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はとごやにっき 過去の日記

2005/10/16 (Sun)  で、飲みすぎるわけだ。

何回目だこのタイトル。

さて。
昨日はとある集まりで昼間っから飲みまして。
夜になだれ込んでさらに飲みまして。

私はつくづく壊れた大人だなあと思う。
ていうか昨日は本格的に壊れていましたが。
いろんな人にお手間かけてしまったように思う。
だからつまみを食えばもうちょっとましだと自分に言ったじゃないか。
途中からつまみ無しでごくごく飲んでしまった結果、駅をいっこすっぽかしてしまい、引き返して帰る羽目に。
本当にばかねえ。

最近とある人気ブログをしつこく読んでいる。
あまりに破壊的な事柄に巻き込まれている内容なので、私は遠い世界の説話のようにしか思っていなかった。
その世界の主である書き手の方にお会いした。
現実と説話がクロスした瞬間、何を思ったか。

「うわーー妙だーーー。」

妙。
ミョーな感覚でますます現実感が無くなった。

小説の登場人物に遭遇し、その長い小説の2,3文字になった感覚。
どこまでが現実だっけ?
この時間は本当の時間なのか?

ネットのような情報世界も「現実」に含めると、世の中ってとてつもなく広い。
と同時に現実なんて私の目の前にしかない。

目で見たものと、液晶が示すブラウザの中身、どう違うんだっけ?

うん。
やっぱり妙だ。

(と妙をたのしむ)

2005/10/12 (Wed)  私の命があと一日なら

とりあえず会える人には接触するだろうか。
私の会える人は現実的に現在の生活圏内に限られる。数は多くない。
でもそれも悪くない。
私が死んだという認識の数が少なければ誰かが生かしてくれているという事なのだ。
その、もう会うことも無い誰かが、ふと思い出してくれれば、の話ではあるが。

今日一日のスピードがものすごく早くて、思い出せば先週もものすごく早かった事に気づく。

このスピードじゃ寿命まであっという間じゃないか。


せめて今日で御終いにならないように、すごく気をつけて家に帰った。
バカねえ。
 
病気にならない。事故に気をつける。人に殺されるほど恨みを買わない。息をしていることを定期的に意識する。好きと依存を間違えない。

死なないための最小限の努力だ。
この全てを守り続けなければいけないなんて、生きるって大変だ。

たまーに「死にたくない病」にかかる。
どうかどうかこの世界に居られますように。

私はまだ何も誰にも返していない。
返せる素敵な何かを生み出せる様、もうちょっとましな人間になれますように。
(って神頼みかよ!)

こーゆー気分の日もあるさ。

2005/10/10 (Mon)  今日は、さんまさんの長女の日。

いまるいまる。

さて。

昨日コンタクトレンズ買いに行く。ドライアイ気味なので普段は基本的にめがねで過ごしているが、残り0枚という状態はなんか落ち着かないのだ。

眼科で診てもらってふた月分購入。 
使い捨て一か月分を半年かけて使うので、一年は買いに行かなくていい。
(こういう使い方を目医者さんはお勧めしていません)

その帰り、先月パーマかけたまつげが2列形態に編隊していることに気づく。そろそろ掛けなおすか放置して標準になるまで放っておくしかない。

ところで私は「サロン」と名のつくものが苦手だ。

余計なワンクッションがあるからだ。
ヘアサロンで言うならお客とのコミュニケーションのための日常会話。あれが該当する。
美容師さんは私の背後なので小声でも私の耳に届く。
しかし私は背後の美容師さんに聞こえる様、多少声を張らなきゃいけない気がしてしまう。
そもそも会話すると頭が動くじゃないか。相手がプロだと重々承知の上でも、そのせいで不具合が起こるんじゃないかと気になるんだ。

話を戻すと、以前に行ったエステサロンでまつげパーマ掛けたとき、カウンセリングという名のコーヒータイムがあり、申し訳ないけど苦痛だった。

何か売りつけられたのでは決して無いけれど、何でコーヒー頂きながら「いえOLですー名古屋で働いてますー」などと世間話しなきゃいけないんだと落ち着かなかった。
私としては、終わったらさっさとお金払って帰りたいのだが、そういうせわしない態度を取るわけにも行かず、よそん家にお邪魔した子供みたいにきゅっと座っているしかない。
まあ結局そこは半刻後に瞼が焼けるという悲惨なお土産まで頂いたので二度と行かないが。

さて、実家の近くのショッピングセンターに入っているマッサージ屋のメニューにまつげパーマがある。

そこは味も素っ気も無く、施術したら二口分のドリンクを渡し会計横のソファーに放ったらかされる。十五秒で飲んでしまえば即会計という所で、大層気が楽だった。

私はコンタクトを買った足でそこへ行こうと唐突に思った。下道で1時間。
迷わず私は高速道路を選び、500円も払って行ってきたさ。

ショッピングセンターに着き、目的地の2階に上がると、網の覆いが。

「本日から三日間改装の為休業です」

えー。

対処不能。
テナントの服屋さんとか靴屋さんとか見て周り、特に何も買わずに外へ出ようとする。
キャッシュコーナーに気づいて、「ああ、そうだ」と、たまたま持っていた通帳を記入した。
いつもカードでは経緯が分かりにくいから、定期的な通帳記入は大事だと思う。

私はすっきりと車を走らせ、亭主が起きてくる時間が迫っていたためまた高速に乗って帰り、台所で適当な飯を作って、やれやれと一息。
 

あるひとつの思いが頭上に落っこちてきた。


あーーーーっ!!

なに高速乗って通帳記入して帰ってきてんだよーーーっ!!


なんだか腑に落ちないので、初めて行く美容院で髪の毛切ってきた。

ここに引っ越してから半年、全く髪切っていなかった自分に反省しつつ。
(この界隈を探索する勇気がまだないのです)

2005/10/1 (Sat)  101匹わんちゃんの日

犬は「わんちゃん」なのに何で猫は「にゃんちゃん」じゃないんでしょ。
代わりに「猫ちゃん」がある。そして「犬ちゃん」は無い。
「猫くん」「犬くん」は、まあありえる。
悪い言葉の「犬っころ」があるけど「猫っころ」は無い。
猫に関する悪い言葉って何かあったっけ?

あー、あったあった。
「この、泥棒猫!」

これじゃ昼ドラだ。

男はさぞ言いたいだろう。
「俺はサンマじゃねえ!」

さて。

いやその、何が言いたいかというと、どうやら世間では今日は10月1日のようで。
ここも半月ほどほっといたのでちょっと何か書いてみたですよ。(それがこれかい)

昨日とある仕事がらみの集まりで奔放に飲みすぎまして。
今朝6時半起床。燃えないゴミにカップめんの殻が突っ込まれているのを見、私の仕業だと思い出す。

「あー夜食我慢できないならお茶漬けにしろとあれほど」
と自分の抑制力の無さに朝っぱらから落ち込む。
具がレトルトのカップ麺は間違いなく高カロリーです。
せめて「麺の達人」あたりにすればよかったのに、飲んだあとはちょい濃い目が食べたくなる。

今日は土曜日の朝なので、家庭の事情で朝酒する決まりだ。
昨夜の失態はとりあえず忘却することとする。
本日のおつまみはおととい半額で買ってきたラム肉である。
飲み明けの身にこいつはヘビーだが、とりあえず飲み明けの身であることも忘却することとする。
で、肉焼いてきちんと飲み食いしました。大丈夫か自分。

なんか今夜一人ご飯だし、テレビ見ながらまたビール飲むかもしんない。

朝からずっとお酒モードなんだ。
一人正月。

追記。

今、丁度テレビ見てたら武双山の断髪式ニュースでやってたけど、デーモン小暮が参加してたよ。

神事なのに悪魔なんか土俵に上げちゃっていいのか?

2005/9/15 (Thu)  何か受信した。

本日仕事中に猛烈に冷凍庫の中身が気になった。

冷凍庫には亭主の勤務先からのお下がりのチャーシューが大量に眠っている。

そうしたら猛烈にマントウで挟みたくなった。

マントウとは中身の無い中華まんです。マントウのチャーシューサンドは間違いなくうまいとおもう。
そうしたら猛烈にマントウが作りたくなった。

家に帰ると、取り憑かれた様に小麦粉をこねている自分。
イーストは冷凍庫で保存してある。丸めて一時発酵。
・・・をしている間に、猛烈に茹で置きしたほうれん草の事が気にかかった。

亭主は野菜嫌いでほうれん草など食べない。
が、インド式ほうれん草カレーならナンにべったり付けて食べるだろう。
マントウが作れるなら同じ原理だ、ナンだって作れる。
ああ茹でおきほうれん草をカレー用に粉々にしたい。だって私一人毎日ほうれん草なんだもん・・・。

一時発酵は約40分だ。
私は発酵時間内に電器屋を自転車で往復し、フードプロセッサーを買ってきた。
久々の発作である。
ちょっと臨時収入があったせいで気が大きくなったとしか思えない。
当然買い終えると幸せに土砂降りの中戻ってきた。
今日は強烈な土砂降りだったのだ。障害は行動のジャンプ台でしかない。

そうしてフードプロセッサーは明日の夜に使うからと部屋に隠し、ついでに買ったレタスを冷蔵庫に放り込むと、マントウを八つに丸めて蒸し上げる。
出来上がりはちゃんと中華まんになっていた。思いのほか簡単ですよ。

明日のお昼ご飯はマントウのチャーシューサンドだ。

蒸し上がりを乾燥しないように一個ずつラップにくるんでいると、昨日からだんじりを観に大阪へ旅行に行っていた義両親が帰ってきた。

そしてお土産をくれた。

551蓬莱の、豚まん5個いりでした。

うおー。
テレパシーが!中華饅頭のテレパシーが!

当分毎日蒸しパンの食事です。   
早速食べた。本場の豚まんはさすがにおいしかったですよ。
(あと四つ。マントウはあと八つ。)

2005/9/14 (Wed)  9月って秋だっけ?これを秋というのか。

暑い。

とはいえ気づけば9月も中旬ですね。

はい、元気でした。

とにかく上半期は個人的な用事のオンパレードで、家でパソコン立ち上げる元気のないことないこと。
旅行用のパンフレット作成した段階で力尽きましたわ。

台風に翻弄されつつも旅行は無事山道からの帰還を果たし、実家の邦楽イベントのお仕事も何とか終わらせ、戻ってきてみりゃ今日だった。

亭主の顔を久々に見る。
ほとんど家出状態でしたね。

今朝久しぶりに亭主の出勤前の食事を作り置きしたけれど、ジャンバラヤという名の色だけはそっくりな、
ケチャップライスにココイチの飛び辛スパイスを一緒に炒めた代物を作成いたしました。

「ジャンバラヤには普通鳥の唐揚げが乗っている」
という抗議を受けたので、冷凍お弁当ハンバーグを置いたら
「これじゃロコモコだ」
という苦情が寄せられたので、

「いいやそれは違う。なぜなら現在冷蔵庫の玉子を切らしているので、飯とハンバーグの上に目玉焼きが乗っかることは決して無いからだ。したがってこの赤い炒め飯がロコモコである証明にはならない」
と煙に巻いて出勤してきました。(ごめんなさい)

お詫びに私も同じものをお弁当に詰めてきたので(単に作りすぎた)食べてみたけど意外といい感じなので、おうちのスパイス駆使してお試しあれ
。辛口スパイシーなケチャップライスでしたよ。

さてとりあえず、今月は祭日が多いので、あっという間に下半期も過ぎてしまいそうです。
まあ、楽しくいきますよー。

さてさて月末には亭主が私の実家に一泊ご飯会に招かれている。
人見知りの気がある奴はすでに胃が痛い。

ふふふ四面楚歌だぜ覚悟しな。

2005/9/5 (Mon)  あれ?秋?

夏物あんまり買ってない。

さてさて
。 なんかごぶさたですが。

何していたかというと、明日から会社の同期のメンバーと旅行に行くので<br>旅のしおりを作成しておりました。
同期といっても、九州から北海道まで点在しているメンバーなので、会うのは年一回。今回、愛知県と岐阜県が幹事なのです。
しおり、作り始めると凝ってしまってもーえらいことに。
るるぶを目指しました。やりすぎ。でもいいや、楽しかったから。
っつーわけで来週も不在のため行方不明なのでした。 お元気で。

2005/8/24 (Wed)  「いやあ、最近色んな意味で太ってきたよ」といったら「どういう意味でもなくただ太ったの」と普通に返される。

はい。 

30超えると太るというのは本当です。

じーわじーわキテます。

助けてくださああーーーい!!
(いや助からん)

ま、動きゃいいんですがね。植物的に言うなら蘚苔類なので、あんまりアクティブに光合成しない末期的インドア派なのです。維管束さえありゃしない。
(維管束・・・日常生活じゃ決して使わない単語だなあ。懐かしい。)

さて。台風が近づいてきています。
時速15キロだそうで、自転車の速度でじわじわと紀伊半島目指しております。
アンタは夏休み利用して日本縦断する中学生かと言いたい。

こんどの台風のお名前はマーワーさんだそうです。
マレーシア語でバラという意味だそうです。
青い海に白いバラが咲いております。

なんていってる場合じゃない
去年電車乗っててえらい目に合わされたんだ。
停められる直前の最後の一本に乗っちゃって、「どこまで人間乗れるかな?ギネスに挑戦!」みたいな状態で苦しいとかよりむしろ悲しくなったもんだ。

やってくるであろう時間帯が微妙。夕方かあ。
来ると分っているいやなものを待つって何だかだなあ。

各自防災対策は万全に。

2005/8/18 (Thu)  で、飲みすぎるわけだ。

またかよ。
  亭主が数少ないお休みだったので彼の友人たちとの飲み会にもぐりこみました。 ビールの締めにレモンハイ飲むくらい自分を見失っていたようです。
チューハイは本気でトラップだから気をつけるんだ。

起きても抜けてない。本日一日だめだめでした。
亭主が昼に起きたときに食うであろう食事を作った段階で力尽きる。
作ったったって冷やし中華だ。どうせやつも二日酔いだから肉は入れない。しかも野菜嫌いだからアサツキのみの具なしだ。料理とは言えん。

当の私もお昼のお弁当作る気皆無で、「ふりかけご飯に味付け海苔を乗っけて箸でつまんで弁当箱に押し込む」を数回繰り返したのを詰めました。おかずなし。料理とは言えん。
おにぎりっぽくてアリですよとかなんとかヤケんなって食いましたってば。

最近計算ソフト・エクセルの一段階深みに落っこった技「マクロ」に手を出すべく勉強をこっそり始める。
もしシステムが理解できたら事務用のプログラムを自作できるのだ。

現段階、プログラムに書かれている文字と記号に意味があることをすこうし知る。
しかし書き込む順序とか構成のあり方はトンチが利いてて脳のスイッチを理系にするか文系にするかがわからんです。
どういうことかわかんないかと思いますが、私も良く分かってないですし。
どうか頓挫しませんように。

今日は今日とて文までぐだぐた。
夕飯はそうめんにカレーかけました。カレーすごい絡まるので薄味にすると良いです。玉ねぎと干ししいたけしか入ってないです。
カレーは体にいいんだい。
はあ最後までぐだぐだ。

2005/8/14 (Sun)  命系のドラマ観まくり

小野田少尉は情報として少し知っている程度でしたので、ドラマは素直に見ることが出来ました。
終戦を知らずにおよそ30年孤独な戦争を続けていた日本最後の軍人の話です。
今をときめく獅童さん主演です。
  なかなか見ごたえありました。もっと煮詰めてもいいはずの箇所多々あれど、左右の傾き方も極力押さえてある、かな?

彼の30年近くにわたる戦いの意味は、戦争の賛否とか、そういった場所で論じたってしょうがない。
いかに彼が、現地の人たちにとって落ち武者崩れの山賊であり、高度成長期の日本にとっては旧時代の哀れな残像と捉えられようとも、結局の所30年間という時間の本当の意味は当人がすべて握っている。

ひとつ分かるのは、サムライだったんだろうなあという事くらいか。
彼は今もたくさんの事と戦っている。生きる才能に長けたすごい人だと思う。
(念のため言うが私は戦争は嫌だ。)

その前日は、ビデオに録った日航機123便墜落事故を扱うドラマ、TBSとフジを夜中にぶっ通しで見る。

航空関係者側のドラマと、遺族側のドラマ。
あわせて四時間だよ朝になったっちゅうねん。
どちらも思っていたよりはるかにしっかり作ってあって、泣きながら観ていました。

多すぎる犠牲を出してしまった事故。
加害者の立場に立たされた人。被害者の立場に立つ人。
どちらも苦しくてつらすぎる。何しろ真っ暗なトンネルをさまよっているのに出口が無いのだ。誰一人救われない。
2本のドラマとも、その暗やみの先のはるか遠くにかすかな光を見つけるまでのストーリーとなっている。

私はいたたまれない衝動に突き動かされ、その日のうちに本屋に走り、 山崎豊子著「沈まぬ太陽3・御巣鷹山編」(1から買えよ…)
と、飯塚訓著「墜落遺体」を手に入れる。

そして気恥ずかしさからか、ダミーに「オレンジページ・特集 薄切り肉インサマー 汚れ落しから夏物ケアまで夏の重層使い47」を購入。
↑いくぢなしめ。

買い終え家で袋を開く頃には夜になっていた。
「墜落遺体」を深夜までかけて一気に読破。

当時遺体安置所で指揮を執っていた警察機関の側から書かれたノンフィクションです。記録をとる様な淡々とした文体はかえってリアルでした。

墜落事故発生後の出動の様子、壮絶すぎる遺体安置所や遺体の描写。生々しい遺族とのやり取り。

そして極限状態の中でも五百を超える遺体に礼を失しない献身的な医師、看護婦、警察官。

必ず家族に会わせて家に帰してあげる。この一心でふらふらになりながら、身元確認を続ける面々の姿。みな心身を失調させつつも、憑かれたように働き続ける。

丸まった遺体の塊をほぐしてみたら、男女一対の骨で、まだ若い夫婦と確認された。また、子供の遺体の中に母親の遺体の一部が見つかる。どっちも、抱き合って落ちていったのだ。

感動とか衝撃とか悲しみとかにジャンル分け出来ない精神状態というか、もう心がぐっちゃぐちゃのまぜこぜにされます。
そしてまさか泣かされるとは思わなかった。
本のコピーにもあるけど、極限のなかの人間愛が、現場にも遺族にも、犠牲者が残した何らかの形跡にもあった。
恐ろしい描写があり覚悟が相当必要だけれど、読んでよかったと思っている。

「沈まぬ太陽3・御巣鷹山編」も今日読み始めている。
こっちはノンフィクションってことにしてある。
腐敗した空港会社の内部をあぶりだしています。なんか実在の人物特定できるらしい。
昨今の航空会社のありえなさ。冒頭読むだけで思います。変わってねえな。
そして、遺族とのかかわりを直接持つ現場の社員である主人公の苦悩。
この本も読むのに気合がいる。
ページめくるたび読んでる方がザクザク斬られるんだな。
パイロットの悲壮なまでの努力、落ちていく乗客たちの最後の姿。遺族の怒り、悲しみ、現場社員の辛抱と、現実感の無い本社への憤り。
なにもかも苦しくて痛い。
そしてぐいぐい読ませますね。さすが山崎豊子

これ全5巻だから全部読まなきゃいけないなあ。
丁寧に読んでいこう。

もうちょっとお願いセニョリータ位あほパカーンとした明るいものにそろそろ触れないとキノコ生えそうだ。
けどこういったズブズブが心地よい昨今。

毎年恒例お盆の時期はペルセウス座流星群が見られます。
お盆に夜空を見ると過去にお別れした命達が星座の間から降ってくるんだ。

そんな昔話あるといいなと思ったけど、旧暦じゃ時期がずれるんだな。残念。
よいお盆を。

2005/8/5 (Fri)  大人でさえ両手しかない

夏が来るとやってくる映画。
火垂るの墓みました。実は2回。
初回は十代でした。


見る視点が思い切り違って自分で驚いた。
とりあえず「親戚の意地悪なおばさん」の気持ちが分かってしまう。


ネタバレですまないけど、主人公の少年清太が金に換えようと持ってきた着物をおばさんが投げ返す短いシーンですが。

お金持ちだったお母さんの遺品でない粗雑な品である事をおばさんはすぐ見抜きます。だから、こんな悪い着物違う、と投げ返す。

意地悪じゃなくって、盗品持ってこられちゃ、相手できませんよ。
他の周りの大人も自分の守るものが先なのでホームレスと化した兄妹を経済的に助けたりはしません。

私は十代のころ周りの大人の無慈悲さに腹が立ったものです。
しかし、今なら分かる。大人には大人の生き方がある。
もちろん、それでも大人に出来るもっといい方法があったに違いないけれど。
この映画に出てきた人間、誰ひとり悪くないと私は思います。

ところで私はさゆうで分けられるほど考えをまとめてはいないのですが、自分の国をわざわざ卑下するつもりもないんです。
でも戦争に巻き込まれるのは、誰しもそうであるように嫌です。
この映画は反戦映画なんでしょうか?

私はこの映画を反戦映画としては観ていません。
何があったか、の一つのエピソードだと思ってみています。


映画冒頭の、主人公がもたれていた駅の柱の裏側で死に掛けている男。
彼にも同等の物語があったはずで、だからこの映画はたまたま清太という少年にピントを合わせたに過ぎない。
彼は若過ぎたし、不器用すぎた。
あの過酷な時代でも、まだ生き抜く方法は他にあったはずなのに拒否して破綻していく。
さまざまな命の、ひとつのひとかけらを切り取った映画であると思っています。
時代背景は、足場であるけど理由じゃないな。


とりあえず節子。

動きと声がいちいちかわいい。
幼児がハイになったときの高音すぎる笑い声とかもうガツンです。
これもこの年になって気づく。
小さな子供はかわいい。と。


観終わって複雑なのは知らないから。
勉強が足りないから。
識者の見解じゃなくシンプルに資料とか統計とかのほうがいいな。
このデリケートな問題の勉強はうっかり入り込むのは本気で危険だ。
カメラの設置位置で何もかも違ってくるからだ。
しかもそこからの景色は正しかったりする。
みんながそうだからこんだけ世界はさわがしいんだ。

2005/7/25 (Mon)  レバ刺しという名の免罪符

ページ調整中・ぜんぜんネットのぞかない。ここんとこ私用でいそがしいのだ。
先週の月曜日は梅田準呼女史が万博でがんばっているのを見に行きました。
ちっこい体でとてもがんばっていたと思います。
いっこ前の万博は大阪だった。この次がいつなんて、わかんない。
彼女はとてもとても貴重な体験をしているのだ。
踊ることの出来る残り時間大切にしてほしいと思いました。
亭主も久しぶりに女史にあえたのでたいそう喜んでいましたよ。
でもやっぱりインドア派なので会場の暑さに最後まで文句たれていましたよ。

ドネルケバブおいしかった。

おとといは落合公園納涼祭りで、亭主の勤務先の大将が屋台を出店するとかで、お手伝いに行きました。
去年も売った。屋台は気軽に売れるのでとても楽しい。
カキ氷とかフランクフルトとかバンバン売れる。
売り物の生ビール飲みながらものすごく働いたよ。
これが普段の仕事先なら辞めてるぜ!ってくらい忙しかった。
あと、掛け声。
ハッタリかましまくるのも楽しいね。
「練乳かけ放題!」とか色々わめいていました。そしてビール。
打ち上げでも寿司とビール。帰ってから近所の朝までやってる中華屋さんで家庭内2次会。

おかげで昨日も今日も疲れが取れない・・・。

昨日は友人の転勤慰労飲み会。
今日は亭主の友達の実家帰還記念の飲み会だ。

先月なにか決意をした気がしたが、公的事情なので仕方あるまい。
と嬉々として今日も飲みに行きます。

あしたはいいこにしてます。