平岡公彦のボードレール翻訳日記

ボードレール『悪の華[1857年版]』(文芸社刊)の訳者平岡公彦のブログ
退屈について語りあうことに退屈することはできない(オビ1グランプリ落選作)。

書くことは抵抗すること。書くことは生成すること。書くことは地図を作ること。
(ジル・ドゥルーズ『フーコー』宇野邦一訳,河出文庫,2007年,p.87)

2009年3月22日(日)

文法の誘惑――平野啓一郎『小説の読み方』を読む

 平野啓一郎さんの新著『小説の読み方 感想が語れる着眼点』(PHP新書)を読みました。
 
 本書で平野さんが紹介している小説を読み解くためのキーポイントは、〈主語〉と〈述語〉の関係です。私たちが小説を読む理由を突きつめて考えれば、この最も基本的な文法の仕組みに行き着くと平野さんは説明しています。


「これは、」(主語)の部分だけが示されて、「……だ」(述語)の部分が隠されていると、どうにも気になって仕方がない。「事件の真相は、……」で止められてしまうと、誰でもストレスを感じるだろうし、たとえ明らかにされても、納得できなければ、いつまでも、「あの事件の真相は、……だったんだろうか?」と、そのしっくりこない〈述語〉の部分のために、頭を悩ませ続けることになる。
(平野啓一郎『小説の読み方』PHP新書 2009年3月 p.29)


 さらに平野さんは、〈述語〉を便宜的に〈主語〉の中身を説明する「主語充塡型述語」とストーリーを進行させる「プロット前進型述語」に分類し、それぞれの〈述語〉が小説のなかでどのように機能しているかを9つの小説(『カラマーゾフの兄弟』を含めれば10作品)を例に分析していきます。
 
 平野さんの分析は、テキストとして引用された作品のシーンごとに、それぞれの述語がどのように配置され、どのような効果を上げているかを確認していく非常に具体的なもので、小説の読み方として以上に、小説の書き方としても実践的に役に立ちそうです。
 
 そして、前著『本の読み方 スロー・リーディングの実践』(PHP新書)で実践されていたスロー・リーディングによるテクスト分析は本書でも惜しみなく披露されています。
 
 たとえば最初のポール・オースター『幽霊たち』(新潮文庫)の読解では、「どうして登場人物の名前がすべて色なのか?」からはじまって、小説一般における登場人物の名前のつけ方に話が進み、さらに『幽霊たち』の登場人物の名前の色が担っている暗示的な意味の考察に入る、といった具合に、とにかく微に入り細を穿っています。
 
 以上のような文法構造の分析とテクスト論的分析に、書き手としての平野さんの視点も加わって、とても中身の濃い本になっています。ついでに言うと平野さんが同時代の作家をどう思っているかということへの興味も満たしてくれる本なので、そういった意味でも読んでおいて損はない本ですね。
 
 最後に、本書の最大の注目ポイントは、やはり「あの平野啓一郎はケータイ小説をどう読むか?」です。
 
 ブーム自体はすでに一段落し、一時期の全否定ムードも落ち着いて、社会現象としてのケータイ小説を冷静に評価する環境ができつつあるように思いますが(たとえば石原千秋『ケータイ小説は文学か』(ちくまプリマー新書))、肯定的な論調はやはり少数派です。
 
 で、肝心の美嘉さんの『恋空』(スターツ出版)論の中身ですが、平野さんのブログでも予告されていたとおり、携帯電話や携帯メールの登場によって変化したコミュニケーションのあり方を読み取るという形で、これまでになく肯定的にその文学的意義を評価している上、綿矢りささんの『蹴りたい背中』(河出文庫)瀬戸内寂聴さんの『髪――「幻」』(新潮文庫)と読み比べることが提案されていたりと、かなり大胆な内容になっています。
 
 もしかして平野さんも瀬戸内寂聴さんのようにケータイ小説を書くのでしょうか? 平野さんの今後に注目です。

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作成者 平岡公彦 : 2009年3月23日(月) 21:24

ポストモダン文学入門――ポール・オースター『幽霊たち』を読む

 今回なにより私が平野啓一郎さんに感謝したいのは、ポール・オースター『幽霊たち』(新潮文庫)を紹介していただいたことです。
 
 もちろん著名な作家だということくらいは知っていたのですが、なぜかこれまでまったく縁がなく、手に取る機会がありませんでした。『小説の読み方 感想が語れる着眼点』(PHP新書)での平野さんの解説からはこの小説の魅力が十分に伝わってきましたから、読み終えてからすぐに購入しました。
 
 かんたんにあらすじを紹介しますと、私立探偵のブルーがホワイトという謎の人物からブラックという人物を監視するように依頼され、ホワイトが用意したアパートの一室からちょうど向かいにあるブラックの部屋を監視し続けるという話です。しかしいくら監視していてもブラックの日常にはなんら不審なところはなく、ブラックはだんだん自分の仕事に対する疑問を募らせていきます。
 
 この小説の見どころは、なんといっても自分が置かれた不可解な状況に耐えられなくなったブルーの思考がだんだんと常軌を逸していくところです。そこまでの心理の流れが非常にリアルに描かれていますから、読んでいてどんどん引き込まれます。
 
 たとえば、ブルーは変装してはじめて接触したブラックの印象を次のように振り返ります。


 話の内容自体は当面の事態と何も関係なかったにもかかわらず、実はブラックは終始、まさに当面の事態について語っていたのではないか。そうブルーは感じずにはいられない。ブルーに何かを伝えようとしたのだけれど、直接口に出すわけにもいかず、遠回しのたとえ話をした、そんな感じなのだ。ブラックは実に友好的だったし、この上なく気持ちよい態度でブルーに接してくれた。それでもなおブルーは、相手がはじめからこっちの意図に感づいていたのではないかという思いを捨て去ることができない。
(ポール・オースター『幽霊たち』柴田元幸訳 新潮文庫 1995年3月 p.85)


 モノローグはこれで終わりではなく、このあとも延々とブルーの自問自答は続き、さらに常軌を逸していきます。そしてついにはそれが行動にまで表れるようになっていくのですが、これ以上は直接小説に当たってみてください(ちなみに平野さんが紹介しているシーンはこれよりかなりあとの場面です)。
 
 カフカベケットに似ているという感想は訳者の柴田元幸先生が「訳者あとがき」で書いておられますので、もうちょっと気の利いたことを言うと(笑)、作中のブルーとブラックのやり取りはドストエフスキー『罪と罰』(新潮文庫など)のラスコーリニコフとポルフィーリイの対決を彷彿とさせますし、ストーリー全体の構造はファウルズ『魔術師』(河出文庫)によく似ています(特に後者とは直接的な影響関係を勘ぐりたくなります)。
 
 平野さんの解説によれば、この作品はポストモダン文学と目されているそうです。ファウルズの『魔術師』もそうですが、ストーリーを動かす事件の秘密になんらかの重大な意味が隠されているように思わせておいて肩透かしを食わせるところにこういうタイプの小説の共通点があるようです。
 
 もちろんこの事件自体の不可解さは私たちにさまざまな寓意的解釈を許します。ポストモダン的なテーマと関連づけるなら、「主体性とはなにか」、「他者とはなにか」といったテーマをこの作品から読み取ることは可能です。このほかにも読む人によっていくらでも異なったとらえ方ができるでしょう。
 
 本文自体は120ページ程度と非常に短い小説ですが、まだまだ汲み尽くせない魅力を秘めた作品です。ポストモダン文学入門として、たくさんの人にお薦めしたい一冊です。

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作成者 平岡公彦 : 2009年3月30日(月) 22:02

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