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ブルーズワークショップの日記へようこそ!

2009年12月26日 (土)  周南BOOGIEHOUSEでブルース忘年会

今年最後のライブは周南BOOGIEHOUSEの「BLUES FESTIVAL 冬の陣」BOOGIEHOUSEといえばバンドマンのメッカであり、マスターを勤める音楽家森永セイジ大兄様は西日本一のカリスマブルースマン、というわけなのでオファのメールに驚きひれ伏し、はは〜っと3歩後ずさり頭を下げたままでは内容が読めないのでしずしずと匍匐前身でケータイに近寄り有難いメッセージにうやうやしく頭上で返信。今回のBOOGIE参りは運転手に「あくる日仕事で5時起床じゃから」とAKKIEが買って出、男3人衆は飲みながら、女1人衆が眉毛を逆立てるまま高速を一路周南市へ。DAYONとCHINTAが下松あたり、小さい声でラーメン・・・と申請するもポテチをわし掴み食いているAKKIEには聞こえない様子。BWS史上最短時間でBOOGIEに到着し楽器をそそくさと下ろせばあとはもう演奏するまで何にもすることないから飲むしかない音頭をKINTAとうさんが唱え、駅前屋台に振られ、居酒屋に振られ途方に暮れたBWSを呼んでくれたのはマサさん。CHINTA「村すずめに来いちゅう指示」どやどやと居酒屋「村すずめ」に雪崩れ込めばマサさんと周南山ちゃんの笑顔。バンドマンが集まれば音楽情報交換のはずが何故か今回は痔方面から下話一辺倒。マサさんの○んぽでかい息子の話を詳しく聞きつつ大笑いしていればななななななななななななななな〜んと!埼玉に居るはずの滑走路エンジニアKABUさん突然の登場。わーい!とBWS大喜び。KABUさんは世界中の滑走路をこさえているという世界規模軍需拡大の影の張本人。BWS評論家として親しくされて久しくも転勤で距離的に縁遠くなったはずなのに何かとライブ会場に出現してくれるという一番の友人。そんなこんなKABUさんも交えて○んぽでかい息子の話の続きを聞いているうちにオープニング時間。慌ててBOOGIEに駆け込めばセイジ兄様元気そうな笑顔で安心。一番手の無頼漢が元気一杯で聴かせれば途中でセイジ兄様も加わり、ずる〜い!。大声援のまま2番手岩国のBLUESマスターKURIさん率いるFLATBOOGIEBAND、よっシーを加えてパワーアップの演奏でいつものドBLUESを披露。KURIさんのハープも名物です。3番手で我らBWS、のこのこ出てゆけばお客さまの暖かい笑顔に面食らうBWS。最近アウェイに慣れ過ぎのBWSにはあたたかずぎるBOOGIEHGOUSE。セイジ兄様の「30分以上やれ」に従い2曲追加でなんとか6曲のご披露なるも今回もBLUESらしい曲は1曲だけという相変わらずBLUESをWORKしない、加えて今日はラーメンもワーク出来なかったBWS。山口県で3本の指が入るいんちきバンドBWS。それでもなんとかお客さまの拍手に持ち上げられるまま今年最後の演奏を終えた様子です。CHINTAの今回のMCは村すずめの続き状態。申し訳ありませんでしたとCHINTAに代わりKINTAとうさん、流石に謝り慣れている中間管理職の胴囲はメーター超えです。お次の益田組AllYourLoveBluesBand(以下AYLBB)はドラムのクラッシャーユウゾウさんが超奇天烈型インフルエンザで不参加、楽しみな鬼平さん率いる博多組D50-ShadowZも不参加ということで森永セイジ兄様率いるSeiji & Boogie's Blues Project。ハープにBWSファミリーのサンコー氏、ドラムに凄腕の左海セイジさん、ベースにマサさん、ギターに周南山ちゃんという組み合わせでいつもの森永節は流石の貫禄。途中で例によってマサさんがベースを渡したのは今回は益田組リーダーFUKU兄、続いて周南山ちゃんもBWSファミリーで増田組のMATUちゃんにギターを渡し楽しいセッションとなるまま日付変更線を超えてセイジ兄様やがての一旦終了コール。皆さんにご挨拶を済ませ、KINTAGONは一路我が町へ、再びKINTAGON史上最高速を記録更新するまま眉毛吊り上ったままのAKKIEの運転はちょっと荒れていたのではなかったかと思いますと肩を落とすのはDAYON。漸く今年最後の演奏を終えたBWSは新年会の日程調整をしながら高速道路を北上していったということです。BOOGIEHOUSEの皆さん、競演バンドの皆さん、暖かく迎えて下さった(と信じたい)お客さまがた本当にありがとうございました。さいたま市在住KABUさんほんまに嬉しかったです。そしてセイジ兄さん来年もがんばってください。そしていつでも何処でも呼びつけてください。皆さん来年ももっともっと良い年になりますように。そして人類地球に月に宇宙に未来永劫の平和が一日も早く訪れますように。

2009年12月19日 (土)  2009年度最後岩国STUDIO-TIME「BLUES NIGHT」の夜はふけゆく

いつものようにナスタへ集まったBLUES WORKSHOP。しかしDAYONは今日は錦帯橋を目前に大きく構える観光ホテルでの大宴会で遅くなるとか、CHINTAはなんでもへその下の裏側のあたりのできものがど〜のこ〜ので立つも座るも出来ないまま遠くの病院でプチ入院を余儀なくされているという状況。通風を圧してKINTAとうさん、腰痛を圧してAKKIEの2人組はそれでも文句言うことなくいそいそと楽器を積み込み、KINTAGONは無事100m先のSTUDIO-TIMEへと向かったということです。しかし記憶に新しいナスタを出発しては中間地点から引き返すという、CHINTAの楽器積忘れで幾度も往復した寿橋異変。最低限の学習機能を以って楽器を心配するかといえばAKKIEの口から飛び出したのは「あ!ビールのアテ(おつまみ)の袋は?」悲痛な叫びに「せやない、1番大事な荷物は」と指差す先はアンプの上、KINTAとうさんが鼻の穴をぐいと膨らませました。TIMEに到着すればいつもの暖かい面々。バンドマンが結集したTIMEの今宵はBLUES忘年会。お客さんの入りはまあまあというか例によってちらほらの「ほら抜き」のちら。それでもやるべきことをきちんとやり遂げる一番手「こがくり」さんはKOGAちゃんのスライドにKURIさんのぶっとい声が響き渡り、いつも通りのまったり演奏でなごむまま、最後のサイレントナイトで拍手喝さい。次の「高橋くん」はTIME再度の登場。ロバートジョンソンの楽曲を忠実に再現する岩国の宝です。最後の曲にアンコールがかかり「いいんですか?」と嬉しそうにやってくれたのが好印象。今回はバスドラも取り入れて最後にクリスマスソングでこれも拍手喝さい、しかしMCはBLUES人生まっしぐらとか?TIMEに出かけるときに娘さんに「今から浮気しに行くんでしょ」って言われ「女はおそろしい」と高橋くん、演奏前に「変身するからまって」と言ってサングラスをかけに行っのを見たKINTAとうさん曰く「わしも変身するど、今日はしんちゃん」AKKIE「くれよんしんちゃん?」KINTAとうさん「塩次しんちゃんじゃ」だって。一曲目にやる曲が今は亡き塩次さんの曲なので黄色いTシャツとサングラスにハンチングでいつも塩次さんを気取るKINTAとうさんですが「何を着ても毛沢東」と世論の風当たりは厳しい模様です。お次のFLATBOOGIEさんはKURIさんのハープから始まりいつもの安定した演奏。さすがの老舗バンドです。お次の宇部組ストンパーズ(写真)前回錦川に身投げしたはずのベースもにこやかに復活、武田さんのだみ声にタツタさんのギター、ここもさすが老舗バンドの風格でした。さて、BLUES WORKSHOPといえばここで漸くふらりと到着したCHINTAは何故かの内股気味、なんでもチャームナップの羽根がどうしたこうした自虐MCで失笑のまま。麻酔から覚めたままのその身体には点滴跡や注射針跡痛々しく、手首には何故か患者取り間違い防止のタグ、経験の無い素面での演奏に若干引きつり気味ではありましたが、宴会帰りのDAYONをはじめメーター振り切ったメンバーに乗っかりなんとか大出血系惨劇も無いまま演奏を終えたということです。ラスは益田組オールユアブルースバンド。新しい女の子が更に増えてなんとギャル4人!とコーフン気味のDAYONが賛同を求めようとギャル好きCHINTAを探しましたが「えええ?」帰ったの?・・。うむむきっと生理用品の交換に行ったに違いないとKINTAとうさんが深くうなずきましたがその後年明けまでTIMEにCHINTAが帰って来ることはになかったということです。さて、益田組の華やかな演奏にDAYONは早速、益田組一番左のKINTAとうさん曰く黒木めいさ似の彼女3番テーブルご指名〜張り切ってど〜ぞ。DAYON曰く「あのニーハイソックスと、スカートとの間隔のバランスがええんよ」スカートフェチなのかソックスフェチなのかラーメンワークショップリーダーの趣味は縦横に広角です。演奏が終り、腹減った音頭を踊りつつナスタへ向かうAKKIEをKINTAとうさん一喝、しぶしぶタクシーに乗り込んだAKKIEとDAYONですが、その後宇部組とKURIさん一族の集う焼肉「大案」でレバ刺し、ハラミ等々を奪い合いながら最後まで気勢をあげていたということです。TIMEに来てくださった数少ないお客さま、TIMEさん及び関係者皆さん、競演頂いたバンドの皆さん、今年一年お付き合いいただいてありがとうございました。来年はもっと頑張りますので引き続きお付き合いいただければ幸いです。では皆さんよいお年をお迎えください。そして世界に一日も早く平穏な日々が訪れますように。

2009年12月12日 (土)  和木町バンドミーティングでアルプス興業の社長が笑う夜

和木町のバンドミーティングは文化会館の大ホールの立派なステージで演奏させていただけるというアマチュアバンドにとって極めて光栄なイベントである。そんなイベントに今回も出させて頂けるというのでナスタ(長井商店スタジオ)に集合したCHINTAとTAKA-C。KINTAとうさんの指示でバンドワゴンのKINTAGONを出せばなにやらごろごろぱたぱたと変な音?!対向車や通行人がやたら見るので睨み返すまま気づけば後輪のパンク。仕方なしに急遽DAYONのPAKAPAKA1号発進。助手席のクレクレタコラとも間近で対面です。楽器を積み込み錦帯橋を廻りAKKIEを乗せれば関関トンネルをくぐりいざ文化会館と峠を越えたそのときCHINTA一言「あ、ベースのプリ忘れた」皆が笑顔でOKOKというのを聞きつつ引き返すCHINTAもまだまだ笑ってます。再びナスタにつけてアンプを積み込み、さあとばかし再出発「運転飽きるけえ道を変えていこうね」と笑顔で国道を北上すること6kmのあたりで再びCHINTA一言「あ、ベースギター忘れた」えええ?まあいい引き返そうとKINTAとうさんが笑います。さすがの大人の対応です。これがKINTAとうさんの機材だったらという話で「お前降りてタクシーで帰ってこいちゅうて言うねわしは」と理不尽なCHINTA。しかしちょっと反省しているのか何者かに怒っているのか口数がぐっと少なくなりました。そんなこんな寿橋を何往復かしたPAKAPAKA1号は普通10数分の距離を1時間以上もかけ、それでもリハーサルの1分前に無事到着したということですがプロデューサの逆鱗に触れたらしいとのもっぱらの噂です。さて、今回バンミの目玉は最後に和木町の皆さんで歌い上げるなりきりWeAreTheWorld。幾度かの打ち合わせや練習もあり、役場の方々をはじめ町会議員のみなさん、文化協会の皆さんにバンドのメンバーを少し加えて総勢20数名でやり遂げるという壮大な企画。演奏も気になるままBWSメンバー全員参加のこの企画も気になってしまうままそれでもリハを終えるや否やカレー食堂に雪崩れ込みコンビニで仕込んだおつまみにビールにと一気の宴会モード。マイケルやビリーに変装する議員さんを横目に、することがないかたしょうがないから飲むしかない音頭がひそやかに囁かれ結構なハイテンションで馬鹿話に花を咲かせるBWS。しかし今回DAYONの荷物が妙に大きいのを発見。DAYONのバンド用のスーツの他にもう一塊あるその中身を覗いて愕然。南伸介(古っ!)ばりの泥棒ひげのシール(しかも手作り)やドウランやマジックにニッカポッカに腹巻に・・。ええとええとこれはきっと北野タケシ扮したアルプス興業社長そのもの。「お前ゃ〜ボブディランじゃないんか」呆れるCHINTAにDAYONがヘルメットを手に取り笑いました。やがてトイレに行ってメイクを施し帰ってきたDAYONにカレー食堂は大爆笑。マイケルの眉毛が一瞬引きつりましたが結局笑うしかなく何ゆえにボブがアルプス興業なのかは不明のまま結局ステージでは何故か一升瓶を片手に客席に迫る意味不明のパフォーマンス、タクトを振るYOSANのコメカミの血管が浮き上がりましたが結局笑うしかないまま、なんとかWeAreTheWorld♪全員歌いきり拍手喝さいのまま無事この大企画は成功を収めたということです。今回なによりもよく出来ていたのはマイケルジャクソンのその衣装とメイク、ダントツの大賞ものでしたが一升瓶を振り回した意味不明のパフォーマンスのDAYONが「掻っ攫ったんです」と泣くマイケルのその横で笑い続けるDAYONは今回宇宙人と判明。だよ〜ん星人と名乗っていた訳が今回ようやく理解できたねとAKKIE。そんなこんな肝心のBWSの演奏と言えば塩次さん追悼のインストをはじめ新曲の3曲ともに楽しう出来たど〜とおなかをさするKINTAとうさん。他のどのバンドも一生懸命練習してきたその積み上げた努力が間違いなく見て取れる力強い演奏を披露、お世辞ではないお客さまの沢山の拍手は率直な評価そのものだと思いました。和木町の皆さん、文化協会の皆さん、WeAreTheWorld隊の皆さん、楽しい企画をありがとうございました。首謀者のYOSAN今回もお呼び頂き感謝です。音響のSPPさんありがとうございました。これからも皆さんに迷惑をかけないよう精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。(皆さんの写真はPhotoにありますよ)

2009年11月22日 (日)  益田「マルフク」ライブでMUNE-Gとのゆびきりげんまんが漸くの夜に

益田のBLUESマンMUNE-Gと約束したのは3年前、指きりげんまんの証拠写真がBWSの古い日記に残っている。それから幾度かのオファはあるものの、なかなか実現がしないままとうとうMUNE-Gとこちら側での再会は果たせなくなってしまったが、MUNE-Gの志を引き継ぐFUKU兄そしてMATUちゃんのお導きによりようやく益田行きが実現した。とはいえ今回もライブに向けての練習も出来ないままナスタに集合するもKINTAとうさんとCHINTAが風邪と判明。いまいち気勢のあがらないKINTAGONはそれでもよちよちとCHINTAの運転で発進してすぐのコンビにでCHINTAの「ビール飲む?」提案に全員合意、運転はほんの10分でアルコールアレルギーのTAKA-Cに代わったということです。当たり前のように宴会状態に突入するまま道の駅を見つける都度缶ビールをおかわりし、酔いも絶好調で上機嫌のドピークの瞬間、なんと益田駅に到着。会場はJAZZ喫茶?老舗の風格に明るく広い店内。ロッチとサンタナを足して二乗してアークコサインしたような風貌のマスター、メニューもケーキにワインにとなかなかの充実。JAZZミュージシャン来歴を眺めればも有名どころがごろごろ。いういんちきなBWSなど恐れ多く三歩下がって土下座しつつあとずされば益田駅前ロータリーでタクシーにクラクションを鳴らされてしまうに違いない場違いさ。ほんまにワシ等でええんじゃろかと悩むままそそくさとそれでも楽器を運び入れれば次のミッションは今回の旅の目的のひとつでもあるMUNE-Gさんのお墓参り。墓は益田市内の小高い丘にひっそりと肩を寄せ合うように佇み、奥様の笑顔に迎えられるまま皆無事お別れを言うことが出来ました。MUNE-G!来たよ。終われば更に次のミッション。益田ご当地ラーメン「三洋軒」で市民に愛されている暖かい一杯。これですべてのミッションはコンプリートじゃ!帰ろう!とCHINTA。昼間のビールとイカ墨ちゃんぽんでお腹一杯のBWSは焼酎やワインで盛り上がるうちに1番手地元のOld Fingerさん登場。ギター2本で渋いラグタイムを披露し、その控えめで好感のある演奏とMCは演奏者のお人柄そのもので拍手喝さいのうちFUKU兄の眼鏡がきらりと光り、BWSの出番。見知らぬ街でのアウエイには慣れっこですが、ここ益田マルフクは今までに無い暖かさ。面食らうまま、お客様の笑顔に持ち上げられるまま、BWSはそれでもきっちりとエラー率10%以内でなんとか全曲をやっつけたということです。最後の2曲ではBWSファミリーのブラザーMATUの強制参加。思う存分ソロを廻され、MATUちゃんの笑顔も完全に引きつり気味になったころ首を振っていたCHINTAが頷き、KINTAとうさんが笑い演終了。終わればあとはもう何もすることないから飲むしかない甚句を唸りつつ、御馴染みのKuri & Koga登場とくればもう岩国TIMEに居るのと同じ宴会空間。その後も沢山のバンドが素晴らしい演奏を披露していましたがなんと途中退席組が居ること発覚。まずCHINTAがウォシュレット便座を求めて駅前ロータリーを徘徊し、KINTA&DAYONにCHINTAがつけ麺屋台を探したりと、むやみな出入りを繰り返していたとTAKA-Cの証言。久留米の矢田草吉さんはインフルエンザで欠席とかで残念。広島からやってきたYagi & Kiyoshiはボーカルのムッシュー桑野さんのバンドと判明、流石の歌唱力で御馴染みで女性客にも人気のナンバーでうけていました。次にFUKU兄率いるHi Pressuersさん。サックス2本にドラムベース、コンガという編成で懐かしいナンバーを披露、そしていよいよラスにTheAllYourLoveBluesBand(以後AYBB)太陽を失ったAYBBはMUNE-G&AYBBからAYBBへと名前を改め、31文字から26文字へと画数も減りはしたもののやはり長いんでないかいねとDAYON。今回のAYBBは管楽器が1本にコーラスが3人、ドラムベースギターという構成ですが、安定した演奏は流石に老舗バンド、MUNE-GのバンドからFUKU兄のバンドへときっちりと進化を遂げているAYBBを確認した夜でした。やがてセッションが始まりKINTAとうさんとCHINTAが身体に異常を訴えたのをきっかけになんとか帰路についたKINTAGON。飲みすぎのBWSはポプラでアイスキャンデーやお茶を購入ひたすら反省したということdす。FUKU兄さん、MATUちゃんお世話になりました。競演バンドの皆さんもありがとうございました。MUNE-Gママ、鶏卵饅頭おいしゅうございました。そして益田市民には暖かく迎えてくださって感謝です。また雪が解けて川に流れて水蒸気になって雲になって雪になって降って溶けて川に流れる頃にきっと呼んでみてください。

2009年10月24日 (日)  TIME「養老彌助」さんライブ

前夜というか今日の朝方というかTIMEから「若水」に移動したような気のするまま、寝ぼけ顔のままTIMEに終結すれば元気いっぱいなのはなんと前夜二日酔いでおとなしかったというか飲めなかったKINTAとうさんだけ。あとの3名はぜいぜいふ〜ふ〜と瀕死の状態。二日酔い同士顔を見合わせ、ちびちびとビールを舐めるうちに突然AKKIEが雄叫びをあげ、それをきっかけにDAYON、CHINTAがぷしゅぷしゅうと缶ビール空け作業に没頭を始めたということです。しかし今日は何かが変だぞSTUDIO-TIME、あちこちでアコギのさわやかな音色が聴こえます。もしかして?もしかして?フォークジャンボリーに誤ってエントリーされた横浜銀蝿状態か?うむむ、フォークの集いとはしらなんだ〜とCHINTA。なにかお客さまもいつものカテゴリとは異なるような、そんななかDAYONは例によって入場者チェックに余念がありません。どうじゃった?と聞くAKKIEに笑ったDAYONの眉毛が平行四辺形にゆがみました。どうだったんでしょう?しかしフォーク好きのお客様を前にして、エントリーされたミュージシャンも生ギター、更に今日は大阪から浪速の歌うたい「養老彌助」さんという流れ。こんなフォークのさわやかな集いにワシ等が出てええんじゃろか?煩くうっとおしい西洋音楽を大音量でがしゃがしゃやってもええもんじゃろか?と全員頭に?をつけたままビール片手にステージに上がれば一番手、オープニングACTとしてやることはやりました。若干のアウエイ感拭えぬままMCもちょっと緊張美味のまま、走ることなくラストにこぎつければお客様の暖かい拍手でお世辞でも身体が浮き上がります。お客さまにしては漸く終わった!という安堵もあったのでしょう。とはいえ、まああとはもう本当に何もすることないから飲むしかない節炸裂。更にぷしゅぷしゅぷしゅうと缶ビールが開き2番手若手さんに3番手のGOROさんたちの達者な演奏とその清らかな歌声を堪能しているとやがてトリにサングラスを外した養老さんが貫禄で登場。養老さんはたこ焼きというよりシシケバブ、大阪人というよりも中東系の濃い顔です。りんと静まり返る会場に養老さんの歌声が一発響けば、もう完全に養老さんワールド、あとはもう本当に飲む聴くで楽しませていただきました。養老さん、見かけよりはずっと男前で頓堀生まれと言う割りに喋りも大阪のこてこて感は薄く、スマートで親しみやすい喋りと歌でした。ラスにはまるでお決まりのようにコール&レスポンス大会。「し〜さ〜ぶぎうぎ〜♪・・・・」じゃ〜ん!!とエンディング(間・または待ち)ワンツースリー!(客の掛け声)「し〜さ〜ぶぎうぎ〜♪・・・・」じゃ〜ん!!とエンディングの繰り返しが延々256回続けられたところで漸くのお開き、あああ楽しかったねえ。楽器を積み込みご挨拶もそこそこにBLUES WORKSHOP改めラーメンワークショップの面々はなんと最近開店した京都のフランチャイズ系ラーメン店舗へ突入、たちまちビールにフカヒレ餃子、豚しゃぶ、豚キムチ、ラーメン大盛り、ラーメン濃い口、九条葱ラーメン脂多目麺固め味濃い目にワンタン乗せ、ラーメンとメンチカツ定食にチャーハンという夜食の王道というかメタボリック街道一直線というメニューで突き進み無事の帰宅となった様子です。本日記録及び運転を買ってでてくれた(多分無理やり)TAKA-Cに感謝です。TIME関係者ご一同さん、出演者の皆さん、養老さんの沢山のファンの皆様、本日は失礼を致しました。またこれに懲りず呼んでやってください。帰りのKINTAGONではお出汁がどうのこうの背脂がどうのこうに、コストパフォーマンスが、ホールの対応が、大蒜のサービスがとラーメン店の評価に余念が無く、まあ「若水」が休みのときにはここで餃子にビールもありかなという結論に達したということです。

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