2011年9月10日(土)
中島みゆき 哀しき父への鎮魂歌 を読みました。(2)
最後に結論があるのですが、その評価はそれぞれ読んだ方に任せるとして、私が思うのは…
一.「家庭環境・生育史を過大評価してないか?」
この手のみゆきさん論(?)を読んでると、デビューまでの家庭環境と生育史がみゆきさんのアーティストとしての方向性や創造力の全てを規定していることになっているんですよね。ほんとにそうなんでしょうか?
たとえみゆきさんがどんな育ち方をしたとしても、デビュー前より、デビュー後の方がはるかに多くの人と出会い、別れ、もっと多くの経験をしているはずです。そこを無視してもいいのでしょうか?
それに、確かに人の思考はそれまでの経験に基づくことが多いわけですが、しかし、それだけなら世にフィクションは存在しないことになります。むしろアーティストとよばれるうる人ほど、自分の経験を昇華させ、もっと高い次元で作品を創造できるんじゃないかと思うのです。
だとしたら、アーティストとしてのみゆきさんを理解しようとするなら、あやふやな過去を調べるより、その作品自体にあたったほうが、建設的な気がするのです。
二.「父とその一族だけを過大評価してないか?」
しかし、それでもみゆきさんの家庭環境を重視する人もいるでしょう。それはいいとして、なぜかその研究対象が「父親」とその一族に限定される傾向にある気がします。たしかにみゆきさんは「私はファザコンである」というわけですが、だからといって、父系を遡って、おそらくはみゆきさんが「姻戚」とも認識していないところまで、「論」の範囲にする必要はないでしょう。
それよりもなぜ、みゆきさんを生み、育て、そして現在でも一緒に暮らしているお母上を「論」の対象にしないのか、それが私には不思議です。…まぁ、対象にされたらご本人もみゆきさんも迷惑でしょうが…
三.「『故郷』についてもっとよく考えたほうがよくないか?」
「みゆきさんは岩内or帯広に帰ってこない」=「だからみゆきさんは故郷が嫌い」という論議がありますが、
「帯広or岩内はみゆきさんにとって故郷なのか?」なんて根本的なところには触れてないような気がします。
あるいは「みゆきさんにとって『故郷』とは何か?」とか…
その詞・エッセイ・インタビューに使えそうな材料はいくらでもあるのですが…
私自身の考えでは、みゆきさんの「故郷」は地上の具体的な地点ではないと思います。
あぁ、珍しく長々と書いてしまいました。ここまで読まれた方はおつかれさまでした。特にオチはありません。
なお、添付した写真は1976年のもの、この海はどこの海でしょうね?
中島みゆき 哀しき父への鎮魂歌 を読みました。(1)
文藝春秋の今月号の記事
ノンフィクション作家 石井妙子氏による
「中島みゆき 哀しき父への鎮魂歌」
を読まれましたか?
私は今日、マイミクの方に記事の存在を教えてもらい、
先ほど読み終わりました。
都合17頁の大作でしたが、正直「う〜む…」という感想です。
一番、というより唯一、面白かったのは、
冒頭 岩内時代の同級生が集まっての会話の中で
「みゆきちゃんは、深雪っていうんじゃなかったかな。」
という誤解があった話。
その理由は
「真冬の、二月の雪を、美しいっていうのかな。十月に降る新雪ならまだしも、二月のあの雪を。北海道の人間が言うのかな。」
というもので、
これは温暖な本州で生まれ育った私には盲点でしたね〜
つねづね、「みゆきさんの作品に出てくる雨や雪や風、海や波といった自然現象は、『北海道の自然』がモデルになってるのだろうか?そうだとしたら、北海道で暮らしたことがない人間がイメージする歌の風景と、みゆきさん自身のイメージはだいぶ違うんじゃないか?」
なんてことを思ってきたのですが、
本人の名前からして、そうしたイメージの食い違いは起こりうるものなんですね。
さて、そこは面白かったのですが、あとの展開は…
1.岩内の取材
みゆきさんのお父上が働いていた病院の看護婦の女性の証言
(いったい何才だろう?)
よく見つけてきたな、と思いますが、もう50年以上前のこと
やはりそんなに沢山の証言は引き出せなかったようです。
「みゆきの父は、札幌から地域医療に身を捧げたいと考え、
この町にやってきたようである。」
ここの部分には、けっこう筆者の想像で補っている部分が
あるんじゃないか?と疑ってしまいます。
2.中島家の歴史
ある意味、ここがこの作品の白眉だといえます。
祖父の中島武市氏の生涯を述べる部分はまぁいいとして、
その従兄弟という郷誠之助の生涯を3ページほど使って述べる部分
最後には、岩崎弥太郎、三笠宮崇仁親王とのつながりにまで触れています。財界の大立者から、日本近現代史の重要人物に皇族まで、なんて華麗な血統! というべきですが、
掲載されている系図に従うと…
郷誠之助は…
みゆきさんの曾祖母の異腹の兄の息子
岩崎弥太郎は…
みゆきさんの曾祖母の異腹の兄の息子の義理の父
三笠宮崇仁親王は…
みゆきさんの曾祖母の異腹の兄の息子の娘の夫の姉の娘の夫
私は、こんな三人をもっと簡単に表現する言葉を知っています。
「他人」
っていうんです。
というわけで、ここは全く紙の無駄になっている部分。
3.みゆきさんの高校時代
ここはみゆきさんのインタビューを利用している分もあり、
目新しい情報は少ないですね、
唯一の新味は祖父武市氏の収賄事件と
この高校時代を結びつけたところでしょうか?
でも、たぶんこの件はこれ以上つついても、もう何もでてこないでしょうね。
あと、文化祭で女生徒はステージに上がらぬものという不文律があった、というのは少し不正確なんじゃないかと思います。
というのは、このみゆきさんの出た文化祭のプログラムをみると、
「3B混性雑唱団」というのが出演してるんですよね。
(ただし、男だけで、そのうち何人かが女装している、というありがちな企画だったのかもしれませんが…)
4.「父の死」と「時代」
・・・もうこれは何も言うまい。研究所の管理人さんが
またブログでこの「都市伝説」について論破してくれることでしょう。
5.「私はファザコンである」
みゆきさんのお父上に対する想い、の原点に「父の事故と後遺症」
があるとしているのですが、…これどうでしょう?
論拠の一つであるエッセイ「私はファザコンである」で
みゆきさんが思い出すのは、
「不機嫌に蒼ざめていた日もあった。満面に笑みをたたえていた日もあった。」というまさに日常のお父上なんですよね。
この部分を省略しては、このエッセイを引用する意味がないとおもうんですが、いかがなものでしょう?
