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Sunday, February 26, 2012
映画『私の叔父さん』に託さなければいけないモノ
今日は、前回までとは少しだけ趣を変えて『私の叔父さん』のティストを考えてみて頂ければと思います。
我々、映画人はよく「映画に成っている」、とか、「映画に成っているか? 」と云う会話をする。
その時の「映画」がどういう定義なのかは話し合ったことは無いが、その都度、話が成立しているところをみると大体同じような定義と概念ではあるのでしょう。
では、「映画」とは何か?
勿論、正解などないし、色々な仮説があるだろう。
その人が幼い頃から観て来た映画がどういう映画で、その中のどういう映画に感激し影響されたかによっても決まるだろう。
私は、昭和30年代の戦後映画黄金期に量産されてきた映画群を観て育ってきた世代。
映画製作配給会社が日活、松竹、東宝、大映、東映、更には新東宝、第二東映と在った時代。
絢爛豪華なオールスター時代劇もあれば、時代の先端を捉えた格好良いアクション映画もあった。
勿論、喜劇もメロドラマも歌謡物も文芸物も、時代の歪を問う問題作も、性に焦点を当て時代を切り取ろうという衝撃作もあった。
製作費も豊富にあっただろう。
現在の貨幣で換算すれば一本2億円〜5億円の製作費の物が大半ではなかったのか。
出演者の顔ぶれ、群衆シーンの有無、セット美術、ロケーション場所、クレーンを常用していた撮影方法などを見れば大凡見当がつく。
勿論、全てが傑作、名作と云うことは在り得ない。
中にはどうしようもない作品も在った。
昭和40年代に入ると産業としての映画は衰退を辿って行くのだが、「映画に成っている」ものは未だ未だあった。
これら数え切れない作品群の中で「映画に成っている」作品の共通のコアを強引に考えて見ると、【最高のモノ】が写っているかどうか、ではないかと思う。
或る脚本の下に集まってきたスタッフ、キャストの有限の製作費と時間の中で追求されたであろう【最高のモノ】。
ベター、ではない【最高のモノ】。
先ずは、【最高のモノ】があるかないかが「映画」か、そうでないかのボーダーラインだと思えてならない。
【最高のモノ】が幾つも有る作品もあれば、【最高のモノ】が無い作品も存在します。
そして、私が思うところの【最高のモノ】とは、出演者の方々の芝居の中に見出すことが多いようです。
芝居とは勿論、演技のこと。
ミーちゃん,ハーちゃんっぽく云うと素敵な表情をしているかどうか、だと思う。
素敵な仕草をしているかどうか、だと思う。
中でも、台詞がある無しに関らず映画の空間と時間の中に存在する役としての感情を、相手役との相対的関係性を、移り行く感情の変化を端的に表している表情、仕草、台詞回しに一番【最高のモノ】を感じてならないのです。
私が生涯のベストワン作品と標榜している『関の弥太ッぺ』(監督・山下耕作、主演・中村錦之助)と『乱れ雲』(成瀬巳喜男監督作品)にも、それ以外の多くの作品にもそれは存在しています。
間違って頂きたくないのは、潤沢な製作費と時間がある作品に【最高のモノ】が多く在って、貧弱な製作費と時間しかない作品に【最高のモノ】が少ないと云うことでもないのです。
さて、劇場公開長編映画としては6年ぶり、9本目の作品となる『私の叔父さん』(原作連城三紀彦、主演・高橋克典、寺島咲) は、「私が言うところの映画」に成っているかどうか?
勿論、最初のジャッジは、私がしました。
次のジャッジは皆さんにして頂きたいと思うのです。
「私の叔父さん」九州先行公開まで後、6日。
東京方面/大阪公開は4月7日(土)です。
作成者
映画の用心棒
: Sunday, February 26, 2012 15:15
Tuesday, February 21, 2012
出演者から観た映画『私の叔父さん』の感想
先日は、映画脚本家の映画評と云うものをお目にかけたが、今回は、出演俳優の感想をお目にかけよう。
俳優が、自分が出演している映画を観た時、どういう感想を持つか?
これは監督もそうなのだが、自分の演技のことや映りのことばかりが気になって中々、客観的には観えないようだ。
名優・役所広司さんでさえ拙作『シャブ極道』を最初に観た時は、殆ど出ずっぱりだったと云うこともあるが、客観的には観られなかったと話していた。
そう、そう云うものなのだ。
だから、自分の主演作品を観ないで通す俳優も偶に居るらしい。
逆に何回も観る俳優も。
今日、ここで紹介させて貰う草野康太君は、主人公・田原構治の親友役、宮本哲郎役を演じている。
その草野君がメールで送ってきてくれた感想は、出演シーンがそう多くないと云うこともあるが、かなり客観的に観ていることが判る。
勿論、本人の諒解を得て掲載させて貰うのだが、出演俳優による感想と言うものは滅多にお目にかかれるものではないので、篤と御覧じろ。
【 遅ればせながら、昨日、試写にて拝見してきました。
実は、ようやく試写の案内来まして、日程把握してなかったのもあったのですが…
冒頭の喫茶店のシーンから、自然と映画の中に引き込まれていき、
高橋さん、本読みの時よりずっとくだけてて、柔らかくて、チャーミングでとてもいいなぁと…
二人のシーンも、見つめる眼差しが優しいからか、ほのぼのと…
でも、その裏側の心模様がじんわりと…
とても同じ日、同じ場所で撮影していたとは思えませんでした。
鶴見さんの仕事ぶりを見つめている高橋さんのショット、これはとても印象的なシーンで、金子さんにも伝えたいですが、素晴らしかったです!
大好きなシーンです。。。
地味というのではなく、時間の流れがとても映画的というか、
暗闇の中でこそ見つめたい物語というか、
ずっとこういう映画を観たかったよなぁと、心底思わせてくれる映画で、
そういう映画に関われたことを誇りに思います。
だからこそ、その思いを持ちつつ、
これから様々な人に見てもらえるよう、僕もまた宣伝していきたいと思ってます!
写真も使ってもらえて嬉しかったです!
クレジットも、お心遣いありがとうございました。
ひとまず、
ご報告とお礼までに。。。
草野康太 】
流石に自分の演技のことには言及していないが、だからこそ、子役から修羅場を潜っているプロの俳優だと言える。
一回だけでは自分の演技の是非が分からないことを熟知しているのだろう。
併せて、草野君が自分のブログでも『私の叔父さん』について書いてくれた文章を読むと更に興味深いものがあります。
www.kusano-kouta.com
さあて、出演俳優、草野康太君の感想如何でしたか?
少しは、映画『私の叔父さん』のティストがお分り頂けたでしょうか?
何しろ、宣伝費が無い作品なので、こういう趣向で少しでも作品のことをお伝えしないと、
誰も映画『私の叔父さん』の存在すら知らないうちに公開が終わってしまうと言うことにも成りかねませんので。
さて、次の趣向はどうなるか?
お楽しみに。
作成者
映画の用心棒
: Friday, February 24, 2012 12:57
Friday, February 17, 2012
『私の叔父さん』企画書の中の門外不出の私の言葉
ここに掲載する私の文章は、2年半程前に『私の叔父さん』を製作体制にまで立ち上げる過程で書いた企画書の企画意図の部分です。
当然、昨年3月11日に起きた東日本大震災の前に書いたものです。
にも拘らず、
「この、希望が持ち難くなり、自信を失った満身創痍の現代日本に・・・」
と云う一文が出て来ている?!
そう、東日本大震災の前からこの国は、かなりヤバイ状態になっていたことを思い出そう。
その上に、更に大地震、津波、東電福島原発事故で満身創痍となっている今の日本。
今の現状で読んで貰った方が企画がすんなり通りやすかったかもしれない。
何れにしろ、書かれているような意図で企画した作品であることは間違いないのです。
ジックリとお読み下さい。
門外不出の文章です(笑)。
【 「愛」と「死」と「癒し」が大安売りされてる時代だと思う。
特に映画界における大安売りの仕方には目に余るものがある。
勿論、連城三紀彦氏の『私の叔父さん』も愛と死を題材としている。
しかし、切実な愛が持つ、全てを巻き込み禁忌さえ乗り越えていく圧倒的なエネルギーが品格を持って描かれ、私の心を打ち続けてくれる。
跋扈する凡百のバッタ物とは一線も二線も画し、読むものに上質なシルクのような「本物の癒し」を与え続けてくれている。
もっと言わせてもらえば、本物の愛が、人が人を思う心が緻密に、そして大胆に描かれており、幾度読み返しても、その度に心から涙が溢れ出てしまう稀有な作品なのだ。
助監督時代に一読し、映画化したい! と映画作家としての本能が騒ぎ始め今に至ることを告白しておく。
もとより、19年間に亘る作品を同一人物で映像で描く難しさは知っている。
しかし同時に、同一人物でなければ映画として成立しないことも知っている。
果たして、田原構治を演じられる俳優は存在するのか?
8年前、高橋克典氏と『竜二Forever』と云う作品で仕事をし、故・金子正次に成り切った俳優魂に触れ、彼ならできるかもしれないと直感した。
今年になって再会し、直感は確信となった。
今しかない。
ローバジェットでも自主製作でも良いから、今の高橋克典で『私の叔父さん』を撮りたいッ。
そして、「本物の愛とドラマ」によって「本当に人が癒される素晴らしさ」を現代日本にプレゼントしてやりたい、と切望するのである。
この、希望が持ち難くなり、自信を失った満身創痍の現代日本に・・・。 】
この気持ちは今も全く変わらない。
作品が完成した現在、この文章を読み返すと克典君に対する私の直感は外れていなかったと確信している。
補足ながら、この企画意図を書いた時点では、他の配役は誰も決まっていませんでした。
作成者
映画の用心棒
: Sunday, February 19, 2012 01:01
Friday, February 10, 2012
『私の叔父さん』或る映画評
ひさしぶりに感想らしい感想を読ませて貰らった。
クリエイターの感想とはかくありたいもの。
拙作『燃ゆるとき』や『金融腐蝕列島 呪縛』の脚本家で知られる鈴木智さんの映画『私の叔父さん』に対する感想文に感激!!
長短併せて作品の本質を掴み取り、誉める処は誉め、正す処は改善策を開陳しながら正す。
これこそが実作者でしかなし得ない映画評!
今、創り手に求められているのは、こういう姿勢なのです。
以下、御本人の許諾を得て全文を掲載します。
【 感想はこちらも一応、脚本のプロを任ずるものとして率直に言わせて頂くと、前半は少し退屈でした。
ヒロインに魅力的な奥行きが感じられず、ミステリアスに見えないのは、ちょっとしゃべりすぎのせいではないかと。
密室の濃厚な空気感も希薄に思えキャメラも客観の位置が多用されていましたがもっと高橋君の主観に入り込んだ描写のほうがスリルがあったのではと思えました。
僕は谷崎などは好きな方なのですが細野さんはあまり禁忌的なエロスには興味がないのではないかと疑念を抱き、どうして細野さんはこの素材を選んだのかなどと疑問に煩悶していたところ、
ヒロインが部屋を出て田舎に帰るところの後姿からいきなりエモーションが沸き立ち写真でやられました。
監督がこれを選んだわけも氷解したわけです。
お話しした通り、あそこから感動してしまったわけです。
あの急転するクライマックス感は細野映画らしいものでした。
でもそれだけに前半はもう一つエンタメとしてなんらかの罠をしかけて頂きたかったうらみは残ります。
これは好みかも知れませんが、ああいうラストなら最初はもう一人の姪との暮らす部屋から入るべきではなかったのか。
そこに愛の視線と罪の意識、関係性がないと最後結婚するという事にファンタジーを超えた説得力が足りないのではと。
そこに目の前にいる彼女への愛は感じられませんでした。
また、完成した映画では赤ん坊が高橋君の子どもではないことが
最初から明白ですが、サスペンスとしてもしやと思わせ、観客に危険なダメ男に見せて引っ張る手もあったのでは?
さらに彼女が高橋君の子どもなのでは? という謎も活用出来たのでは?
一緒に暮らして挑発しているのに襲って来ないのは「たぶん自分が本当の子どもだから」と思い込むとか。
過去よりも常に現在の方が大事だと思うので、狂言を言っている彼女の視点で謎解き風に真相を探って行く手もあったように思えました。
タイトルの「私の叔父さん」は完成作ではお母さん側のセリフなのでしょうが娘側に近づけて「私の叔父さん」の謎という風に重層的な響きを盛るのも面白かったのではと。
そんなこんなホンヤとしては色々な技巧が思い浮かぶとてもそそる素材でした。
おそらくサスペンスは拒否なさったのだとは思います。
ストレートな作風で感動させてしまえば勝ちですね。
ということで限られた条件の中でのご苦労も顧みず、勝手な事を言わせて頂きましたが、参りました。
鶴見君もよかったし高橋君も魅力的に見えました。
充分感動作になっているのでは?
初心貫徹、お見事です。
本音を言えば参加したかったです。
お疲れ様でした。
また近々一杯。
いつでもお電話ください。
鈴木 智
iPhoneから送信 】
鈴木智さんは、『燃ゆるとき』(原作・高杉良、主演・中井貴一、鹿賀丈史)と云う大作での謂わば「戦友」。
勿論、この感想を全て是とする訳ではないが、何より、映画全般に対する、と言うより創作全般に対する愛情のようなものが感じられるところが素敵なのだ。
兎に角、今日はこの文章に出逢え気持ちが良い。
PS:映画『私の叔父さん』のTwitter公式アカウントが出来ました。
@watashinoojisan
『私の叔父さん』オフィシャルサイト
http://www.watashino-ojisan.net/
作成者
映画の用心棒
: Friday, February 17, 2012 16:52
Monday, February 6, 2012
新作『私の叔父さん』のこと
私たちは日常生活で大小取り混ぜて嘘を吐いて生きている。
正に嘘も方便であり、嘘を吐かずには生きていけないかも知れない。
『私の叔父さん』の主人公も亦、自分に嘘を吐く。
世間体のために、秩序の為に、モラルの為に、保身の為に、そして愛する姪の為に自分に嘘を吐き、真実の愛を嘘にしてしまう。
と記したように、初めて原作を読んだ時には彼の嘘が主に世間体の為だと思っていたようだ。
ご存知のように近親相姦は、不義密通と同様に封建社会を揺るがす絶対的タブーであり、有史以来、大衆はモラルコントロールされ続けて来た。
勿論、私の中にも天皇制と同じように極自然にそのモラル感は植え付けられている。
そしてこの無頼を気取りたがっている主人公も亦、このモラルにがんじ絡めになって結局、真実の愛を封印し、20年後に姪孫に挑発され自分の為に封印を解くことになる。
しかも、今度も自分に嘘を吐いて、封印を解く。
しかし、真実の愛を取り戻した訳では無いのではないか?
では、彼が取り戻したものとは?
作品を完成させて3ヶ月余、未だにそんなことを考えている私です。
この項、続く。
作成者
映画の用心棒
: Monday, February 6, 2012 00:27
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