2009/4/21 (火)
馴れると退化する?
最近コンポジットをしていて、「昔のワークフローの方が洗練してたなぁ」と感じる事があります。レイアウト、作画段階の仕込みにしても、基本的なコンポジションの組み方にしても、3Dリソースの扱いにしても、10年前とはいかないまでも5年前のほうが計画も準備も周到でした。人間はどうも馴れると傲る‥‥のか、野方図で場当たり的で無駄の多い方向に流れるような気がします。
例えばコンピュータの使い方にしても、マシンの性能が飛躍的に向上したからといって無尽蔵にリソースがある訳ではなく、何かしらの限界はいつも存在します。限界を肌身で感じていなくても、無駄な仕込みと無駄な組み方は、当然の結果として、無駄なレンダリング時間を浪費します。最近作業したカットでは、素材で7GBもの容量があったカットを、ごくごく普通に整理整頓した結果、0.5GB以下に抑える事ができました。もちろん、レンダリング時間も劇的に短縮できました。
なんか‥‥マシンの性能がアップする事によって、作業者のスキルが反比例して低くなっているんじゃないか‥‥とすら思います。工夫する事を忘れてしまったのか。
バイクなどにはよくある話ですが、ネジなどのパーツは組み立ての段階では強く(というか、適正トルクで)締め付けますが、やがて緩んできて故障・機能障害の原因になったりします。‥‥ので、「増し締め」をおこない機能を保つ訳です。
まあ、作品制作・現場作りも同じ‥‥です。増し締めは必要ですネ。
昔体験した「大変だった事」に対して、「めんどくさいから、もうやらない」となるのか、「より効率化・コンパクト化して洗練させる」のか、人それぞれだとは思いますが、私としては、退化して競争力を失い淘汰される側になるのはイヤなので、都合、後者の選択になります。
映像表現にしても、作業フローにしても、「馴れて、ぬるくなって、結果、退化する」様な状態に陥ったら、‥‥まあ、先はあまり明るく無いよね‥‥と普通に考えます。今の様な時代において、立ち止まったり退歩したりするのは、数年先の自分たちの未来に大きな悪影響をおよぼしかねない‥‥と思っています。これはもう、25年の業界経験の実感として、です。

