2007年8月4日 (土)
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ピアノコンサート―若き才能
娘のピアノ教室の先輩Mさんのコンサートだった。現在パリ国立高等音楽院ピアノ科で学んでいる。中学の終わりごろには、沢山上手な先輩がいる中で、一際美しく煌くような高音を響かせて誰もが注目する存在になっていた。高校から東京で学んでいたが、教室の発表会にはほとんど欠かさずに戻って演奏してくれていた。戻るたびに上手くなっていくので楽しみだった。
今回も期待に違わぬ名演だった。何よりも音が多彩で美しい。一曲目いきなりプゾーニ編曲のバッハのシャコンヌ。無伴奏ヴァイオリンソロの原曲では、ヴァイオリンとしては重厚感のある出だしを、ピアノでは厚い和音で表現している。この出の和音でいきなり聴衆の心を鷲掴みだ。やや華奢な身体をいっぱいに使い、どこからそんなパワーが出るのだという力感を出している。そして後半部分でのピアニッシモの美しさ。正直ピアノの演奏でこれだけ美しい歌を聴いた記憶は久しく無い。このピアニッシモの美しさは、ショパンのソナタ第二番の低い葬送行進曲の中間部でも聴くことができた。
そしてフランス文化の中で学んでいることを感じさせる洒落た解釈はフォーレ、ドビュッシー、ショパンの演奏に表れていた。よく聴くショパンの華麗なる変奏曲では、サロンでのフランス語の軽妙な会話の間を彷彿とさせるようなフレージングが、とても新鮮だった。
Mさんのご両親も私達夫婦同様、前回ご紹介したI先生の混声合唱団で、その専属ピアニストだった娘のピアノの先生の伴奏で歌っていた。私達の身近なところでその才能を美しく開花させていったMさんの精進や、支えた方々のご努力に敬意を表しながら又新しい表情を見せてくれるだろうMさんの次のステージを思い、豊かな気持ちになれたことを感謝している。
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2007年7月28日 (土)
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復活
昨日は、2週に1回の男声合唱団の練習だった。
2ヶ月ぶりぐらいで、I先生の指揮で「月光とピエロ」を練習した。腰の手術で入院されていたのだ。
清水修のこの名曲は、恐らく「天井桟敷の人々」がモチーフになっている。直感的には絶対そうだと思っている。高校生のとき偶然一部を観たこの大作のワンシーンは脳裏というより心そのものに焼きついて消えることは無い。それはバチストがピエロの扮装のまま、雑踏の中恋人を追う姿だ。「人生はこんなに悲しいのか。」いつ想い出しても暫く涙が止まらない。モーツァルトのピアノソナタやクラリネット五重奏曲とも通ずるところがある。
これを男声の厚い響きで表現するのだ。「ピエロの悲しみはそんなに軽くない!」練習中何度もI先生から駄目だしがある。しかし、深いイメージとヴィジョンに支えられた先生の指示はいつも的確だ。1回ごとにハーモニーの切れがよくなる。
一方メロディーラインのパートにはたっぷり歌わせてくれる。また先生は底の厚いハーモニーがお好きなので、ベースはたいてい表示より強めに出せといわれる。低い声ならいくらでもというか低い声しか出ない私には、ありがたい。久しぶりに○○(I先生のお名前)サウンドを満喫して、先生の持分の1時間はあっという間に過ぎた。
77歳にして背の割には巨漢の先生は、今回腰を支える骨の代替物を埋め込むような大手術をされた。「今回ばかりは、自分もこれまでかと思ったけれど、あなた方のハーモニーが僕を生き返らせてくれた。ありがとう。」先生のお声は練習中もこう話されたときも、明るく活力溢れる力強いものなので、完全復活を疑う団員は誰もいないだろうが、「お元気で、まだまだ教えてください。」と明るく祈り続ける。
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2007年7月14日 (土)
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よいお医者さん
40〜年ぶりに耳鼻科へ行った。12日の朝耳の掃除をしていて綿棒で耳垢を押し込んだような感じで、左耳が詰まったような状態だった。大抵はすぐ直ってしまうのだが、今日もどうもすっきりしないので近くの耳鼻科医院へ行った。
待っている間、かかりつけらしい親子がいたが、子ども達も親もニコニコしている。看護婦さんたちも笑顔だ。随分センスの良い絵本があったので4冊ほど読んだら自分の番になった。
医者は60を優に超えたように見えるがエネルギーを感じる人だった。説明の後、耳を見るとき、椅子から立ち上がり、両足を開いて踏ん張り、獲物を狙うように顔を私の耳に近づけてくる。一番良い視点のポジション取りをしているのだ。この一瞬の動作で、不安がなくなり、すっかりお任せする気持ちになれた。と言うのは今振り返ってのことで、不安など起こさせる前に、診断まで終わっていた。
両耳を洗浄してもらった。洗い出された耳垢を示しながら、「これだけ取れました。」とニコニコしている表情から、私が、何十年も耳鼻科にかかったことのない患者だということもお見通しだった感じがした。「ありがとうございます。」気持ちよくそう言えた。
患者の知らない知識を背景に、距離を置いた高みからのジャッジを伝える。こんな感じの医者が多い中、名医に出会い、耳以上に、心がすっきりした。
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2007年6月6日 (水)
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朝の読み聞かせ
今年初めての朝の「読み聞かせ」だった。毎週一回昼休みのほかに、毎週一回職員朝会の時間に、一年生に絵本を読んでいる。昼の部はもうスタートしているが、朝のほうは、運動会の延期などもあり、今日が初めだった。2クラスをTさんと交替で読んでいる。
久しぶりに、うれしさと期待感で気持ちが高まっている。
「なんでもやのブラリ」(作片平直樹・絵山口マオ)を読んだ。初めにしては長めだが、絵が明るく、シンプルで集中しやすい。便利な袋から何でも出し入れしながら、ひとに喜んでもらうという単純な話だが、出てくるものが、大量の象やスイカだったり、これを奪おうとしたワニのチンピラ兄弟が、ワニママにお仕置きされるなど、ユーモラスに善を勧めている。なにより、「かんしゃかんげき、まいどありー。」などの科白のリズムがおもしろい。
教室に入ると、何か係りの仕事をしている子がいて、席につくのに手間取ったが、話が始まるとすぐ集中の気配がしてきた。読み易い、こちらも集中し,ノってきた。一年生のこの時期にこれだけ、切り替えが早く集中できるのは、担任の先生に相当な力量があり、子供との関係がよい証拠だ。2年前にも1年生を持った方だが、「S先生、また力をつけたな。」と思う。
終わって教室を出ると、先に終わったTさんと、校長先生が待っていた。わざわざ様子を見がてら、お礼に見えたのだ。3人で子供たちの様子を話した。この校長先生なら先生方のモチベーションを相当高めてくれると感じた。Tさんの方の子供たちもすばらしい集中力だったという。今年は相当、内容のある本まで読めそうだと話し合った。
それにしても、子供はすごい。話し終わったところですぐ、「その鳥はどうして出てきたの?」と聞く子がいた。途中から入室していたS先生も、私もワニと間違えてるんだなと思って、「これ、ワニっていうんだよ。」と言って終わった。ところが、校長先生と話しているとき、その子が、すすーと寄って来て、本の背表紙を指さす。「鳥。」といってにっこり笑う。小さな鳥の絵がついていた。「あっ、ありがとう。」
この子は、「もっと丁寧に読んで来るんだよ。」と私に教えている「童子」だったのだ。
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2007年4月14日 (土)
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さらにフランス語?
2月末の演奏会を終え、昨日新メンバーも加えた今年度一回目の男声合唱練習開始。新メンバーの中にフランス人の方もいて、昔はフランス語も勉強したなどと話したら、、これからフランス語で話そうかといわれ、tres difficile(too difficult) と言ったら、Vraiment? ( Really?) と返された。「そんなことないでしょう。やりましょうよ。」の響きだった。フランス語学習再開となると、再開したギターはやっぱり無理か。しかし彼から感じるヨーロッパ的教養に触れないのはもったいない。などと考えながら、昔覚えた詩が鳴り響いて、ちょっと寝つきが悪かった。
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