2012年3月3日(土)
皆さんの命を守る「津波いろは歌留多」のご紹介(3)
津波いろは歌留多
原案「津波対策いろはかるた」
原案作成者 盛岡気象台・宮古測候所(1957)
改訂版2006年山下文男・小松原琢 (解説 山下文男)
今から約55年前に地域住民の防災教育のため考案された。今日でも津波対策のための合言葉や戒めとして活かせるものが少なくないし、津波防災教育のために心を砕き、努力をしていたことを物語る貴重な資料である。山下先生著の「津波と防災 三陸津波始末」から。発行者 (株)古今書院 収録されている津波かるたを、今後も続く津波から、みなさんの命を守る教訓の書として経典を写すが如く、内容をかみしめて入力作業を行いました。ご案内いたします。もうだれも津波で命を落とさせたくありません。ぜひ地域防災に役立てて下さい。(笠原昭夫)
津波いろは歌留多
(く)車を使わず、走って逃げよう
車社会になって新しい問題がでてきた。北海道南西地震の経験だと、キーを探すのに手間取ったり、物を積み込もうとして逃げ遅れたケースが多く、車を使わず走って逃げる方が安全性が高いとの結論になった。
(や)闇の中でも、逃げられる備えと訓練
停電による闇夜の中での逃げ支度は、家庭内でも混乱が予想される。ふだんから家族銘々の衣類や履物、懐中電灯の置き場などをはっきりさせておき、年に一度くらいは、闇夜の中で実際に訓練してみたい。
(ま)万一の、ための知識が身を守る
海岸にいて地震があったら津波の危険がある。津波は海が落ち着くまで何度も繰り返す。津波は通常の波と異なって早くて浚う力が強い。例えばこういう知識を身に着けているかどうかが実際の場に臨んで明暗を分ける。
(け)警報は、みんなを助ける避難の合図
津波警報に限らず、警報があって避難したけれども結果としてたいしたことがなかったということがる。寒いところを起こされて、などと不満を言う人もいる。何故、津波がこなくて良かったと考えないのだろう。
(ふ)不意の地震に、ふだんの用心
東京、数奇屋橋公園にある関東大震災の記念碑に刻まれている有名な言葉である。津波についても同じ。津波の直後には恐ろしい、怖いと言うが、年月を経るごとに忘れられてしまう。不意の津波に、ふだんの用心。
(こ)子供の時から、防災教育
日本は地震と火災と津波の国であり、台風による風水害の国でもある。日本国民として暮らして生くためには、これらの自然災害に対する一応の知識と心得が不可欠であり、子供の時から防災教育が欠かせない。
(え)沿岸の釣り場は、津波の危険地帯
数年前の夏のある日、津波注意報が発令された。2、30人が堤防釣りをしていたが、広報車による呼びかけや消防団員の熱心な説得にも関わらず、内陸部から来たという数人の若者たちはついに避難しなかった。
(て)天災は、今すぐにでもやってくる
「天才は忘れた頃にやって来る」は寺田寅彦博士の名言だが、日本海中部地震津波と北海道南西沖津波の間は僅かに10年、そして今、明日にでもやって来るかもしれないと宮城県沖地震津波の危急が告げられている。*その前にとんでもない869年貞観地震・1611年慶長地震津波以来の東日本大震災大津波が来てしまった。
(あ)上げ潮に、まさる引き波の威力
津波は陸地に駆け上がって暴れまわった後、壊した家や倒した人間を片っ端から巻き込んで引いて行く。その威力は物凄く、港が漂流物で一杯になるだけでなく、死者のほぼ半数近くは海の藻屑となって死体が揚がらない。
(さ)災害弱者への援助は、自主防災で
お年寄りや体の不自由な人など、災害弱者の人たちは自分だけで避難できないから誰かの手助けが必要になる。自主防災では、組織としてそういう人を援助する係りと方法を決めておき、避難訓練して備えるようにしたい。
(き)機敏な避難が、何より一ばん
津波対策は、防潮堤の建設、津波の監視と情報の敏速化、津波体験の伝承と防災教育等々、多面的な施策と努力を必要とするが、結局は、いざという場合に人々を如何にして機敏に避難させるかが一番重要な問題になる。

