コンセプチュアルなのに詩的、社会批判なのに楽しい、一味違う現代アートを作る坂田英三のパリ便り

パリに住んでもう二十余年。版画からはじめた制作活動だったが、田舎でのランドアート的作品から、水をあつかうエコロジカルな企画へと範囲は広がるばかり。フランス超田舎の旅行記だったり、パリの展覧会報告だったり、フランス社会批判だったり、制作=生活の現場を気のままに書き綴ります。

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2010年2月9日(火)

主治医探し

先週からずっと風邪気味で治らない。少々の病気は仕事をやめてゴロゴロ、ゆっくり眠れば2-3日で絶対治るはずなのだが、だだの洟と咳きがずーと続きっぱなし。だから流石に医者にかかることにした。

フランスでは医者の「梯子」をする人が多く、この非論理的行動が健康保険の赤字をますます悪化させているという理由で、2004年から「主治医」というのを各人選ばなければならなくなった。義務ではなく何処に行っても各人の自由だが、その場合払い戻しが少なくなる。かつ原則として専門医にかかるのも主治医の紹介が要る。だから結局「主治医」の指定は義務のようなものだ。引っ越して以来概して健康な私にはそれが未だにいない。知らない医者を「主治医」に選ぶのはいやだが、今までかかっていたお医者さんに行くには、バスで20-30分、症状が重い場合はとってもでない。アパートの人に聞いてみると意外に昔からの医者を「かかりつけ」にしていて、行くのが大変な場合は、ミュチュエル(相互保険)という健康保険を補う保健に入っていてただになるから緊急医を呼ぶとか。私はこれにも入っていなくて羨ましいというか、、、でも皆さんこれに頼り過ぎ。健康保険の赤字が年々増えて払戻枠が減らされ、相互保険の保険料はどんどん上昇、払えきれない人が多くなっている。

というのが私の風邪とは直接関係ない現在フランスの医療体制の背景であるが、近所の人の絶対お薦めのお医者さんも同区ではあるがちょっと遠いし、何でも載ってそうなインターネットでも私の地区は意見ゼロ。単純に「歩いてすぐ」と言う条件でを電話帳から選び、一番近い女医さんに電話したところ、「時間のアポイントメントはなし。夕方5時から」とのこと。私と同様、洟をかみゴホンゴホンしている人達と待ち合い室で何十分なんてのはご免だ。声は優しそうだったが見送り、今度は2番目に近い男性医に。こちらはすごいぶっきらぼうで、一応私の名前を聞くなら「お名前はなんですか」ぐらい完全なフレーズで言うと思うのだが「キ(誰)?」とだけいうので聞き返したら「名前!」と言われた。年寄りの尊大な大先生かと不安になり、待合室の方がましかもとも思ったが、折角アポイントメントは取れたのだし、まあ一晩寝て治ったら断ればよいしで、一応この先生にかかることにした(以上昨日の午後)。

そして今朝は、、、雪。また寒が戻って来た。悪寒がないのが幸いだが症状は同じで、粉雪の中、正午過ぎの診断時間に出かけたが、意外に若い、感じの良いオジサンがでてきた。早口とフレーズの短さは電話通りだったが、待ち時間も10分少々、診療室から出て来た患者も待合室の患者も「マトモ」そうだったので一安心。これで処方した薬が効けば合格なのですが、、、。

作成者 Eizo de Paris(エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 1]

2010年2月7日(日)

サリンジャーの死

先月27日、半世紀を経て絶えず多くの思春期の若者のバイブルであり続ける小説「ライ麦畑で捕まえて」で有名なサリンジャー(J.D.Salinger)が亡くなった。読書好きの友達、ジャン=シャルル(J.C. Boilevin)が一文をメールして来た。私はこれを読んで40年ぶりに「ナイン・ストーリーズ」を再読してみたくなった。皆さんにもそういう効果があるかもしれないので、有名な「ライ麦畑」および私生活を隠し通した生涯などは新聞などに譲り、追悼の意味で心のこもったジャン=シャルルのメールの後半をここで訳して紹介する。

「(…前略…)もし無人島に持って行く本を10冊選ばねばならないとしたら、サリンジャーの、1940年代後半の9つの物語からなる『ナイン・ストーリーズ』はその中の上位に入るだろう。

予期できない自殺で終るへんてこな話の『バナナフィシュにうってつけの日』。サリンジャー自身のように戦争の精神的後遺症を残す兵隊が、喫茶店で極めて知的な少女に出会った記憶を語る『エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに 』。繊細で滑稽、そしてすごい。最後に私の大好きな『笑い男』。ボーイスカウトの班長が班員のために、子供の頃に人さらいに万力で歪められた口の、パリから中国にぬける秘密の通路を知っている"大怪人"と呼ぶに相応しい主人公の物語りを作り出す。子供の一人によって語られるその話での大事件は、バスでの遠足、野球の試合と参加、若い班長が恋したメアリーの出発。全てが同じ現実の次元。あるいは架空の次元。

サリンジャーの態度を判定することは我々には相応しくないだろう。彼が自らの内に籠ってしまうまでに、幻滅させられる前の世界への秘密の通路を知る幾つかの人物像を我々に残してくれたことに感謝しようではないか。(引用終)」


近くの大型書店に出かけたのだが、再読したくなった人が多いのか売切れ。手持ち無沙汰でぶらぶらしていたら、ゴンブリッチの平易で明晰な古典的名著「美術史」の文庫版があり、急に読みたくなって買って来た。ギリシャの遺跡の所為か?

ちなみにジャン=シャルル君のサイト(仏語)は
http://ecrituriste.over-blog.com/

作成者 Eizo de Paris (エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 0]

2010年2月6日(土)

ナポリ再訪?

風邪を引いてぐたっとしてTVを見ていたらちょうどナポリ特集をしていた。案内役の歴史学者が友達の館を訪ねたりするので普通の人は入れないところも紹介された(閉店していたガイドブックお薦めのピザ屋のお兄さんもでてきた)が、びっくりしたのは誰でもいける海岸線の風景。先日の旅行は、シ−ズんオフで目的地のシシリアへパリからの直行便がないのを嫌って、ナポリまで飛んで一泊、二日目にはや夜行フェリーでシシリアへ渡ったのだが、こんなきれいならナポリにもう少し長居しても良かった。アマルフィ海岸やカプリ島の絶壁と海の美しさはTVの小画面でも息を飲む。こうした自然の美しさを目にして最近思うのは私のしている「創作」(と呼べるだろうか?)のはかなさ。いつも「大自然に何を付け加えるものがあろうか」という自己否定的検証から始めているものの、かつて絵や版画の片手間に作っていた時の自然発生的制作が、最近は公募のテーマに合わせたりしてわざとらしく、選ばれてもうれしくないこともあるという異常事態。企画作りは単に私の「脳の老化防止」のエクササイズのように思われることもある。いかなる野外インスタレーションといえど、時を経て立つギリシャの神殿の荘厳さにかなうことはない。アウトドアのアートのみならず、アート全体がとんでもない袋小路の中で模索しているような気がする。袋小路の淀んだ空気が好きな人もいるだろうが、私はもっとすきっとしたい。(写真はシシリア、アグリジェントのコンコルディア神殿)

作成者 Eizo de Paris (エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 0]

2010年2月2日(火)

ハンドボール

サッカーのアンリ選手のワールドカップ選考戦での反則は「あれではハンドボールだ」との皮肉で話題をさらったが(11/19記載)、本当のハンドボールの方はフランスチームは滅法強く、日曜、ヨーロッパカップ大会決勝でクロアチアを負かし、オリンピック、ワールドカップ、ヨーロッパカップのすべてを覇権した。ちょうどラジオを付けた時にハーフタイムで同点と言っていたので、面白そうだなとTVを見たら、最近のサッカーの試合よりよっぽど面白かった。その理由の一つはインチキの反則が少ない。サッカーだとペナルティーエリアでころころと人が倒れるが、ハンドボールでは見せかけがあるとしても比較にならない。見ているとハンドボールでのペナルティーはサッカーに比べて成功がかなり難しいようで、それが為にインチキのしがいが少ないのだろう(かつ1点の重みも違う)。サッカーもペナルティーキックの場所を10mぐらい後ろにしたらかなり見せかけが減るのでは? ディフェンス技術は門外漢には分かりにくいが、ダイビングシュートのアクロバット的美しさは魅力だ。そんなに高く飛んでいるとは思えないのに飛行時間が異様に長く感じられる。1mの跳躍をして、胴から落下したとしてもニュートンの法則で計算してもその間は1秒高々、それが3秒ぐらいには思われる。飛んでいる静止体から急に腕が敏捷に動きシュートが投げられる、その動作のコントラストの所為だろうかと思う。
月曜にはシャンゼリゼに凱旋と言っていたが、某スポーツ店でファンと歓声を上げた程度で、国民的英雄として凱旋門にプロジェクションまであてられたサッカーチームの凱旋とはあまりにも規模が違って少々可哀想。不況に喘ぐ国民を元気づけるならば、モラルなき金権サッカー(11/29記載)をうっちゃって、女子も12月のワールドカップで2位となったハンドボールをお家芸としてプロモーションした方がいいように思えるが。

(写真は文とは全く関係ないナポリで見つけた落書き絵)

作成者 Eizo de Paris (エイゾウ・ド・パリ) [ コメント : 0]
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