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2009年11月22日 (日) 07時43分37秒
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[名 前] : 熊さん
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[コメント] : 友人から戦前の音源を20曲ほど貰いました。初めて聞く曲が多く、その中に戦後の曲が1曲だけ有りました。昭和24年6月ポリドールレコードから松平晃が唄った「久ぶりだよ」この曲は戦前の昭和15年11月に遠山春夫という歌手が唄っていますが、ヒットしませんでしたがいい曲です。作詞が佐藤惣之助、作曲が明本京静ですが、戦後の松平が唄ったものと、全く詩も曲も同じものなので、ビックリです松平ものは作詞が福田信、作曲が青山新太郎になってます。戦前流行しなかった曲を歌い手を代えて、吹き込み直し発売するケースは「月夜船」「波平の島育ち・昭和24年10月ポリドール」などに見受けられます。
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2009年11月22日 (日) 21時41分17秒
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[名 前] : ふろあ
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[コメント] : 波平暁男の『島育ち』が、田端義夫によって「発見」され、田端のヒット曲になったといわれていますね。私は波平の『島育ち』を聴いていますが、メロディは同じですが、歌詞が田端のとは少し違います。 ちなみに波平暁男は、映画『ひめゆりの塔』(昭和28年)で、沖縄音楽の編曲を担当しています。音楽監督は古関裕而です。どうも『若鷲の歌』を思い出してしまいます。
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2009年11月23日 (月) 04時33分56秒
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[名 前] : 魯人
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[コメント] : 「島育ち」は以前テレビでコロムビアトップが奄美大島の委託版のため全国的には発売されてないと言っていました、従って音源入手は困難だと言われています。 昭和28年に「奄美育ち」として永田とよ子により再吹き込みされましたこちらも歌詞、前奏、メロディが幾分違います。 〜赤い蘇鉄の実も熟れそめてカナも年頃カナも年頃心燃え立つ奄美の育ち〜 隠し部屋にMIDIを置いています。 三界稔は奄美出身なので同郷の波平に唄わせたのでしょう。 田端義夫は沖縄料理店で発見してこんな「良い曲が埋もれていたのか」と言ってレコーデングにこぎつけたと言っています、初めて聴いたように言っていますが波平、永田の音源は知らなかったのでしょうか、まして三界稔は戦前おなじポリドールで一緒だったのに関心を持たなかったのでしょうか。 三界稔の「上海だより」など多くは著作権が有るのに「島育ち」の著作権が無かったのはどうしてでしょうか
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2009年11月23日 (月) 15時59分37秒
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[名 前] : 魯人
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[コメント] : 「島育ち」の著作権について、三界稔が経済的に困窮していた時、融通した奄美の楽器店に権利を譲ってしまったのが真相のようです。それとこの曲、実は昭和14年に作られたようです現地ではその時から歌われていました、作詞をした有川邦彦はレコード化を夢見ながら果たせず亡くなったとのこと。三界稔も田端が「島育ち」を引っさげ復活する同じ年の少し前に亡くなっています。途中で思い出しましたが「島育ち」のヒット後に三界稔の娘の三界えり子がデビューしたのでした確か彼女のレコード買った記憶があるのですが何処にやったやら
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