2004年02月22日 15時42分23秒
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出場停止処分:チッパーの場合
マーク・ヴィドゥーカに関しては出場停止処分要請の理由等が語られているものの、同じく出場停止処分を受けたスイス「FCバーゼル」スコット・チッパーフィールドに関してはASAからは一切のコメントが出されてはいない。
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18日(豪19日)のベネズエラとの試合に招集されながら現地入りしなかったチッパーフィールドには、招集拒否と扱われ出場停止処分を受けたこと関して一切のコメントを控えるようにとASAから指示された。
そのチッパーがオーストラリア「ジ・エイジ紙」(2月22日)に語った。以下その和訳。
チッパーに恵まれた息子リアムは先週の土曜日にスイスで生まれた。そしてその2日後の月曜日の飛行機でスイス・バーゼルを発ち、バルセロナとマドリッドを経由してベネズエラ行きの飛行機に乗る手はずになっていた。しかしバルセロナからマドリッドへの飛行機が遅れたためにベネズエラ行きに間に合わなくなってしまった。
「ASA担当者に正直に状況を話すよりも、いっそのことマドリッド空港のエスカレータで足を滑らせてハムストリングでも伸ばしてしまった方が良かったかもしれない」とチッパーは後悔する。
飛行機の延着を受け、マドリッドからカラカスにいたASA担当者と電話で話したチッパーにはマドリッドのホテルに一泊して翌日の飛行機でカラカスに向かうように指示された。が、その後にスイスの妻に電話をしたチッパーはバーゼルに引き返すことにした。
「(プロの選手の妻と覚悟はしていただろうが)こんなにも早くから生まれたばかりの子どもとたった二人きりになった妻は寂しくそして落胆していた」とチッパーはその時の妻の状況を語る。
「カラカスもしくはシドニーにいたASA関係者と話す時間はもうなかった。フランク・ファリーナ監督とすら話す時間すらなかった。唯一連絡が取れたのはギャリー・モレッティ(「サッカルー」事務・広報担当)だけだったんだ。」
「バーゼルFCにとってみれば、いわれのない理由で処分を受けたと感じているよ。試合へ行くためにちゃんと僕を送り出したんだから。」「僕にしてもがっかりだ。これまでの代表戦には必ず招集に応じていたんだから。前回のオセアニア杯の時なんて海外から招集に応じたのは僕だけだったくらいだ。」この2002年のオセアニア杯に出場したチッパーは、当時のSA(サッカー・オーストラリア協会)が極端な財政難に陥って代表の旅費も捻出できない中、スイスから試合の行われたニュージーランドまでの飛行機代を自費でまかなって出場していた。
「サッカルー」の選手たちは、ヨーロッパでのサッカー事情をまったく理解していない人物が今や代表の選考・招集を担当していることに不安を隠せないでいる。ファリーナ監督は候補一覧を提出することを許されているだけで、実際の招集に関してはまったく権限がなくされてしまっており、選手組合はASAに対し代表選考過程の透明化を要求する予定だ。
この件で「サッカルー」から来週の組合委員会で問題提議するよう要請を受けた選手組合のロブ・アンダーソン代表だが、「だれも選手招集の任に進んで手を挙げなかったので、我々ですら誰が招集を決めているのか知らないんだ」と語る。「とにかく、特に今回の件で誰が選手の状況を考慮し、そして誰が招集実際に行ったのかを知る必要がある」「もはやそれがフランク・ファリーナ監督ではなく、今回の招集内容を決定した『気まぐれ・いい加減な』誰かだ。」
「明らかなことは、選手のだれ一人として今回の招集を決定した人物と直接話をする機会を与えられていないことで、我々としてはこの人物が欧州主要クラブでのプロ・サッカー選手であることついてどれほどの理解を持っているのか疑わざるを得ない。」
「チッパーにしてみれば精神的に不安定な状態の妻を置いて行かなければならないという大変な状況だった。代表選手といえども彼らの家族に対する責任というは具体的にどういうものなのか。ASAは我々のこの質問に答えなければならない。」
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2004年02月19日 05時28分40秒
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豪国民性を無視したFIFA制裁要請、発動か?
ベネズエラ戦の行われる19日早朝、ネット巡回していて飛び込んできたニュース。以下、AAP電の原文直訳。
「FIFAは水曜日、カラカスで行われるベネズエラとの親善試合にマーク・ヴィドゥーカがオーストラリア代表として加わることができないのなら、土曜日に行われるマンチェスター・ユナイテッドとの試合に出場することはできないとリーズに対して警告を発した。」
「世界サッカーの統括組織が出した声明は、FIFAはオーストラリア協会からの要請を受け、イングランド協会がリーズに対してヴィドゥーカを送り出す責務があると通告するように求めた。」
「FIFAはもしヴィドゥーカがリーズにより送り出されることがなければ、リーズに課せられる制裁にも言及。規則によると、選手を送り出すことに応じなければクラブ側は罰金、警告、非難、資格停止を受けるとなっている。」
権力を持つものがその権力を行使して民意を押さえ込む。このような傲慢な暴挙対して、強力な反発力を持っているのがオーストラリアの国民性だと歴史が証明しています。1850年中頃金鉱の町バララッタでの「ユーレカ・ストッケード」以降に生まれたこのオーストラリアの国民性をASAの首脳部は知らないのか?こんな要請をFIFAに対して出したASA首脳部はオーストラリア人ではない!
この報道が誤報であることを祈ります。
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2004年02月18日 19時08分40秒
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ベネズエラ戦に向け「サッカルー」先発発表!
GK: マーク・シュワルツァー(ミドルスブラ) DF: ルーカス・ニール(ブラックバーン) クレイグ・モアCapt(レンジャーズ) トニー・ポポヴィッチ(クリスタル・パレス) ケヴィン・マスカット(ミルウォール) MF: マイル・ステルヨフスキ(リル) マルコ・ブレッシアーノ(パルマ) サイモン・コロシモ(パラマッタ・パワー) スタン・ラザリディス(バーミンガム・シティ) FW: デヴィッド・ズリリッチ(アバーディーン) ポール・アゴスティーノ(1860ミュンヘン)
主将オコンが招集されなかったために後任候補の第一に上がってたキュウェルだが彼も怪我で事態。結局、スコットランドのグラスゴー・レンジャーズでも主将を務めるクレイグ・モアが「サッカルー」をまとめる大役を受け継いだ。
怪我を抱えながらも招集に応じてカラカスに来ていたヴィンス・グレッラだが、トレーニングを満足にこなすまでには回復しなかった。これによりファリーナ監督はポール・オコンのつとめていたポジションを豪国内リーグから招集された3人のうちの一人であるサイモン・コロシモに委ねる決断を下した。
FWにはクリスマス以降チーム内で好調を維持しているアバーディーンのデヴィッド・ズリリッチとブンデスリーガ・1860ミュンヘンのポール・アゴスティーノだ。どちらも2001年以来の招集で、ズリリッチは日本とのチャレンジ杯以来、アゴスティーノはW杯プレーオフでのウルグアイ戦以来となった。アゴスティーノについてファリーナ監督は「アーノルド助監督とも話していたことだが、これほどアゴスティーノが切れいているのを長い間私は見たことがない」と期待を込める。
MFで怪我のため辞退した右サイドのエマトンに代わって入ったのはリルのマイル・ステルヨフスキ。「サッカルー」で初めての先発の名誉を得る。
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エマトンの怪我にはじまり、キュウェル、スコーコ、アロイージらが怪我で事態、ヴィドゥーカは招集を拒否した形になりASA内には厳しい処分を望む声も。そして最後にチッパーフィールドはスペインでの乗り換え便が遅れたためにベネズエラ行きの飛行機に乗れずスイスへ引き返した。怪我を押して招集に応じたグレッラだが回復が遅れ出場は無理。「サッカルー」レギュラー陣がバタバタと抜けてしまったが、ファリーナ監督はそれでも現時点で最高のメンバーを揃えたと胸を張る。
南米第5位とは06年ドイツW杯出場をかけたプレーオフで対戦することになっており、今回対戦するベネズエラは南米地区予選で現在その第5位につけている。現地の報道ではベネズエラは5位以内には確実に入ると楽観する向きが強く、ますますオセアニアを制する筆頭の「サッカルー」と対戦する可能性の高い相手だ。ファリーナ監督はこの親善試合を事実上のプレーオフ第1レグと見なしており、勝ちに等しいアウェイでの引き分けを最低条件にしている。ホームで絶大なサポートを受け激しく攻め込んで来るであろうベネズエラに対し、「サッカルー」は経験豊富なDF陣がボールを奪うと素早く前線へ展開して若いエネルギーでゴールを奪うカウンター攻撃を心がけることになろう。
キックオフはオーストラリア東部夏時間19日午前10時。日本時間同日午前8時。
試合の模様はオーストラリアSBS放送局が同午前9時から生放送。オーストラリアン・サッカー協会HPでもネット文字中継が同9時45分から(英語)。またSkip@キャンベラの「テレビ生中継を見ながらASAネット中継も見ながら」の日本語文字中継は同9時50分頃より次の通り。
「Road to 2006 from DownUnder」BBSにて みまる@管理人様 http://urawa.cool.ne.jp/socceroos06/
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2004年02月18日 14時46分24秒
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ASAはドゥークをどうしたいのか(2)
マークがチームに合流してすぐ、2月18日のベネズエラ戦に向けての「サッカルー」の選考も大詰めに入っていたに違いない。「サッカルー」の攻撃の看板であるマークは、ファリーナ「サッカルー」監督やASAオーストラリアン・サッカー協会と電話で事前に話し合いを持ち、代表に対する義務を前向きに理解しながらも、このベネズエラ戦に関してはマーク自身の問題とこれをサポートしてくれたクラブへの恩返しのためチームを離れられない気持ちであることをあらかじめ伝えた。が、マーク・ヴィドゥーカの名は招集リストに載ったのである。
ベネズエラは現在南米第5位にあり、その南米第5位とオセアニア代表は06年W杯本大会出場権を巡ってプレーオフをする関係にある。このことを考えれば、ASAとしては、そしてファリーナ監督としては、当然のこととして最強の「サッカルー」の招集をしなければならなかっただろう。そして、これもごく当然のこととしてマーク・ヴィドゥーカはその一員であるべきだっただろう。今後の親善試合の交渉をするにあたっても、最強の「サッカルー」を招集しておかないと、その後の交渉に支障をきたすことも心配したであろう。
「リーズ・ユナイテッド」はこの招集に関してASAにマークの事情を考慮してこれを取り消すように要望書を提出。これを受けたASAの対応は・・・・。クラブからのこの要望を拒絶、であった。
そしてマーク・ヴィドゥーカはベネズエラ行きの飛行機には乗らなかった。
ASAはこの事態に「FIFA5日間出場停止」ルールを招集を拒否したマークに適用するべきかを検討しているという。適応されればベネズエラ戦が終わってから5日間は所属クラブのリーグ戦等に出場できなくなる。
一部のシドニーの新聞によると、ASAの「ある人物」とマークとの間で事前に協議があり、マークの招集拒否を口頭で認めていたと報道されている。ASAはこのことに関して「事実ではない」と否定はしているが、良識あるASAの「ある人物」がいてもおかしくないだろう。が、「ある人物」、「ある情報筋」とされるこの件に関しての真相は分からない。
ASA外でのマーク・ヴィドゥーカに対する反応はどうだろう。報道されるところでは、元サッカルー選手、元サッカルー監督、その他オーストラリアで尊敬を集めるサッカー関係者の大方はマークを指示している。ワタシにいわせれば、これは当然の反応で、これが良識のある心情だと言える。
今回のマーク・ヴィドゥーカの招集拒否が「悪しき前例」とならないようにASAは「FIFAルール」を持ち出しているのだろうが、そんな脅しが必要なのか甚だ疑問である。もし、仮に「FIFAルール」をマークに対して適応しなけらばならなくなったとして、そのリスクを負う覚悟がASAにはあるのだろうか。否、ないだろうし、そんなことをすれば生まれ変わったばかりのASAは国民の支持を完全に失ってしまうことになるだろう。
一部報道では「マークは身近なチームメイトに『FIFAルール』を適応するような協会なら代表を引退する」と漏らしているとすでに報道されている。これはマークの脅しではなく、本心だろう。2001年に受賞した「OFC年間最優秀選手賞」のコメントを思い出していただきたい。
マークは招集されるべきではなかったし、仮に招集されてもその後ASAが温情を見せて召集を解除するべきだった。「FIFAルール」を持ち出す前に、そもそもASAが犯した無情さに気付くべきだった。
どうする、ASA?
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2004年02月18日 14時44分06秒
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ASAはドゥークをどうしたいのか?
ワタシの記憶に間違いがなければ、マーク・ヴィドゥーカは母国オーストラリアに裏切られた気持ちを持っていた時期があったと思われる。
豪NSLメルボルン・ナイツでプレーしていたメルボルン生まれのマークはその後ヨーロッパに渡り、父の母国クロアチアのザグレブに移籍。1999年6月末で自由契約となりスコットランド「セルティック」へ。1年後の2000年7月3日には現在所属するイングランド「リーズ・ユナイテッド」へ600万ポンドで移籍。そしてすぐにシドニー・オリンピック。オーバーエイジ枠で「オリルー」に招集され、屈辱のホスト国予選敗退の後9月が過ぎてようやく新天地「リーズ・ユナイテッド」でのスタートを本格的に切った。
そして年が明けた2001年2月。オセアニア連盟主催の「OFC年間最優秀選手」にマーク・ヴィドゥーカは選ばれた。この時のコメントで「これまで(ザグレブ・セルティック時代)にオーストラリアから見向きもされず、サポートもされなかった。オーストラリアを離れた自分はその代償として母国オーストラリアから見捨てられたと感じたこともあった」と、受賞の喜びと同時に彼の心の中の「母国オーストラリア」というものに疑問を投げかける報道もされたりした。この彼のコメントを「今さら何がOFC最優秀選手だ」と否定的にとるか、それとも「実は見捨てられてはいなかった」ことへの喜びととるか、それは人によって意見が分かれるところだ。が、ともかく、この時のマークのコメントは確かに何か含みのあるものであることに違いはない。
2004年1月。メルボルン在住の父が心臓病を患い意識不明の危篤状態に陥る。マークはイングランドを離れ父の元へ。プレミア・リーグの冬の中断時期を越えてメルボルンでの父の看病は3週間になった。その間、当然所属する「リーズ・ユナイテッド」としては降格の危機と経営破綻の二重苦の中、一刻も早くマークにはチームに戻ってきて欲しかったに違いない。が、クラブは事情を考慮し、マークを急かせることはなかったようだ。これは昨シーズンの終盤に11試合13ゴールの大活躍でチームを降格から救ったマークに対する信頼と敬意の現れだろう。フランス、スペイン、イタリアの強豪クラブからオファーや問い合わせが続き移籍が常に取りざたされていたマークだが、彼もクラブの特別の配慮に鑑みて移籍することはなく、結局、父の意識が戻り容態が一応の安定を見せた2月上旬になってようやくチームに合流した。
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2004年02月16日 15時29分49秒
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さらに「4人抜け」サッカルー
Out:ハリー・キュウェル、ジョン・アロイージ、ヨシップ・スコーコ In:ニック・カール(豪NSLマルコーニ・スタリオンズ:U23「オリルー」)、ポール・アゴスティーノ(独:1860ミュンヘン)
※マーク・ヴィドゥーカは予定の飛行機には乗らずイングランドに残ったまま。ASAがヴィドゥーカは招集される前にすでに不参加を希望していたが、ASAは招集に踏み切った。これに対し「リーズU」は彼を招集しないよう要請書を提出したがASAはこれを拒否した。今回の招集拒否に関してASAでは現在対応を協議中。
追加招集されたニック・カール(愛称:ニッキー、カーリー)は初代表(写真)。U23「オリルー」として先日まで行われていたアテネ五輪オセアニア予選に出場し、鋭いドリブルと巧みなボールタッチで試合の流れを変えるなどファリーナ監督に高く評価された。カールの招集でフル代表への国内NSLからの招集は3人になった。
またヴィドゥーカの不在、アロイージの辞退を受け、追加招集を受けたFWはポール・アゴスティーノ。アゴスティーノにとっては2001年11月に戦った「ウルグアイ」とのW杯プレーオフ以来の招集となった。
ヴェネズエラ・カラカスに到着したヴィンス・グレッラだが、彼も怪我を抱えており出場の可能性は今のところ50/50とのこと。
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2004年02月15日 10時40分22秒
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エモout、ズリリッチin、グレッラ、キュウェル、スコーコ「????」
エモことブレット・エマトンが怪我のためズエラ戦を辞退した。「ブラックバーン」でチームメートのルーカス・ニールによると、水曜日の試合で前半にエマトンは足首を削られ負傷した模様。ニール曰く、ハーフタイムで交代するべきだったのにエモは交代させられなかった、と。ASAも「エモが月曜日の飛行機に乗り込む可能性は1%」とこれを認めた。
代わって追加招集されたのはデヴィッド・ズリリッチ。スコットランド「アバーディーン」でクリスマス以降調子を上げてきている。
が、エモのプレーする右サイドにズリリッチが入ることはなさそうだ。むしろズリリッチ追加招集はヴィドゥーカの辞退を見込んでという気がする。で、右サイドにはブレッシアーノか、U23「オリルー」から昇格、初招集を受けたエルリッチがいる。
エモ以外にもキュウェルの怪我の状況についてクラブ側は「トレーニングの前に来てもらえばわかる。彼はいまだに怪我の治療をまず受けているんだ。かれがズエラ戦にいけるかどうかはチーム・ドクター次第だろう。」と。他にイタリア「エムポリ」のヴィンス・グレッラ、トルコ「ゲンチレルビイリ」ヨシップ・スコーコも怪我で「?」がついている。
さて、月曜日になって蓋を開けてみて、どんな「ルー」になっているのか楽しみになってきた(笑)。
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2004年02月14日 10時43分46秒
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06年W杯へのオセアニア予選日程発表!
オセアニア・サッカー連盟(OFC)が、「OFCネーションズ杯」および「2006年W杯オセアニア地区予選」の日程を発表した。ネーションズ杯の決勝に進出する2チームがW杯オセアニア地区の代表の座をかけて激突する。
◆2004OFCネーションズ杯◆ 2ステージ制に分かれており、「ステージ1」ではオーストラリアとNZを除く10カ国が2グループに分かれ5月10日からリーグ戦を戦い、各グループの上位2チームが「ステージ2」へ進出できる。
「ステージ2」は、「ステージ1」の各グループ上位2チーム計4チームに加えて、オーストラリアとNZを加えた6チームが5月28日〜6月6日の日程で戦う。開催地はオーストラリアの予定。
ネーションズ杯優勝は「ステージ2」の上位2チームによるプレーオフで決せられ、H&A方式で10月9日に決勝第1レグ、10月13日に決勝第2レグが行われる。優勝チームは05年コンフェデレーションズ杯(開催されれば・・・・)へのオセアニア代表としての出場権と、またアジア連盟優勝国とのチャレンジ杯への出場権も得る。
◆2006年W杯オセアニア予選◆ これまで行われていた全加盟国による予選方式を改め、「ネーションズ杯」決勝プレーオフに進出した2チームがそのままオセアニア代表の座を争う決勝プレーオフをH&A方式で行う。第1レグは2005年9月3日、第2レグは9月7日の予定。オセアニア地区代表となったチームはその後、南米地区第5位とさらにプレーオフを行い2006年W杯出場を目指すことになる。
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2004年02月13日 20時55分50秒
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気持ちはもやもや・・・・
引っ越しはあいかわらずカタツムリの歩み。どうにも知識が決定的に欠如しているのが痛い。
その歩みをさらに遅らせているのが、今回招集されたズエラ戦「ルー」の一部の面々。
「ルー」の選手は、短気なマスカットであっても、ハンガーを肩に入れているラザリディスであろうと、貧血蒼白なエマトンであろうと、とにかくみんな好きなので、誰が選ばれたということで文句など言いたくはない。少なくとも今まではそう思っていたし、それで不満なんかを心に持ったこともなかった。
どうしてDF陣にあの年齢のあの選手とあの選手を招集したのか、今回ばかりはワタシにはファリーナ監督に疑問を持たざるを得ない。つまらないことなのだが、いろんな邪推もしてみたくなってしまう。ファリーナ君、自分が可愛がってきた選手たちに自分をサポートさせるために招集してはいないか?
ズエラ戦が近づき「ルー」が発表された前後に、ファリーナ監督の後任に関するニュースがちょっと続いて流れたりした。元イングランド・プレミアの監督だとか、とにかく海外から監督を連れてくるためにASA(オーストラリアン・サッカー・アソシエーション)がコンタクトを取り始めているとかいないとか。このところマスコミは代表チームに結構イジワルで、先日まで行われていたアテネ五輪予選では「史上最低のオリルー」なんて書き立てて選手やファリーナ監督の怒りを買っていた。そして今回のフル代表「ルー」の招集と前後して、またしてもファリーナ監督を不安にさせるような後任報道。
が、ちょっと考えてみると、火のないところに煙は立たないじゃないけど、そんな気もする。ASAもこれらの報道を否定するようなコメントを出してもいない。もしかしたら、本当にASAの中ですでに本格的な後任探しが始まっているんじゃないかという気がちょっとする。
監督は違うものの地元のシド五輪を無惨な結果で終わり、そして02W杯をファリーナ監督の下で屈辱のプレーオフ逆転敗退。03年コンフェデ杯に向けてのOFCネーションズ杯ではNZにまさかの0−1で敗れた。ここで浮上しなければ、OZサッカーは本当にこの先10年はまた浮かび上がれなくなるだろう。どうしても06年W杯に出場したいASA。ファリーナ監督に見切りをつけて強力な助っ人監督を本気で連れてくるつもりなんだろうか?オセ予選まで1年、W杯まで2年。すでにデッドラインを越えていると言えばそうだが、無理を承知で賭をするなら親善試合予定が固まり始めている「今」がまさしくそのデッドラインとも言えるだろう。
こんな裏話がもし本当にあるとして、そしてそれを敏感に感じ取ったファリーナ監督が自分を信じてくれているシンパを招集してとにかく「白星」という結果を出したいと考えたのではないだろうか?
ファリーナ監督がそんな姑息なことをする人物だとは思わない。しかしSA時代から続くいい加減なサポート体勢をみていると、きっと壮大な夢を持って指導しているであろうファリーナ監督がつまらない協会連中にこれ以上邪魔されることを嫌って「守り」に入ってしまったということもあるような気がする。
くだらない邪推であって欲しいと本当に思いながら引っ越しの歩みはのろい。
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2004年02月12日 19時08分44秒
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せっせ、せっせと、引っ越しだぁ〜
こちらへの引っ越し、BBSをつけてぇ、色を揃えてぇ・・・・。
なのに、珍しがって妻が横であれやこれやとのぞき込んでくる・・・。今日は特に蒸し暑いんだぞー。そんなに近づくなぁ〜。
今日のキャンベラの最高気温、36度。しかも、昨夜の大雨で湿度急上昇〜!でも、湿度は40%弱。でも、でも、キャンベラの乾燥した空気に慣れてしまったワタシたちには「ベトベト〜」なんです。
こりゃ、絶対に日本の夏には戻れないな。
さて、引っ越し、引っ越し。
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