2006年4月
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祝 ムー兄さんに長男誕生!の巻
詳細は不明ですがムー兄さんに男の子)悠人君が生れました。
おめでとうございます。
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小曽根さんが指導に当たる「オゾネミュ−ジックスクール・西神中央教室」は何人ものプロを輩出してきた名門であると同時に、年齢も職業もさまざまな老若男女の生徒達が集う、大変ユニークな教室でもある。 別名「小曽根一門」。ここで小曽根さんは「師匠」、妻の嘉代子さんは「おかみさん」と呼ばれている。生徒達はそれぞれ「弟子名」を持ち、一番弟子から九十四番弟子(二〇〇六年三月現在の通算)まで、入門が一日でも早い順に兄弟子となる。中学生でも、はるか年上の弟弟子から「にいさん」と呼ばれることもあるという。
その呼び名と同様、一門には、まるで相撲界か落語界のような家庭的な温かさとその道を極めようとする人たちの真剣さがある。弟子の中には、朝から師匠宅にやってきて、食事の支度や今では十八歳と十五歳になった子どもたちの子守を任され、家庭同様に過ごしながら、「芸」を身に着けた者もいるという。
師匠の小曽根さんは、ジャズ界の大御所、ジャズピアニストの小曽根実さんの次男。兄の真さんも、世界を舞台に活躍するジャズピアニストだ。生れた時からジャズが流れる環境で育ったが、中学校までは剣道部に所属し、音楽とはあまり縁のない生活を送っていた。目覚めたきっかけは、神戸市内の私立高校に入学して間もない頃、学校の階段でサックスを演奏していた先輩が「めちゃめちゃかっこよかったから」。その姿と音に魅せられ、吹奏楽部に入部。やがてこの部をジャズバンドに変え、サックスプレイヤーとしての道を歩み始めた。高校卒業後は米国・ボストンのバークリー音楽大学へ留学。本場のジャズを学んで一九八五年に帰国し、プロとしての活動をスタートした。
小曽根さんのもとに、最初に飛び込んできた弟子は、高校の吹奏楽部の後輩。以来、ライブを聴いて、また口コミで、次々に弟子は増え、現在に至っている。
(つづく)
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プロを目指す人にも、趣味で演奏したい人にも、師匠が常に言うのは、「楽しめ」ということ。音楽という字は「楽」と書くように、楽しんでこそ音楽というのがポリシーだ。年に一度行われる一門コンサートでは、弟子たちは、笑いを取れる「ネタ」を一つ披露してから演奏に臨む。緊張を笑いでほぐした後は、リラックスして演奏を楽しめるというのが、師匠の狙いだ。工夫を凝らしたネタと、真剣な演奏で、毎回コンサートはおおいに盛り上がる。
音楽だけでなく、何事も楽しんでやるのが師匠流。その遊び心を受け継いだ弟子たちが考えて、一門では、種々の宴会、師匠の趣味であるバスフィッシング大会、ボーリング大会など、さまざまなイベントが行われる。こうしたイベントを通して師匠と弟子、弟子同士の絆は深まり、これがまた一門の大きな魅力に。転居で神戸を離れても、遠く石川県からレッスンを受けにやってくる弟子もいるという。
これまで多くの弟子たちを指導し、共に過ごす中で、自身も多くを学んだ。「今後は、今まで教えながら培ってきたものを、演奏活動にいかしたい。作曲も手がけていきたい」と話す。
四月二十一日には、父の実さんや仲間とともに、客船・コンチェルトで行われる「神戸ジャズボート」に出演予定。さまざまな経験から身についた人間的な深みは、テクニックだけでは出せない豊な音色となって、聴く人の心に響くに違いない。(以上)
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