Friday, February 10, 2012
『私の叔父さん』或る映画評
ひさしぶりに感想らしい感想を読ませて貰らった。
クリエイターの感想とはかくありたいもの。
拙作『燃ゆるとき』や『金融腐蝕列島 呪縛』の脚本家で知られる鈴木智さんの映画『私の叔父さん』に対する感想文に感激!!
長短併せて作品の本質を掴み取り、誉める処は誉め、正す処は改善策を開陳しながら正す。
これこそが実作者でしかなし得ない映画評!
今、創り手に求められているのは、こういう姿勢なのです。
以下、御本人の許諾を得て全文を掲載します。
【 感想はこちらも一応、脚本のプロを任ずるものとして率直に言わせて頂くと、前半は少し退屈でした。
ヒロインに魅力的な奥行きが感じられず、ミステリアスに見えないのは、ちょっとしゃべりすぎのせいではないかと。
密室の濃厚な空気感も希薄に思えキャメラも客観の位置が多用されていましたがもっと高橋君の主観に入り込んだ描写のほうがスリルがあったのではと思えました。
僕は谷崎などは好きな方なのですが細野さんはあまり禁忌的なエロスには興味がないのではないかと疑念を抱き、どうして細野さんはこの素材を選んだのかなどと疑問に煩悶していたところ、
ヒロインが部屋を出て田舎に帰るところの後姿からいきなりエモーションが沸き立ち写真でやられました。
監督がこれを選んだわけも氷解したわけです。
お話しした通り、あそこから感動してしまったわけです。
あの急転するクライマックス感は細野映画らしいものでした。
でもそれだけに前半はもう一つエンタメとしてなんらかの罠をしかけて頂きたかったうらみは残ります。
これは好みかも知れませんが、ああいうラストなら最初はもう一人の姪との暮らす部屋から入るべきではなかったのか。
そこに愛の視線と罪の意識、関係性がないと最後結婚するという事にファンタジーを超えた説得力が足りないのではと。
そこに目の前にいる彼女への愛は感じられませんでした。
また、完成した映画では赤ん坊が高橋君の子どもではないことが
最初から明白ですが、サスペンスとしてもしやと思わせ、観客に危険なダメ男に見せて引っ張る手もあったのでは?
さらに彼女が高橋君の子どもなのでは? という謎も活用出来たのでは?
一緒に暮らして挑発しているのに襲って来ないのは「たぶん自分が本当の子どもだから」と思い込むとか。
過去よりも常に現在の方が大事だと思うので、狂言を言っている彼女の視点で謎解き風に真相を探って行く手もあったように思えました。
タイトルの「私の叔父さん」は完成作ではお母さん側のセリフなのでしょうが娘側に近づけて「私の叔父さん」の謎という風に重層的な響きを盛るのも面白かったのではと。
そんなこんなホンヤとしては色々な技巧が思い浮かぶとてもそそる素材でした。
おそらくサスペンスは拒否なさったのだとは思います。
ストレートな作風で感動させてしまえば勝ちですね。
ということで限られた条件の中でのご苦労も顧みず、勝手な事を言わせて頂きましたが、参りました。
鶴見君もよかったし高橋君も魅力的に見えました。
充分感動作になっているのでは?
初心貫徹、お見事です。
本音を言えば参加したかったです。
お疲れ様でした。
また近々一杯。
いつでもお電話ください。
鈴木 智
iPhoneから送信 】
鈴木智さんは、『燃ゆるとき』(原作・高杉良、主演・中井貴一、鹿賀丈史)と云う大作での謂わば「戦友」。
勿論、この感想を全て是とする訳ではないが、何より、映画全般に対する、と言うより創作全般に対する愛情のようなものが感じられるところが素敵なのだ。
兎に角、今日はこの文章に出逢え気持ちが良い。
PS:映画『私の叔父さん』のTwitter公式アカウントが出来ました。
@watashinoojisan
『私の叔父さん』オフィシャルサイト
http://www.watashino-ojisan.net/

