2012年1月28日(土)
米国をいかにうまく殺せるか、それが問われ続ける時代
米第4四半期(10−12月)の経済成長率は予想を下回る伸びで消費者は貯蓄を切り崩す形で支出を増やし、政府も歳出を抑えている。バンク・オブ・アメリカ(BOA)のシニア米国エコノミストは、「2012年は予想以上に勢いが失われている。所得の伸びは緩やかで、貯蓄率は低下している。これでは消費者は今後、景気に貢献できなくなる」と指摘した。
第4四半期のインフレ調整後の実質可処分所得は年率0.8%増、2011年通年では0.1%減少した。貯蓄率は3.7%と、2007年第4四半期以来の低い水準に下げた。政府支出は4.6%減少。これで5四半期連続の削減となった。
まぁ、市場が勝手につくり上げた予想に届かなかったようだが、個人的には「終わった経済」としては上出来だったと思えます。米経済がモノやサービスを生み出す力は、2年かけてようやく直近のリセッション前の水準にまで回復しつつある。しかし、「失われた」成長を取り戻せることはない。消費も雇用も、そして威厳も。
米国の人口は年間300万人以上増えており、それらの人々はいずれ住む家が必要だから、住宅需要がいったん増え始めれば着工件数も回復するだろうと、これまた勝手な想像をしている者も多いらしい。米国経済の先行きで明るさを語ろうとする時、いつも「タラレバ」から始まる。上述でも、「住宅需要がいったん増え始めれば」という前提がつく。ところが、この前提すら成り立たないのに話を飛躍させるから、いつもおかしなことになるわけです。当たり前の論理、まともな論理が欠如しているからです。マイホ−ムというのは、欲しいと思えば誰でもタダで手に入るものではない。3000万円、5000万円という住宅取得代金を払えることで手に入るものである。では、そのような大金をどうやって稼ぐのかというと、それは労働の対価で手に入れられることになる。しかし、今の米国においてはまともな労働が得られない、あるいは世界的に米国の労働力は求められていないという現実がある。それを助長しているのが、上述にある「米国の人口は年間300万人以上増えている」ことに通じる。
前にも書き記したことだが、ベビ−ブ−マ−が高齢化に進んでいるが、その高齢者たちは今後も働き続けなくてはならないような時代に入っている。株などのリスク資産運用で財産を目減りさせ、住宅の価値も減った。もともと持ち家のない人には関係のないことだが、米国の社会保障額も総じて縮小している。米社会保障庁によると、1981年には平均で退職前の収入の52%が支払われていたが、2001年には39%まで落ちている。2010年には35%あたりなのか。そして、全額支給年齢がこれから67歳へ段階的に引き上げられると同時に、早期退職者への保障額が減額されるため、この数値は今後さらに低下すると予想されている。
今までは、高齢となった者が第一線から身を引き、次世代の若者に雇用を譲ってきた。雇用メカニズムで世代の新旧交代がスム−ズに行われていたわけだ。ところが「老兵は死なず」ではないが、今は高齢者が職を譲ろうとしない。生きるためには食べ物を買うお金が無ければ生きられない、そんな切羽詰った状況に追い込まれている高齢者が増えている。だからこそ、米国では若年層の雇用破壊がいっこうに改善されていないのです。
個人的に、よく米国経済が「終わった経済」だと言いますが、GDPがプラス成長だから終わってないとか、そういう次元の問題を言っているわけではないのです。政府やFRBがドル紙幣をばら撒けば、GDPは拡大して当たり前なのです。逆です。政府やFRBがドル紙幣をばら撒かなければならないような時代だからこそ、米国は「終わった経済」なわけです。
これからベビ−ブ−マ−が高齢者になりますが、その人たちが次世代の若者たちに職を譲らなかったら、いったいどうなるのでしょう?年間300万人以上の若者が学校を卒業して、新たに職探しを行っても職なんてあるわけがありません。米国の労働市場は、年に300万人以上の新たな雇用を受け入れる拡大市場ではないわけです。米大手企業は、米国内の労働市場を海外へ輸出しています。大手金融機関がいい例ですが、逆に人員削減などを進めて、労働市場は縮小する方向にあります。
世界の政府関係者や投資家が、米国の「終わった経済」を認めようとしない、いや認めたら米国債の信用崩壊につながるから決して許されないと守りに入る気持ちもわかるのですが、私は事実をもって米国が「終わった」ことを立証していきます。米国をいかにうまく殺せるか、それが問われ続ける時代であることを疑いません。

