2010/1/28 (木)
推薦ホームページ
気合いの入った天理教紹介のページがありました。
ちょいとはなし〜山倉周三さん
英文天理教教典のおつとめ第2節
Listen to what God says.
I never tell you anything wrong.
Representing heaven and earth
I have created husband and wife.
This is the beginning of the world.
山倉さんの英訳おつとめ第2節
Just for a moment,
listen to the message that Got TENRIWO let us know.
I never tell you anything untrue.
Modelling the earth and the sky,
God created husbands and wives,
and has been keeping his eyes on us ever since.
It is the very origin of this world.
今の英語の教典はもう古いっし、とか言ってる人にお薦めします。
とても分かりやすい英語で書かれているのではないでしょうか。
2010/1/22 (金)
”ホワイトハンズ”という会社は必要なの?
昨日21日の夕方のMBSニュースの時間に「ホワイトハンズ」という団体(企業?)の紹介をしていた。
簡単にいうと、脳性まひの男性のオナニーを介助する仕事だ。
その現場にアダルトビデオのDVDを持ち込んだり、エッチな写真を用意する事はできないという。つまり、エロな妄想なしに射精をさせるという仕事だ。これが健康を保つ上で大変重要である、と言うような事がホームページに書いてある。
ホワイトハンズ
聖職者を結婚禁止にして、オナニーもだめだとする宗教が有るくらいだから、精子を体内に貯める事で健康に影響があるとは思えないが、障害者にセックスによる快感は必要ないだろうとか、セックスの話はタブーだという世間に一石を投じる点で衝撃的な活動の紹介だった。
さて、オナニー好きのぼくとしては、何故エロな妄想を消して射精をしなければならないかという疑問だ。男は女性以上に視覚から興奮する事が多い。ヌードのグラビアやDVDがどれだけ世間に必要とされているのかを見ると、この点は女性にも理解してもらえるのではないかと思う。
この介助を頼む男性は、本当に射精だけができればよいのだろうか。そんなはずはないと思う。エクスタシーに到達するまでにかかる時間をどんな気分で過ごすかも、快感を大きくする大事な過程だ。
「ホワイトハンズ」のホームページでは健康に関する介助で、わいせつな行為は行わないとしている。介助者は陰茎以外の部分に触れる事も出来ない。ベッドが必要な場合、ベッドへの移動も行わない。
これでは、男性の想像する快感は得られないだろうな。それが世間で認められるサービスの限界なのだろうとは思う。
売春が認められていれば、こんな苦労はしなくてすむのだが。
日本で売春が禁止されて、50年くらいたつのかな?日本の男は、売春が認めれていたときと比べて数十倍の金とエネルギーを使ってセックスを手に入れなければならなくなり、女をくどくことに慣れない男はもういいやと、セックスの練習や研究をしなくなった。幸せが結婚の中にあると信じていた女は、夜になってもちっとも上達しない男の行動に不満が集中し、だんなをあきらめて子どもの教育に傾いていく。んで、日本の男はますます弱くなっていったのだ。[sawaの日本戦後史]
売春の悪い形は金儲けの親玉が主導するときだ。したくもない仕事を無理にさせる、という点で悪業になる。
しかし、個人で売春するというのは、単に体を張った商売なので、認めるべきだとぼくは思う。
もちろん、病気の蔓延を防ぐために、国家もしくは府とか県とかが管理する許可証が必要になる。
売春が認められれば、結婚しない男や女、一人でセックスの出来ない障害のある方にも明るい明日が見えてくるに違いない。
2010/1/13 (水)
お願いのおつとめ
20年前上級で住み込みをしていたときには、病気・手術はもちろん、孫の入試の際にも「教会でおねがいづとめをしてくれ」という電話がしょっちゅう鳴っていました。
ここ最近は、熱心な信者さんの家庭でも、「教会に心配をかけたら申し訳ない」という風潮があるようで、入院されるまで病気をしらなかったみたいな例が何度もあります。
病気になると教会からロクでもない話を聞かされた、という人もあるようで、素直に病気になったことを教会に報告するのをためらうということもあるんですねえ。
ぼくは悲しいことも嬉しいことも共有できる人が多いほど、悲しみは少なくなり、喜びは倍増すると信じています。
だからできるだけ大勢の人がその人の悲しみ、不安を知り、ともに神前で、自身の不徳の致すところを詫びて、その人の立ち直りをお願いする。それがおつとめのパワーになるのだと信じています。
今は一人で、病気の人や事情の人の名前を挙げておつとめをしていますが、教会の形としては、たくさんの住み込みさんをおいて、毎日一緒にお願いのおつとめするのがぼくの夢です。
家庭のややこしい事情を、他人にいちいち説明するのは嫌だと考える人は多いでしょう。そんな関係を打破して、何でも話せる教会長・よふぼくとならなければならないと念じる年の初めではあります。
2010/1/7 (木)
上野千鶴子にけんかを売るか
女性の地位向上のために日夜世間を啓蒙する活動家、上野千鶴子の人生相談というのが朝日新聞にある。
まあ、昭和のお父様お母様が聞いたら、頭に血が上るような意見が多い。
特にセックスについては、したいときにするのが人間じゃないかという風にも聞こえる言い方ではある。それが女性の地位向上ではないか、ということらしい。
しかし、考えても見よ。我々おやさまのお話をもとに生活するものにとって男性が上とか、女が上とか関係ない。女性の復権だけいうのがフェミニズムなら、我々にフェミニストは必要ないものだ。
確かにセックスは男性が上になる形が天理教的だとされるが、それとて男が地位が上だから上にいるのが好いと言う意味ではない。
教祖が仰せになる男が水、女が火という意味から、火が上になっては水をコントロールすることはできない。つまり火は下から上へ向かって熱量を伝えるので、下に居ることが神様が仰せになる女の位置だと(男なんて、火の加減次第でさめたり、沸騰したりするもんサ・・・という)、昔の先生が伝えた訳ですな。
それぞれに足りない部分は補い合う(へっこんだ部分に出っ張った部分をつなぐ。ああ、気持ちよい)、また男ができるところは男が、女ができるところは女が勤めれば、陽気ぐらしはやってくるのだ。
2010/1/5 (火)
おてふり概要
詰所で修養科生のおてなおし。
「おてふり概要」は初めててをどりを習う人には修養科でも薦める教科書となっているが、その通りにやると間違っている箇所がボクの知っている限り2カ所ある。
一つは人差し指で顔の前に小さく○を書くところの絵。
もう一つは、「この木切ろうか あの石と」の上から右手人差し指を降ろしてくるところの説明と絵。
おてふりの先生は一年生に説明するときに、概要ではここが間違っていますとちゃんと言っておいてほしい。
初心者の人は本部が発行している本だから、絶対間違いないと思うでしょう。
詰所でぼくらが手を直すと、概要を持ち出して、「ここには、こんな風に書いてありますから・・」と反論する(それも頑固に)若い修養科生が必ずいるもんで、本部の方が間違っていると説明するのは結構しんどいんです。
修養科での対処を希望するものです!