ログイン
- Yahoo! JAPAN - ヘルプ
マッドマックス・トミー! 桜の代紋
“俺の捜査に手錠はいらねぇ! 全員射殺だ!” 物凄い惹句です。かなり内容を捻じ曲げていますが、部分的には正解です。 勝プロ製作、若山主演。映画界のサンダとガイラが手を組んだ滅茶ぶつけバイオレンス。 「桜の代紋」(1973年/三隅研次監督) 桜の代紋とは旭日章のこと。パトレイバー(イングラム)の胸部、麻宮サキのヨーヨーの側面に光っているアレ。警察官が背負う紋章です。 よく桜田門からの連想で警視庁と結びつける人がいますが、警視庁はあくまで東京都の警察本部。本作の舞台は大阪なので府警の刑事が主人公です。 今年も昇進試験は落第確定な、現場叩き上げの人情味溢れる暴力刑事・奥村(若山富三郎)。 広域暴力団壊滅のため奔走しますが、内部にスパイがいたため、証人は護送中に暗殺。更に部下、内通者自身、終には妻までが…。 もはや証拠も令状も不要。要るのはショット・ガンと拳銃のみ。 口上省略、命乞い無視。殺戮の銃弾雨あられ。 これぞ正に6年早いマッドマックス。 普通ならここで終わる所ですが、何とこの後に責任の全てを奥村ひとりに押し付ける府警の会見と裁判シーンが。 判決後、群がるマスコミに奥村が放った言葉。 「控訴? しませんよ、そんな事。私は刑事ですから」 矜持、という言葉が胸に沁みるラストです。 本作には、大滝秀治(特捜最前線)、渡辺文雄(非情のライセンス)、小林昭二(西部警察)という刑事モノ重鎮系3名が顔を揃えています。 さて、一番悪い奴は誰でしょう? ※2011年度はこれにて幕です。お付き合い頂きありがとうございました。来年も宜しくお願い申し上げます。
全部不合格なのに総合で合格。 君よ憤怒の河を渉れ
「こんな奴、百発ぶち込んだって正当防衛なんだよ」 無理があるにも程がある脚本、サスペンスを盛り上げる気がさらさら無い演出と編集と音楽・・ひとつひとつは全部駄目なのに合体すると何故か合格…。 映画の方程式は難しい。 「君よ憤怒の河を渉れ」(1976年/佐藤純弥監督) 謂れ無き強盗・強姦容疑で追われる身となった検事・杜丘(高倉健)。 自分を犯人と証言した女を追って北海道に入るも、女は既に死体。殺人容疑まで加わった杜丘は日高山脈へ。 ここで熊に襲われている牧場主の娘・真由美(中野良子)を助けた杜丘は彼女に匿われますが、すぐに警察が…(しかし逃げながらも洞窟で1発ヤル事は忘れない)。 もう全編不思議が一杯。 まず「第三の男ハワイアン・アレンジ」な音楽が変。わざとだと思いますが、本来ならサスペンス感溢るるシーンがこの1曲で全部漫画に。 北海道を完全封鎖された杜丘は、牧場主(大滝秀治)の自家用セスナで日高山脈越えして千葉海岸沖まで超長距離飛行。 勿論、セスナの運転は初めて。このセスナを追うのが三沢をスクランブル発進した自衛隊戦闘機。検事正(池辺良)曰く「警察の威信をかけて」。いやいやいや、そこで自衛隊はないだろ。 これを海上すれすれの低空飛行でかわして最後は胴体着水。すげー運動神経です。 前年の「新幹線大爆破」、翌年の「人間の証明」、翌々年の「野生の証明」(全部、佐藤純弥だ!)と大作イヤーが続くウルトラ健さんだから許された離れ業。 千葉から大月を経由して非常線をかいくぐり、新宿まで戻ってきましたが、刑事+機動隊連合軍(刑事は人混みで銃乱射!)が完全包囲。窮地の杜丘を救ったのは…。 真由美率いる暴れ馬軍団!! 新宿駅西口で馬大暴走! 一頭はコーナーで景気良く転倒(アスファルトの上走らせたりするから)! ジュラルミンの盾を強行突破! 無茶苦茶です。しかし、映画的選択としては大正解(理屈より絵柄優先。ただし、この後の中野良子のヌードがあからさまな吹き替えだったのは残念無念)。 杜丘を追う矢村警部に扮した原田芳雄が、健さんに負けず劣らず魅力的。 悪の総帥に西村晃。役者の濃さが、画面を救っています。 余談ですが、中野良子は翌年の「八つ墓村」でも洞窟(鍾乳洞)でセックスしてましたね。洞窟マニアなんでしょうか。 ※参考:「野性の証明」→2008年4月24日 「ビル・モーズリィも大好き。新幹線大爆破」→2009年1月9日 「擬似海外版? 新幹線大爆破[BS朝日メッタ切りバージョン]」 →2010年8月10日 「死出の道行き。 八つ墓村(1977年版)」→2011年1月4日
その銃は51NAVY! 必殺からくり人血風編・最終回
尊皇、攘夷、佐幕…。現代のカリカチュアとしての時代劇である必殺シリーズにおいて、時代背景を色濃く反映させているのは「暗闇仕留人」と本作くらいではないでしょうか。 「必殺からくり人・血風編/最終回・夜明けに散った赤い命」(1977年1月14日放送/松野宏軌監督) 薩長の官軍が倒幕のために攻め入ろうとする幕末の江戸。 品川の旅籠を根城に殺しの商売を営むおりく(草笛光子)らと彼女らに命を救われた土左ヱ門(実は薩摩藩密偵/山崎努)らからくり人の出会いと別れ。 最終回の脚本は何と工藤栄一。 功名を焦る官軍の佐幕狩りに加担してしまった直次郎(浜畑賢吉)。「これがあんたの言ってた官軍の世の中かよ!」と土左ヱ門に喰ってかかる新之助(ピーター)。 おりくへの慕情を胸に息絶えた直次郎を弔った土左ヱ門はひとり、彰義隊への一斉攻撃を翌日に控えた官軍本部へ。 この時、官軍隊長が持っていた銃は51NAVY(トリガーカバーが丸くて小さめなので多分3rdのスタンダードモデル)。 彰義隊総攻撃(上野戦争)前日ということは、1868年7月3日。 51NAVYが造られたのは1851年。辻褄は合っています。 土左ヱ門はこの銃で指揮官(かつての同僚)を射殺。ダブル・アクションで連射しているのが痛恨の極みですが、実にかっちょいい仕事納めでした。
彼岸と此岸を結ぶ1本道。 ソナチネ
サブマシンガンのマズル・フラッシュだけでカチコミを表現する・・これだけでバイオレンス映画史に刻まれる資格があります。 数カット挿入された銃撃シーンが屋上屋でしたが、ここを切り捨てる勇気があれば問答無用の傑作になっていたと思います。 「ソナチネ」(1993年/北野武監督) 狡猾な老組長の「邪魔者まとめて殲滅・漁夫の利大作戦」にハメられて沖縄の現地抗争助っ人に駆り出された村川組(ビートたけし/寺島進/大杉漣)。 すぐに手打ちと言われて来たのに、抗争はエスカレートの一途。仕方なく身を隠すため、一時海辺のセーフハウスへ。 この海と街を繋ぐアップダウンの激しい1本道がいい。正に彼岸と此岸を結ぶ道。 「あんまり死ぬのを怖がると死にたくなっちゃうんだよ」 本作ほど生と死を平等に、等しく無機質かつ即物的に描いた作品もないでしょう。 決めた立ち位置から一歩も動かず、被弾しようがお構い無しに真正面から撃ちまくる・・ジョニー・トーに与えた影響はいかばかりか。 現地の若手・勝村政信と寺島進が徐々に“いい感じ”のコンビになっていくのが微笑ましく、その関係を一発の弾丸で分断する殺し屋・南方英二(チャンバラ・トリオ)の無表情さが恐ろしい(キャスティングの勝利ですね)。 マンガチックなヤクザコントも、エンタメな見せ場もまだ無い静謐なバイオレンス。やはり北野初期作品は面白い。 余談ですが、本作には以前私が関わっていたコンビニの看板がドーンと映るカットがあって、個人的思い入れの強い作品でもあります。
タナトス降臨。 その男、凶暴につき
「どいつもこいつもキチガイだ」 北野武の初監督作としては勿論ですが、白竜という獣を野に放った作品として、その後のジャンル映画の重鎮を輩出した作品として、語り継がれるべき問題作です。 「その男、凶暴につき」(1989年/北野武監督) 思えば特報から異常な香り。 目伏の入ったたけし(ロッカールームの拷問シーン)の顔に「子供に観せるな、子供に観せるな」のリフレイン。 静かなバイオレンス。まるで合わせ鏡な刑事・吾妻(たけし)と人間凶器・清弘(白竜)。 白竜は登場直後、遠藤憲一をメッタ刺し。子分(ゲイ)の1人に寺島進。仕える主人に岸辺一徳。 嗚呼、皆、若くて細面でシュっとしている。痩せてるって美徳なのね(海より深く反省)。 初監督作にして死への憧憬がひしひし。タナトスが舞っています(脚本、野沢尚だったのか…)。 正直、北野作品はあまり肌に合わないのですが、本作と「3-4X10月」と「ソナチネ」は別格。共通点はエンタに走らない甘い死臭。 エピローグはフリードキン・リスペクト。 ※参考:「その男、凶暴につき…。L.A.大捜査線/狼たちの街」→2009年1月3日
こんな死に方だけはしたくない。 裸のジャングル
全身を土で固められて(ご丁寧にも呼吸用の竹筒を銜えさせられて)、素焼き人形状態で丸焼き。 嗚呼、こんな死に方だけはしたくないなあ。 「裸のジャングル」(1966年/コーネル・ワイルド監督) 白人が象牙目当てにジャングルに分け入っていた19世紀のアフリカ。 白人ガイド(コーネル・ワイルド)が案内しているパーティが、とある部族の土地を通り抜ける際に悶着起こして全員生け捕り。 町山さんのサイトだと「地元原住民の土地を侵し、無断で象を乱獲したために、原住民を怒らせ」となっていますが、間違いです。 正しくは「通行料(部族長への貢物)をケチった(支払わなかった)」からです。 みかじめの後払いが利かないのはヤクザも部族も皆一緒。 荷物運びの他部族現地人まで捉えられて、順番に頭バックリ、喉サックリ。 女たちにあてがわれた白人は、鳥の扮装をさせられて、全身槍でプッスプス。 一番悲惨だったのが、冒頭で御紹介した素焼き人間。 ガイドだけは、みかじめを払うように責任者に交渉した事から“善人”と看做されて、スペシャル・コース獲得。 裸でジャングルに放り出され、追っ手から逃げ切れば無罪放免(うわぁ、ラッキー!)。 そして始まった死のゲーム。窮鼠猫を噛む逃走と追撃のサンバ。 合間合間に挟まれるのはジャングルの食物連鎖。昆虫が、爬虫類が、両生類が、哺乳類が、全ての生き物が獲物と捕食者(プレデター)に。 時にはオランウータンがチータを威嚇。勝負は最後まで分からない。 「アポカリプト」の元ネタとして有名ですが、大自然の中で追う者と追われる者が時に入れ替わる構成は、「カニバル」「ランボー」「プレデター」などの先駆です。 ラストの清々しさ(?)は「プレデター2」のアレと一脈通じるような…。 因みに象は思いっきりハンティングされていました(象使いがいたとしても全力疾走して来る象を前のめりに倒れさせる芸は仕込めないでしょう)。 また、その後の解体がリアル。いきなり象の腹から切り裂いた内臓抱えた現地人が出てきますからね。「サンタ・サングレ」の時も思いましたが、象って無駄なく切り分けられるんですね。 この時代に、アフリカの現地人を“土人”でひと括りにせず、言語圏で描き分け、部族間闘争まで表現しているのは立派。 観る機会は少ないかもしれませんが、チャンスがありましたら是非。 ※参考:「ランボー」→2008年5月23日 「その両手は誰が為に…。サンタ・サングレ/聖なる血」 →2010年3月1日 「食人監督版プレデター2? カニバル/世界最古の人喰い族」 →2010年11月16日
あの宇宙船は紛れも無く…。プロメテウス(の予告編第1弾)
「エイリアン」の世界観を引き継ぐ・・プリクエルなのか番外編なのか、何とも判断つきかねる例の作品の予告編第1弾が公開されました。 その装甲車、その宇宙船は紛れも無く…。 「プロメテウス(の予告編第1弾)」(2012年/リドリー・スコット監督) 予告編と言っても矢継ぎ早なカットのコラージュで「特報」の域を出ていませんが、見覚えのあるものがそこかしこに。 まるで別物のSFになっても“それもまたよし”でしたが、やはり前日譚的色合いがあった方が、より“そそられる”ものになるのは確か。 画面に並んだ複数の縦線が、やがて「PROMETHEUS」という文字になっていくタイトルで(本番もこうなっているかは分かりませんが)掴みはOKでしょう。 全米公開は12年6月8日(日本公開は8月みたい)。 予告はこちら→http://trailers.apple.com/trailers/fox/prometheus/ 出演はノオミ・ラパス、マイケル・ファスベンダー、ガイ・ピアース、シャーリーズ・セロンなど。 まだ印象だけですが、少なくとも「プレデターズ」よりは面白そうです。 ※参考:「リプリー姐さん男前!エイリアン:ディレクターズ・カット」 →2009年8月12日
I LOVE ROCK’N ROLL フラッシュダンス
やれ凡作だの話のスケールが小さいのと評価の芳しくない作品ですが、何をおっしゃいますお武家様。 これぞ80年代を代表する歴史の断片、時代の生き証人ではありませんか。 「フラッシュダンス」(1983年/エイドリアン・ライン監督) 主演はこれ1発でブレイクし、弾け飛んで消えてなくなり、B級の地べたを這い回った挙句、「Lの世界」「ザ・ウォーカー」などで一線に返り咲いたジェニファー・ビールス。 男女混成吹き替え軍団を従えてのダンスシーンは、その誤魔化しのテクニック(シルエット、白塗り、部分アップ)と相まって圧巻。 もう1人の主役とも言うべき音楽担当は、同年「スカーフェイス」、翌年「メトロポリス」「ネバーエンディング・ストーリー」、そして翌々年に「トップガン」をかっ飛ばすミスター80年代、ジョルジオ・モロダー。 アイリーン・キャラの主題歌もナイスですが、マイケル・センベロの「マニアック」が編集の素晴らしさも含めて本作の白眉。 惜しくもサントラには収録されませんでしたが、Joan Jett & The Blackheartsの「I LOVE ROCK’N ROLL」もノリノリ(←死語だな)で最高。 ドリュー・バリモアは、この曲を「チャーリーズ・エンジェル」で自身の紹介シーンに流していましたし、続く「フルスロットル」では溶接工のコスプレ付きで主題歌を挿入していました。 「フル・モンティ」では、ダンスの教材ビデオとして使われ、(主人公たちが溶接工なので)「(ジェニファーの)溶接が下手だ」と突っ込まれていました。 テレビ東京で放送中のアニメ「ジュエルペットサンシャイン」第25話ではほぼ完コピ(最早パロディというレベルではない)。 皆に愛されているじゃないか、「フラッシュダンス」! お話は確かに安くて小さいですが、身の丈に合ったサクセス・ストーリーなんですよ。 その裏でスケーターの夢破れてトップレス・ダンサーになっちゃった友人や、スタンダップコメディアンになり損なった職場の同僚など挫折のスパイスもしっかり効かせてバランスとれているじゃないですか。 「(彼女は)2年間もこの日の為に練習したのよ」 「次はうまくいくさ」 「次なんてないわ」 よく「フットルース」(1984年)とひと括りにされますが、私は本作の方が好きだなあ。
哀悼:上田馬之助
プロレスラー、上田馬之助が亡くなりました。 12月21日、呼吸不全。71歳。 日本プロレス・クーデター事件の発端とも幕引きとも言われている悪役レスラー。 髪をまだらに染めあげ、竹刀を振り回し、タイガー・ジェット・シンと共にサーベルを咥え、前田のハイキックを平然と受け流した男。 沖識名の引退興行をしておきながら餞別ひとつ渡さない馬場を「恩知らず」と罵り、自らのファイト・マネーの一部を渡した男。 現役時代から障害児施設への慰問を行い、取材したマスコミに「悪役のイメージが壊れるから記事にしないでくれ」と頼んだ男。 交通事故で脊椎を損傷。車椅子生活になりながら、プロレス会場へ来る時にはファンのためにきちんと髪を金色に染めていた男。 中島らもの「お父さんのバックドロップ」のキャラ・イメージは明らかに上田。 夢枕獏の「餓狼伝」に登場する“斑(まだら)牛”伊達潮男はまんま上田の生き写し。 上田が新日本のリングでUWFの残党と戦っていた時の入場テーマ曲は「スパルタンX」。これでこの曲は二人目の葬送音楽になってしまいました。 ご冥福をお祈りいたします。 ※写真中央は、上田が出演した映画「爆裂都市 BURST CITY」のポスター。
追悼:森田芳光。 ピンクカット/太く愛して深く愛して
森田芳光監督がお亡くなりになりました。 12月20日。急性肝不全。61歳。 若いですね、まだ。有名作や最近作は誰かが取り上げると思うので割愛。 私的森田ベストは商用デビュー作「の・ようなもの」と、「家族ゲーム」…と同じ年に作られた、 「ピンクカット/太く愛して深く愛して」(1983年/森田芳光監督) にっかつロマンポルノです。タイトルはサントリーのCM「少し愛して、長く愛して」(大原麗子×市川崑)から。 この前に「(本)噂のストリッパー」という作品もありますが、アッパーなテイストの本作の方が私好み。 決め手は「の・ようなもの」に続く伊藤克信の能天気な怪演(いや単に下手なだけなのですが…)。 そして、ポルノ界の聖子ちゃん・寺島まゆみと、ポルノ界の百恵ちゃん・井上麻衣、夢の(?)共演(豪華だろ! 個人的には理容室で風俗を始めちゃう山口千枝が好み)。 お話は実にたわいのないボーイ・ミーツ・ガール。 キメ台詞は「“の”の字書いて“ハッ”」。 試練はフロント・ホック・ブラの攻略(笑)。馬鹿ですねえ。 実のところ「家族ゲーム」を何度も観ようとは思わないのですが、本作と「の・ようなもの」は、周期的に観たくなります。“しんとと、しんとと”の合いの手と共に。 ご冥福をお祈りいたします。 ※参考:「ドリフ大爆笑?いや意外にも…。 椿三十郎[リメイク版]」 →2008年11月6日 「原作は“たがや”? あの笑激ラストを推理する。 模倣犯」 →2011年7月6日 …にしてもどうして年の瀬ってのはこうも訃報…だぁ!上田馬之助がぁ!(つづく)
ただ表層を複写しただけの再現ドラマ。 毎日かあさん
ううむ。間合いと勢いが心情のサイバラ漫画をよくぞここまでグタグダなテンポに。 「毎日かあさん」(2011年/小林聖太郎監督) 昨日御紹介した「酔いがさめたら、うちに帰ろう」の視点違い。合わせ鏡の双生児、なのですが…。 表現、リズム、全てが駄目。映画と呼ぶのも憚られるバラエティの再現ドラマ。 監督さんは上岡龍太郎のご子息だそうで。 うっかり本屋で立ち読みして号泣しそうになり、慌てて店を走り出たカモちゃんエピを、どこまでもどこまでも表層的になぞる・・怒りを通り越して呆れ返ってしまいましたわ。 漫画エッセイを映画に解体・再構築する構成力が監督にも脚本化にもビタ一文ありません。 比べる事に何の意味もありませんが、永作×浅野×東監督の圧勝です。 こちらのカモちゃん役は永瀬正敏。浅野×永瀬と言えば「五条霊戦記」「ELECTRIC DRAGON 80000V」と因縁浅からぬ間柄(浅野くん、「濱マイク」にもゲストで出ているな)。 何か巡り合わせがあるんでしょうね。 ついでに触れておくと、アシスタントの愛ちゃんも、“顔が本人に似ている”“きっちり色塗りのテクを披露している”の2点に於いて「酔いがさめたら〜」の市川実日子に軍配(「毎日」は田畑智子)。 キョンキョンはサイバラっぽく見せようとそれなりに努力をしているようでしたが、結局は漫画の台詞を反芻しているだけで、役作りには遠く及ばず…。 深津絵里(「女の子ものがたり」)、永作、そして小泉と3人もの女優さんが自分を演じてくれるという僥倖に恵まれたサイバラ(写真下)は大満足だったかもしれませんが。 あと残っているのは、ブレーキの壊れたギャンブル・エピと脱税エピくらいか(難しいだろうな、映画化は…)。 ※参考:「毎日かあさん4出戻り編」→2008年4月1日 「西原理恵子原作の映画が当たらないワケに関する浅〜い考察」 →2011年2月2日
世界一幸せなアル中患者。 酔いがさめたら、うちに帰ろう
「大丈夫、まだ死なないよ」 永作博美はサイバラを演じるには線が細いかと思いましたが、最初のこの一言で「いける」と確信。 元戦場カメラマン、ジャーナリスト。躁鬱・アル中・末期癌の三冠王、鴨志田穣の闘病記録。 「酔いがさめたら、うちに帰ろう」(2010年/東陽一監督) 鴨志田(劇中では塚原)を演じるのは浅野忠信。根はいい奴なんだけど、表層的には駄目駄目の金太郎飴のようなカモちゃんを飄々と演じています(生きるか死ぬかの瀬戸際でもカレーは大事)。 骨子は原作にほぼ忠実でいながら、要所要所に挟んでくるオリジナルの視線が秀逸。 人前では決して泣かない幼い娘とか、卑怯千万ですが、やはりツボ。 東監督は編集も兼任。巧いなあ、流石年の功(失礼!)。 「悲しみがあんまり深くなると、何だか体中が悲しみで一杯になるでしょ。そうなるともう分からなくなる。体を満たしているものがたとえ悲しみであっても、とにかく体は満たされているわけだから、もう悲しいんだか嬉しいんだか分からなく…」 「あまり同感したくない話ですね」 「同感されたくないんです、誰とも」 このサイバラ(劇中では園田)と医者の会話は脚本(監督が執筆)のオリジナルだと思いますが、ああ、分かっているんだなぁという感じがします。 ラスト近くの体験発表(アル中病棟の入院患者が退院直前に自らの生い立ちを反省と共に語る)は、原作ではもう少し長く、読みどころとなっているのですが、映画的にはこのくらいの尺が限界という事だったのでしょうか。 「生きていた方がいいよ。どんなに悲惨な人生でも」 鴨志田穣、2007年3月20日、腎臓癌にて没。42歳。 ※参考:「どんな恋でも…。パーマネント野ばら」→2011年8月6日
いい話だなぁ…。 ドールズ
「持っていたおもちゃは全部覚えている」 「おもちゃもさ。彼らは忠実なんだよ」 嵐を避けて近くの屋敷を訪れた2組6名の男女。 屋敷には老夫婦と人形たち。 後は想像通りの展開ですが、ホラーではありません。これは最早大人の…いや、好きなものをいつまでも好きだ!と言える人のためのメルヘンです。 「ドールズ」(1986年/スチュアート・ゴードン監督) 嵐の夜、屋敷に辿り着いたのは、空想癖のある少女ジュディ、金持ちの継母、財産目当てで再婚して娘を疎んじている父親、そして純朴そうな青年ラルフとパンクなヒッチハイカー、イザベルとイーニド。 もう、分かりやすいにも程がある面子です。 当然のごとく、純真な心を失った男女は人形たちの制裁を受けるのでした。 人形ホラーと言う意味なら「チャイルド・プレイ」と、その製作過程という意味なら「蝋人形の館」や「デビルズ・ゾーン」と同じ箱に入るべき作品かもしれませんが、テイストはまるで違います。 まず全く怖くありません(笑)。 ちっこい人形がちっこい糸ノコで足首をゴーリゴーリとか、行為自体は人でなしですが、愛嬌があるというかなかなかに憎めない奴らなんです。 やられる方の人間に同情の余地がないので、必然観ている方も“イケイケ、ドールズ”。 「親であるというのは単なる特典で権利じゃない。君のような人間は人生と言うゲームを違う形でやり直すのだ」 “もう大人だからおもちゃは卒業しなくちゃ”という青年ラルフは、いつまでもホラーだ、クンフーだ、アニメだ、拳銃だ、怪獣だ、特撮だ、ヘヴィーメタルだ、と言っている私(たち?)の分身です。 人形たちの表情や動きが実に素晴らしく、“嗚呼、CGなんか無い時代で良かったなぁ”としみじみ。 実は本作に最も近いテイストの作品は「死霊家政婦」だと思うので、本作が好きな方は是非そちらもご覧になってください。
最もハマった曲は何だ? ANIMETAL USA
超豪華メンバーなのに、どこから見ても色物企画。 アニメとメタルという人生の裏街道に横殴りなスポットライトを浴びせたアニメタルUSAの1stアルバムを聴いて見ました。 昔の“あの”声が出ているのか不安でしたが、まだまだイケるじゃないか、マイク・ヴェセーラ! スタジオ版はオーバーダブがあるかもしれませんが、今年のLOUD PARK映像を見る限り“歌うマーシャルアンプ”は健在のようです。 お馴染みとなった「宇宙戦艦ヤマト」、きっちりメタルとして昇華されている「残酷な天使のテーゼ」、スローバラードという反則アレンジを施した「タイガーマスク」などどれも聴き応えがありましたが、一番ハマったのは、やはり王道、 「ガッチャマンの歌」 “Who Is It!? Who Is It!? Who Is It!?”という直訳ロックに悶絶必至。 クリス・インペリテリも弾きたい放題、し放題。 自作自演のメタルカラオケと言ってしまえばそれまでですが、実力者揃いなので、メタル純度はシックスナイン(演奏レベルは間違いなく本家アニメタルより上)。 現在、春のニューアルバムに向けてリクエスト募集中だとか(続けるのか!?)。 詳しくは公式サイトで→http://ime.nu/www.animetalusa.jp/ 個人的にはアニソンよりも、この面子でオリジナル・アルバムを作ってほしいのですが…。 敢えてリクエストするなら鉄板で「海のトリトン」「バビル二世」「サイボーグ009」「真っ赤なスカーフ」あたりでしょうか。 ※ガッチャマンの歌→http://www.youtube.com/watch?v=0JQT5VKboKE&feature=related 余談ですが、ANIMETAL USA来日前に伊藤政則がラジオで彼らを紹介していたのですが、実に嫌々やっている感じで不愉快千万でした。 「皆他に買わなきゃいけないCD一杯あるでしょぉ。例えばツェッペリンのCD全部持ってますかぁ。ピンク・フロイドの新譜も出ますよぉ」 ロックの水先案内人が最も唾棄すべき権威主義者になってしまうとは…(アニメもしくは色物企画が嫌いなんでしょうね、きっと)。 ※写真(上)は水木一郎アニキと夢の(?)2ショットを実現したマイク・ヴェセーラ。
モデルはゴッホ? MAD探偵/7人の容疑者
人間、眼が良すぎると見たくもない色んなものが見えてしまい、精神衛生上誠に宜しくありません。 他人の多重人格が“見えてしまう”(三重人格の人なら3人に見えてしまう)眼を持った男は果たして幸福でしょうか。 「MAD探偵/7人の容疑者」(2007年/ジョニー・トー&ワイ・カーファイ監督) 西九龍署のパン刑事(ラウ・チンワン)は、犯人の行動をトレスする、もしくは被害者と同じ状況に自分を置く事で、その時起きた事を幻視する事ができる特殊能力保持者。 また、他人の多重人格が見えてしまうが故の奇行(いきなり空間相手に喋りだす)により、周りから変人扱いされ、遂には刑事をクビに。 退職後、妻と静かに暮らすパンの元に西九龍署の若手刑事ホー(アンディ・オン)が捜査協力を求めに来る。 行方不明になった刑事、彼の拳銃が使用された強盗事件。鍵を握ると思われる同僚刑事コウ(ラム・カートン)は7つの顔を持つ多重人格者だった。 ホーの見た目(コウ=1人)とパンの見た目(コウ=7人もしくはそのうちの1人)が入り混じったり、パンがパンにしか見えない誰かの多重人格と会話を始めたりするトリッキーな編集が(事情を呑み込むに従い)心地良くなってきます。 パンにしか見えない妻の正体は? 7人の人格が“とりあえず多い”ってだけで、描き分けされず(キャラ設定されているのは3人だけ)、ただいるだけの人がいるのはちと残念。 「もしゴッホが刑事になったら、どうやって事件を解決するのか? その視点で主人公を作り上げた」 カーフェイのインタビュー発言です。なるほど、パンが引退する署長に献上したアレはゴッホ・リスペクトだったのね。 お話の主導権はカーフェイが握っていたようですが、クライマックスの“「レザボアドッグス」、俺ならこう撮るね”な構図はいかにもジョニー・トーでした。 2000年の三池監督作「多重人格探偵サイコ/雨宮一彦の帰還」との相似性を感じますが、どうなんでしょ、そのあたり・・。