

芸能人という人たちは、たしかに目立つ人である場合が多い。でも、「綺麗だなあ」「いい顔立ちだよなぁ」と思うことはあっても、びっくりすることはまずない。某演歌歌手大御所I氏も、トルコ一美女とされるHさんも、整形美人Dちゃんも、アフロディーテBさんも、レストランやスタジオですれ違っても「あー、テレビのまんまだぁ」と言う感想にて終了。
そんな私が、ぬおおおおおおおおおお!!!!!!!!!! とびびったオーラを放つ人に出会ってしまった。
それは、びゅれんと・はぬむ
ニシャンタシュのブティックから出たとたん、左側から何かただならぬオーラを感じて振り向くと、ビュレントハヌムが全身真っ白の服を着てでっかいつばの黒いお帽子で「おーっほっほっほ」とお友達とおしゃべりしながら歩いてくるではないか!! 
尋常じゃない目立ち方だったぞ。挨拶したいけど足がすくんで近づけないほどのオーラ。
テレビと同じなことが、「あー、テレビのまんま」じゃなくて驚愕をもたらす例をはじめて見た。
歩いているということにすら驚愕。SPもついてないで、お友達と二人きり。彼女はそのままあるブティックに吸い込まれていった。夢か幻かとはまさにこのこと。
あの現実感のなさ、これぞ芸能人!
何かに似てるな、と思っていたら、美輪明弘と、エルトン・ジョンに遭遇したときのびっくり度に似ていたことに思い当たった。美輪さんは、「その衣装と髪の色でお買い物かよ!」、エルトン・ジョンは遭遇した場所といい格好といい「そこまでお約束じゃなくっても…」と言う感じ。なんか、テレビの中の姿はあまりにも現実感ないので、ネタなのかとどこかで思っていたのに実際そうなのを見てびっくり、と言う感じと言えばいいんだろうか。
感激して友人にこのことを報告したら、グラビアカメラマンである彼はスーパースターAさんに同じことを感じたそうな。彼女がドアから入ってきたとたん固まってしまったとか。やっぱずっと第一線な人は、只者じゃないのね。
いやー、今日はいいもんみたわぁ。一生忘れない。



2006年6月6日 (火) トルコでアジアンフード。

友人が、「モンゴル料理を食べに行こうよ!」と言う。連れて行ってくれたお店は、イスタンブルのアジア側、ボスタンジュと言うところにあるお店。オープンエアで、おしゃれ系だ。なぜかガラスの間仕切りには人民服を着た東洋人の写真がプリントしてある。お店の名前も「モンゴリアンなんとか(忘れた)」。
しかしメニューを見ると、明らかにタイ、インドネシアのお料理が・・・。さらに本日のスープはなんですか、と言うと「酸辛湯」と言う。中華じゃねぇか!
……どうやらここはモンゴル料理ではなく、「モンゴル系の方々の住む国々のお料理」の店らしい。
豆腐のことを、「中国のペイニル(ペイニルとはチーズのこと)」と説明するギャルソンの勇気を心の中で褒めつつ、メニューを熟読。ここの売りは、カウンターのところに並んだ野菜と肉類を、ボウルに好きに盛って、続く調味料のコーナーでソースを選ぶと、それをシェフが鉄板で炒めて出してくれるというやつらしい。
友人は、「アユちゃんが選んでね、詳しいでしょ」と何もタッチしないので、「牛肉+もやし+ピーマン+たまねぎ+ヌードル」に、醤油と豆板醤ペースと思われるソースを。自分には、「えび+ブロッコリー+コーン+にんじん」に、生姜と大蒜と塩、胡椒。初めてなので、スタンダードなものを選んでみた。
選んでカウンターに置いてテーブルに戻ると、ギャルソンが来て「ソースをお選びになって下さらないと…」と言う。でも、ソースが味見出来るシステムになっていないから、いまいち冒険したくないのだよ。「あれだけで調理してください」とお願いしたのは結果的にはとてもよかったわけだが。
そして四角いお皿にお箸なのに、なぜかパンが一緒に出てきたところがまたトルコ。多国籍ついでに、トルコのワインを頼む。
でもお店の雰囲気はよかったし、オープンエアでカウンターバーがあったりするのが南トルコのホテルの中にあるレストランみたいで、なかなか良かった。べたついてるカップルがまん前の席に座ったのには目のやり場に困ったが。二人して「いまどきの若いもんは…」とあきれつつ横を見たら、30代半ばと思われる女性が隣の40代と思しき男性の方に思いっきりしなだれかかっている。夏だからなのかなー。みんなすごいよな。
それからバーダッド通りをぶらぶらして帰宅。
アジア側は本当になじみがないのだけれど、夏場限定でこの地域は好きだ。よく連れ出してくれる仲良しのお友達のボートもここに停泊してあるし、オープンエアのいいお店が多いし、歩道が広いので歩きやすい。今度は昼間にショッピングでも来よう。
ちなみに先週、このボスタンジュからボートで5分も沖へ出ないところで、いるかの大群に遭遇。大感動して写真撮りまくったけどうまく撮れてなかった…。残念。



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