コンセプチュアルなのに詩的、社会批判なのに楽しい、一味違う現代アートを作る坂田英三のパリ便り

パリに住んでもう二十余年。版画からはじめた制作活動だったが、田舎でのランドアート的作品から、水をあつかうエコロジカルな企画へと範囲は広がるばかり。フランス超田舎の旅行記だったり、パリの展覧会報告だったり、フランス社会批判だったり、制作=生活の現場を気のままに書き綴ります。

← 2009年11月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
My Yahoo!に追加 RSS

2009年11月19日(木)

これがゲームというものさ

私は、「サッカー好き」と言うと阿呆扱いする、フランスのインテリ(?)階級と女性からの逆境にもめげずサッカーファンを通してきたのだが、最近サッカー嫌いになりかれている。
第一の理由はブーミング。反則をしたとかいうのならわかるが、相手チームがボールを持っただけでブーミングが起こる。だから相手プレーヤーの妙技を讃えることなどはなくなった。
第二はすぐに暴動が起きる。たかがサッカー、応援チームが負けたとしても暴れる理由はない。それが勝ってもそういうことが起きる。昨日はアルジェリアがエジプトに勝ってワールドカップに進出したが、パリとかマルセーユで車が燃えた。

肝心のフランスチームはどうだったかというと、これも昨日、ワールドカップに進出をかけてアイルランドをパリに迎え撃った。先週のアイルランドでの試合で1:0で勝っているので引分でもOKの簡単な試合のはずなのだが、如何せん、今の仏チームは弱い。世界的スターを何人も擁しているのにダメなのはサッカーが集団競技である証拠。逆にスターなしでもいつもの仲間で頑張るアイルランドのようなチームに私は勝って欲しかったのだが、、、。でもそれは無理かと思いつつ、ちょっとだけと見始めた試合、前半30分ほどでアイルランドのキャプテンが見事な先制シュート。これで互角。その後もアイルランドが優勢のまま、試合は延長戦に。そしてその後半ゴール左のラインぎりぎりのパスは仏チームのキャプテン、ティエリー・アンリの手にあたり、そのお陰で足許に落ちた(落とした?)ボールをセンタリングし、それが決勝ヘディングシュートに導いた。ビデオではハンドは完全に明白だ(2度もあたっている)が、審判は見なかった。という仏チーム、まったくもってお粗末なワールドカップ進出となった。
その後のインタビューでは監督、選手、関係者、「審判の判定が幸いすることもあればその逆も。それがゲームというもの」とほぼ口を揃えたような発言。列の横入りなどが当たり前の仏社会ならではといえばそれまでだが、「スポーツは青年に社会規律を教える」としてスポーツ省まであるフランスだから傑作だ。私の少年時代は審判なんていていないようなもの、正直な自己申告がベースにあった。昭和40年頃の名古屋の新興住宅の少年達は現在の億万長者のプロ選手よりよっぽどジェントルマンであったといえる。
常軌を逸した発言で有名なドメネク監督は「純粋に勝利を喜こぼうではないか」と言っていたが、「勝てば良いと、儲かればよい」いう現在社会を見事に反映している。これが(昨日の試合がなくても)私がサッカー嫌いになりつつある第三の理由なのだ。

作成者 Eizo de Paris (エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 0]

2009年11月18日(水)

マイルス明け

プレゼントのマイルス・デーヴィス、やっと最後まで聴いた(つまり昨日から結構仕事は進んだ)が、CD5枚目、最後の最後、So Whatにいたって仕事の手が止まった。気を引き過ぎる。17分にも及ぶ熱演でその前の曲とこれだけ61年の録音。つまり急に6-7年跳んだわけで、その間に演奏が変わったのか、共演のコルトレーンの影響か? とはいえ私はコルトレーンファンでもないし、、、。
ジャズが嫌いな訳ではない。60年付近ならビル・エヴァンズのグリニッジ・ヴィレッジのライブを愛聴している。これは身体が自ずと動いてしまうから聴きながら仕事などできない。何が違うのかまた聴き比べてみて思うのは、どうも旋律をペロペロと弾いてしまう管楽器とは性が合わないということ。ピアノも所詮打楽器(誰が言ったのだったか?ストラヴィンスキー?)、ベースもジャズは指で力強く弾く、そしてドラムというトリオのパーカッション的なせめぎ合いが結局好きらしい。
フランスではプレゼントを貰うとその場で包みを開いて笑みを浮かべてお礼を言わねばならない。「マイルス・デーヴィスは好きか」ときかれて「嫌いだ」とは勿論、「好きでも嫌いでもない」との本当の事も言い兼ねる。嘘は方便で大喜びのふりをしていればいいのだけなのだが、、、本当にプレゼントは厄介だ。

実は土曜日にパーティーをする。誕生日ではないとことわっているのに、「行けないから早いけれどおめでとう」なんてメッセージが届く。出席決定者には「誕生日ではない。プレゼント無用」のお達しを再度メールで送っているがどうなることやら。私は単純にちょっと騒ぎたいだけなのだ(一人で騒いでいると変人扱いされるので)。

作成者 Eizo de Paris (エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 0]

2009年11月17日(火)

マイルス漬けの誕生日

しばしば書くが私はプレゼントが苦手だ。あげる(つまり選ぶ)のはもとより貰うのも厄介きわまりない。気持ちはうれしいが、なくてもよいモノが増えることが嫌なのだ。
昨日は誕生日で、今年は逃げ切れる予定だったがお母さんが同じ誕生日の友達はよく覚えていて日曜日の昼に呼ばれて、それだけで有り難いことなのにマイルス・デーヴィス選集を戴いてしまった。何とCD5枚組、ダメもと企画資料を作りながら朝から晩まで聴いたが終らなかった。
この名曲集はほとんどが私の生まれる前の古い録音のスタンダードジャズ、大きな音にすると録音のあらが耳につくこともあるので静かにBGMとして流しているとまるで日本に帰ったような気がする。愛知の実家に来たティエリ−君に、絞りの里、有松の古い旅館風の鰻屋で「何故日本のレストランはマイルスなのか?」と、考えたことがなかった質問を受けて笑ってしまったことを思い出し、日本に戻って酒でも呑みながら上手いものを食べたくなった。
こんな次第だからマイルス・デーヴィスは心地は良いが好きでも嫌いでもない。だから残りの人生で何度このCDを聴くだろうかと思うと下さったD+J夫婦にもマイルスにも申し訳ないような気がするのだ。

作成者 Eizo de Paris (エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 0]

2009年11月12日(木)

マックスおじさんの見えないアート

JP君は自分のアトリエで時々人を呼んで展覧会を開くのだが、今日のMax HORDEさんのイベントのタイトルは「不可視よりも見えないものはない」という変なタイトル。行ってみたらマックスおじさんは説明しながら不可視の線をトレースしたり彫刻を作ったり。そしてその合間にお友達のさんがチューインガム彫刻。ただガムを捻くるのではなく、噛みながらすべて口の中で制作、できあがると口から出てくる。そして今度はマックスさん、若い甥を紹介、JPにアトリエの白壁にグラフィティーをしていいかと言い出す。これには一瞬JP君もたじろいた風だったが、「アーティストが好きなことをする」という主旨の展覧会だから渋々(?)同意。
そして甥がスプレーをシューっと出し始めたら大笑い。これも透明スプレーの不可視グラフィティー。「これは甥のアイデアで、俺のパーフォーマンスより出来がいいじゃないか」なんて言っている。それから最後におばさんアーティストが3秒間垂れ乳を露出するという飛び込みパーフォーマンス(?)もあって、変な夕べだったが、なかなか清々しかった。
というのも人の縁(?)で週末にいかにも知的で難解な「現代美術」の大インスタレーションと、箸にも棒にもかからぬグランパレのサロンという美術界の両極端を梯子してしまい、我ながら改めて「芸術とは何か」と自問し、オリジナルなものを作る難しさを痛感していたところだったのだが、大したキャリアも築けなくても独自で阿呆なことを地道に続けてきた中年を越すアーティストを見て何故か気分がよくなった。
しかし私もJP君から好感をもたれ、来年の秋に何かやってくれと頼まれている。私も彼らのような変ちくりんアーティストの類いと言うことか。まあいいけど今晩のような大パーフォーマンスを見ると何をしたらよいやら。困ってしまう。

作成者 Eizo de Paris (エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 0]

2009年11月5日(木)

ジェームズ・アンソール展

ニュ−ヨークでパリで見逃したカンデンスキーが見たが、今度はその逆。NYでカタログだけ見せてもらい、「終ってしまって残念でした」だったアンソール(James Ensor)がオルセ−美術館で始まったので、人の少ない夜の開館日を利用して見に行った。

アンソールは仮面画(?:人が仮面を付けている)で知られる(ベルギー人ならでは?)の変な画家で、彼の傑作は一度見たらなかなか忘れられない。彼の画面は白々しているほどはなはだしく明るい。クラッシックな技術を持つ初期の静物や風景画でもそうで、「誤って印象派に入れられてしまったが、私のに比べればその頃のマネの絵は暗くてどんよりしている」と彼が言ってのけたのがうなずける。あの明るさは晩年のターナーに匹敵しそうだが、それはやはり彼の関心がひとえに光だったからだ。そして輝かしき後光を描くのが目的でキリスト様が登場するようになるのだが、その作品は理解されず批判ばかり受けて、それが苦で人に奇妙な仮面をかぶせ、抽象的な崇高な世界に到ったターナーとは逆に、崇高なテーマが変ちくりんな風刺絵に化けていく。しかし彼は逆に「仮面で現実の醜さが隠せる」と思っていたそうだから、やっぱり変な人だ。

NYでは美術館で人がべらべら話しているのに閉口したが、パリもだんだん似て来た。私の横で若い女性が「何故こんな odieux な(おぞましい、耐え難い)絵が飾られるのか」と言い、教養ありそうな若い彼氏が「フランシス・ベーコンの方が血が流れたりしてもっとodieuxだ」とコメント。パリの方がまだ静かだが、仏語だとodieuxな会話が耳に入るので困る。アンソールならずとも2人の顔に仮面で封じたくなった。

あのけばけばしき大傑作「キリストのブリュッセル入り」こそなかったが、彼の絵はブリュッセルの王立美術館にも数点しか常設されてないから、各地の美術館、個人コレクションからよく大作を揃えた大回顧展と言える。デッサンも沢山。巨匠ではないが、自分の世界に閉じこもりながら広大な新世界を掘り当ててしまったという功労のある特異な作家だ。50歳前後で勲章をもらえるぐらい生前評価された方が私には不思議なぐらい。彼のコレクションも変だ。小猿の頭蓋骨の頭と剥製の魚を木の胴で繋いだ「人魚」が展示されていたが、これのみでも展覧会は見るに値する。odieuxと言う人にはこれもodieuxだろうが、、、。

作成者 Eizo de Paris (エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 0]

2009年11月3日(火)

ああ疲れた

ああ疲れた、というか疲れ過ぎて激し頭痛と嘔吐で1日半寝込んでしまった。
木曜から身体の痛みと微熱で調子が悪かったのだが、金曜日は休息、立ち直ったところで土曜日は私には珍しい過密スケジュール。アルプスの企画(6月後半に掲載)で車の運転および制作のアシスタントをしてくれたC娘が上京したので、クレヴー村の山小屋で泊まったパリ組を私の家に招くことにした。結構大変なレジデンスだったのでアーティストは団結し、その後も皆さんと仲が良く、夏以降もう3回も会っている。順番からしてもC嬢歓迎の理由からも私の家でだったのだが、私は土曜日の午後はFMラジオに出ることになっていたので、この日だけは避けたかったのだが他の人全員の都合が土曜日が良かったから仕方がない。私は大勢の人に料理するのに不馴れだし、かつレパートリーが乏しいからかなり悩んでしまう。今回もデザートなどは前夜考えた「発明品」。思うようには上手く行かなかった(アイデアに比べると大失敗)が、即興好きのアーティスト達だからまあなんとか食べてもらえた。
ラジオの方も初体験、聞かれそうな質問を想定して向ったものの、それこそ即興好きの司会者に翻弄された。「おしゃべり」という専門外での即興は難しい。
日曜は2時から、10月20日に書いたヤン・デデ (Yann DEDET)さんの映画特集。4時半からは私を撮った映画も上映され(観客数はヤ−プ君の映画(22日記)ほど寂しいことはなくてよかったが、自分の作品ではないのに緊張)、かつこれも質疑応答という慣れないものあって、、、。
そして最後は9時から2002年制作のヤンさんの長篇作品"Le pays du chien qui chante"(歌を唄う犬の国)の上映。数年前TV放映された時一部見た時は全く話に入っていけなかったのだが、それもそのはず。フランスの山間の田舎のリアルな情況描写の中で、幻想的なストーリーが展開、色々伏線も多くて最初から見ていなければ理解不可能(全部見ても理解したとは言いがたいが)。とても面白い映画だが、TV放映だけで、残念ながら一般公開はなかった。ヤンさんのように業界では知られた人でも「良いものを作ればよい」という訳ではないようだ。
帰宅したのは夜中、こうして体力のない私は、「ああ疲れた」から完全な病気になってしまった。朝は寝ていても苦しかったのに、お陰さまでお昼頃から頭も身体も急にすっきり、「ああ助かった」。

作成者 Eizo de Paris (エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 0]
前の記事  |  次の記事

新着コメント一覧