平岡公彦のボードレール翻訳日記

ボードレール『悪の華[1857年版]』(文芸社刊)の訳者平岡公彦のブログ
退屈について語りあうことに退屈することはできない(オビ1グランプリ落選作)。

書くことは抵抗すること。書くことは生成すること。書くことは地図を作ること。
(ジル・ドゥルーズ『フーコー』宇野邦一訳,河出文庫,2007年,p.87)

2009年1月12日(月)

『機動戦士ガンダム00』はすべての人類がいま見るべきアニメだと思う

 昨年末始まったイスラエル軍によるガザ地区への攻撃は今なお続いています。
 
 紛糾の末ようやく採択にこぎつけた国連決議も事態を打開できず、事態は混迷の度を深めています。この記事を書いているあいだにも犠牲者は増え続けており、非常に残念なことですが、1,000人を超えるのは時間の問題のようです。私たちは今後も幼い子供たちが命を落としていくのを傍観しているしかないのでしょうか。


見ておかなければならないものというのが確かにある。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51160622.html


 まずは無力感を噛み締めることから始めたいと思います。


 このような世界の紛争の問題に真っ向から挑んだアニメがあります。
 
 日本が世界に誇る人気アニメ、ガンダムシリーズの最新作『機動戦士ガンダム00[ダブルオー]』です。2007年秋にファーストシーズンが開始され、6ヶ月のブランクのあと、現在はセカンドシーズンが放送されています。
 
 物語の舞台は今から300年後の西暦2307年。いまだ絶えることのない世界各地の紛争に、武力による戦争根絶を理念とする私設武装組織ソレスタルビーイングが武力介入を開始します。
 
 化石燃料枯渇後のエネルギー供給を担う太陽光発電システムのための3つの軌道エレベーターを保有する、アメリカを中心としたユニオン、中国、ロシア、インドを中心とした人革連、ヨーロッパを中心としたAEUの3つの国家群は、圧倒的な性能を誇るソレスタルビーイングの機動兵器「ガンダム」による武力介入の脅威に対抗するため、これまでの敵対関係を解消し、勢力を結集していきます。
 
 主人公ソラン・イブラヒムは、太陽光発電システムの導入を発端とする太陽光発電紛争により現在の中東諸国がすべて滅んだあと、かつてイラクとイランが存在した土地に建国されたクルジス共和国の反政府ゲリラ組織KPSAの元少年兵です。
 
 ガンダムに絶体絶命の危機を救われたソランは、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター刹那・F・セイエイとして、再び戦火の只中へと身を投じていきます。
 
 世界から紛争を根絶するにはどうすればいいのか?
 
 ソレスタルビーイングが出した結論は、圧倒的な武力により戦火を交える双方の陣営を攻撃し、戦闘行為を停止させることです。もちろん、一度の武力介入で戦争が終結しなければ、何度でも。対立する双方の憎しみが彼ら自身に向けられるまで。
 
 彼らはほんとうに世界から戦争を根絶できるのか?
 
 その答えはまだ出ていませんが、この物語は私たちが向き合うべきいくつもの問題を提示しています。


梅田 アメリカの人は日本の新聞なんて誰も読みませんよ。でも、アメリカはこうすべきだなんて書いている。誰も読まないという前提があるから、思い切ったことが言えるのでしょう。でも、そこには何の価値もない。
(水村美苗・梅田望夫「日本語の危機とウェブ進化」『新潮』2009年1月号 p.351)


 確かに梅田望夫さんの言うとおりかもしれません。しかし、アニメならどうでしょう?
 
 それも世界中にファンを持つガンダムなら、これからの世界を担う世界中の子供たちにとどくのではないでしょうか?
 
 今回は、『ガンダム00』が私たちに向き合うことを迫る現在の世界が抱える問題について考えてみたいと思います。


 今回の記事は『ガンダム00』のストーリーのネタバレを含みますのでご注意ください。未見の方にもわかりやすい記事を心がけますが、事前に公式サイトりるさんの『空夢ノート』のレビュー(ネタバレ注意)などでストーリーを把握しておかれることをお勧めします。また、有料ですがギャオネクストで現在放送分までの動画を見ることができます。

作成者 平岡公彦 : 2009年1月18日(日) 13:29

『ガンダム00』に描かれた世界の現実1――スリランカの民族紛争

 世界の紛争はもちろんパレスチナ問題だけではありません。
 
『ガンダム00』#02でソレスタルビーイングがはじめて本格的な武力介入を行う戦争がスリランカの民族紛争です。
 
 劇中でも語られているとおり、これは実在する紛争です。
 
 ロム・インターナショナル『ひと目でよくわかるイラスト図解版 世界の紛争地図』(河出書房新社)から「スリランカの民族対立」の解説を見てみましょう。


仏教徒で多数派のシンハラ人と、ヒンズー教徒で少数派のタミル人が対立。シンハラ人はタミル人に自治権を与えたが、タミル人の過激派グループは、スリランカからの分離独立をめざし、政府に激しいテロ攻撃をつづけている。
(ロム・インターナショナル『ひと目でよくわかるイラスト図解版 世界の紛争地図』河出書房新社 2006年7月 p.52)


 劇中ではこの紛争の概略だけでなく、対立する双方の民族まで実名で紹介されています。正直、これには驚きました。「中途半端なものにはしない」という製作者サイドの真剣さが伝わってきます。
 
 現在でもスリランカではタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)による散発的なテロが続いていますが、300年後の世界ではこの紛争は人革連の介入により泥沼化し、セイロン島は無政府状態に陥っています。これは決して実現させてはならない未来です。
 
 現在、いったい世界でどれだけの人がこの紛争に関心を向けているでしょうか?
 
『ガンダム00』ではじめてこの紛争の存在を知る人もいるかもしれません。いや、そもそもどれだけの日本人がスリランカの正しい位置を世界地図の上で指し示すことができるでしょう。ニューヨークの場所を知らないアメリカ人を嗤っている場合ではないかもしれません。
 
 私たちには自国とアメリカか、せいぜい大国が絡んだ紛争にしか関心を持たないという悪い癖があります。知っているからといってどうなるということはないのかもしれませんが、少なくとも知っている人の数が増えなければ、起こらなければならない「何か」は決して起こりません。
 
 このあとも北アイルランド紛争や南アフリカのいくつもの国で現在も続く鉱物資源採掘権をめぐる紛争などがソレスタルビーイングの武力介入やそれを報じる劇中のメディアによって紹介されていきます。
 
 このアニメが多くの人が世界の現実に目を向けるきっかけになることを願います。

作成者 平岡公彦 : 2009年1月20日(火) 18:26

『ガンダム00』に描かれた世界の現実2――民間軍事会社

『ガンダム00』の物語のキーパーソンにPMC(民間軍事会社)の傭兵部隊長アリー・アル・サーシェスがいます。
 
 彼は主人公刹那・F・セイエイの母国クルジス共和国の内戦にも傭兵として参加し、そこで反政府ゲリラ組織KPSAを組織します。刹那はほかならぬ彼に誘拐され、洗脳され、戦闘訓練を施された少年兵です。刹那とサーシェスの対決の行く末がこの物語の大きな見所の一つです。
 
 サーシェスの雇い主である民間軍事会社は、現在の世界各地の紛争においても非常に大きな役割を担っています。その名のとおり彼らは傭兵の派遣や軍需物資の輸送などを請け負う民間の営利企業であり、近年の混迷する世界情勢を追い風に莫大な利益を上げ続ける一大成長産業です。その市場規模は10兆円とも言われています。
 
 彼らの多くはいくつもの国に支店を持つ多国籍企業であり、武器の禁輸や傭兵の禁止を定めた国際条約を公然と無視しているにも関わらず、現在の各国の国内法では彼らの活動を規制することは不可能な状態にあります。
 
 ドイツでセンセーションを巻き起こしたロルフ・ユッセラー『戦争サービス業――民間軍事会社が民主主義を蝕む』(日本経済評論社)の解説を見てみましょう。


 これらの民間人は、実際には状況に応じてためらいなく武器を使用する兵士であり、その総数はイラクだけで約三万人(中略)。三万人といえば、アメリカ軍についで第二の規模の「軍隊」であり、アメリカ以外のどの同盟軍より多いのである。しかもこれはイラクに限ったことではない。例えばアフガニスタンではアメリカの会社ダインコープ社がカルザイ大統領の警備にあたり、他の会社が政府の建物と社会基盤を守っている。東南アジアと南アメリカでは、彼らはさまざまな舞台で反乱軍、麻薬カルテル、軍閥と戦っている。アフリカ諸国で油田地帯とダイヤモンド採掘現場を守るのも、彼ら「新しいタイプの傭兵」である。彼らの活動の場はここ数年間で地球上の一六○カ国に及び、需要の絶えることはない。
(ロルフ・ユッセラー『戦争サービス業』下村由一訳 日本経済評論社 2008年10月 pp.7-8)


 小飼弾さんの書評でも紹介されている町山智浩さんの『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文藝春秋)では、2007年9月にイラクで起こったアメリカの民間軍事会社ブラックウォーター社の傭兵による民間人虐殺事件が紹介されています。


「彼らはイラクに憎しみをばらまいている」イラク政府の顧問としてバグダッドに滞在したマシュー・デグンはワシントンポスト紙にそう語る。デグンはブラックウォーターに護衛され、彼らの傍若無人ぶりを目撃した。彼らはデグンを乗せた戦闘ヘリでイラク政府本部の上空を無許可で飛びながらこう言った。「俺たちは法の外にいる。何をしてもイラク人には逮捕されない」
(町山智浩『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』文藝春秋 2008年10月 p.93)


 依頼主であるアメリカ政府でさえ現地での彼らのふるまいを統制できず、事実上野放しの状態にあり、秩序の回復どころか現地住民の対米感情の悪化に拍車をかけています。
 
 ちなみに町山さんの本ではこのブラックウォーター社の事件がその後どうなったのか書いてないので、先ほどのユッセラーの本から紹介しておきましょう。


 さすがにアメリカ世論がこの問題を取り上げ、上院ではこの件で聴聞会が開かれはしたものの、国務省は結局関係者を無罪放免とした。(ユッセラー前掲書 p.viii)


 このような馬鹿げたことがいつまでも許されていていいはずがありません。
 
 世界中の紛争地域に兵士と兵器を送り続けるこの「新しい死の商人」どもへの国際的な法規制による包囲網が実現しない限り、今後もこのようなことが繰り返され続けるでしょう。

作成者 平岡公彦 : 2009年1月21日(水) 18:58

『ガンダム00』に描かれた世界の現実3――新彊ウイグル独立運動

 劇中では正面から紹介されていない紛争にも『ガンダム00』は接点を用意しています。
 
 #15で中国が主導する人革連は、タクラマカン砂漠でユニオンとAEUとの合同で行う大規模軍事演習を、事前に察知していた同地域の濃縮ウラン埋設施設に対するテロ計画に合わせて敢行することにより、テロへの武力介入に現われたガンダムを鹵獲しようとします。
 
 劇中ではこのテロの背景についての解説がないため、一見ご都合主義的な展開にも見えますが、この地域の紛争についての理解があれば、これが決してご都合主義などではないことがわかります。
 
 ではまず、どうしてこの地域でテロが起こるのか?
 
 タクラマカン砂漠がある中国の新彊ウイグル自治区には、人口の多数を占めるトルコ系イスラム教徒のウイグル人による独立運動が存在します。
 
 再びロム・インターナショナル『ひと目でよくわかるイラスト図解版 世界の紛争地図』(河出書房新社)によると、ウイグル人の独立運動は1930年代から高揚しはじめ、1991年のソ連崩壊によりカザフスタンやキルギスなど周辺のイスラム諸国が独立したことに触発されて激化し、現在も中国当局による独立派住民の弾圧と、それに対する東トルキスタン・イスラム運動などの独立派勢力による報復テロの応酬が続いています。
 
 ご存知の方も多いと思いますが、中国当局による新彊ウイグル自治区やチベット自治区における少数民族の迫害と文化の破壊は全世界から厳しい非難を浴びています。昨年2008年の北京オリンピックのおかげでこの問題に全世界の関心が集まったことは非常に喜ばしいことだったと言うべきでしょう。
 
 では次に、どうしてタクラマカン砂漠に濃縮ウラン埋設施設があるのか?
 
 それはこの地域に中国の核実験場があるからです。
 
 中国の核実験の問題を調査した札幌医科大学の高田純教授の『中国の核実験 シルクロードで発生した地表核爆発災害』(医療科学社)の解説を見てみましょう。


 中国は1964年10月16日、西部ロプノルを実験場として最初の核実験を行った。鉄塔30メートルの高さで威力20キロトンの核分裂型を地表爆発させた。最初の熱核爆弾3メガトンの実験は1967年6月17日である。その後、1980年まで、主に空中、地表の爆発を、1982年から1996年までは地下実験を実施し、計およそ46回の核兵器試験となった。最大の核爆発出力は、1976年11月17日の4メガトンの地表爆発である。
(高田純『中国の核実験』医療科学社 2008年7月 p.7)


 中国政府が正確な情報を公表していないため確かなことはわかりませんが、中国による46回の核実験により一説には75万人に上るウイグル人(入植した漢民族を含む)が犠牲になったと言われています。
 
 高田教授は、隣接するカザフスタンでの現地調査から推定した放射性物質による汚染地域の規模と、当時の新彊ウイグル自治区の人口密度推計から、46回の核実験のうち特に規模の大きかった3回のメガトン級地表核実験による死者数を19万人と推計しています。
 
 汚染地域からの住民避難などの対策が取られていなければ、新彊ウイグル自治区はチェルノブイリイラクのような状況になっている可能性が高いと推察されますが、中国の核実験の映像を見る限り、そのような対策が取られた可能性はほとんどないと考えざるをえません。
 
 これが「ばか国家」の実態です。一刻も早く中国に人道的な政府が実現されることを願わずにはいられません。

作成者 平岡公彦 : 2009年1月23日(金) 00:30

『ガンダム00』に描かれた人類の未来――軌道エレベーター

『ガンダム00』の世界のエネルギー供給源である軌道エレベーターは観光用にも利用されており、エレベーターの巨大な建造物の内部を走る旅客用リニアトレインによって、地上の人たちはかんたんに宇宙旅行を楽しむことができるようになっています。
 
 このような大規模のものではありませんが、軌道エレベーター(宇宙エレベーター)はスペースシャトルに代わる宇宙への移動手段として近年最も注目されている構想です。
 
 日本にもこの構想を研究している日本宇宙エレベーター協会(JSEA)が存在します。そちらのホームページでも『ガンダム00』が紹介されていますので、興味のある方は覗いてみてください。
 
 この記事の参考にさせていただいた小飼弾さんの書評で紹介されているブラッドリー・C・エドワーズ/フィリップ・レーガン『宇宙旅行はエレベーターで』(ランダムハウス講談社)から、現在構想されている宇宙エレベーターがどのようなものか見てみましょう。


 宇宙エレベーターというのは、およそ次のようなものだと言うことができる。まず、宇宙からケーブルを垂らし、それを地球まで伸ばす。ケーブルは角運動量(ある物体がもっている回転の強さをあらわす物理量)によって垂直に保たれている。そのケーブルを伝って、ケーブルカーのような乗り物が、摩擦を利用して昇っていく。それはちょうど、人間がロープをよじ登るときと同じ原理である。
 宇宙から地球まで伸びたケーブルの全長は10万キロメートル。地球から月までの距離の約4分の1にあたる。
(ブラッドリー・C・エドワーズ/フィリップ・レーガン『宇宙旅行はエレベーターで』関根光宏訳 ランダムハウス講談社 2008年4月 p.28)


 同書では、このエレベーターを1基建造するのに必要な費用を100億ドル(約1兆円)と推計しています。話題の定額給付金の予算2兆円で2基も建造できるのですから、決して非現実的な額ではありません。
 
 オビでも強調されているとおり2029年までに宇宙エレベーターが実現するなら、私の属する世代以降の人たちは気軽に宇宙旅行のできる時代を享受できるかもしれません。
 
 とはいえ、期待に胸を膨らませてばかりはいられません。
 
 宇宙エレベーターの実現は宇宙空間への物資の輸送コストを大幅に引き下げます。それは宇宙開発への確かな足がかりができると同時に、大量の兵器が宇宙空間に持ち込まれる可能性をも生じさせます。現在でも宇宙はすでに軍事利用の舞台であり、宇宙エレベーターの実現が宇宙空間における軍拡競争に拍車をかけない保証はどこにもありません。
 
『宇宙旅行はエレベーターで』では宇宙空間の軍事基地の実用性は疑問視されていますが、冷戦時代にはSDIのような計画が現に構想されていた例もあり、決して楽観視はできません。『ガンダム00』セカンドシーズン中盤に登場する衛星軌道上から地上を高出力レーザーで攻撃する衛星兵器「メメントモリ」はおそらくこの計画に着想を得たものです。
 
 また、同書では宇宙エレベーターへの電力供給方法を次のように構想しています。


 われわれが現在計画しているのは、クルーザーに光電池(太陽電池)パネルを搭載し、地球上からレーザーを照射する方法である(ビーミング推進)。
(中略)
 現在、各地で大出力のレーザー装置の開発が進められており、性能的にも宇宙エレベーターに使えるレベルのものが開発されている。ここ数年盛んに進められているレーザー研究は、主に軍事的用途を想定しているが、宇宙エレベーターにも応用可能である。(同前 p.100)


 世界が国家間、民族間の対立を克服できなければ、いずれ人類は実際に「メメントモリ」を建造し、人間に向けて撃つことになるでしょう。

作成者 平岡公彦 : 2009年1月24日(土) 19:54

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