ブログ〜鵜の目鷹の目,旅の目で

私は旅するようにゆったりと、かつ鵜や鷹のようなまなざしで日常や出来事をとらえます。徒然草のように徒然なるまゝに硯に向ひて心に移り行くよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば…。マイホームは【ふみハウス】

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2012/5/25 (金)

柔らかに夕刻のとき目を閉じて

今は夕刻 宍道湖の今は穏やかだ
どんよりと曇っているわけではない
くっきり晴れているわけでもない
やさしい夕日があたりを柔らかに照らす
薄い雲が空一面を覆っている
均等ではなく厚薄があるから太陽がところどころ顔を出す
山並みは霞んでぼんやりしている
湖面のマスアミの足がよく見える
潮目もくっきりと見える
一畑電車はキシミをあげながら走る
ゆったりと急がずに通勤客を運ぶ
警報機の音がドップラー効果でぼよーんと伸びる
宍道湖を過ぎると田植えが終わったばかりの田んぼ
水を張って湖の面のように空を映す
まだ夕焼けのころには早い
牧歌的で眠りをもよおす初夏の夕べだ
明日はゆっくりと休みたい

作成者 house21 : 2012/5/25 (金) 22:21 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/24 (木)

移ろって茜色なり星浴びて

東京天文台副台長の渡部潤一氏がこのように語っている。とても興味深い言葉だ。

≪天文学は「世の中の役に立たない学問」といわれることがありますが、確かにそれは否定できない面もあります。(中略)
 星が人の心身によい影響を与えることを、私は森林浴や日光浴にならって「星空浴」という言葉で説明しています。金環日食や金星食をきっかけに天文学に関心を持ったら、次はぜひ「何でもない日」にも空を見上げてみてください。(中略)
 目が暗闇に慣れるにつれて、さまざまな星の姿が浮かび上がってきます。そしてその間に、心にはいろいろな思いが湧き上がってくるはずです。星空を見上げるとき、私たちは自分の心のなかをのぞき込んでいるのかもしれません≫
 (朝日新聞4月29日付け広告特集「今年は天文のゴールデンイヤー」)

昨日はいい夕焼けが見られそうだったので、日の入り直前に宍道湖岸に出た。島根県立美術館の前にはたくさんの人がいて、夕日の入りを待っている。7時12分に太陽が沈むまで人々は茜色の夕日に目をこらしていた。静かに語り合い、一人で眺め、写真を撮ったりとさまざまであった。その場はワクワク感に満ちていたように思えた。

ところが太陽が北山の影に隠れてしまうと、潮が引くように人々は引き上げていく。実はそれからが面白いのに残念だ。微細なグラデーションで湖畔の空は彩られ、刻々と茜色の夕焼けは移ろい、空のブルーが次第に濃くなっていく。日の入りから15分ほどすると、針のように細長い月が見えてきた。二日前の新月の日に大仕事を終えたあの月である。その隣には宵の明星たる金星が煌々と輝いた。

作成者 house21 : 2012/5/24 (木) 22:21 [ コメント : 2] [ トラックバック : 0]

2012/5/23 (水)

ソラカクに爽やかに風が吹く夕べ

朝から初夏を思わせる陽気。職場近くまで来ると警察官が交通整理をしていた。そばにはボランティアとして年配の壮年が緑色のジャンパーを着て立っていた。わたしは「おはようございます」と挨拶した。彼は当惑気味にぼそっとつぶやいて返した。当番としてイヤイヤ立っているという風情が感じられる。彼の受け身の姿勢では、今日一日を楽しんでいくことはむずかしかろうと思った。

その十秒後、新鮮で爽快なエネルギーを感じた。自転車に颯爽と乗った知り合いがわたしに声をかけてくれたのだ。しかも枕にわたしの名前を載せて、軽快で明るい挨拶だ。

彼女に幸多かれと願う。わたしが願わなくともイキイキと清新な息吹きを周りに振りまきながら、彼女は価値ある一日を過ごしたことであろう。上機嫌こそ最高のクスリである。多少の憂鬱はニッコリ笑顔と張りのある声で涼風のごとく周囲と自分を変えていくことができる。

写真は島根県農業技術センターが開発した新型の紫陽花。名前はまだない。菱形の花びらが中央から均等に三枚、外側に相似形でひと回り大きな三枚が間をつなげる。さらに外にはまた三枚が。120度へだたった角い青空の色の花弁が放射状に60度ずつズレながらキレイに円周を作っていく形だ。

わたしは名付けて『スカイダイヤモンド』。もしくは日本的に『空にカク』、略して『ソラカク』。澄んだスカイブルーと美しい相似形で、見るひとを爽やかな気分にしていくにちがいない。淡いピンクのがあるとすれば『ムーンダイヤモンド』。日本名を『月よカク』、『ツキカク』。柔らかな色合いの月と角の取り合わせだ。まんざら悪くないと自画自賛。

作成者 house21 : 2012/5/23 (水) 23:09 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/22 (火)

天空の世界一なり技術の粋

高さ634メートル。武蔵(むさし)の国名にちなんだ世界一の電波塔、東京スカイツリーが開業した。あいにくの天気。昨日の東京は曇りの予報をくつがえし金環日食を見ることができたが、一転して今日は世界一の高さからのパノラマビューを楽しむことはできなかった模様である。悪天候だけでなく強風もあり展望台へ上るエレベータの運転が停止されたとのこと。

それでも新しい名所は人々の歓声に湧いたことだろう。単に電波塔というだけでなく、巨大な商業施設「東京スカイツリータウン」とセットで、墨田区ほか下町を押上の地名のとおり押し上げていくことになる。

BSプレミアムで設計・建設技術者たちの奮闘ぶりを観た。総重量4万1千トンを支える「そり」と「むくり」の構造。丈夫な基礎を造り強固な新柱で強固な耐震設計とし、3万7千本の鉄骨をミリ単位に接続する技術。さらに共振を抑える強風対策など、日本がもつ土木建築技術の粋を集めたものがスカイツリーなのだ。

地元では年間800億円を超える経済効果が見込まれる一方で、犯罪の増加が懸念されている。防犯カメラが新たに66台も設置されたとか。ゴミのポイ捨て、夜中の奇声や集団示威行為、立ち小便。道路の混雑もあり、交通事故や違法駐車など下町の暮らしが脅かされるというマイナス面にも対応していかなければならない。

ともあれ、わたしも早く眺めたい。
青い空にそびえるスカイツリーを下から眺め回し、
夕日を浴びて高層ビル群を圧する遠景のツリーを、
目に焼き付けに東京へ行きたい。

作成者 house21 : 2012/5/22 (火) 21:52 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/21 (月)

日は欠けて天下万端気をひそむ

子供の頃、誰が一番長く太陽を直視できるかという競争を何度かやったことがある。あれが遠因でわたしは眼鏡をかけることになったのかもしれない。

世紀の天体ショーは終わった。出雲の天気は幸いに晴れ。雲に太陽が隠されることはなく、6時18分の欠け始めから9割方部分蝕がすすむ7時29分、再び元に戻るときまで完全な天気に恵まれた。風はなく、日食グラスで観測するにも快適だった。完璧でないのは金環食でなかったことだけだが、木漏れ日が三日月型にキラキラするのを見て満足した。アニメで描かれる三日月。不自然なほど湾曲した月の端。あれは日蝕のときの形なのだなあ、となぜか納得した。得難い体験だった。

空気感が違う。太陽は高い位置にあるのに、日が昇ったばかりのような明るさ。どことなく清らかで澄んだ雰囲気が辺りに満ちる。鳥のさえずりがふだんと違うと思ったのは錯覚だろうか。

今朝は多くの人が、二度とこないこの一瞬を大切に思ったであろう。世紀の天体ショー、特に金環日食が見られた地域の人たちには格別な時間であったと思う。この時間だけが特別なものではない。すべて時間は一方向、未来に流れ過去に戻ることはない。すべての人にとって二度と経験できない貴重なひとときだ。

太陽と月の実際の大きさが400対1、地球・太陽間の距離が月間の距離に比べて400倍。地球も月も楕円軌道をえがくことでできる微妙なズレ。それらの偶然で現れる今回の金環日食。その不思議さに心打たれ、時間を大切にしたいと思った。

太陽がいつもの姿を取り戻し明るくなった。いつもの日常が始まる。

作成者 house21 : 2012/5/21 (月) 08:27 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/20 (日)

砂と水はかなき材料それ魅力

鳥取砂丘にある砂の美術館で『砂で世界旅行〜イギリス/語り継がれる大英帝国の繁栄と王室の誇り』を見てきた。この四月半ばに恒久的な展示施設としてオープンしたところだが、青空展示から始まってすでに丸6年。今回5期目の展示となって多くの人がリピーターとなっていることと思う。

正面奥上には壮麗なウェストミンスター宮殿。ビッグベンや国会議事堂が堂々とそびえている。すぐ下にはエリザベス一世。16世紀に絶対王政を確立し世界の覇権をスペインから奪取。パックス・ブリタニカの基礎を築いた。その周囲の家来たちがその性格まで表現するように描かれており感心した。

大航海時代の帆船や街のにぎわい。軍事力をバックに世界を股にかけて商人たちは活躍し儲けた。シェークスピアの文学、特に戯曲は全世界に広まり、ロミオやジュリエット、ハムレットを今や知らない者はいない。

万有引力の法則と進化論でもって、ニュートンとダーウィンは革命的に科学を進歩させた。19世紀の産業革命はエネルギー革命であり、人が働くということの革命であった。一方で児童の虐待的過重労働といった負の歴史もある。

建物類ではウィンザー城、大英博物館、バッキンガム宮殿、タワーブリッジ、ロンドン塔などがあり、精緻な砂使い(砂削り?)に驚く。雨の多いロンドンで傘を片手にタクシーを待つ群像の中にさりげなくハリーポッターを潜ませていたのは驚きだった。その隣はハーマイーニーだろう。ロンはどこへ? バッキンガムで警備を行う衛兵のパレードも旗や毛皮帽の質感がなんともすばらしい。

≪その姿を/永遠に留める事が/出来ない、/そんな儚さが/砂像の大きな/魅力なのです。≫

入口にある案内掲示板にはこうに書いてあった。そのとおりだと思う。砂像と同様に人間にも永遠はない。何事も限りがあり全ては転変する。刻々と変わり限りがあるからこそ、輝いていく。終わりがあるからこそ、今を得難い時として大切に慈しむことができる。

作成者 house21 : 2012/5/20 (日) 22:33 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/19 (土)

荒野には偉大な七人戦って

映画『荒野の七人』を観た。『七人の侍』を西部劇へ置き換えたものだと思っていたが、大枠がなぞられているだけで意外なほど展開は違うことがわかった。原題は『The magnificent seven』。偉大なる七人、崇高な強き人たちという感じか。武士道精神を体現した侍の語のイメージをなぞる。

「侍」では報酬が目当てでなく善意で百姓の窮状を助けたいと彼ら侍は考えた。「荒野」では20ドルと少額だが賞金報償金が目的だった。後で皆が善意に目覚めるが…。天下無双のガンマンが見せる銃やナイフさばきには胸がすく。

「侍」では7人は初対面だったが、「荒野」は初めからクリスと縁がある。盗賊ガンマン集団は40人。したたかであり、農民を懐柔したり、仲間割れを起こさす知恵もある。最終的には盗賊は全滅するが、定住し作物を産する農民、そして銃の扱いは一流だが無産のガンマンとは住む世界が違うことを示して物語は終わる。

目がものをいう。特にリーダーのクリス(ユル・ブリンナー)、ショーン・コネリー、スティーブ・マックイーンの演技が、ニヒルでかつ恩情もあり深みがある目をしている。髭のないチャールズ・ブロンソンもカッコいい。

「侍」は激しく降るウェットな雨が印象深い。一方で「荒野」は乾いた砂塵がドライに舞う。気候の乾湿だけでなく、物語の乾湿にも、銃と刀という武器の乾湿にもつながっている。さらに日米の文化差を象徴しているのかもしれない。

作成者 house21 : 2012/5/19 (土) 21:45 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/18 (金)

感傷に春夜のおぼろほのぼのと

蘇軾の有名な詩『春夜』。

春宵一刻値千金 しゅんしょういっこく あたいせんきん
花有清香月有陰 はなにせいこうあり つきにかげあり
歌管楼台声寂寂 かかんろうだい こえせきせき
鞦韆院落夜沈沈 しゅうせんいんらく よるちんちん


春の夜はふけていく。友と過ごす時間は貴重だ。値は千金。なにものにも代えがたい。
花の季節、通りは甘い匂いに満ちる。夕暮れの道も酔いざましの道も満腔に春が充逸す。来週は月が太陽に陰をつくる。
語り語り合い、歌うように。威勢はよくとも一抹の寂しいさ。
鞦韆(ブランコ)は落ちつ上がりつ、渡世の日々は暗くなるころ陰鬱となる。

はや五月も下旬。楽しいことも悲しいことも感傷に過ぎていく。今夜は山陰本線、置き石でダイヤが乱れた模様。

作成者 house21 : 2012/5/18 (金) 22:34 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/17 (木)

ゴビウスにボラの口パク恋を知り

松江や出雲にはハート印のパワースポットがたくさんある。女性が二人連れで探索したり写真に納める光景を見かけることがある。

@島根県立美術館の外にある宍道湖ウサギ。湖岸から2番目のウサギをやさしく触る。
@京店商店街中の小路にあるハートが浮き彫りになった石畳を踏む。
@その近くに埋め込まれているピンクのハートを探す。
@松江城内の柱にあるハート型の木模様。
@松江レイクラインバスで縁結びシートでカップルへ秘密のプレゼントがある。
@松江フォーゲルパークのハート型花の門の下には幸せの椅子がある。
@来待ストーンにある石のタヌキ「真実の口」に手を入れる。
@宍道湖上のはくちょう号で縁結びの鐘を鳴らす。
@鏡の池で恋愛占い恋愛を占う八重垣神社。
@縁結びの本家本元。遷宮準備中の出雲大社。

@宍道湖自然館ゴビウス。ジオラマ水槽には『ボラの口はハート型』と張り紙がしてあり、ボラが口を開けて歓迎してくれる。餌を求めて集まってくるだけだが横っ面についた目は愛らしい。口をパクつくときはハート型になる。

ボラに向かって願えば恋が実るだろうか? かなうかもしれないし、かなわないかもしれない。いずれにせよ百聞は一見にしかず。写真ではいいショットは撮れないので、実物を見て無理やりにでもそんな気分になるに限る。ボラの口はハートが逆向きだ。逆境の恋になるだろうか。それはわからない。逆向きでも逆風が吹いてもものともせず、知恵と力で相手のハートを正すのがよいだろう。

作成者 house21 : 2012/5/19 (土) 22:54 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/16 (水)

誉めるとは他はみな師なりと認めれば

(一般社団法人)日本ほめる達人協会という団体がある。協会では『ほめ達』という言葉が将来辞書に載せられることを目指している。お世辞ではなく、目の前にある人や物、サービスがもっている良い価値を発見できる人、ほめることの素晴らしさを伝える達人のことを「ほめ達」と。

ほめ達人のスリーSは次の3つの言葉。簡潔だ。すべてに感嘆符「!」がポイントだろう。

  すごい!
  さすが!
  素晴らしい!

相手の行いや結果によっては誉められない場合はある。その際相手の間違いを示しながらも相手を元気にする言葉があるという。それは【惜しい】である。さあ明日から、いや今日から、笑顔とともにほめ達になろうではないか。

写真は出雲おろち大根の花。島根大学で開発された新種。ヤマタノオロチのように辛い。とくにオロチて食べると劇的に辛くオロチが火を噴きそうになる。そばの薬味としてぴったり。首から下が分かれ、太いひげ根が何十本と広がる様子も八岐大蛇を連想させる。

作成者 house21 : 2012/5/16 (水) 21:51 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/15 (火)

寒暖がなんだかんだと駈け足に

春は駈け足で過ぎていく。つつじの盛りが終わると、山の中腹で照り輝く木が目立つ。シイやカシなどの照葉樹である。萌え出ずる春の光色と言おうか。近くにスダジイを眺めると、細長い髭のような花があの輝きの元であることがわかる。

匂いがする。濃厚な初夏の匂いだ。髭の花はむせかえる匂いを辺りに撒き散らす。甘い匂いだ。濃いみどりの匂い。タケノコを収穫したときの春の匂い。春だ、わが世と喜ぶシイやカシの匂いだ。

松江城を散策してみれば満開のなんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)。離れてみると淡い花の香り。広げた木の花は温かい雪の小山のようで、薄暗くなっても光を放つ。

今日は雨が降った、久方ぶりに。今の時期の雨は濡れたアスファルトから春の匂いが立ちのぼる。薄暗い空に春の匂いはふさわしい。今日は暖かい。明日は? 寒暖が交互にやってくる。

(写真は松江城のなんじゃもんじゃの花)

作成者 house21 : 2012/5/15 (火) 19:46 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/14 (月)

いざという危機の間際を考えて

福山のビジネス兼ラブホテルの火災では7人が死亡した。一酸化炭素中毒だとみられる。火災報知器や避難経路に不備があるばかりか、窓を内側からベニア板でふさいでいる部屋もあったという。消防や市の建築当局の再三にわたる是正指導にも応じていなかった模様。不運にも犠牲になった方々に追悼の意を表したい。

ところで私はホテルや旅館に泊まるときには、非常口からフロントや外へ出てみることにしている。いざというときの避難経路を確認する意味もあるが、非常口や非常階段をどのように扱っているかを見ると、経営者の質がわかるような気がするからである。

そもそも非常口に出るためのドアが開かないところは論外だ。単なる一重の鍵がかかっているだけであっても、緊急のパニック時にはドアを開けられないこともあろうから。踊り場がリネン類や掃除用具の置き場となっていたり、立錐の余地がないほど洗濯物の干し場として使われている場合もある。とんでもないことだ。階段の途中にあれやこれやと道具類を置いているところもあるが、非難の際に障壁になることを考えていない証拠だ。

豪華な感じのエントランスやフロント、共有部分をもっているホテルであっても、非常口に目がゆき届いていないところがある。反対に客室の調度品や内装は質素であっても、非常経路が整えられているホテルには信頼をおくことができる。いざという時は来てほしくないものだけれども、生きている限りはどこかに危機はやってくるのだ。

実践はできていないが、レストランやホール、スーパーなど人が多く集まる場所に入ったときには、いざというときの逃げ道をあらかじめ予測しておけるようにしたら、なおよいと思うのだが現実は難しい。

作成者 house21 : 2012/5/15 (火) 19:27 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/13 (日)

大海にことばを渡る胸躍る

三浦しをん著『舟を編む』(光文社,2011年/2012年本屋大賞第1位)を読んだ。想像上のものだが、玄武書房刊『大渡海』が欲しくなってきた。

主格が移動していく。最初は定年退職間近の荒木公平の目。日本語の泰斗たる松本先生から、不世出の辞書編集者とたたえられた男であり、退職後も嘱託社員として編纂に力を尽くした。荒木は語る。≪ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために≫、私たちは≪海を渡るにふさわしい舟を編む≫と。

次に玄武書房の辞書編集部に配属になったばかりの馬締(まじめ)光也の目。二十代後半で風変わりな男だが、類いまれな言語感覚をもちあわせていた。性格は木訥だが、一世一代のラブレータで料理人・林香具矢の心を射貫いた。

続いて、会社が辞書部門の業務縮小をもくろむ中で辞書編集部から宣伝広告部に異動せざるを得なくなった西岡正志の目。意外にも自分は辞書編纂が好きだったことに気がつき、馬締とまだ見ぬ担当者のために、軽薄だが役に立つ詳細な引継書を残した。

それから十数年後、「大渡海」の編纂は馬締が少しずつ進めはしていたが、この大事業は社を挙げて取り組まなければ完成しない。他の仕事でそれなりの利益をもたらしていた辞書編集部には新人が配置された。それが岸辺みどりである。始めはなじめなかった彼女も、次第に辞書の魅力に取りつかれていく。

辞書を編むひとたちを象徴するような言葉がある。岸辺はこう思った。

≪人間関係がうまくいくか不安で、辞書をちゃんと編纂できるのか不安で、だからこそ必死であがく。言葉ではなかなか伝わらない、通じあえないことに焦れて、だけど結局は、心を映した不器用な言葉を、勇気をもって差しだすしかない。相手が受け止めてくれるよう願って。言葉にまつわる不安と希望を実感するからこそ、言葉がいっぱい詰まった辞書を、まじめさんは熱心に作ろうとしているんじゃないだろうか。≫

最後は「大渡海」編纂の最終局面で見せたリーダーシップや獅子奮迅の戦いを進める馬締光也の目で再び描かれた。

≪なにかを生みだすためには、言葉がいる。岸辺はふと、はるか昔に地球上を覆っていたという、生命が誕生するまえの海を想像した。混沌とし、ただ蠢(うごめ)くばかりだった濃厚な液体を。ひとのなかにも、同じような海がある。そこに言葉という落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。愛も、心も。言葉によって象(かたど)られ、昏(くら)い海から浮かびあがってくる。≫

じんわりと温かくなるこの小説。言葉の海は深く広い。辞書編纂の仕事だけではなく、言葉を使うすべての人間はこの本を読むと、言葉を大切にしたいと思えるようになるはずだ。

作成者 house21 : 2012/5/13 (日) 14:57 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/12 (土)

五輪にはギリシャのひかり集めてEU

先日ギリシャでオリンピック聖火の採火式があった。選りすぐられた美形の女性たちが(横顔の線はハリウッドライン)、古代ギリシャの巫女の装束でもって太陽光線を集めた。ロンドン五輪がもうじき始まる。

ギリシャ総選挙後で与党が破れてのちの連立交渉は頓挫しそうであり、再び財政緊縮策支持か、反緊縮かで総選挙が戦われそうな気配が濃厚となっている。 ギリシャ国民がどんな選択をするかによって、ギリシャはユーロ圏から離脱する可能性がある。離脱せず、ユーロ圏に残る選択はできるのか。ギリシャ国民はこれ以上引き締められて生活が苦しくなるのはゴメンだと言っている。一方でEUからは巨額の資金援助を受けてきたし、これからも受けなければやっていけそうにない。ギリシャがユーロ圏から抜けてしまうと、ユーロの信用が暴落しヨーロッパ全体が地盤沈下してしまうかもしれない。当分は駆け引きが続きそうな公算である。

昨日ギリシャの失業率が過去最高の21.7%となったと報じられた。若い世代にいたっては5割を超えているという惨状である。確かに失業が当たり前という状況は尋常ではない。国民皆が苦しい思いをしているのはEUがギリシャをイジメるからだと、ギリシャの人々は考えて今回の投票結果をもたらしたのだろうか。あの美女たちはどこに投票したのだろう。

作成者 house21 : 2012/5/12 (土) 22:37 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012/5/11 (金)

ミッションに水もしたたる男に女

私たちのミッションは、秩序や安全を維持しつつ水産資源の枯渇を防ぎ漁業栽培を行うなどの方法で資源を保持し、島根の水産業を振興させることである。さらに漁業者から流通事業者、販売事業者をへて消費者に届けられる海産物や加工品を安心して食べてもらえる環境をつくることである。

別な言葉でいえば、漁業者や水産事業者を介して、日本海の幸を思い、島根の漁村がよりよい地域を作り、地場産の水産物でもって日本の明日を創造するお手伝いを間接的に行う集団とでも言えるかもしれない。

しまねの水産業を普及し漁業調整を行う立場の面々が一同に会し、今日は会議を行った。事務方は直接水産振興にたずさわることはないにしても、面々が的確でかつルールに則って業務を行えるよう財政や人事、庶務の分野から補佐することになる。

会議の後は会費制でささやかな懇親会。自己紹介も併せ、それぞれが思いの丈を披露しあう貴重な体験となった。過去を振り返りつつも未来を語る姿、新採2年目の思いを語りもっと勉強せねばと決意をする姿、体調が悪かった同僚を思いやり今は回復したその様子を喜ぶ姿、明日には底引き網漁船に乗り込んで実地体験と調査をしてくると武者震いする姿などなど。

全員と話をする時間は残念ながらなかったが、いい会合であった。ほのぼのと楽しみ、あちこちに笑いの輪が広がり、話を酒の肴にして、弾む談笑のひとときを皆が過ごすことができた。外に出ると思いのほか風が冷たかった。上着のボタンをとめた。だが胸の内は暖かだった。

作成者 house21 : 2012/5/11 (金) 22:46 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]
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