アイクのジオログ

アイクのジオログへようこそ

← 2007年3月

1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

新着コメント一覧

My Yahoo!に追加 RSS
Counter

2007年3月8日(木)

昼食

最初に訂正を
下で書いた「明の十三陵」で
13人の皇帝と書いたけど
全部で17人くらい居るみたいね(笑)

もっと詳しく調べて書くべきでした

で、俺が見た陵墓は何人めの皇帝の物なのか
多分(多分て!)14人目です
もうチョット詳しく調べたらこの文章ごと
訂正します

で、写真が本格的に食べた最初の中華料理
なんか郊外にポツンとある
ドライブインみたいな場所
と言っても一階が土産物屋で二階が食堂の
すごく広い建物

味は・・・・と言うと
これが「スッゲーうまかった!!」

中国の料理はどれも味が濃くて油っぽい
と聞いていたので
あっさりとした味付けに驚いた
日本の中華料理っぽい

50度近い酒が置いてあるは
キムチはあるし
日本人と韓国人観光客がつっこまれる店なのかな?
と、思ったり

真ん中のスープは赤だしの味噌汁でした

作成者 アイク : 2007年7月11日(水) 03:58 [ コメント : 0]

2007年3月7日(水)

明の十三陵〜その3〜

金属探知ゲートをくぐり
5階建て分くらいの階段を
降りると・・

はい、これが地下宮殿です

これお墓ですか?
ていうほどの空間
天井は高く綺麗なアーチ型をしており
そこに金網を貼り付けて照明をぶら下げている

手前にあるのは石で出来た玉座
これが縦に3つ並んでいます
3人分て事なんだけど、それは
皇帝と正室それに第二婦人も一緒に埋葬されたから

本来、皇帝と后の二人しか埋葬してはいけないのだけど
后との間に子が授からず、
側室の生んだ子がのちに皇帝に即位したための
特別な配慮によるもの

奥に小さく赤いのが写ってるでしょ?
あれが皇帝の棺、一回り小さい棺に両脇を挟まれて
収められていました

写真じゃ小さいけど、近づくと
やっぱりデカイ!(笑)
縦横3メートル奥行き6メートルくらい
死してなお、皇帝の威光を放つ大きさですな

古来あまたの王朝が
その権力の大きさを天下に知らしめる為に
色々な巨大建築物を作ってきたけど
ここもその分に漏れず

さて、どうでもいい知識を一つ
一番手前にカメがあるでしょ?
何かというと
中に油を並々と注ぎ、芯を入れて火を灯し
言わば「あんどん」の様な物として置いてあったらしく

埋葬の儀も終わり、宮殿内部を全て石の扉で密閉し
さらに全体を土で被い封印したのだが
この瓶の灯は灯したままにしたらしい

はたして後年、発掘された際には
館内の酸素を燃やしつくし灯は消えていたけど
瓶の中には半分ほど油が残っていた
学者が調べてみると「ゴマ油」で
400年たっても品質はそれほど劣化していなかったんだって

奥さん!ゴマですよ〜ゴマ!!
これからの時代は・・・(みの式フェイドアウト)

作成者 アイク : 2007年5月9日(水) 05:55 [ コメント : 1]

2007年3月6日(火)

明の十三陵〜その2〜

途中の資料館で見た
陵墓全体の模型
こんなに広いなんて・・

まあ知らないからこそ
平気で歩いていた訳で

写真の左から右まで
往復するなんて最初に説明されていたら
辛かったな、これは

たとえばこの写真を手にして

「ここが最初の広場でしょ・・・・
 あそこに見えるのが門で・・・・」

少し泣くわ!!
(広い、でかいと騒いでおりますがこれから観光する場所
 すべてが此処より広いなんて知る由もなかったのでした)

作成者 アイク : 2007年5月9日(水) 04:22 [ コメント : 2]

2007年3月5日(月)

明の十三陵

遠くに見えるのは門
あそこまで行けば良いのか〜
などと思っていたらさあ大変

皇帝の埋葬されている
地下宮殿の入り口まで
写真の門から倍率ドンッ!
さらに倍!!うぎゃ〜
いや〜こんな事なら
篠沢教授に全額賭けときゃ良かった

作成者 アイク : 2007年5月9日(水) 04:01 [ コメント : 0]

2007年3月4日(日)

北京郊外

しょっぱなから問題です
この写真を見ると
木の下の方が白く塗られて
るでしょ?
さて、それは何故でしょう
答えは最後に

今走っている場所はもう
明の時代(1368年〜1644年)
の皇帝13人の陵墓群の一帯に入ってます

お墓といっても、形は日本にもある
前方後円墳のような形で
とにかく広くてでかい

そんな物が、13人分13個もある訳なんだが
そのうち3つが公開されてると

今回我々が見学するのは
最後に葬られた皇帝のもの
そのあとを継いだ幼少の皇帝は
先帝を、古来の作法にのっとって時間をかけて
贈る事も儘ならなかったという

と言うのも、李自成(リ・ジセイ 1606〜1645)
という人物が農民蜂起を指揮して
北から攻め入り、明は270年あまりの歴史を閉じる

その後、李自成は北京で皇帝を名乗るが
80日もしない内にこれまた北から
女真族が攻め入り、あっけなく倒されてしまう
そして最後の王朝になる、清が建国されたのだった

とまあ、興味の無い方には退屈な
歴史のお勉強をしてきたが・・・

だって写真は一枚しか載せられないし
こういうちょっとした風景も見てほしいので
言葉を埋めるのに、これからもちょいちょい
歴史の時間を設けます
後についてこいやっ!!

はい・・・と言う事で、写真の答えは
この辺りは街灯がまったく無いので夜は真っ暗
車で走った時に白い部分にライトがあたって
木の存在が解りやすい様になんだって

作成者 アイク : 2007年4月6日(金) 08:05 [ コメント : 0]

2007年3月3日(土)

市内から

出発して、
一通り挨拶をすませ
今日の日程を聞く

これから市内を出て
一路郊外へ
最初は「明の十三陵」
という所へ向かうらしい
(写真は車中から撮った五輪スタジアム)

心の中でつぶやいた
『それって何?』
そう!俺だけはこの期に及んで、
たいして日程を知らないのである!
まあ、あえて知らずにいたのだけど

とは言え、今回観光する場所は
北京市内、近隣の世界遺産というのだけは
知っていたから、そういう場所なのだろう

そして都心から徐々に離れる道すがら
張さんにより、色々な話を聞く

張という名前は中国の四大氏名で
多い苗字の一つらしい
(他は李さん、王さん、金さん・・・だったと思う(汗)

自身の経歴については
ロシアの大学に進み、銀行家に
退職してのち、ずっとやりたいと思っていた
観光業に就くため日本語を学び日本人専門のガイドへ
(中国人の日本観光も)
つまりはどエリートだと判明

「人間、やりたい仕事に就くのが幸せです
 嫌いな事を仕事にするのは不幸な事です」

ラジオから学び始めたという日本語は
流暢で、己の信念に裏づけされた説得力を持つ

さすがに大陸!のっけからウエルカムパンチが重いぞ!(笑)

作成者 アイク : 2007年3月16日(金) 23:29 [ コメント : 0]

2007年3月2日(金)

観光に出発!

ほどなく到着したHさんに
ガイドさんを紹介してもらう
名前は張さん男性

ガイド歴は長く、今では後進の教育にあたる
会社ではだいぶ偉い方らしい
年は40後半、ガッチリした体型で背が高く
俺より頭一つデカイ、という事は185cmはゆうにあろう

「始めまして、チョウと申します。宜しくお願いいたします」

と流暢な挨拶に一同、宜しくとこうべを垂れる
日本人が体格的に小さいのは遣唐使の時代から
何も変わってないかの様な光景であった(笑)

さてさて、時間を惜しんで早速小型バスに乗り込んだ
我々観光者6名に、張さんと運転手さん
計8人での北京探訪へ

作成者 アイク : 2007年3月16日(金) 22:39 [ コメント : 0]

2007年3月1日(木)

北京の朝

待たせてゴメンね
って誰も待ってねぇか(笑)

前回、中国のホテルが暗い
って書いたけど
天井に灯りが付いて無いってのは
日本でもビジネスホテルじゃ標準らしくて
普段宿泊施設に縁の無い
俺の勝手な世迷言だったみたで・・・
穴があったら入れ・・・じゃなくて入りたい
ここは大陸!!小さい事は気にするな!!
(小さく謝っておきますm(− ー)m)

さて気を取り直して
朝食はホテルでビュッフェ
(ところでビュッフェとバイキングってどう違うの?)

中華と洋食で、点心などもあったけど
無難に洋食をチョイスしていただく
ソーセージが美味かったのだが
何の肉なのか少し気になりつつ
周りを見るに、アジア人ていうか日本人は我々だけのよう
飛び交う言語は、英語やスペイン語がほとんど

朝食後のロビーに溢れる宿泊客の格好は
ほとんどがビジネスマンとい雰囲気

さて朝9時になろうかというのに
(俺にとってはだいぶ早朝)
もうそろそろ観光に出発
Hさんとこれから2日間のガイドさんの到着を
しばし待つ事に

作成者 アイク : 2007年3月16日(金) 22:15 [ コメント : 1]
前の記事  |  次の記事