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Wed, Feb 29, 2012
The Darjeeling Limited + Hotel Chevalier
『ダージリン急行』
アメリカ 2007年
監督 ウェス・アンダーソン
長男フランシス、次男ピーター、三男ジャックのホイットマン3兄弟。彼らはフランシスの提案で、インド北西部を走るダージリン急行に乗り合わせた。旅の目的は、父の死をきっかけに1年ものあいだ絶交状態にあった兄弟の結束を再び取り戻すこと。バイク事故で瀕死の重傷を負い、奇跡の生還を果たしたばかりのフランシス。兄弟から父の遺品を独り占めしたと非難され、妊娠7ヵ月の妻アリスとも上手くいっていないピーター。そして、家族をネタに小説を書き上げたばかりのジャックは、失恋の痛手を引きずっていた。それぞれに問題を抱える3兄弟は、早々に衝突してしまうが……。
『 ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のウェス・アンダーソン監督のロード・ムービー。
前作同様、テーマそのものは使い古されたネタであるのに、いわゆるオフビートなジョークとお洒落な映像・音楽でそうとは感じさせない秀作。
性格もバラバラな個性豊かな兄弟という設定で、キャストの外見だって全く似てないのだけど、物語が進むにつれて似た者同士の本当の兄弟に見えてきてしまうのが面白い。
僕も三兄弟の一人ではあるので、共通点を感じるような、感じないような。
『ザ・ロイヤル〜』ほどにはっきりとは明示されていないけど、前作同様、兄弟は厳しい母親に育てられたらしく、やっぱりある程度は監督の実体験が元になっているのだと思う。
主人公三人の長男役は『ザ・ロイヤル〜』に共同脚本・制作としても参加し、イーライ・キャッシュ役を演じたオーウェンウィルソンで、母親役も同じく同作で母親役を演じたアンジェリカ・ヒューストン。
また、本編開始前には、なぜかナタリー・ポートマン出演によるプロローグ的な扱いのショートフィルムが挿入。
本編冒頭に「列車に乗り遅れた男」としてカメオ(と呼ぶにははっきりと出過ぎだけど)出演しているビル・マーレイにも注目です。
Tue, Feb 28, 2012
今日のトマソン 15
新潟島某所の「原爆タイプ」。
注目は壁面上下の錆の浮かび具合。
屋根の痕跡部分の錆が著しくひどくなっているのは、撤去された構造物との境界が密接していたためと思われます。

「原爆タイプ」とは、簡単にいうと「かつてそこに何かがあった跡」がトマソンとなったもの。
その多くは、撤去された建造物が隣接する建造物にの壁面に残した痕跡であり、特徴として、
・必然的に「空き地」となった空間に出現するため、発見が容易で、観賞性が高いこと
・今回の物件のように跡地が駐車場などとして利用されている場合を除けば、その多くは新たな建造物や壁面の改修によって短期間に消え去る運命にあること
そして、
・民法234条の規定が重視される現在では過度に密接した建築物が建てられることはなく、故にその存在自体が消えつつあるトマソンであること
等が挙げられます。
新築住宅の多い新興住宅地には少ないけど、古い建物の多い文教地区や旧市街ではまだ多く見られるトマソンのひとつ。
ところで、この「原爆タイプ」という呼称には不快感や抵抗感を感じる人も少なくないと思うのだけど、命名者にとっても若干の逡巡はあったようです。
原爆タイプという名前をつければ、あまりにもエグいでしょうか。原爆の日に、広島市内の銀行の石段に坐っていた人の影がそのまま焼きついていた、あれです。あれと同じ原理です。この建物の影が、そのまま人間存在の影のようです。その影を焼付けたものが、原爆とはまた違う複雑な事情のエネルギーですが。
『超芸術トマソン』赤瀬川原平 著 ちくま文庫 1987年
いわゆる古典派トマソニスト中にはあくまで原典重視を貫く方も少なくないですが、トマソンの新地平を目指す当サイトとしては、他に気の利いた名前があったらそちらを採用していきたいと思います。
(思いついた方は✉orコメント欄にて)
c.f.
新潟トマソン / 古町トマソン 2 3 4
Mon, Feb 27, 2012
Different colors I see
ヒンバでは赤と茶色と鮮やかな緑、紫と青と暗めの緑、黄色と白と明るめの緑といった色をそれぞれ同じ単語で呼び分ける。
これは生活に密着した「緑」についての語彙を豊富にする為の工夫ともいえるけれど、日本語の基本色名も、或いはそれに近いものだったのではないかと思う。
日本語の基本色とは「青い、赤い、白い、黒い」と形容詞で表せる四色のことで、それぞれ「淡し、明し、顕(シラ)し、暗し」という形容詞から色名化したもの。
つまり、古代日本における「色」は色相環上の差異よりも明度や彩度といった光の状態を重視していたといえるけど、ヒンバの言葉もこれと同じように考えられないだろうか。
語源:淡し 明し 顕し 暗し
色名:青い 赤い 白い 黒い
四季:青春 朱夏 白秋 玄冬
四帝:蒼帝 炎帝 白帝 玄帝
四聖獣:青竜 朱雀 白虎 玄武
四方位: 東 南 西 北
同源語: 藍 朱 知る 暮れ
この基本四色について古くから問題となっているのが、アオ・アカ・シロ・クロがどのようにして現在の青赤白黒になったのかという疑問。
つまり、語源から見ると古代日本においてはアオとシロ、クロとシロとがそれぞれ対立する概念であったのに、なぜそれが漢字の青色、赤色、白色、黒色に置き換えられたのか?
(中国語の青は「緑色」を指すことが多いけど、当時、中国では上記四色に黄を加えた五色が五行思想などの「基本色」として用いられていた)
日本語史の解説では「ある時期、アカとシロの間で言語の逆転が起こった」というざっくりした説明がなされることが多いけど、これも脳による色の見え方というのを考えると理由づけられるように思う。
まず、第一は「色の恒常性」、つまり、人間の脳がホワイトバランスの変化を自動的に調整する機能によるもの。
たとえば、デジカメのホワイトバランス調整機能をオフにして(つまり、実際の光の状態を記録できるようにして)撮影すると、蛍光灯の灯りはより赤く、太陽光はより青白く映るのだけど、人工的な光の少ない生活を送っていた古代人はこうした変化に敏感であり、青白く見える太陽の光を「アオ」と表現したのではないだろうか。
(振り返ってみるに、子供の頃は今より色の恒常性が未発達=ホワイトバランスの変化に敏感だったように思うのだけど、気のせいだろうか)
そして、「明るい=赤」の関係も、その反対語である「暗い=黒」状態を考えると説明が付く。
人間の眼は明るさが不足すると、赤錐体の機能、つまり赤色を見分ける能力が著しく低下するのだけど、人工的な「赤」が身の回りに溢れている現代人は知識によってそれを「赤」と認識する事に慣れている。
だが、やはり人工的な色の少なかった古代人は暗くなった「赤」を見たままに「黒」と認識し、それが「明るく」なった状態を「赤」と認識したのかもしれない。
ちなみに人によって白黒の水墨画に色彩を感じたり、その見え方が異なるといった現象は幾つか知られており、その一つが「ベンハムの円盤」と呼ばれるもの。
円盤上に知覚される色は個人差があり、回転させる方向や右目と左目によっても色が異なって見える事があるのだそう。
Sat, Feb 25, 2012
workspaces
最近、DTMができて描き物をやりやすいようにとデスク周りの改装を計画中なのだけど、便利なtumblrで面白いサイトを見つけました。
tumblr: workspacws
アーカイブはこちら↓
Archive
世界各国の色々な「仕事場」を集めたtumblrです。
その中でも、僕が好いなと思ったのはこの仕事場。

The Salby
壁面本棚の中に折り畳み式の机が付属してるようだけど、手に取りやすいデスク周りには辞書的な書籍を並べているところが僕と同じで親近感を感じます。
(画像下のリンクから室内のほかの画像も閲覧できます)
ピアノの中身と思しきメカを欄間的な空間に飾っているところも渋い。
インテリアやキッチンやガレージ周りなどについての資料は沢山あるのに、書斎作りについて書籍が乏しいのは需要の少なさ故なんでしょうか?
Fri, Feb 24, 2012
つけまつける
前から不思議に思っていたのが、YOUTUBEの英語キャプションの無い純日本向けな内容の動画でも、なぜ沢山の外国語コメントが付くのかということ。
かつては日本人が英語でコメントするというケースも少なくなかったけど、現在は英語に限らず外国に住む外国語話者によるものがほとんど。
上記の動画もヒットした今でこそ日本語のコメントが付くようになったけど、公開された直後は外国語のコメントばかりが何ページにも渡って書き込まれていました。
で、外国語の勉強のつもりで読み進めていると面白いのは、日本語のコメントには多いネガティブな批判がほとんどなく、また褒める内容にしても捻りやオチを加えたものが少なくないこと。
たまにネガティブな意見があってもすぐにそれを諌めるコメントが付いたり、さらにそれを受けて最初の発言者が「ごめん、自分が間違っていたかもしれない」とコメントするといった建設的なやり取りは日本語のコメントではほとんど見られない現象です。
She don''t tray to be cute. She IS cute.
彼女こそ「キュート」だという賛辞や、
se la ve algo muy niña pero bueno una voz bonita como para cantar musica para niños que fea la comparacion con lady gaga
she looks very nice girl but a beautiful voice to sing music for ugly children compared with lady gaga.
ithink im back on the weird part youtube or this is lady gaga and that joint must have been really strong
なぜかレディガガと比較する各国のコメント、
some say cute, and others say weird
both are correct
underlying concept of this video is ‘kimo-kawaii’
the term meaning kimo (weird) and kawaii (cute)
A perfect example on how to puke rainbow.
「キモ可愛い」について解説をするコメントや、
Salvador Dali would be proud.
ダリも誇りに思うだろう(?)などなど。
やっぱり書き込んでいるのは日本に特に関心があって、多少なりとも日本語が分かるという外国人が少なくないようだけど、書く方には自信が無かったり、日本語入力できる環境が無かったりして国語で書き込んでいるというのが実態のよう。
ともあれ、外国人は思っている以上に日本語のコメントもチェックしているので(翻訳用のプラグインを常時稼働させている人も多いらしい)、発言のマナーには気をつけたいところです。
Thu, Feb 23, 2012
企業内ストックホルム症候群
大手居酒屋チェーンの件で再び話題になっているブラック企業の問題。
なぜ日本においてはモラルハザードが起こらずそうしたブラック企業が存続してしまうのか?
近年、ドメスティック・バイオレンスが連鎖するメカニズムとして家庭内ストックホルム症候群(DSS)というものが取り沙汰されるようになったけど、そうした問題の背景にも企業内ストックホルム症候群とでも呼ぶべき現象があるように思う。
ストックホルム症候群とは、人質事件などにおいて緊張状態から犯人と被害者に共感や依存感情が抱いてしまう現象のこと。
僕も学生時代に短期間大手居酒屋でバイトした時などに実際に目にしたけど、上司からの暴力や500時間労働といった具体的な労働条件の過酷さ以上にブラックだったのが彼らの精神面での追い詰められ方で、そこには共通する特徴があった。
例えば、
・上司に対しては非難ばかりで悪感情しかないのに、何か少しでも評価されるとまるで神に救われたかのような心理状態に陥る。
・家族や友人には会社の悪口しか言わないのに、相手から悪く言われると自分を否定されたかのように苛立って反論や弁護を始めてしまう。
・本人は成果重視のつもりでも、実際の判断は努力重視ですらない苦労重視になっている。
(自分がこれだけ苦労しているのだから、自分より下の人間はもっと苦労していなければ気が済まないという心理状態)
・大声で挨拶といった接客態度や精神論には異常なほどのこだわりをみせるが、一方では顧客への悪口が絶えない。
・ともかく精神的に疲労しきっているので、意味不明な発言や衝動的な行動が増える。
等々。
問題解決のためには、上司もまた被抑圧者であるという相互依存の関係や、被抑圧者が最終的に脱出する意思を失ってしまう「学習性絶望感」の問題についても考えなくてはならないだろうし、苦労を美徳として弱音を恥をとする日本独特の文化も見直す必要があるのだろう。
この不況なのだからブラックな企業が無ければ社会が回らないという意見ももっともらしく聞こえるけど、単なる重労働以上の社会病理とも言うべきものがそこにはある。
外食産業の場合はデフレで食料品そのものが安くなる中、本来主力商品でなくてはならないサービスそのもの、つまり労働力を安売りしなければ立ち行かないという分かりやすい図式だ。
で、思うのだけど、例えば品物を購入する時にはそのメーカーの内情まで気にするのは難しいだろうけど、せめてサービス業については消費者がもっとその実態を判断して取捨選択する事があって良いんじゃないだろうか。
つまり、これは僕が大手チェーンの居酒屋店に行かない理由でもあるけど、楽しみの為にお金を費やすなら、楽しんで働いている人達の場所を選んだ方が楽しいお金の使い方になると思うのだ。
Wed, Feb 22, 2012
True Stories
『トゥルー・ストーリーズ』
Paul Auster 著, 柴田 元幸 訳
新潮文庫 2007年
小説『シティ・オブ・グラス』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』のNY三部作や、映画『スモーク』や『ルル・オン・ザ・ブリッジ』の原作者として知られるポール・オースターのエッセイ集。
日本以外に同名の書物は無く、NYタイムズなど幾つかの媒体に発表したものを、作者自身が目次を作って日本の読者の為に編纂したものだそう。
でありながら、この本が一種独特の魅力を保っているのは、あたかも古典的な短編SFの多くがそうであるように、そのタイトルをもってして作品全体に遠回しな捻りを加えているからだと思う。
(ちなみに"トゥルー・ストーリーズ"は収録作品の一編から抜き出したものではなく、エッセイ集全体に独立して付された題名)
例えば、一編目の「赤いノートブック」は取り留めもなく奇妙な偶然と思しき出来事が書き連ねられているのだけど、「真実の話」という表題があるだけで、その取り留めなさにある種の意味合いが出てくるといった具合。
その中でも僕が面白いと思ったのは、オースターのデビュー作で、僕がオースターに出会ったきっかけでもある『シティ・オブ・グラス』を書き始めるきっかけの話だ。
1980年の春の日、オースターのアパートメントに「ピンカートン探偵社ですか?」という間違い電話が二日連続でかかってくる。
で、もし依頼を引き受けたらどうなるだろうと思案してみるも遂に三度目の間違い電話はかかってこず、その出来事があの不条理な『ガラスの街』を生み出すきっかけになったのだそう。
そして奇妙な物語は続く。
作中、オースターは間違い電話の依頼主にポール・オースターという自身の名を与え、それを引き受ける主人公をクインと名付けたのだけど、それから十年後、アパートメントも電話番号も変わってしまったオースターの元に、今度は「クインさんですか?」という間違い電話がかかってきたのだそう。
「事実は小説より奇なり」。
こうした話を、偉大な人物の元には偉大な偶然が起きるのだと全て肯定的に解釈するのも良いけど、「本当の話」とは何かを読者に問いかけるところにオースターらしい楽しませ方があるように僕は思う。
この後には、若い作家たちへのエールともいうべき自身が物書きになった理由や若いころの苦労話にまつわるエッセイが続くのだけど、つまりは最初に「嘘のような本当の話のような嘘かもしれない話」を並べる事で、そうしたいかにも「本当らしい話」に対しても「本当」とは何かが分からなくなっていくような。
9.11以降のNYに触れた巻末「折々の文章」も秀逸。
Tue, Feb 21, 2012
ゴルゴ流サバイバル人生論
TumblrとTwitterの両方で別々に面白かったというコメントを見かけ、直後にブックオフで見つけたので思わず買ってしまった一冊。
本書は阪神大震災の後を受けて書かれたものだけど、東北の震災以降、再び手に取る人が増えているそうです。
まず特筆すべきは、巷に漫画やアニメになぞらえたハウツー本や啓発本は多々あるものの、本書は第三者が人気キャラク
ターに便乗した商品ではなく、さいとう・たかを先生本人の著作であること。
(ただし、登場するエピソードや挿画のほとんどは『ゴルゴ13』ではなく1970年代の著作『サバイバル』(全22巻)のもので、ご本人もゴルゴの人気に便乗したといえなくもない)
かつては『血液型人物観察術』(人物の行動パターンを三つのアンテナに例える観察法で、なぜかAB型に関する記述は無い、らしい)という奇本も著したたかを先生だけど、本書の内容もなかなか強烈。
一章二章はありがちな年長者からの若者への苦言めいた内容だけど、三章では予想以上に悪ガキだった生い立ちからサバイバルを語られ(ゴルゴ関係なし)、終章の「サバイバル幸福論」に至ってはサバイバルという言葉の意味すら跳躍させて読者への熱いメッセージが語られます。
ゴルゴ・ファンにとっての唯一の注目点は、「デューク東郷」の名付け元となった人物のエピソード。
抜き書きしてしまうと何だそんな事かと思われそうだけど、本書を読めばなるほどと得心できるエピソードだと思います。
「この世に生を受けたら、生きている間は間違いなく自分が人生の主役である。周りの人間など、みな脇役だと思えばいい」さいとうたかを
『さいとう・たかをのゴルゴ流サバイバル人生論』
さいとうたかを 著
PHPエル新書 2004年
P.S.
本書の内容とは関係ないのだけど、インタビューによれば『ゴルゴ13』は当初10話程度しかストーリーを考えておらず、以降はそこから最終話を除いた9パターンを舞台や登場人物を変えながら焼き直し続けているのだそう。
手を変え品を変え43年間で単行本160巻。
偉大なるマンネリズムともいえるし、あえて9パターンという枠を意識してそこに変化をつけたからこそ中途半端なマンネリに陥らなかったともいえそうな。
いつか先生の漫画家としてサバイバル術も読むことが出来たらと思います。
Mon, Feb 20, 2012
イオン新潟店閉店
という事で目の前までは行ってみたのだけど、かなりの混雑でした。
跡地はイオン初のシニア向けGMS(General Merchandise Store)になるとのことだけど、結局、以前のジャスコやサティに先祖返りした様な店舗になるんでしょうか?
面白いと思ったのは、閉店した翌日からイオン新潟西店への無料送迎バスを終日運行されること。
さらに、三月下旬にはイオン新潟店の駐車場だった場所に仮設の食品館をオープンするとのことで、これらは周辺の車の無い高齢者といった買い物困難者への対策なのだそう。
以前にも新潟の買い物難民について書いたけど、新潟最古のイオンともなると閉店の影響も大きいわけで、そうした配慮は有難いことだと思います。
一方で、かつての小針銀座周辺には空き店舗も目立つようになった事を考えると、地元商店主は複雑な心境なのかも知れないけど。
Sun, Feb 19, 2012
火の神話学
プロメテウスやロキ、ケツアルコアトル、アフラマズダ、スサノオ、マウイ、ワタリガラスそしてサタンといった文化英雄の物語の各神話におけるクライマックスの一つだけど、本書は全体的に見れば「神話学」というより、人類の「火」の歴史全体に関する文化人類学・民俗学といった内容。
(火の神話についてはJ.G.フレイザーの「火の起源の神話」が面白い)
内容が広範囲に渡りすぎているきらいはあるけど、ハウツプロムの『火と文明化』から引用された、人類の文明は農耕や武器ではなく「料理」によってもたらされたという部分や、その為に必要なのは火の扱い方に関する技術的な進化ではなく、「満足の延期」や「迂回的行動」といった精神的進化であったという指摘は面白いと思った。
つまり、「火を消したい衝動」や「空腹を満たしたい欲求」を我慢するという精神面での習熟によって「火の制度化」が行われ、文明が誕生したという推論で、これは人類の祖先とそれ以外の類人猿とを分ける上で近年重視されつつある考え方だ。
原発事故以降に発表された書籍であるので、火と文明間の「パラドクス」というものにも触れているけど、有体な教訓に終始して全体を貫くダイナミックな結論が無かった点は残念。
興味深い考察の多くは引用によるものだけど、広範囲にまとめられているので類書の参考文献集としても役立つと思う。
『火の神話学―ロウソクから核の火まで』
大塚信一 著
平凡社 2011年10月19日
Sat, Feb 18, 2012
無味礼賛
タイトルから第一に連想されるのはブリア・サヴァランの『美味礼賛』のパロディではないかということだけど、『美味礼賛』の原題"Physiologie du Gout"は『味覚の生理学』いった意味合いであり、両者の類似は偶然の一致であるらしい。
対して、原著者が強く意識したのは谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』であり、著者は欧米でも有名な同著を熟読するだけでなく、広く谷崎に関する研究を行っていたこともあるのだそう。
だとすれば、日本の美術や哲学についても触れていて良さそうなものだけど、本書は原書副題にある通り、主として儒教や道教の哲学に基づく中国の思想や美学についての研究をまとめたもの。
ヨーロッパのキリスト教的文化と対比させるためにいささか恣意的にまとめられたすぎた感はあるけど、中国の思想や絵画、文学や音楽に表われる「無味のトポス」(空や無、虚、間といった言葉で表現される全て)は日本の芸術にも共通する概念であり、そこに積極的イデオロギーを見出して西欧文化には無い超越性を明らかにするという論旨は面白い。
(典型化された「キリスト教的文化」というものを除けば、西欧文化にも類似した思想は見出せる気もするけど)
十二分に『陰翳礼讃』のエコーと呼べるものだと思う。
『無味礼賛 中国とヨーロッパの哲学的対話』
"Eloge de la fadeure"
(原著副題は「中国の思想と美学をもとに」)
Francois Jullian
平凡社 1997年
P.S.
ちなみに『美味礼賛』の正式なタイトルは、
"Physiologie du Gout, Meditations de Gastronomie Transcendante; ouvrage theorique, historique et a l'ordre du jour, dedie aux Gastronomes parisiens, par un Professeur, membre de plusieurs societes litteraires et savantes"
(味覚の生理学、あるいは、超越的美食学をめぐる瞑想録; 文科学学会の会員である一教授によってパリ市民の美食家たちに捧げられた理論的、歴史的、時事的著述)
Wed, Feb 15, 2012
Who is your customer?
昨日のナクソス音楽配信を視聴していて思い出したのが、Seth Godin's Blogの"Who is your customer?という記事。
日本では、
Apple had just one customer. He passed away last year.
(アップルにはただ一人の顧客しかいなかった。彼は昨年いなくなった) という部分だけが引用されて有名になったけど、僕が面白いと思ったのはその前段。
「コロンビアにとっての顧客はミュージシャンであり、彼らはその顧客の満足のために全部門を上げて献身している」
という部分で、今の音楽業界を表す言葉として言い得て妙だと思う。
これは勿論、いわゆるミュージシャンズ・ミュージックが商品だという事ではなく、ミュージシャンにコロンビアから音楽を出したいと思ってもらう事こそがコロンビアの利益に繋がるという意味なんだろう。
裏を返せば、それだけ大手レコード会社を介さずに自らの手で音楽を配布したり、新興のネット企業と契約するミュージシャンが増えているということ。
リスナーがネットで自由に音楽を選べるようになったのと同様、ミュージシャンもネットを通じて音楽会社を選べるようになったわけで、マイナー音楽では以前からそうだったようにメジャーシーンでもグラノヴェッターいうところの「弱い紐の強さ」が重要になってきたのかもしれない。
なにはともあれ、CDの再販制度と同様にネットでも価格管理に拘り、あまりにも本来の顧客の方を向こうとしない日本の音楽業界は、結局自分たちの首を絞めているだけじゃないかと思う。
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