2006年9月15日(金)
日本人の精神性のこれから
14日(金)の産経新聞朝刊「話の肖像画」でロシアのバレリーナ、マイヤ・ブリセツカヤさん(旧ソ連下ではスターリン政権時代から父とともに迫害、弾圧されていた)が述べていたことを読んで、少しギョッとした。少し長いが引用させていただく。「…(前略)人間の意志というものは、その人の置かれた環境によって大きく左右されます。その人の人生が苦難にあふれたものであれば、意志は鍛えられます。あなたの国、日本をみてください。天然資源に恵まれない小国が生き延びるのは大変だということは誰でも知っています。それでも日本人の暮らしは豊かではないですか。そのためにはどんな意志が必要なのでしょう。苦難を背負っても、顔には苦難の色すらありません。これこそが意志の力でしょう。…(中略)…日本人は、自らの暮らしを高めるのに全力をあげているのに、ロシア人は何もせずに給料だけはもらおうとします。どうでもいいさ、なるようになるさという生き方です。日本人はどうでもいいということはありません。これはもう、思考形態であり、精神性と言えるでしょう」もし、彼女が日本の家庭や学級の崩壊の現状を知れば、「精神性」をこれほどまでに誉めてはくれなかっただろう。 絶望的なボーグとの戦いを前にガイナンはピカード艦長に「たとえ、全滅しても精神さえ生きていれば千年かかろうときっと復活を果たすことが出来る」と進言した(STAR TREK The Next Generation)が、日本は、今「力強く」「前向きに」生きていこうとする「精神性」が危うくなってきているのではないか。明治には、欧米列強の圧力を跳ね返し、昭和においては敗戦にも耐え復活を果たしてきた我が国だが、これも、国民に「高い精神性」があってはじめて成し遂げたことであった。精神性そのものが危うくなっている現在、誰か彼に滅ぼされることが無くても、衰退、自滅の道を突き進んでいると思うのは考えすぎだろうか。教育と文化だけが精神を育むのである。教育がここで正道に至らなければ、先は暗い


