2006年12月4日 (月)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
8.人生行脚と古川柳 (その二)季節
「手の甲で餅を受取る煤払い」
昔は暮の十三日が煤払いだった。この日に煤餅を祝うのが慣例で、
まだ煤払の最中に餅を振舞う。
「さあお餅」といはれて手を出したが、煤だらけなので手のひらでは
受取れない。いっちきれいな手の甲で受取ってポンと口の中へ入れる
が、手の甲もきたないのは「口をあいたりあいたりと十三日」、
口へ入れて頬張らす。チと大きいので目を白黒させる。
イヤ滑稽なこと滑稽なこと。
だが「つくやつをつかぬで煤がはかどらず」、この餅を倹約すると
現金なもので掃除ははかどらない。
やがて煤払が終る。「煤払の湯帰りもとの人になり」、 これでやっと自分の顔になった。「十三日朝飯までは常の顔」。
「煤掃(すすはき)に装束過ぎて笑はれる」
「売るやうにお宮をはたく十三日」
「弾きながら三味線運ぶ十三日」
「ふんごんで煤を取るのが旦那なり」
「取次に出る顔のない十三日」
「十三日普段の顔は無精者」
「おれだわい吠えるなといふ十三日」
「銭金もこうたまればと十三日」
「十三日鳥籠を吊る梅の枝」
「胴上に遣手巾着押さえ居」
目出た目出たの若松様よ、枝も栄えて葉も繁る。 お目出たやアーサッササッササと唄って胴上げした。
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2006年10月27日 (金)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
8.人生行脚と古川柳 (その一)家族
「姑(しゅうとめ)の日向ぼっこは内をむき」
痛烈骨を刺す皮肉だ。 呑気な日向ぼっこ、それにも姑は外を向かない。
内を向いて日向ぼっこをするのは、言はずと知れた嫁の監視だ。
一寸でも目をはなしては、姑の役目が承知しないと言った按配。
こんな姑をもっては嫁さんも全くやり切れない。が世間には、
かうした姑がないではない。災難。災難。
「叱らずと隣の嫁をほめておき」
遠回しに当てこすられるのは、あからさまに叱られるよりも厭な ものだ。
「隣の嫁さんは、ほんとうに働き者で、それでゐて気立てが優しい。 あんな嫁をもらった姑さんは幸福だよ」 お前などは足許へもより付けやしない。。。。。。と言はぬばかり。 それを殊更聞えよがしに言はれるのだから堪らない。
こんな姑をもった嫁さんこそ災難だ。と言っても別に自分の嫁を悪く 言ふのぢゃないのだから、 「はい、私は無精者で、気立ても悪うございますよ」と拗ねでもした ら此方の負けだ。
「何にもお前を悪く言った訳ぢゃないよ」 大分(だいぶん)薬が利いたなと腹の中で舌をペロリ。
「孫が出来姑はじめて嫁をほめ」
総じて孫は可愛いいもの。これ迄嫁が憎くて、悪口ダラダラであった 姑さんも、可愛いい孫が出来て、心境に一大変化を起し、悪口ダコの 出来た口から、これはしたり、嫁をほめ出した。
それが又、男の子ときてゐるから、姑さん目が見えない。
近所の誰れ彼れ、よるとさはると、「あの悪口婆さんの変りやうを ご覧なさい。何でもないことを、嫁が、嫁がってほめるよ。まるで 人が違ったやうだね」
孫は姑(しゅうとめ)済度(さいど)の仏様だ。
「嫁の顔めがねのそとでじろりと見」 「姑婆数珠をはやめて小言いふ」 「袖口を二つならして嫁をよび」 「黒い毛を抜いたが嫁の落度なり」 「嫁のこと姑身ぶりをして話し」 「もっと寝てござれに嫁は消えたがり」 「姑婆死にさうにして止(よ)しにする」 「ねがはくは嫁の死水とる気なり」 「姑の気に入る嫁は世が早し」 「姑のつむじは尼になって知れ」 「姑の屁をひったので気がほどけ」 「物差を嫁へなげるはうつくしい」 「如才ない嫁お経をも読み習ひ」
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2006年10月10日 (火)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
8.人生行脚と古川柳 (その一)家族
「腹のたつ裾へかけるも女房なり」
腹の立つ亭主だが、ごろ寝して眠ってしまった裾に、そっと覆いを かけてやる。
ぷりぷり怒っているさなかにも、そうした気づかいをするという女房 の情をうがつ句。
この句の亭主は遊里からの朝帰りかもしれない。 「朝帰りそりゃ始まると両隣り」 遊里を悪所とはよぶものの、廓通いが罪悪視される時代ではなかった。
女遊びは、むしろ男の甲斐性や見栄の見せどころのようになっていた が、既婚の男の場合には、親に代って女房が悩まされることになる。 「駕籠賃をやって女房はつんとする」 「女房は土手のあたりで髪がとけ」 「女房に土手であつたは百年目」 「行く程でしない馬鹿がと女房いひ」 「女房に恥をかかせる病なり」 「女房はそれ見なさいと外科を呼び」 「女房の苦は花が咲き月がさし」 「女房は風雅の友をわるく言ひ」
「寝た形(なり)でゐるはきれいな悋気(りんき)なり」
亭主が帰ってきたとき、寝入ったふりをしているのはきれいな嫉妬だ。
これを裏がえせば、亭主の帰りを待ちかまえていて嫉妬むき出しの形相 でつっかかるような女房は、醜くあさましいとなるわけで、 「きれいな悋気」は男の側の注文と願望である。
その虫のよさ身勝手さをもうがった句として読むと面白味が倍加する。
「女房の拗ねたは足を縄に綯(な)ひ」 「里のない女房は井戸でこはがらせ」 「何うしても泊って来たが亭主負け」 「つらあてに女房も里へ居続けし」 「女房がるすでながしに碗(わん)だらけ」 「女房のやくほど亭主持てもせず」
「仲直りすると女の声になり」 「仲直り鏡を見るは女なり」 「仲直りもとの女房の声になり」
女房といふことになると、もう喧嘩の修業も積んでゐる時分で、 無遠慮に大きな声を出してシガミつく、ヒッかくといふ騒ぎである。
だが、何と言ったところで夫婦だ。
驟雨一過してやがて仲直りとなると、女房も女房らしい声になり、 「ネーあなた、ワタシも悪かったけれど、アナタも悪かったのよ。 堪忍して頂戴ね。ヒッかいたところ痛まなくって?」
人間性の機微のうがちは、川柳の本領である。 女心と夫婦の機微をうがって好色のふくみもある。 「足の毛を引くが女房の仲直り」 「そこ掻いてとはいやらしい夫婦仲」 「女房はなんぞの時を待っている」
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2006年9月14日 (木)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
8.人生行脚と古川柳 (その一)家族
「お母(ふくろ)は親仁(おやじ)の腕にしなびてゐ」
子供に意見でもする時には、そんなことは微塵もなかったかのやうな
顔をしてゐるが、何して若い時には、いい加減その両親を泣かせたも
のだ。
彼女(あれ)と一緒にして呉れなければ、家出をするの、死んで終ふ
のと駄々を捏ねた揚句、親の泣寝入りでやっと思が叶ひ、晴れて夫婦
になったのが今のお母だ。
といふ証拠には、お母の名が親仁の腕にチャンと刺青で刻まれてゐる。
今でこそ、しなびて文字もよれよれになってゐるが、それが何んなに
親達を泣かせたものか。
当時の恋愛史は反古になっても、わが子に見られてはチとキマリが悪か
らうと云うもの。川柳子はなかなか皮肉である。
「糸巻の向ふに亭主踊ってる」
川柳子の目に映じた亭主は瓢軽(ひょうきん)な者が多い。
女房のそばで新聞でも読んでゐると「一寸(ちょい)と」と言って
糸のカセを持たせられる。
クルリクルリと廻さねばならぬ。
初めの程は神妙にやってゐるが、次第に飽いて来る。
で、いつしか伴奏入りで、トッチリ、トッチリ、トッチリテンと踊り
出す。
「いやだねエ、みっともない、子供見たいに、何んですね」と女房に
どやされて、「ヘイ、ヘイ」といひながら、足の指で女房のお尻を抓っ
たりする。イヤハヤふざけたものだ。
「女房に付きに付いてるたはけ者」 「女房をたいせつにする見ぐるしさ」 「女房に何にもさせぬたはけ者」 「女房をこはがるやつは金ができ」 「女房をなぜこはがると土手でいひ」 「女房をおそろしがってただ帰り」 「女房があればいかぬとけちなやつ」 遊里でぱっと派手に金をつかうことは、江戸人の美意識の「通」や 「粋」のあらわれだった。 女遊びもせずに、家で暮らしている者を「家暮(ヤボ)」とよんだ。
その反対が。。。 「女房はおふくろよりもじゃまなもの」 「女房ほど母の迎ひはこはくなし」 「内にかといへばきのふの手を合はせ」 「さとられぬやうに謡で合図なり」 「たそがれに出て行く男尻しらず」 「なぐさみに女房の意見聞いて居る」 「女房にひげをぬきぬき叱られる」 「親父まだ西より北へ行く気なり」 老父は、西方浄土へいくことをねがう年齢だというのに、まだ「北」 へいきたがっている、と吉原を「北」の俗称でよんだ句である。
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2006年8月23日 (水)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
8.人生行脚と古川柳 (その一)家族
「棒ほどのことを針ほどに母かばひ」
人の悪事なら、針ほどのことを棒ほどに言ひたがるのが人情である。
親なればこそ、母なればこそ、棒ほどに大きい過失も、針ほどに
小さく言って子をかばふのだ。
心では大変なことをして呉れた。
困ったことを仕出かしたと胸をいためながら、口へ出しては
「何に大したことでもありません」、「一寸とした過ちで」と、
何気なささうにかばって呉れる母の慈悲。
全く涙のこぼれる勿体なさだ。
それをいいことにして増長するやうな不孝者はさて置いて、
この母の慈愛に感激してこそ、人は正しくも直くもなって行くのだ。
「盗人を捕へて見ればわが子なり」
「盗人を捕へて母は声をさげ」 である。
「親の闇ただ友達が友達が」
親は子にかけては目が見えない。それは子故の親の闇である。
親馬鹿といはれるのもそれが為だ。
何かわが子に失策がある。と、友達が悪いからだといふ。
近頃何うも不良な傾向を帯びて来た。これも友達が悪いからだ。
友達が友達がと、何んでも悪いことは友達の所為にして仕舞ふ。
ところが、その友達の親も、悪い筈の友達の親も、矢張り友達が
悪いからだといってゐる。
双方で友達が友達がといって自分の子の悪いことは棚に上げてゐる。
それが親の闇で、わが子に対しては目が見えないのだ。
親馬鹿チャンリンなのだ。何うです。解りましたか。
「あれと出るなと両方の親がいひ」
「どうするか見ろとお袋どうもせず」 「母親は息子の嘘をたしてやり」 「なに親をだましましょうと息子言い」 「母親はもったいないがだましよい」 「叱られる度にむす子の年がしれ」 「どらに会ひたいが末期のねがひなり」 親心とは。。。。。。。。。。
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2006年8月19日 (土)
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モルセラの川柳講座(モルセラの独り言)
第七章 古川柳の世界
8.人生行脚と古川柳 (その一)家族
「子の寝びえ翌日夫婦喧嘩なり」
川の字に寝ないから起る問題だ。
「お前が。。。」、「あなたが。。。」。
子に寝びえをさせた責任何れにありや。
犬も食はない夫婦喧嘩だ。
結局何方が勝ちとも負けとも決しないで、有耶無耶に終る。
「子が出来て川の字形に寝る夫婦」 (離れこそすれ離れこそすれ)この前句との附け合いの趣から、 子が出来る前はこの夫婦は一晩も離れて寝たことがないのである。
「寝かす子をあやして亭主叱られる」
子煩悩な亭主がよくやる図だ。
女房が折角寝かそうとしてゐるのに、
「坊や、一寸と笑ってごらん。どうした、どうした」と
頬ツぺたなどを突っつく。
子供は寝かけたところを突っつかれて五月蝿そうに顔や手を動かす。
「およしなさいったら、五月蝿い人ね!」、軽くにらみつけられて、
「さうか、さうか俺が悪かった」
蓋し家庭円満な場面たるを失はない。 「能く寝ればねるとてのぞく枕がや」 「寝てゐても団扇のうごく親心」 「はえば立てたてばあゆめの親心」
「いぢらしさ黒子のやうな乳を探し」
母が亡くなって間もない乳呑児、余り泣くので懐へ入れてすかすと、
いぢらしや、母だと思って乳をさがしてゐる。
その乳が男のそれだから黒子(ほくろ)ほどしかない。
余りのいぢらしさ、不憫さに、父親は抱きしめて、ほろり!ほろり!
止めどなくこぼれる涙。涙なしには読まれぬ句だ。
「南無女房乳を飲ませに化けて来い」 女房が幽霊になって乳を飲ませに来てくれることを哀願している。
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2006年8月13日 (日)
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モルセラの川柳講座(モルセラの独り言)
第七章 古川柳の世界
八.人生行脚と古川柳 (その一)家族
「叱られたことも恋しき霊(たま)まつり」
しんみりとしたいい句だ。
盂蘭盆の霊まつり、何とはなしに昔のことが思ひ出される。
お墓へまゐっても、精霊棚にぬかずいても、盆灯篭の下で談しても、
しみじみと亡くなった親が恋しくなる。
あの時に叱られたが、あれも結局親の慈悲であった。
この時に意見されたが、これも矢張り為めを思っての親の愛情で
あった。何につけても親ほどありがたいものはない。
と思ふと自然と涙がこぼれて来る。
「叱られたことも恋しき」とは穿った句だ。
涙なしには読まれないいい句である。
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2006年8月11日 (金)
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モルセラの川柳講座(モルセラの独り言)
第七章 古川柳の世界
八.人生行脚と古川柳 (その一)家族
「孝行のしたい時分に親はなし」
有名な句だ。だが、何といふ痛烈な皮肉だろう。
蓋しかうした経験をしみじみ味はった者に取っては、それは寧ろ
やる瀬ない悔恨の涙ににじんだ句だ。
痛みなしに、涙なしに、皮肉な気持でこの句を読み得る人は、
世にも稀れな幸福者でなければならない。
それは味気ない人生に余りにも多い事実だ。
強ちそれは不幸な為めばかりではない。
つひうかうかと過したが為めでもある。
人生の行路難く、不如意がちな為めでもある。
老いゆく身には、光陰は矢よりも早く、人命は露よりももろい。
孝行のしたくなる時分にはもう親はないのだ。
孝行のしたい時分、それは「子を持って知る親の恩」をしみじみ
感ずる時分である。
何うにか人並な生活が出来て、親の好きだったものも口へ入るし、
親の願ったことも出来やうといふ時分である。
「今時分親がゐてくれたらばなア」、何かにつけて思ひ出すのだが
それはもう遅い。親の七回忌も過ぎて終った。
ただやる瀬ない悔恨の涙に咽ぶばかりだ。
皮肉な句でもある。訓戒の句でもある。
そして又悔恨の句でもある。
一句僅かに十七字、しかも含蓄は海よりも深い。
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2006年7月9日 (日)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
7.浮世百態(その五)
兄嫁も芝居願ひはグルになり
添乳して棚に鰯がござりやす
家賃より高い染賃きる女房
見ともなさ亭主かきのけ罷り出る
後添は恐々一つ縫ひ直し
女房を叱り過して飯を焚き
風吹かばどころか女房嵐なり
蚊の喰ッたまでも怨みの数に入れ
去ッた明日物を探すにかかツて居
行燈に去りし女房の針の痕
四百づつ両方へ売る仲人口
普段着で来て仲人を驚かせ
よくしめて寝やれと後家の味気なさ
一分のび二分のび後家の乱れ髪
四五日は嫁が嫁がを吹聴し
叱らずに隣の嫁を誉めて置き
今死ねば嫁が浮かぶと薬取り
下女いびり況んや嫁に於てをや
六阿弥陀嫁の噂の捨てどころ
そればかり着て出やるのともう虐め
是ばかり着て来やるのと里の母
憎い腹から可愛い孫が出来
法事から初めて泊る里の親
さうであろそであらうと里の母
衣類までまめでゐるかと母の文
うたたねの団扇の風が母の恩
国の母生れた文を抱き歩き
よく寝れば寝るとて覗く枕蚊帳
水加減亭主産所へ聞きに来る
今捨てる子にありたけの乳呑ませ
拾はるる親は闇から手を合せ
叱られる度に息子の年が知れ
孝行のしたい時分に親はなし
無理な異見は魂を入れかへろ
御隠居は杖の頭へ手を重ね
かたみ分け怨みつらみの初めなり
無い筈はないと跡から倉へ行き
九十九で死んで一年惜しがられ
一人者胴震ひする飯を喰ひ
捨てておく椀が世に出る居候
居候三杯目にはそツと出し
銭までが煙草の中に居候
碁敵は憎さも憎し懐しい
三味線の撥を欠伸のふたにして
誉められる所で切れる三の糸
河東節親類だけに二段きき
久しぶりまづ両方で反り返り
気があれば目も口程に物を言ひ
提灯をのの字に廻す水溜り
片隅へ朝寝の旦那掃き残し
天晴な手で売居と書いて張り
売居と唐様でかく三代目
只も行かれぬが無沙汰のなり初め
挨拶の度に手拭肩をかへ
火貰ひの吹き吹き人に突き当る
振袖は言ひ損ひの蓋になり
新世帯何をやツても嬉しがり
人にいふ意見を聞けば一人前
傘を雫で返す律義者
これ小判たツた一晩居てくれろ
以上、浪六著「浮世の裏表」修文社 昭和四年 定価壱円六拾銭 より浮世百態の古川柳を抜粋しました。
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2006年7月6日 (木)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
7.浮世百態(その四)
後ろからよい顔の出る鏡とぎ
着せたさは子程に思ふ猿まはし
下手な絵師竹があるから虎と見え
すみずみで大工を誹る畳さし
初会には道草を喰ふ上草履
閉口といひいひ喋るたいこもち
取りあげ婆屏風を出ると取巻かれ
煮うり屋の柱は馬に喰はれけり
暗闇で昼飯を喰ふ漆かき
箍かけた四五間先で犬がじゃれ
夕立や上戸かれこむ汁粉餅
節穴を座頭の見出す寒いこと
拍子木で捨子の股を開けて見る
叱られた下女膳立の賑かさ
仲人は嘘八百を並べ立て
四五人の親とは見えぬ舞の袖
碁会所と医者へと迎ひ二人出し
居候嵐の屋根を這ひ廻る
船頭もあとの婆は義理で抱き
料理人気のへる程に屑を出し
井戸替は深さを横に見せるなり
捨てる芸はじめる芸に羨まれ
約束を違へぬ紺屋あはれなり
関取の乳の辺に人だかり
鳴子曳き子の愛想に一つ曳き
早乙女は二の腕で拭く玉の汗
武士の喧嘩に後家が二人出来
わが顔を毎日磨く鏡研ぎ
地団駄を踏んで畳や糸をしめ
巻紙も痩せる苦界の紋日前
白拍子旗色のいい方へ惚れ
好く流行る医者は薬も風引かず
提灯で夜鷹を見るは酷い人
辻番は生きた親爺の捨てどころ
雨宿り五人で蕎麦を二はい喰ひ
三味線はお下手ころぶは上手なり
仲の町さくらに負けぬ柳腰
神主は人の頭の蝿を追ひ
雨宿りごおんと搗いて叱られる
じれったい子だと子守は二度ゆすり
人魂で草履を捜す楽屋番
生き返り死に返り出る下手役者
落語家は世間のアラで飯を喰ひ
川中を草鞋で歩く筏乗り
代診は何をコイツの気で見せる
先生といはれてグッと反身かな
西瓜泥棒は捻ぢ首にして逃げる
馬鹿なこと犬を猫だと三味線屋
銭湯で世上の垢を擦りあひ
次回で村上信著「浮世の裏表」(浮世百態篇)を終わります。
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2006年7月2日 (日)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
7.浮世百態(その三)
毛ぬき売わがのを一本抜いて見せ
つきごめ屋女を見ると強く踏み
米搗に所を聞けば汗を拭き
道問へば一度に動く田植笠
風に笠とられぬやうに口を開き
見物の下知に従ふ下手将棋
下手将棋王より飛車を大事がり
下手将棋しり突っかれて睨め廻し
飛車角が隠居してゐる下手将棋
返事かく筆の軸にて王を逃げ
弁天が布袋に変るおめでたさ
大黒を和尚布袋にして困り
和尚さま苦しいわけは二世帯
初ものが来ると持仏がちンと鳴り
数珠さらさらと押揉んで小言なり
灯明を嫁は二人で消しに行き
姑をいぶす蚊遣は嫁の孝
風呂敷を被った明日蚊帳を出し
糸を巻くやうに花嫁餅を喰ひ
花嫁は口を蕾にして笑ひ
笑ふたび嫁手の甲を口にあて
借りた子を又貸にして嫁は羽根
借りた子に乳を探され縮むなり
よい姑ほんまの鼾かいて居る
屁の騒ぎひりてが知れて嫁安堵
湯殿から忘れた時分嫁は出る
坐ってて嫁は着替へてずっと立ち
どこからか出して女房は帯を買ひ
買ひにやる子へ絹糸を五六寸
女房の智恵は花見に子をつける
駕籠賃をやって女房はツンとする
いひぬけを皆女房に覚えられ
薬の苦なければ親爺喧嘩の苦
溜めたがる使ひたがるで揉め返り
親の爪その火を息子茶屋で消し
とばちりが謡曲の師匠までかかり
百両を解けば人を退らせる
妙薬を開ければ中は小判なり
密談の火鉢二人でいぢり消し 病み上り母を使ふが癖になり
うたたねを隈取るやうに掃いて行き
うたたねの書物は風が操って居る
よっ程の間かと昼寝は目を擦り
暑気見舞枕と団扇持って逃げ
逃げ足で嫁の出て来る門涼み
我腹が減ると子守は帰るなり
舟の子へ蟹投げてやる蜆取り
船べりで虱を潰す麗かさ
すしや程ゑさ箱のある下手の釣り
せはしさに殆ど困る子の給仕
面白がって子のくぐる土用干
出代りの乳母は寝顔に暇乞ひ
薪ほど乳母の里から桃の花
挨拶を内儀は櫛で二つかき
前略 私事多忙で長らく休講にさせて頂きましたが今月より再講します。 古川柳の世界をご笑覧ください。モルセラ拝
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2006年5月6日 (土)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
7.浮世百態(その二)
面見れば炬燵の中の手が違いひ
泊ツたら御免よと母を馬鹿にする
独りもの面倒がツて二升たき
挨拶をまじまじと嫁消えたがり
若旦那さまと書いたを下女落し
よく結ふと悪く云はれる後家の髪
封違ひ不機嫌な客二人出来
ボウブラや蚊になるまでの憂き苦労
新所帯わけのつくまで雛はなし
ほしい顔せまいぞと雛へ連れて行き
大釜へすっぽり嵌る鍋いかけ
値が出来て箍屋何所へか持ツて行き
お転婆に構ひなさんなと転婆いひ
大道で脈を見て居る小児医者
好く流行る医者は薬も風引かず
茶碗酒下戸も用ひる旅の味
御近所へお世話をかけて河豚をやめ
生若いに炬燵を出ろと叱られる
屁の論で嫁一生の意地を出し
はづかしさ悔しさ嫁の無実の屁
戴いて飛車を取られた口惜しさ
下手将棋もろ手を組んで休んで居
怖さうに男の廻す糸車
おやおやおやと戸を開ける今朝の雪
言訳の息子あたまで爪を磨ぎ
遺書は見つかり安いとこへ置き
うちの子の乳を放さぬ気の毒さ
乳貰ひは子に似て親の顔も痩せ
啼くよりもあはれ捨子の笑ひ顔
生鯛はつられた形で台に乗り
雛棚へ艾を置くも姉の智恵
死に切ツて嬉しさうなる顔二つ
惜しい事あツたら息子律儀なり
どうしたか娘いやみな医者といひ
御内儀の受取発句書いたやう
いなびかり男ばかりが涼み台
闇に綾あツて娘の門涼み
辻番は生きた親爺の捨てどころ
雨宿り五人で蕎麦を二はい食ひ
雷神に花嫁蚊帳へ篭城し
口説かれるやうに花嫁脈を見せ 辻斬を見て在します地蔵尊
数珠さらさらと押揉んで後家だまし
好きな後家ころんでも只おきるなり
さアことだ転んだ瘤が腹へ出来
三味線はお下手ころぶは上手なり
据風呂のおなら背中へ駆け上り
嘘よりは八町多い江戸の街
算盤を二度手に取ると値が出来る
瀬戸物屋あたり近所へ損が知れ
貸す方で大事にしなと薬鍋
煙草入たづねる振でつめるなり
口説かれて尻を捻るは古風なり
ぬり桶へかいて口説けば指で消し
下女が文読むではなくて判じもの
下女の腹こころあたりが五六人
中で気のよささうなのに下女かぶせ
若旦那夜は拝んで昼叱る
いふことを夜きく下女は昼きかず
寝てからの聞く耳まくら二寸あげ
すツぱり這はせて置いて内儀起き
旅の留守内へも胡麻の蝿がつき
密夫を捕へて見れば養子なり
さし足で帰る亭主は邪推なり
可笑しさは夫婦喧嘩に狆が吠え
蚊帳一重でも夜這には厳い邪魔
新世帯あぶらの入らぬ夜業をし
銅仏は拝んだ後で叩かれる
持ちなさい女は後にふけるもの
ひとりもの店賃ほどは内に寝ず
綻びと子と取かへる独身者
寝所をへしをツておく独身者
村上信著「浮世の裏表」修文社s4年定価壱円六十銭より古川柳を 抜粋しました。次回に続きます。
なお、私儀、引越しの為に7月まで休講にさせて頂きます。 再講の折は再び皆様の御笑覧をお願い申し上げます。 モルセラ拝
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2006年5月3日 (水)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
7.浮世百態(その一)
重箱をゆすぶりながら禮を言ひ
この次は何所にしべいと麦を刈り
気がついて嫁かんざしの鈴を抜き
其当座昼も箪笥のカンが鳴り
捨てる子に笑はれて親は泣き出し
箱入を隣家の息子封を切り
どうしても泊って来たが亭主負け
投げられて武勇を振ふ国言葉
もう幾つあがると雑煮きき合わせ
餅網に引かかってる下戸の禮
注連のうち我が女房にもちツと惚れ
帰りがけ急げば廻る風車
惜しさうに隅から挟む雛の重
紙雛も母のは腰が曲るなり
手が枯れてゐるので花は生きて見え
摘草の入物にする下女が袖
花盗人あとから蝶が追ひかける
早乙女は二の腕で拭く玉の汗
早乙女は子を寝かすにも田植歌
盗人の猛々しきは袴着る
武士の喧嘩に後家が二人出来
貸さぬ奴種々物入を言ひ立てる
孝行と不幸と並ぶ塗枕
五月雨のむつきに困る鬼子母神
風鈴もだんまりで居る暑いこと
子の寝冷え翌日夫婦喧嘩なり
涼み台また始ツた星の論
魂棚のねずみ若後家とびあがり
ふき降りに人間を呑む蛇の目傘
夕立にイザリぬきでを切ツて駆け
竹槍で腹えぐらるる米俵
手のひらへ書いて「な」の字は口でいひ
人並に座頭の見るは夢ばかり
親に似た子を持つ座頭ふしあはせ
オシが内にあるので紙が入り
御詠歌で子を寝せつける木賃宿
わが顔を毎日磨く鏡研ぎ
嫁の来た晩に見世でも一人ぬけ
間男に言ひ込められる訳があり
子沢山州の字なりに寝る夫婦
座敷牢大工を入れて閉めて見る
地団駄を踏んで畳や糸をしめ
日が入ると息子かうもり着て出かけ
巻紙も痩せる苦界の紋日前
ぬかごから蒲焼までの浮苦労
嫁雪を取れば霰を婿が取り
軽い産ばアさま後の祭なり
その当座あさねのまへと嬲られる
似せ首を舐るが乳の呑み初め
慎みのよいは弁慶と小町なり
よしなよと下女おはぐろの肱でつき
あくせくと塗ツても後家は拭いて出る
男湯を女の覗く急な用
相惚れの仲人実は廻しもの
おらが奴何と云ったと連に聞き
親爺のは息子が買った妹なり
受け出され行った先にも亦やりて
さなきだに花よめ寝ごひ栄りなり
むだツ火たきたき下女の面白さ
主馬でさへ舞うたと静すすめられ
白拍子旗色のいい方へ惚れ
母の来る度に妾はこかすなり
忍ぶにはちと松明は明る過ぎ
村上信(浪六)著「浮世の裏表」S4年修文社の浮世百態の項より 古川柳を抜粋しました。次回に続きます。モルセラ
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2006年5月1日 (月)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
6.江戸たべもの歳時記
若水を地主の跡で大屋くみ
もふいくつ食ると雑煮聞きあわせ
三日食う雑煮で知れる飯の恩
掛り人数の子などはころし食い
たいがいにしろと数の子引たくり 七草が過ぎては礼も拍子ぬけ
納豆としじみに朝寝おこされる
今朝買ったあさりの中に迷い蟹
蛤は吸うばかりだと母教え
雛祭り皆ちっぽけなくだを巻き
そりゃあ草だわなこんなのが嫁菜
花の宴には早蕨の御重詰め
のまぬやつ弁当食うと花にあき
長命とやらがよいねえ桜餅
かぎつけて女房は食わぬ桜餅
あどけない商人(土)筆をおっ付ける
柏餅くばって来ては一つ食い
初鰹そろばんのないうちで買い
初鰹人間わずかなぞと買い
すしの飯妖術という身でにぎり
麦飯にとろろ御鉢の底が見え
わすれ草とは茗荷だと馬鹿な説
駒込は一富士二鷹三茄子
不二山に肩を並べる甘酒屋
生きもののように捕える心太(ところてん)
お内儀の手をおんのけるいわし売り
水売りの砂糖何だか知れぬなり
夕河岸はひとしお旨き鯵の魚
念仏も四、五へん入れるどじょう汁
さく事はおいて鰻とつかみ合
きりよかなづちよとしろうとのうなぎ
天麩羅の店にメドキを立てて置き
水瓜(すいか)二切れで吉原見て帰り
つきやむしゃむしゃあま塩の九寸五分 (米つき屋が秋刀魚を食べている様子) 酔いはせぬとは生酔の古句なり
生酔の女房寝声で礼を云ひ
田楽を持って馬方叱りに出
女のすごさ蟹の足がありがり
焼ざかなうちわを読んで叱られる
重箱の隅でとどめを芋刺され
焼き芋を温石にする下女が癪
葡萄を食いしまひ灰吹きをすてる
すき腹へ剣菱えぐるようにきき
中秋はだんご十五の月見かな
松茸の食傷をして嫁は吐き
新蕎麦は物も言わぬに人が増え
秋茄子は姑の留守にばかり食い
初かぼちゃ女房はいくらでも買う気
柿売りは銭の出るうちつみ直し
ももんじいなぞも食いますこわい嫁
料理人吊しておいてふわけする
すっぽんを料れば母は舞をまい
歳暮には酒で用ひるのを呉れる
手をとって子に撫でさせる鴨の腹
雪の晩ふぐだんべいと藪医起き
片棒をかつぐゆうべの河豚仲間
ひらめのさしみ薄雪の瓦屋根
あわアれな音で浅づけ隠居くひ
二声に仮名を違えて売る大根
大根ですだれの出来る寒い事
馬のつら牛蒡でたたくいそがしさ
餅はつく是から嘘をつくばかり
興津要著「江戸味覚歳時記」時事通信社 杉浦日向子著「大江戸美味草紙」新潮社 浜田義一郎著「江戸たべもの歳時記」中央公論社 より、四季に変化する食べ物に関する古川柳を抜粋しました。
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2006年4月28日 (金)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
5.古川柳と江戸時代の生薬(サプリメント)
現代は総合ビタミン剤やドリンク剤が滋養強壮・虚弱体質・ 肉体疲労・病後の体力低下・食欲不振・などの場合の栄養補給 として流行していますが、江戸時代にも黄精(おうせい)や 地黄(じおう)という生薬・本草が養生薬として庶民に愛用 されていました。
黄精は、野草のエミグサまたはナルコユリの苗や根を煎じて 服用するもので、奥州の南部などが主生産地で、その干物が 黄精売りによって江戸の町で行商されていました。 俳人小林一茶の性生活(子作り奮闘記録)を綴った「七番日記」 にも記されており、強壮・強精剤として庶民に愛飲されました。
切見世へ黄精売りは引き込まれ
売り溜めが無くば黄精でも置きな
地黄(丸)は、ゴマノハグサ科の多年草で、長野県や奈良県で 栽培されたアカヤジオウで、酒に浸して地黄酒にするのが通例 であるが、飴で練って地黄煎にすることもある。 また、この地黄に他の本草を調合した六味地黄丸や八味地黄丸 も江戸町内の各所の商店で販売されていた。 黄精も地黄丸も閨房媚薬ではなく養生薬として販売されていた ので、誰でも恥しがらずに購入することが出来たのである。
地黄はやりて天下泰平
地黄丸女のほめる薬なり
牝鶏すすめて玉子湯で地黄丸
地黄でも飲みなと女房とぼしがり
ああ腎がすくないかなと地黄丸
地黄飲む気は分別も愚に返り
地黄丸昼は飲みつつ夜は消え
地黄飲む側に大根美しい
ことのほか去年の地黄よく覚え
地黄のむうち間男が出来るなり
三十で地黄のあうは知れた事
地黄と聞いて笑ふ三十
顎で追ふ蝿は六味にたかる
六味丸呑んでる側にいい女房
六味丸焼石へ水打つやうな
六味丸買いに女房の細い腰
提灯の張り替え糊は六味なり
息子の病イ六味より三味がきき
八味より揚屋の三味が気の薬
八味丸ねりまのような足で消し
八味丸其罪人も少し舐め
など、黄精(おうせい)や地黄丸(じおうまる)は江戸時代を代表 する強壮・強精剤として庶民に常用された流行薬であった。 なお、閨房用の秘薬・媚薬や秘具は四ツ目屋という専門店で販売した。
三浦三郎著「江戸時代・川柳にみる くすりの民俗学」健友館と、 舜露庵主人著「江戸の性愛文化・秘薬秘具事典」三樹書房より抜粋 しました。モルセラ
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2006年4月25日 (火)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
4.名句とは? 岡崎淑郎編「名句 江戸川柳」S21年弘学社 八・名句篇より
相性はききたし年はかくしたし
こし方を思ふ涙の耳に入り
ゆり起す手をたたかるるあじきなさ
寝入られぬ心に使ふありったけ
かげ膳の心の中に顔がみえ
添ひとげてのぞけば怖い清水寺
男ならすぐに汲まふに水鏡
蓮の実のとぶをみてゐるかかり人
美しい意趣を柱によりかかり
ほれたとは女のやぶれかぶれなり
硯より他に知りてのない病
さそう水あらばと母は気をとほし
きかぬふりするが娘の吉事なり
心中はほめてやるのが手向なり
口きかぬ膝へ口きく膝をのせ
いたづらなお手だと芸子わるびれず
石塔の赤い信女をそそのかし
忍ぶ夜の蚊は叩かれてそっと死に
間男のいのち拾ふて蚊にくはれ
のれんさい忍ぶ時には音がする
きめどこをきめて年増は静なり
せいばかりとは母親のおろかなり
何といふ病か後家の乳が出る
いひわけもも早とどかぬ帯の尺
うつむいてかくかんざしはものになり
人間の花落ちらしい臍の穴
鼻すじが背中へとほるひきがへる
よく結えばわるくいはれる後家の髪
目についた女房この頃鼻につき
女房と相談をして義理をかき
人に物只やるにさい上手下手
稲妻のくだけやうにも出来不出来
使っても貯めても金は面白い
つまだてて見えぬところは口をあき
据風呂のおなら背中をかけ上り
負け将棋逃げるたんびにお手は何
冷えまするなどと火鉢で洗ふやう
気があれば目も口ほどに物をいひ
ぱらりっと汐干は人をまいたやう
田舎道こぼれたやうに家があり
日にやけた娘をほめる宇治の春
おさへればすすきはなせばきりぎりす
あてにしていんすはへんないんすなり
ぬかみそへ思ひきる手の美しき
みんみんがなくぞと息子起される
村中の智恵を集めて仲直り
鶯は谷へ戻して形見分け
なくなくもうかとはくれぬ形見分け
まだ生きてゐるかはむごいたづねやう
医者衆も辞世をほめて立たれたり
私が最近に購入した古川柳関係の書籍の内の一冊から「名句」を抜粋 しました。 岡崎淑郎編著「名句 江戸川柳」s21年 弘学社 定価12円です。
その他に購入した書籍 岡田朝太郎監修「誹風柳多留」全集上中下s8年 柳多留全集刊行会 長井総太郎著「狂句の栞」明治35年 博文館 定価20銭 七世川柳編「狂句 虎の巻」全 明治16年 コピー 大坂芳一校訂「新編 柳多留 一」s59年 太平書屋 同上 「当世堂版 新編柳多留」・俳風「新々柳樽」H5年 鈴木勝忠著「川柳雑俳 江戸庶民の世界」三樹書房 H10年 大村沙華著「川柳 浄瑠璃志」s43年 近世風俗研究会・有光書房 三浦三郎著「江戸時代川柳にみる くすりの民俗学」s55年 健友館 山本成之助著「川柳性風俗事典」s57年 牧野出版 舜露庵主人著「秘薬秘具事典(江戸の性愛文化)」H15年三樹書房 北嶋広敏著「図説 大江戸おもしろ商売」H18年 学習研究社 などです。モルセラ
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2006年4月15日 (土)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
3.江戸時代の川柳に詠まれた迷信(その二) (躾に関係した迷信)
「飯を食ってすぐ横になると牛になる」
人間になろうと牛は食って寝る
食うと寝る牛人間になる気なり
囲れの牛にもならず食うと練る
「親をにらむ者はヒラメになる」
銚子へは親をにらめたばちで行き
親ににらまれて平目の浜へ行き
「ミミズに小便をしかけるとチンポコが腫れる」
小便をミミズにしかけかくのてい
ミミズの怨霊ちんぽうへ取付き
ちんぽうへ毒気を残しみみず死に
「亭主が伊勢参宮に出た留守に妻女が間男をすると、当事者 の両性器が離脱しなくなると信じられていた」
ぬけぬぞと女房をおどし伊勢へ立ち
伊勢の留守ひと思案していやという
ぬっと入れ先ずぬいて見る伊勢の留守
伊勢の留守初手一番のおっかなさ
参宮の留守間男へ人だかり
「女性が砥石を跨ぐと砥石が割れる」
両の手に砥を持って下女叱ってる
割れたを見れば山出し女なり
かみそり砥割れたは和尚秘しかくし
あやしきは小姓またいで砥石割れ
陰間がまたぐ砥石にもちっとひび
砥石またげは関守の名智なり
「物差しを手渡しすると仲が悪くなる」
物さしを嫁へ投げるはうつくしい
物さしは可愛い中を投げてやり
物さしを下におきなと手を出し
手を出さっせえと物さし姑出し
「庚申(かのえさる)の夜に性交して生れた子は泥棒になる」
お祭がすむと庚申思い出し
五右衛門の親庚申の夜を忘れ
昨夜庚申かえと嫁ひょんな顔
庚申をあくる日きいて嫁こまり
庚申をうるさく思う新世帯
色情を去って元結い上げて居る
今日庚申だと姑いらぬ世話
ぬす人の子も出来ようと姑いい
庚申今日は来まいと出合茶屋
旅がえり折も折とて庚申
「影膳を供えると旅人が無事に帰る」
影膳の心のうちに顔が見え
影膳のゆげは夫の息づかい
影膳をすえる女房はひもじがり
影膳のおろそかになる事ができ
影膳をまた間男が食って行き
影膳のほかに据膳ふらちなり
以上、面白い川柳を丸十府著「江戸の迷信と川柳」愛育出版 s44年 320円より抜粋しました。 なお、丸十府氏は古川柳研究家で岡田甫の早大同級生である。
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2006年4月13日 (木)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
3.江戸時代の川柳に詠まれた迷信(その一) (吉凶兆) 要石ゆるんだ頃に雉子は鳴き (雉子と地震)
きっと雨地震げじげじ猫の耳 (げじげじと猫と雨と地震)
月も笠着ると啼き出す雨蛙 (月のかさと雨)
近星は大きな後家の知らせなり (近星・ヒコ星と凶兆)
釜の鳴りやむまで女房むふんなり (釜鳴りと吉凶)
形見とは夢さら知らぬ物着星 (爪の物着星)
粉骨砕身の玉虫母もち (玉虫と着物)
間夫や来る又寝の床の下り蜘蛛 (蜘蛛と待ち人)
待ちかねて女郎蛙へ針をさし (待ち人を招く紙蛙)
(呪いさまざま) 和歌は言葉の粋を尽くし、人の真情を吐露したものであるから、 時には鬼神をも感動させる霊力を発揮するものと信じられた。
朝起きの枕時計になる御歌 (朝起きの呪い) 「ほのぼのと明石の浦の朝霧に 島がくれ行く舟をしぞ思ふ」 という歌の上の句を、床につく前に繰り返し三遍となえ ると、翌朝希望通りの時刻に目がさめると信じられた。 願いがかなったら、お礼に下の句を唱えて歌を完成させ るのであった。 針妙は尋ねあかして歌をよみ (うせ針の呪い) 「清水や音羽の滝はつくるとも 失せたる針の出でぬことなし」 なくした針がどうしても見付からぬ時、この音羽の滝の歌を 三遍唱えるとたちまち失せ針が出てくると信じられた。
雪隠へまで虫除けの和歌の国 (虫除けの呪い) 「千早ふる卯月八日は吉日よ かみさけ虫のせいばいぞする」 この歌を書いた紙片を便所や台所に逆さまに貼っておくと 悪い虫が出ないと信じられた。
(祈願の奇習) 仁王(二王・二天)は衆生の健康を守る神と信じられていた。 その祈願の方法は、紙を噛んで礫とし仁王に投げつける。 うまく自分の疾患部と同じ部位に付くと願いが叶えられる。 また、草鞋を供物として健脚を祈った。
また紙を噛むかと仁王にらみつけ
からだ中仁王つみ紙だらけなり
雨風が履くか仁王のきれわらじ
丑の時詣では、妬ましい相手を呪い殺そうとする女の迷信で、 髪を解いて白衣を着、一本歯の高い木履をはいて、頭に五徳を 逆さまにしたような鉄輪をかぶり、それに蝋燭を灯し立てて、 胸に一面の鏡をかけ、相手の名前と年齢を書いた紙を封じ込め た藁人形を持ち、人も草木も眠るという丑三つ頃(午前二時)、 神社に詣でて、境内の神木にその藁人形を五寸釘で打ちつける。 平安時代から行われ、明治三年の刑法で禁止された。
ようもようもと金槌をふりあげる
神木へわが一念をたたきこみ
釘ぬきがいるとは名医でも知らず
次回に続きます。 丸十府著「江戸の迷信と川柳」愛育出版より抜粋しました。
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2006年4月5日 (水)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
2.四季おりおり (正月) もういくつ上がるとぞうに聞きあわせ
万歳はぞうになかばの春の興
松の内家内ばかりで夜をふかし
歌かるた人という字に手が五ツ
羽子のこをかさぬ子を嫁たたくまね
内井戸へ七くさひとつとんといい
(春季) うららかさしきりに銭がほしくなり
芹摘みのざるに田にしが十ばかり
これも一興と野がけはたれるなり
白酒をきれいに呑んだ鼻の先
花の山幕のふくれるたびに散り
花のあす下戸にしたたか意見され
猫の恋ぶたれる時がわかれなり
(夏季) 初がつほかと僧正は無我で聞き
菖蒲から雫がたるで降るをしり
梅ひとつおちて鳴きやむ雨がゑる
かきつばた今ぬすまれた水の色
道問へば一度に動く田植笠
金魚うり是か是かとおっかける
はだかにておきるが蚊やの釣りはじめ
おきぬかとかやのくわんにて顔をなで
武者一人叱られてゐる土用干
風呂しきをとくとかけ出す真桑瓜
うたたねの顔へ一冊屋根にふき
わが内にこしかけて居るあついこと
涼台ぎしりぎしりと人がふゑ
(秋季) 蚊帳やめてわづかな手間のそのらくさ
月へ投げ草へ捨たるおどりの手
くつわ虫寝しなに一つゆすぶられ
おもざしは馬に似てゐるきりぎりす
お月見を亭主に十五丸めさせ
がさがさといふととんぼはつるむなり
屋根板を踏み踏み覚えませぬ風
鳴子引子の愛想に一つひき
生り初めの柿は木にあるうち配り
大概に食って蜜柑の筋をとり
(冬季) 泣く時の櫛は炬燵を越して落ち
煤掃きに装束すぎて笑はれる
灰吹きを持って見てゐる雪の朝
もう外に死に手なしかと河豚を買ひ
ひんぬいた大根で道をおしへられ
蓮根はここらを折れと生れ付き
餅はつくこれから嘘をつくばかり
十二月人を叱るに日を数へ
じれったく師走を遊ぶ針とがめ
ひとりでに火鉢のおこる大三十日
留守かなと見くびって来る大三十日
掛取りの前で銭箱ぶちまける
あやまってゐるうち春に改まり
丸十府著「古川柳」=鑑賞から研究へ=より名句を抜粋しました。 なお、この講座は学術論文でも売文でもありませんので、句の出典 や文献の表記は省略します。モルセラ拝
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2006年4月4日 (火)
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第七章 古川柳の世界
第七章 古川柳の世界
1.人間の一生 (子ども時代) 母のゑくぼをつつついて乳をのみ
真桑瓜一つよじよじ持ってくる
すねた子はつかまへどこにこまるなり
まま事の世帯くづしがあまへて来
買ひにやる子にきぬ糸を五六寸
おしまいとことわって子は箸をおき
手習子かへると鍋をのぞいて見
(青年時代) 手習のせわがやんだら女郎かい
朝帰りだんだん内へ近くなり
溜めたがる使ひたがるで不断もめ
少し名の立ツもうれしき若ざかり
意見する親仁の胸に嫁があり
きむすめは帯をほどいてさがすなり
駆けて来たほどに娘の用はなし
兄はわけ知らずに祝ふ小豆飯
花嫁を見に出た娘なぶられる
すずんでる娘ときどきよばられる
握られた片手畳へついてゐる
だいた子にたたかせて見るほれた人
うちハではにくらしい程たたかれず
にへきらぬ娘を伯母へとまりがけ
日を撰て茶を飲みに行くはづかしさ
恥しさその日の芝居身にならず
築地からついて来て聞くいい娘
(新婚時代) 夜もあははひるもあははとあら世帯
この菊石(あばた)見つけなんだと仲のよさ
もっと横柄にいひなと新世帯
茶ばかりだまっと寝ようと新世帯
(花嫁・花婿時代) 花嫁は飯を数へるやうに食ひ
行水に寝る程嫁はかこわせる
嫁の琴ちかしい客へ馳走にし
婚礼のあした息子は見世でてれ
花婿は余程の頭痛おして起き
(親馬鹿) 子が出来て川の字形りに寝る夫婦
雨だれを手へ受けさせて泣きやませ
子の寝びえ翌日夫婦けんかなり
物さしでひるねの蝿を追ってやり
かるがると赤子をだいてしかられる
女湯へおきたおきたとだいて来る
ねかす子をあやして亭主しかられる
ねだる子に無いとかぶせる菓子袋
子の頭ちよっとたたいて知らん顔
子をもって近所の犬の名を覚え
薬の苦せない親仁は喧嘩の苦
鍋ぶたへ一切れのせるせはしなさ
(女房時代) ふんどしを女房さいそくしてあらい お内儀の手をおんのけるいわし売
飲みよふがわるいと女房りくつなり
紅葉見てそしてそしてと女房いい
中直り本の女房のこゑに成り
はらのたつすそへかけるも女房なり
置キ所を女房あらましいって出る
何時ためておいたか女房帯を買ひ
泊り客女房ひそひそ蚊帳の事
(老年時代) めんどうを見てくだされと嫁へさし
嫁の顔目がねの外トでじろりと見
憎くそうに盛りやったなうと姑いひ
手間取った髪を姑女じろじろ見
はねをつく歳かと姑初小言
姑の日向ぼっこは内をむき
姑の屁をひったので気がほどけ
いい姑ほんの鼾をかいて寝る
あわれな音でかた餅隠居食ひ
御ゐんきよハ杖のあたまへ手をかさね
なんじらは何を笑ふと隠居の屁
ぶんぶんに寝るが夫婦のすがれなり
婆様と爺様寝れば寝たっきり
丸十府著「古川柳」=鑑賞から研究へ= 愛育出版s43年340円 より名句を抜粋しました。
次回も同書の(四季おりおり)より名句を抜粋して紹介します。 なお、句意不明の場合は遠慮なくご質問の程お願い申し上げます。
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2006年3月30日 (木)
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第六章 古川柳 「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(10)R.Hブライス 吉田機司 共著「世界の風刺詩 川柳」
第一編 笑の詩 川柳 吉田機司 川柳の可笑味 2.表現内容の特性 (3)人情味
連歌、俳諧の練習のために流行を来した前句附は、はじめは俳諧と 同じく、「にほひ」とか「うつり」とかの「附け合ひ」を重んじて いたものが、初代川柳の出る直前の前句附の撰者は句の可笑味を専 らとするようになった。初代川柳の興した新川柳運動は、俳句のよ うに一句立ての附句だけで独立した妙味を発揮することと、その題 材や言葉に斬新奇抜性を求めることであった。
初代川柳が今様風として鼓吹したものは、人間の真実性を深く掘り 下げて、人間生活の機微に触れ、情合や同情のような人情味を盛っ て、人間至美の醍醐味を味わおうとしたことであった。 即ち、初代川柳はこれら人情味のある句を勝句として多く選んだの である。そして、これが、任侠の風を尊び、五月鯉のように「口さ きばかりはらわたなし」で、向う意気は無精に強いが、情にもろい 江戸ツ子の気風に合致し、全幅的に当時の江戸人の嗜好に投じたので ある。
元来、浄瑠璃や歌舞伎は義理との関係において人情を扱っているし、 人情本は恋愛の情を中心にして、読本、合巻などは道義的に色づけ られた人情を主材としているが、川柳においては義理や見栄にしば られない、人間そのままの人情美をあつかい、そこに人生のペーソ スえの同情と憐憫とを盛ったのである。
今すてる子にありたけの乳のませ
いぢらしさ三下り書いて子を眺め
子の塚に日に日に親の物狂ひ
せめてものこと墓へ乳をしぼり
忘れても乳が余るで思ひ出し
寝ていても団扇の動く親心
ものさしで昼寝の蝿を追ってやり
いびられに行くが女の盛りなり
しゅうとめの気に入る嫁は世が早し
愛想も折檻もする長煙管
おはぐろをつけつけ禿(かむろ)にらみつけ
行儀よき程が継っ子あはれなり
椀の中からまま母の顔を見る
子の柄杓手をもちそえて夫の墓
南無女房乳をのませに化けて来い
落すなよ小僧小二朱を団子にし 卍
母親は或はおどし手を合せ
勘当の子に母親のかくし扶持
里がへり何やら母の聞きのこし
出されたを出て来たにする里の母
腹のたつすそへかけるも女房なり
挨拶を晩にしておく宿下り
どうだなと隣へ見舞う大晦日
隣りへも梯子の禮にあやめ葺き
盗人が入りましたと火をもらひ
椀と箸持って来やれと壁をぶち
これらの句のように人情美や人間味をそのまま詠んで、たくまない 中にほほえみを湧出させている句は「柳多留」も初代川柳在世中の ものに多く見られる。
ご紹介したい古川柳関係の名著は数多く所蔵していますが、第六章 「古川柳 一本釣り」は今回で終了します。 次回からは第七章「古川柳の世界」というテーマで名句の紹介に移り ます。なお、過去に紹介した名句も含まれることを御了解ください。
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2006年3月26日 (日)
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第六章 古川柳 「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(10)R.Hブライス 吉田機司 共著「世界の風刺詩 川柳」 昭和25年 日本出版協同株式会社刊 この著書は、日本の短詩型文芸である「俳句」と「川柳」を海外に 初めて紹介したR.Hブライスと、昭和初期の川柳指導者である 吉田機司が、古川柳の正しい評価とその啓蒙を問う目的で著わした 古川柳入門・解説書です。
レジナルド・ホレイス・ブライス(1898〜1964)英人・文学者・詩人 で、禅の研究を目的に1924年に来日し、東大・学習院・教育大・ 早大などで英文学を講じるかたわら、一茶の研究、俳諧の研究から 古川柳のよき理解者というにとどまらず、現代の俳句、川柳へも優れ た洞察を示し、昭和24年には英文の「SENRYU」(北星堂)を 著わし、昭和天皇に「川柳」をご教授したことでも有名な文化人。 著書に、「世界の風刺詩 川柳」「日本のユーモア」「江戸川柳」 「オリエンタル・ヒューマー」「川柳雑俳に現われた日本人の生活 と性格」「HAIKU」等がある。
吉田機司(1902〜1964)千葉医科大卒・医博・病院長、阪井久良岐の 門下生で、徳川夢声・正岡容・古川緑波とともに「川柳祭」を創刊。 古川柳研究家として千葉県市川市に川柳手児奈吟社(現代川柳社)を 創設し、その門下生五百人といわれるほどの基礎を作った。 著書に、「川柳の味い方と作り方」「世界の風刺詩 川柳」「現代 川柳五千句集」などがあり、新聞・雑誌の選者も務めた。 また医学の啓蒙書として「健民教室」「肺結核の最新治療法」 「長生きと若返り」等の著書も有る。 著者の紹介は尾藤三柳編「川柳総合事典」雄山閣を参照にした。 「世界の風刺詩 川柳」の目次 第一編 笑の詩 川柳 吉田機司 日本国民性と川柳 笑と川柳 川柳の可笑味 1.素材上の特質 2.表現内容の特性 3.表現法の特質 むすび 第二編 川柳のいのち R.H.ブライス 1.詩としての川柳 。 。 。 13.性と川柳 14.結論 第三編 昭和戦後川柳選集 吉田機司 人 四季 社会 政治 戦敗国 トピック・ニュース
次回は、第一編 笑の詩 川柳 吉田機司 川柳の可笑味 2.表現内容の特性 (3)人情味 の内容を紹介致します。
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2006年3月14日 (火)
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第六章 古川柳 「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(9)浜田義一郎編「江戸川柳辞典」昭和43年 東京堂出版
この辞典は語彙の解釈よりも古川柳の鑑賞を目的に多くの句例と 類句が載っており、川柳読解鑑賞辞典の内容になっています。
また語彙の解釈以外に、川柳概説、川柳史年表、研究資料・参考文献、 (付録)燕斎叶の手記など、古川柳に関する貴重な論文が掲載されて おり、特に「川柳概説」「燕斎叶の手記」は、古川柳の愛好家にとって 「古川柳」を理解する手掛りとなる貴重な資料になっています。
「川柳概説」(1)川柳略史(2)川柳の本質 江戸川柳の定義 俳諧の末流である前句附けに発して、それに内在する、うがち・ おかしみ・言葉あそび等の性質を拡充強化しつつ独立した十七字 の短詩形文学。人間および人間の周囲のあらゆる事物の実体や 矛盾・不合理などを機智的に指摘するのが特色。一時は狂句とも 称された。
読解について 古川柳は現代人にだけ難解なのではなく、同時代の人にとっても 難解な句がいくらもあったのである。 それは、謎をかけ謎をとく興味が古川柳の重要な一面になって いるからである。 また、古川柳には表現技巧を楽しむ一面があって、謎と併合する ことが多く、そのために複雑化して面白さを加える代わりに、 難解さも増すのである。(柳風狂句)
その典型的な構造を考えて見よう。 1.縁語 「攻め合になると石田はみな欠け目」 三つある縁語の内、中心になるものを発見すればいいので あって、ここでは石田(囲碁用語)は三成のことである。 2.洒落 「勘当のあと甚七がものになり」 甚七から総領の甚六の弟を連想させつつ、たくみに嘲る気分 を出している。 3.地口・語呂合わせ 「吉良びやかなるお寝巻が炭だらけ」 立派な、きらびやかなに吉良をかけたのは、幕府を憚って わざと婉曲に表現したもので、時にこのような効用もある。 4.見立 「花の雨ねりまのあとに干大根」 花見時の俄か雨の中、雨宿りに駆ける若い女のみずみずしい 白脛を練馬大根、老女のそれを干大根に見立た面白さである。 5.並列 「梅にうぐいす桜に生酔なり」「梅にうぐいす柳に幽霊なり」 6.取合せ 「蝉がなき出すとお世話になりました」 蝉の声がして礼をいうのは雨やどりの情景を詠んでいる。 7.暗示 「かたいやつ臍をほしがる門から出」 臍をほしがるのは雷で雷門。 8.言葉つかい 「寄りたまへあがりなんしと新世帯」 通人気取りの男と遊女あがりに発言させる巧妙な句作り。 9.数字利用 「仲人口七百五十くらいまで」 嘘八百に近い仲人口である。 10.文句取 「お千代さん蚊帳が広くば泊らうか」 加賀千代女の俳句から文句取り。
以上、典型的な技巧を参考までに掲げたが、本来それらは表現効果 を高めるためのあやであり手段であって、目的ではない。 古川柳の長い歴史の間に技巧に溺れる嫌いもあったけれども、 庶民の目で人間および人間生活を観察して、穿ちと滑稽とを発見 しょうという本質だけは変わることがなかった。この本質的性格 のゆえに、同時代の狂歌などはとうに廃滅した現代まで、川柳が 庶民の文藝として生き続けて来たのであろう。
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2006年3月8日 (水)
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第六章 古川柳 「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(8)花咲一男著「江戸入浴百姿」三樹書房より
くすり湯
江戸・大阪・京都の三都とも薬風呂といわずに「薬湯」ととなえた。 概して銭湯よりも小規模で、天保以前から湯屋株とは別であるが、 湯屋が兼業していた例もある。明治に近い時代の大阪では薬湯の看板 をあげて料理店を営業していた例もある。 江戸の薬湯の特徴の一つに、寛政改革の混浴禁止後も薬湯は例外的に 混浴を認められていたことである。 「毒にもならぬ薬湯は、老若男女入込のうわさ咄ぞかまびすし」
江戸の薬湯は、伊豆方面の温泉を樽で運び浴槽に入れたものと、 薬草を煮て薬湯を作ったものと二種類がある。 共通している点は、湯槽の構造の点で、二槽あって、一つは熱くし 一つはぬるくし、この湯槽の外に別に一槽の普通の湯舟があって、 客は、この湯舟で体を洗った上で薬湯に入ったものである。 湯舟に手拭やぬか袋を入れることは厳禁され注意書が貼られていた。 なお、大大名と豪商などは熱海より温泉を樽詰にして自宅へ運ばせ て贅沢をしていた時もある。
笹湯 子供の天然痘がなおって十日ばかり後に、米のとぎ汁に酒をまぜた ものを、浴湯に入れて、その湯に入って全快のしるしとした。 ささは、酒の女房言葉、又、酒の異称として用いられている言葉。 古川柳「案心(あんしん)の笹湯に戻る里の母」
菖蒲湯 五月五日の菖蒲湯は室町時代からの習慣とされている。 菖蒲は薬効以外にその葉と根に独特の香りがあって、「香り湯」 としても利用された。 古川柳「にほひよし年に一度は菖蒲の湯」 「時鳥あやめの匂ふ湯屋の門」 「菖蒲草老女も髪にかほらせて」 「菖蒲湯に殻で浮たる蝸牛」 「菖蒲湯はけんちん鍋へはいるやう」
桃湯 五木といって、桃・柳・桑・エンジュ・コウゾを湯にいれて用いた 事は中世以来の習慣となっていた。 この中、桃の葉を入れる湯は夏の土用中(立秋の前十八日)に行っ たものである。 これは夏期の皮膚病・汗疹に効能があるといわれる。 古川柳「桃の葉を湯に遣ふころ雛干て」 「桃は湯に匂ふて雛の土用干」 「桃の葉を行水の戸の穴へかい」 「桃の機嫌も匂ふお内儀」
塩風呂 むし風呂の一種であって、この風呂を焚く男を塩風呂の鬼と称し、 天保の末には大阪地方では、塩風呂の看板をかかげて割烹店を営業 とした者もあった。 古川柳「人間ンを塩煎にする八瀬の風呂」 「地獄の穴を出たる塩風呂」 「馴ては楽なものの塩風呂」 「にくまれ親父塩風呂の一番湯」 「塩風呂の一番組はきおい也」
など、花咲一男の著書は古川柳の注釈書・解説書でも江戸風俗の 解説が詳しく、挿画も江戸時代の書籍から豊富に採録されている。
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2006年3月6日 (月)
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第六章 古川柳 「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(8)花咲一男の著書について
著者は江戸風俗研究家で江戸文学・古川柳に造詣が深く、 本来は第五章 古川柳の名著「古典的な古川柳の諸名著」 でご紹介すべき著書類です。
花咲一男の諸著書は、江戸時代の書籍(版本)の影印本や その翻刻本などからの挿画が豊富に盛り込まれ、江戸風俗 を観て楽しみながら理解出来る編集になっており、古川柳 の注釈・解説だけではなく江戸風俗誌としての価値があり、 発行部数も限定版で高価なこともあり絶版が多いのです。
その代表的な著書としては「江戸のかげま茶屋」「江戸の 出合茶屋」「川柳江戸名物図絵」「柳沢信鴻日記覚え書」 「大江戸ものしり図鑑」「江戸あらかると」「川柳江戸歳時記」 「江戸行商百姿」「江戸入浴百姿」などです。
「江戸のかげま茶屋」は江戸時代のニューハーフ(男娼)の 実態とフアッション・ホテル(ラブホテル)での痴態を。 「芝居とはそら事女中かげま(陰間)なり」
「川柳・雑俳 江戸の出合茶屋」は坊主・後家・御殿女中など の買春の実態とラブホテル(茶屋)での痴態を。 「出合茶屋危ない首が二つ来る」 それぞれに関する古川柳を注釈した江戸中期の特殊風俗の 解説書です。 「川柳 江戸名物図絵」は、旧(前)HPでご紹介しました 古川柳研究家 西原柳雨著「川柳 江戸名物」の増補版に 相当し、挿絵がふんだんに載っている豪華本で高価です。 「駿河町呉服より外用ハなし」
「川柳 江戸歳時記」は、同じくご紹介済みの安東幻怪坊著 「川柳 歳事記」の改訂版に相当し、挿画は「東都歳時記」 (天保九年刊)や「江戸名所図会」(天保五年・七年刊)など より多数が採録されています。 「手で掃寄せる元旦の塵」
「江戸入浴百姿」は、大項目では、江戸銭湯の初め、風呂のいろ いろ、くすり湯、江戸の湯屋、銭湯の客、湯屋で働く人々、 その他、に区分され江戸時代の銭湯風俗誌になっています。
以上、五冊が私(モルセラ)の所蔵本です。 次回は「江戸入浴百姿」で注釈されている古川柳をご紹介 いたします。
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2006年2月26日 (日)
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第六章 古川柳「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(7)小林弘忠著「江戸川柳で現代を読む」NHK出版
第一章 「傘(からかさ)を半分かして廻りみち」より
日本人は、かって人情の厚いことで知られていた。 情に厚い、情にもろいのは貴い感情だった。
「ついでで申し訳ないけど、水をおかけいたしましょうね」と言って、 見知らぬ人のお墓に水をかけてやる心根だ。 「お相伴なされとそばの墓へ水」 店にしても、ただ売るのではなく「こう下げて行けと教える菓子袋」 と、子どもに菓子が落ちないように持ち方を教えてやるいたわり、 あるいは「壱人鍛冶道を聞かれて焼き直(し)」の親切心である。 鍛冶の句は、ひとり鍛冶師が、くわしく道順を教えているうちに、 せっかく焼いた鉄が冷めてしまい、もう一度焼き直しているところを 描いている。こうした人情はごく自然と身についていた。 「小便所先をこされて月をほめ」るゆとりがある。町に設置された共同 小便所で、先を越されても「早くしろ」などと急き立てはしない。 我慢して月を愛でる心を持ち合わせていたのは、他人への情があれば こそである。「隣へも梯子の礼にあやめ葺(ぶき)」という句もある が、五月の節句には、屋根にあやめをさす風習があり、梯子を借りた お隣にもついでにあやめをさしてお礼をするのは当然な行為だった。
「傘を半分かして廻りみち」 「にはか雨ふるまい傘を三井だし」 「あま酒をのませた上で傘を貸(し)」 「越後屋の前まで傘へ入れてやり」
みんなが何かに不安を抱き、常にいらいらしている現代社会では、 他人のためにわざわざ回り道までして傘に入れてやる行為は、全く といっていいほどみられなくなった。そんなことをしたら、かえって 気味悪がられてしまうだろう。人間不信は深刻だ。 (著書の一部分を紹介しておきます)
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2006年2月19日 (日)
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第六章 古川柳 「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(7)小林弘忠著「江戸川柳で現代を読む」NHK出版(生活人新書)
著者は元毎日新聞社の記者で、退職後は江戸史研究家です。 江戸川柳は日常の広い範疇では時事川柳であるとの観点から、 江戸時代中期の世相を現代に照らし合わせて古川柳を活用し、 社会批判的な読物となっているユニークな内容の良書です。
「長く続いた不況で目減りしたサラリー、恒常的となったリストラ、 心配な将来の年金といった経済面の不安に追い打ちをかけるように 打ち出された減税の段階的廃止や消費税アップの方向性、一方で、 平成16年に起きた連続台風、新潟県中越地震被害の大きな自然 災害と、上昇するばかりの犯罪などの社会不安環境下での暮しでは 元気を出せというほうが無理なのかもしれない。しかし、こうした ときだからこそ、江戸人の川柳は気分を晴らすよい刺激剤であり、 生き方の参考となる。金がなくても笑い飛ばして、そこから新たな 力を生み出そうと努力している先人たちのしたたかさが必要となる」
「いつの世も、喜怒哀楽は同じなのだ。とすれば、江戸川柳には、 暮らしを営むうえで、私たちに参考となる句がずいぶんあるので はないか。参考になるというのは、江戸人の皮肉、風刺、揶揄、 奇警といったものが、現代人に対しても向けられているのでは ないだろうかということである。」 「こまっかい(細かい)くせにあらひ(荒い)は人づかひ(使い)」 「仕事しろ残業するな成果出せ」(サラリーマン川柳)
「夫婦、子ども、親についての見方、人に対するまなざしを内容とした 句はたくさんあるが、屈折した表現の中にも、家族愛、人間愛がにじ んでいるのを読み取ると、目にあまってきた児童・高齢者虐待や 尊属殺人や、他人へのいたわりが薄れてきた今日の風潮を嘆かざるを えなくなる。江戸のパロディは、私たちの冷えてきた胸の中を見透か して、痛いところを突いているように思えるのだ。 江戸川柳は現代を映す反射鏡、との観点から、政治、経済、社会、 環境、教育、医療分野のものを取り上げ、一部独断的解釈をまじえて 私たちの行動、生き様と比較してみたのが小書である。」
第一章 貧困の中で培われた礼節 「傘(からかさ)を半分かして廻りみち」 第二章 体で躾た教育 「子の使ひ垣から母が跡をいひ」 第三章 身についていた「用心」 「黒犬を提灯にする雪の道」 第四章 世界一清潔な都市、リサイクルで誕生 「店中(たなじゅう)の尻で大家は餅をつき」 第五章 不況下でも楽しんだゆとり生活 「旅戻り子をさし上げて隣まで」 第六章 重視された堪忍の心 「堪忍のいっちしまいに肌を入(れ) 第七章 健康志向のアイロニー 「はやり医者楊枝くはえて駕籠にのり」 第八章 権威に対して向けられた鋭い目 「侍が酔ふて花見の興がさめ」 「花の山抜いた抜いたが嵐也」 「蔵宿へ死んだといった親父来(る)」 「蔵宿を質屋へ来ては悪くいひ」 「三両でもう武士の部に入(り)」 「新五左(しんござ)と見立てられたが本の武士」 「侍のささぬところが命なり」 「密談は客へ火ばしを壱本やり」 「喜んでくりゃれと味噌へ一つ差(し)」 「預(け)引(き)たぎった男二人来(る)」 「役人の子はにぎにぎをよく覚(え)」 「鯛ぐらいただうんうんと御挨拶」 「若殿は馬のほねから御誕生」 「若殿の抜けがら奥でもてあまし」 「舌二枚晴れてつかふは通辞なり」
など、鋭い社会批判も含まれています。
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2006年2月17日 (金)
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第六章 古川柳 「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(6)西山新平(宿六心配)著「謎解き 北斎川柳」
中島(旧姓 川村)金蔵は画号が28個も有り、北斎・画狂人・ 画狂老人・卍が有名である。 北斎が川柳作家として「誹風 柳多留」で使用した柳号は卍が多い。
柳号卍以前の川柳(1789〜)
生酔を家づとにする花の暮(くれ)
だんだんに声をひそめる笑本
勘当をゆるされたあす施主ニ立チ
薬礼の先ヅ脈を引く下品た医者
間男をとらへて見れハ養子也
孝行を仕過て養子評がつき
嫁の顔かかあアが寄てなんを付(つけ)
三年の恋もさめるは松ケ岡
屁でもない事雪隠で考へる
穴かしこ笑って嫁ハしかられる
姫はじめ恵方へ向ケと馬鹿亭主
柳号卍時代の川柳(1825〜1833)
婚礼を蜆ですます急養子
真直な樫木の棒を母の杖
雪の朝親を炬燵へ叱り込み
雪かきに十のふの出る美しさ
我ながらくさめを笑ふ鏡磨キ
性は為名は荘字ハ郎としゃれ
灰吹に煙りの残る暮の客
除夜更てなが雪隠の二年越シ
気違ひのとらまえたがる稲光
御寺の万歳年若に御短命
木魂して天地にひびく井戸屋の屁
悲と魂でゆく気散んじや夏の原(北斎、辞世の句)
柳号卍以後の川柳(〜1849)
二人りの子前後小の字に母寝かし
死花を親に咲せる子の身持
提て見ぬ手鍋ハ重キ親の恩
後悔が先達チ父母の墓へ詫
離縁の門て追返ス犬に愚痴
師ハ弟子に噛ンて含る飯の種
間男と亭主あんぽんたんて呑ミ
知らぬが仏間男が通夜をして
掛取の顔鬼と見る火の車
のぎ扁の家を逃出す貧乏神
味ふて見よや新酒の柳樽 など、北斎は嘉永二年(1849年)に90歳で逝去した。 なお、「北斎漫画」などから推量して謎の浮世絵師・写楽は 北斎ではないかという説も有力である。
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2006年2月16日 (木)
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第六章 古川柳 「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(6)宿六心配(ペンネーム・やどろくしんぺい) (西山新平)著「謎解き 北斎川柳」河出書房新社H13年版
この著者は長野県の渋温泉で旅館を経営する古川柳愛好家で、 観光客の誘致を目的に葛飾北斎の川柳碑を182基も建てた方で、 その句碑の解説書を面白可笑しく小咄風に記述し「北斎は川柳も 詠んでいた」という小冊子を出版された方ですが、古川柳研究家 ではありません。
葛飾北斎は浮世絵師・漫画家として有名ですが川柳の達吟家でも あり、葛飾連という連のリーダでした。 北斎の柳号(川柳作者としての雅号)は判明しているだけで11個 もあり、主な柳号は錦袋・百姓・百々爺・万字・卍(まんじ)など、 「誹風 柳多留」23編以後125編までに採録されており、卍の 号は84編から125編で182句となっている。
北斎は「誹風 柳多留」85編(文政八年:1825年)に序文を書き 選者の列にも加わっている。 北斎の川柳は「狂句」的で、謎句(言葉遊び)破礼(バレ)句が多 く、河童・天狗・足長手長人・などの空想的な怪奇趣味の句もあり、 「北斎漫画」の図柄と共通する。また、スカトロジー的な句も多い。
団子屋の夫婦喧嘩は犬も喰(くい)
誰が嗅で見て譬たか河童の屁
足長の三里手長が据へてやり
いいのいいのを尻で書く大年増
七日には逃れ八日に吊される
水加減亭主産所へ聞きに来る
雪隠へ六十六糞馬喰町
など、縁語・駄洒落・掛け詞・見立てなどという言語遊戯的な狂句 である。 北斎が川柳の達吟家として活躍した期間は四世川柳・人見周助が 「柳風狂句元祖」と称した時代であった。
この著書が面白い所は、「誰が嗅いで見て譬たか河童の屁」の解説 などが以下の小咄風になつている事です。 「そんなことあ屁の河童だ。なんて八っつあん、安請合をしたよう だが、一体、河童の屁なんてエ代物を八っつあん嗅いだことがあるん かい?」「てやんでエ大方、嗅いだ奴ってエことになりゃあ、講釈師 に決まってらあ。なにしろ講釈師、見てきたような嘘を言いって言う ぐれエなもんだ」「違ぇねえ。そのあたりが当たらずと言えども遠か らずってエところだな」八っつあんと、熊さんが、本気になって、 屁みてえな話にうつつをぬかす。 こんな調子で北斎の川柳と思われる669句が解説してあります。
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2006年2月13日 (月)
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第六章 古川柳 「一本釣り」
第六章 古川柳「一本釣り」
(5)芋小屋山房著「古川柳風俗事典」青蛙房刊 田辺貞之助編
第九部「夫婦の巻」
夫婦づれ女房にさきへ出やと言う 二三丁出てから夫婦づれになり
子の出来るまでは夫婦に別はなし 夫婦角力の引分けは泣き出され
夫婦旅昼は道連れ夜は情け 菅笠も夜は重なる夫婦旅 四国巡礼かなにかに出た夫婦。菅笠に同行二人と書いてある。 旅籠(はたご)に泊ると、床の間へその菅笠を重ねておく。
女房の留守塩からで飲んでいる 女房が留守台所のにぎやかさ
女房にへつらいすぎてけどられる うさんという匂い女房嗅ぎ出だし
けどること女房神のごとくなり 悟られぬように謡で合図也
いいぬけをみんな女房に覚えられ わたしをば化かした気さと女房いい
振られたと亭主せつない申しわけ ふられたと聞けば女房も腹を立て
焼きかけてしらな女房にいじめられ 女房をこわがる奴は金が出来
寝られない晩だと女房謎をかけ あっためてくんなと足をぶっからみ
へのこの生酔は女房うれしがり よくつづきなさると女房大きげん
夜着一つやけをおこして女房着る 寝たふりで居るはきれいな悋気なり
駕賃をやって女房つんとする つらあてに女房も里に居続けし
理に勝って女房あえなくくらわされ けんかには勝ったが亭主飯を焚き
仲直り本ンの女房の声になり 又喧嘩かと子の思う仲直り
去り状を握って乳をしぼりこみ 去り状へ無筆は鎌と椀となり
去り状をいただいてとるにくらしさ 去り状をかく内しちを受けに遣り
去り状をかくと入婿おん出され 去り状のうち三下りは婆の作
古川柳にあらわれる亭主はすべて哀れである。 大体、女房にこびりついていて昼間から要求する亭主と、 「昼日中おやして亭主叱られる」 女郎買にいったり下女に手をつけたりする亭主と、 「かみ様へ忠臣だてに下女させず」 女房に間男されてあたふたと取乱す亭主の三通りとなる。 「間男を生捕ったりと馬鹿亭主」 概していえば、すべての亭主が薄のろで阿呆で頓馬で助平で、 よくこれで一家を維持していけると驚くが、それでも生きて いかれたとは、よほど世の中が泰平で暮しよかったのだろう。 愛すべき江戸の庶民生活である。
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