戻る - 参加 

不安定な世の中、ボーッとしていると、鬱々が心に溜まる。書くことで少しは浄化を図れるかも…

2006年6月29日 (木)  病人・老人の暮らせる世の中じゃネエよ


なんてヒデェ国に日本は転落してしまったのか唖然とする!!




 
★★★
このところ、ビデエ病状になった。またまた抗ガン剤の点滴をしなければならないのか?


心優しい人がソット枕頭台に置いていってくれた《緑色の折り鶴》…大事な[お守りとして]病院へ持って行こう…


打ち続けた抗ガン剤のせいで、シビレがあちこちを襲う。胃ガンも広がってイヨイヨ切り取られなのかも。


背骨は悪性リンパ腫のガンのお陰でブヨブヨ、トイレのため歩くのも杖を頼りでつらい体・・・


病院の大部屋で息を殺してヒッソリしているのも辛く、このところ家に帰っていた。





「やはり、わが家が一番!」…感染症が怖いこともあって、一日一万二千円も飛んでいく
個室にも長い間いたから、生命保険にも入っていない自分は、治療費で僅かの蓄えも尽き果てた。


(共栄生命保険会社が潰れそうになり、再建を待たずに、ひどく減額された積立金が、頭に来て止めてしまったから、どこからも金は返る当てはない。


全て現役で働く妻の収入と、ささやかな蓄えを取り崩すしか仕方がないのだ。)







久しぶりにPCの前に座った。長い間掛かって作り上げていた「手作り旅のホームページ」(200ページに及ぶ)は、健在だったので、ホッとした。


入院中、アチコチに移し替えた
個人日記・ペライベート掲示板などは、元にスッカリ戻し、公開日記も、チョロリと書いて満足した。


(また暫くは、PCともお別れだ)





胃ガン・悪性リンパ腫と宣言され地獄の闘病が始まってから何年も経つ…


病室に義妹が〔ベダという闘魚〕を持ってきた時には、驚いた。


「病室で魚の世話かよ!」とギョっとしたが、一日三回の餌やり‥看護婦さんも手伝ってくれて結構楽しかったな。


このベダという魚もいつの間にか死んでしまった。


ベダは死に、オレ様が今まで生きてこられたことがラッキーなのかな。


「胃を全部摘出」だったのが、それだけは免れてきたのが良かったが、今度はいよいよダメな気がする。


抗ガン剤の点滴と、その副作用には、ホトホト疲れ果てた感じだが…『先のことは、すべてケ・セラセラと考え、一日の暮らしを大事にしていかねば…』


といつも決意するのだが、暗い不安感は常に付きまとっている。






!!やはり「妻と二人きりの暮らしがいい」(妻は、一日の激務のあと、夕方の二時間ほどを共に過ごすために、毎日通い続けてくれた。)


こんな事が続けば、夫婦共倒れになってしまう。スーット死ねれば本当に良いのだが(昔ぽっくり寺参りが流行ったそうだが)今になって気持ちがよく分かる。


……いったん侵されればガンとは一生の付き合いになってしまうようだ。医療費は上がるは、年金減らし






弱者切り捨ての日本の政策に荷担した連中も、年を取れば苦しんでクタバル・・いくら金があろうとも死は、ひとしなみにやって来る。



長く入院していると、自分より大変な人たちも大勢いることに気が付く。
夜中に突然息を引き取る人々、リストラや破綻した男女関係で精神科入院の人々…


政治の世界は庶民の福祉にはマイナスの事ばかりが、続々と打ち出されてくる。


病人・老人が安心して暮らせる環境とは、全く隔たりがありすぎるよ。



病院で日に何回も、マイクで呼びかけ響く音声は、『貴重品は必ずお手元にしっかり置いて下さい』…


苦しんでいる病人からも、隙を狙って金を奪おうとする人間まで出ている犯罪国日本…





2006年6月29日 (木)  病人・老人の暮らせる世の中じゃネエよ


なんてヒデェ国に日本は転落してしまったのか唖然とする!!




 
★★★
このところ、ビデエ病状になった。またまた抗ガン剤の点滴をしなければならないのか?


心優しい人がソット枕頭台に置いていってくれた《緑色の折り鶴》…大事な[お守りとして]病院へ持って行こう…


打ち続けた抗ガン剤のせいで、シビレがあちこちを襲う。胃ガンも広がってイヨイヨ切り取られなのかも。


背骨は悪性リンパ腫のガンのお陰でブヨブヨ、トイレのため歩くのも杖を頼りでつらい体・・・


病院の大部屋で息を殺してヒッソリしているのも辛く、このところ家に帰っていた。





「やはり、わが家が一番!」…感染症が怖いこともあって、一日一万二千円も飛んでいく
個室にも長い間いたから、生命保険にも入っていない自分は、治療費で僅かの蓄えも尽き果てた。


(共栄生命保険会社が潰れそうになり、再建を待たずに、ひどく減額された積立金が、頭に来て止めてしまったから、どこからも金は返る当てはない。


全て現役で働く妻の収入と、ささやかな蓄えを取り崩すしか仕方がないのだ。)







久しぶりにPCの前に座った。長い間掛かって作り上げていた「手作り旅のホームページ」(200ページに及ぶ)は、健在だったので、ホッとした。


入院中、アチコチに移し替えた
個人日記・ペライベート掲示板などは、元にスッカリ戻し、公開日記も、チョロリと書いて満足した。


(また暫くは、PCともお別れだ)





胃ガン・悪性リンパ腫と宣言され地獄の闘病が始まってから何年も経つ…


病室に義妹が〔ベダという闘魚〕を持ってきた時には、驚いた。


「病室で魚の世話かよ!」とギョっとしたが、一日三回の餌やり‥看護婦さんも手伝ってくれて結構楽しかったな。


このベダという魚もいつの間にか死んでしまった。


ベダは死に、オレ様が今まで生きてこられたことがラッキーなのかな。


「胃を全部摘出」だったのが、それだけは免れてきたのが良かったが、今度はいよいよダメな気がする。


抗ガン剤の点滴と、その副作用には、ホトホト疲れ果てた感じだが…『先のことは、すべてケ・セラセラと考え、一日の暮らしを大事にしていかねば…』


といつも決意するのだが、暗い不安感は常に付きまとっている。






!!やはり「妻と二人きりの暮らしがいい」(妻は、一日の激務のあと、夕方の二時間ほどを共に過ごすために、毎日通い続けてくれた。)


こんな事が続けば、夫婦共倒れになってしまう。スーット死ねれば本当に良いのだが(昔ぽっくり寺参りが流行ったそうだが)今になって気持ちがよく分かる。


……いったん侵されればガンとは一生の付き合いになってしまうようだ。医療費は上がるは、年金減らし






弱者切り捨ての日本の政策に荷担した連中も、年を取れば苦しんでクタバル・・いくら金があろうとも死は、ひとしなみにやって来る。



長く入院していると、自分より大変な人たちも大勢いることに気が付く。
夜中に突然息を引き取る人々、リストラや破綻した男女関係で精神科入院の人々…


政治の世界は庶民の福祉にはマイナスの事ばかりが、続々と打ち出されてくる。


病人・老人が安心して暮らせる環境とは、全く隔たりがありすぎるよ。



病院で日に何回も、マイクで呼びかけ響く音声は、『貴重品は必ずお手元にしっかり置いて下さい』…


苦しんでいる病人からも、隙を狙って金を奪おうとする人間まで出ている犯罪国日本…





2006年6月20日 (火)  人魂(ひとだま)って本当にあるのかな




もしあれが「人魂」なら、歌舞伎芝居などで「鬼火」をアルコールでしめらせた布などを燃やして表現しているものとは大違い。


ヒュードロドロなんて芝居の青い火とは異質で、

打ち上げ花火の破裂する前の曳光を超スローモーションにしたような派手なものだったのだが…


《あれは、一体何だったのか?》今もW杯、W杯でアタマがくちゃくちゃ「ハリーポッター・ダヴィンチコード」を読みながらも、ふと想念は遠い昔の「ヒトダマ」に流れてしまっているのだ

 
この頃の怪奇・殺人・幻想物などTVでの取り上げ方は凄いものだ。

この人の世が味気ない時には、余計に鬼・幽霊・妖精・魔法使いなどの幻想的領域に心引かれる人間が増えるらしい。

TVで[ダビンチコード][モナリザの秘密][○○殺人事件][ハリーポッターと謎のプリンス]…こういう本を読んだり、

毎日、二、三回は放映される血まみれ死体から始まるドラマを見せられるたびに、アタマにスッと不気味な映像がゾクゾクと浮かび上がる。


ヒンドー教の聖なる仏像も、自分にとっては、怖い怖い妖怪だ。こんな自分のコワガリの元になっているのが、10代の頃見たと確信している「人魂」「鬼火」のことだ。


まして、W杯に期待をかけて、睡眠不足でボーットしている頭は、ろくなことを考えない。
「人魂」「鬼火」を見て震え上がったのは、久しき昔なのにあの時のゾーットした気分が蘇るよ。
<【 人間を土葬にした昔には、死骸が腐敗して発生した燐が燃えるとは、年寄りからよく聞かされてはいたのだが…

その頃の東京も郊外の葛飾区などでは、田圃・畑が広がりその間を土の道が通ったりして、すこぶる見通しがよかった。



その頃住んでいた○○町の我が家から約百メートルほど離れた道路沿いには、沢山の寺が建ち並び

「なんでこんな寂しいところに沢山の寺があるのか?」と不思議に思っていたのだが…古老から聞いた話で了解できた。

…関東大震災に出合って壊滅した都内のお寺さんが、郊外に引っ越してきたのだということは、成人になってから知ったのだ。】



その頃の東京郊外の夜はギラギラと満天に星が輝き、天の川は南から北に流れ、六等星まで見渡せたものだった。
特に1月2月の冬の空は美しかった…シリウス・プロキオン・ベテルギュース・リゲル・アルデバラン・カペラなどの一等星がチカチカ瞬き、

木・土・火星などは、じっと見つめる猫の瞳のように輝いている夜空…



人々はみんな早寝で深夜は人影一つ無い…遠くには傾いた心細げな柱に、裸電球の街灯がボンヤリと霞んで見えたりして…



家が豊かでなかったため夜間大学に通っていたある日のことだ。授業の終わりが遅くなり電車も遅れ、

帰宅を急ぐころは零時過ぎていたか?両側に畑が続き我が家の屋根が見え始めたとき…


【 連なる寺の屋根の上をフラフラと黄色・赤の入り交じった火の塊が上がっていった。

それは漂うようにいつまでも消えないように思えたが…


「こんな時間に花火かよ」と立ち止まった瞬間…思わず体が竦んでしまった。
[こんな真冬の真夜中に寺の中で花火などやるものがいるわけはない…]
そう思いついた瞬間、「人魂だ」と我を忘れて家に駆け込んだ。


〔今になって思えば、もっと冷静に出来事の顛末を見届けて置けばよかったのにと思えるが…〕


息を切らして飛び込んだ我が家は、家人はすべて寝静まっていたので、



しかたなく布団を被り猫を抱いてみたもののなかなか寝付かれなかったことを思い出す。


それからというもの、曲がり角から家までの50メートル[寺の屋根が見える]ほどを、
夜は駆け足で走り抜けるようになってしまった。…】



2006年6月26日 (月)  ガン患者とは本当に孤独なものだな



 
★★★
「頑張るんだ!」「気をシッカリと持て!」「きっと治るよ」「プラス思考だ」etc


なんて、ピンピンした健康人に言われたって、心の内に言葉が響かない悲しみが深まるばかり…

面会室は遠いが見舞客と一緒に来る‥部屋が明るいのは取り柄だな…




こんな見舞客の励ましを受け、それに堪え忍んで「早く帰ってくれないかな?」という本音は表面には出せず…

「ありがとう。頑張るよ」と言わざるを得ないのがやり切れないガン患者。






こんな気分だから、入院半年〜自宅療養ともなれば、人との繋がりはだんだん失われていく。

心が鬱々の患者などと、長い付き合いなど心底から望むバカはいない。


ただでさえ、不況で人情も荒れ果てた日本の社会…ガハガハ笑える事を探し当てるのに、誰でも夢中なのだ。

…いつの間にか、自分は、健康人という種族と、まるで別の種族に変わった感じになってしまったな。


ソウかといって「ガン患者友の会」とかなんとかの「掲示板」などにブツブツ「慰めっこ」したり、病状交信などしたり(腫瘍マーカー値が上がったとか下がったとか)など大嫌いなのだから仕方ない。





こういうときには、自分の身の回りの自然や物体に、小さな楽しさを見つけられる心の幅広さを作り上げていくほかない。



「心の安定度20%…」なんて感じの時には、同時に、体のソコココに具合悪さを自覚しているときらしい。



…こういうときには、北向きベランダに出て、北西風の寒さに耐えて今咲いている花を見る。

ヒョロヒョロと目立たないナズナの花(ペンペン草)をルーペで拡大してビックリ、こんな小さな花もオシベ・メシベの精密な構造があるんだな。



覗いたついでに、デジカメで撮りPCへ…折角だから、自分のHP「手作り旅のHP」の中の「今年ベランダに咲いた花」の仲間に加える作業…エヘヘ(^O^)

なにかバカなことでも作業していると「心の安定度60%…」に上昇か?

部屋のテーブルの上に片づけた「ペコチヤン人形」が偶然にも、シンビジユームの黄色い花の中にいるのが、面白く目に入った。

頭をペチャっと叩くとガクガクガク…
このマンシヨン暮らしでは、犬、猫など飼えないし、




金魚さえ配管保護のため脱酸素装置をつけられて全滅…僅かに残った二匹の亀も死んでしまった……

ペコ人形や沢山の動物縫いぐるみが、ペットの代わり…ペコの頭でも叩くほか仕方ない。


ともあれ、時間だけは、猛烈なスピードで、身辺を通り抜けていく。

いくつく先は、老衰&死…息のある間は、楽しみをコツコツ作り出さないとなあ!


世界中で買ってきたいろいろな思い出のスーバニールが部屋を埋めつくしている!

健康なときチイチイしないで豪華旅行?をイロイロしてきてよかったな…




病院で個室に入らざるを得ない酷い病状の時、旅行のHPのホンノ一部を妻が印刷して個室の壁に張ってくれたな・・・

これがナースたちとの話のきっかけになった。

患者は看護婦さんにイロイロ心の不安など聞いて欲しいのに、彼女らの忙しさは格別、話しているとコールの音がスグに響く。

ナースさんたちは、ピチピチと若いし、患者の暗い泣き言など聞いていたくないのが本音だろう。


僅かの暇をナースセンターで同僚とお喋りなどで過ごしたいもの……





2006年6月15日 (木)  2000年初めの頃までインターネットの世界はロマンチックだった。





 
★★★
振り返れば六年も前になるのかなインターネットは妖精の国のようにたのしかったな



それは,自分が元気だったからなのか?(今は食べることもママならず、生まれたことを悔やむカイコ蛾のように)

 【おはようございます!長い間、お付き合い頂いてありがとうございました。この度、ネットを離れることにしました。
いつも、手作りで頑張ってるkzzzoさんに、刺激を受けてやってきました。これからも、奥様と二人の手作りHP、頑張ってくださいね。
では、お元気で。 ほんとうに、ありがとうございました。】

 この大阪の素晴らしい主婦の方とは、HPを初めて作ったときからの「HP友」だった。

同時にアップしたことで、自分の下手くそなページを最初に訪れてくれた人なのだ。

以来、メール・書き込み・ポストペットまで、つき合っていただいた。



HP訪問による人との交流は、たいていは一過性で終了して、虚しさだけが残ってしまうことが多いが、この人だけは違っていたのに、淋しい限りだ。

お互いに顔も、環境も知る必要のない間柄は、想像の羽ばたく余地があってロマンチックだったな。






今はマトモニSEX,&&SEX・・・人のHPの掲示板にも遠慮もなく、「おめでとう、人妻とのセックスの相手に選ばれました」とか「乱交パーティのお誘い」ETC,

メールなど一日に同じ内容のものが100通も・・ついにメール関係を切って捨てた。 
 

ホームページにせよブログにせよ、好奇心とささやかな探求心から始まり、一時期面白さにはまってしまうが、やがて、疑問が湧いてくるものだ。

「これは何のために」「虚しい心の穴埋めに過ぎないのか」など。若い人たちは、「自己確認のため」「友達作り」「社会とカカワル手立て」などとカッコのいいこと言うけれど、年寄りの自分は、すでにそんな時代は過ぎてしまっている。
 



 この大阪在住の主婦の人とは、互いに刺激し合って、HPを作くる励みになってきた。彼女のサイトは、人気サイトになり自分としても嬉しかったな。何度も、止めようと思ったときがあったが、彼女の素晴らしいサイトが、励みになってここまでやってきた。ほんとうにガックリしたな。

公開日記もやめる潮時なのかな。あるサイトの自分の日記をさかのぼってみたら、2000年の4月から書いているのにはビックリしたよ。

文も言葉も、使い方によっては、刃物より人の心を惨く突き刺すものだ。この頃,悪意に満ちた書き込み・メールが飛び交い、虚偽に満ちた騙しのページも溢れるネット世界に急速になってしまったる。「

自分は巻き込まれることはない」と思っていても、ふと気がつくと、自分がひどい立場にいつの間にか立たされていることが、人生にはよくあることだ。

自分の言葉や文の切れ端が人の心を傷つけないようにしなければ、と改めて思うな。



最初の頃は、HTMLのタグの扱いが分からず、画像などアップしても、自分だけ悦に入っていて、人様には、見えていないことなど、お笑い草は数々あったな。

 大阪の主婦Kさんは、細かく見てくれてタグの書き方・点検のやり方など教えてくれた。今、妻まで巻き込んで「手作り旅のHP」なんて遊んでいられるのは、彼女のお陰だな。



 


所詮、個人ホームページは「ひとりよがり」なものだ。愛する妻と出掛けた海外の二人旅を、すぐにPageにして楽しんでいる。

まあ、個人ホームページなんて、人が見てくれることや友達作りを期待することなく、一人の世界で楽しむこと



PCに向き合っうのは、ベランダの季節の花をひとり楽しむような姿勢でイイのかも。

★★★





   次の 5件