好延の日記

徒然なるままに

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2012年5月25日(金)

詩心とは

“くもりガラスを手で拭いて
 あなた明日が
  見えますか・・・・”

後に続く文句はどうでも良いが、これだけを捉えてこの詩は凄い!と感心してしまった。これぞプロの詩人かと思った次第である。

ところで、最近といってもここ2年ほど前から、リハビリ、ボケ防止などを兼ねて昔のなつかしの歌をユーチューブなどから聞いたりして、歌詞も音程も正確に歌えるように努力しているが、なかなか上手く行かない。一番が上手く歌えても2番以下に歌詞が変わったりするととたんに音程が狂ってしまったり・・・それでもこの頃ようやく「惜別の歌」「琵琶湖周航の歌」「坊がつる讃歌」「四季の歌」などの歌詞及びメロディーをある程度正確に歌えることができるようになった。ひとり車運転中の時以外は、近所迷惑を憚って思い切り声を出して歌えないのが残念である。


写真は天竜区春野にて

作成者 好延 : 2012年5月25日(金) 12:12 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012年5月23日(水)

植物の成長力

先日小一の孫と遊び、子供は日に日に成長するものであると実感したが、わが菜園の雑草もこのところ相当なものである。取れども取れども次から次から生えてくるし、ほっとけばあっという間に一面雑草だらけになってしまう。
そんな中で今年も桑が実をつけた。たくさんの実をつけている。更に今年は1本だけでなく他に3本の桑もたくさんの実をつけている。昨日あたりは赤紫色になり始めており、もう少しで完熟となりそうである。子供の頃、この赤紫色が食べ頃と思い食べ「桑のみなんて食えたものじゃない」とトラウマのような苦い記憶だけが残っていて2年ほど前までは食したことがなかった。
それをインターネットで調べたところ、その赤紫色の実になってからさらに、青色に変色した時が食べ頃であることを知った。その実の変身は当初の桑のみとは思えないような変り様であるから、小生の子供の頃の経験のように、小鳥たちもこれには気が付かないかのようで、食べられているような形跡が無い。だから、ブルーベリーなどと違ってアミなどでサポートする必要がないから気楽である。実は直接口にしても良し、ジャムにしても良しである。

インターネットではついでに桑茶の作り方も教えられ、桑のみが終われば今度は桑茶を作る予定である。

写真は浜松祭りより

作成者 好延 : 2012年5月23日(水) 10:45 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012年5月12日(土)

成長力

五月の連休、息子家族が孫息子を連れて遠路遊びに来た。並みよりも小さくて言葉もおぼつかない子だと心配していたが、今回来た時は2年ほど前にあった時のイメージを全く変えていたことには驚きであった。背丈は相変わらず小さかったが、言うことやることがこれまでと違っていた。殊に楽器店に入った時にいきなり両手でピアノを引き出した。「ペルシャの市場」だと言う。ピアノ教師の母親の教えだそうであるが、6歳の子がこうも器用に指を動かせるものかと実の孫ながら驚きであった。将来何になりたいと聞くと「ピアニスト」と言い切る。思えば、私が小学校に入学した昭和24年には小学校にはピアノが無くオルガンしかなかった時代からすれば世の中の変遷は隔世の観である。
そうは云っても子供は子供である。浜松まつりで屋台を曳かせれば、夜遅くいつまでも曳いていたいと愚図り、名古屋の鉄道博物館では「車掌」のまねをして見せたりしていた。はたまた、虫かごを与えれば家の近くの草むらの中でまだ小さなバッタの子を目聡く見つけては直接指で捕まえていた。
5日ほどの滞在期間であったが、孫は何つけても興味を持った様で、「アソバセガイ」のある子であり、一般的に子供は皆そうであろうが、日進月歩の成長を遂げているようで、頼もしくもあり、羨ましくも感ずるほどであった。

写真は浜松祭り(地元有線TV中継放送より)

作成者 好延 : 2012年5月13日(日) 07:19 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]

2012年5月6日(日)

浜松祭り

5月3日久しぶりに浜松祭りを見学した。凧揚げは早朝まで雨が降っていたので、各町自由参加ということで30町ほどの凧しか揚っていなかったが、それでも凧揚げ祭りの雰囲気は十分に感じられた。残念ながら、て組の凧はこの日は参加していなかった。
夜の屋台は義理の兄嫁の計らいで息子家族共々全員ハッピを着せられ、てんま組の屋台の引き回しに参加した。さらに初子の宅でのねりにも、息子家族は参加、それを小生は初めて見学させてもらった。小一の孫は浜松祭りが大変気に入ったらしく、なかなかその場を去ろうとしなく親を困らせた。

4日と5日の浜松祭りは地元ケーブルテレビにて屋台引き回しの実況放送があり、鍛治町の山田さんという老人が各町の屋台のいわれ等を解説していて、それを聞きながらじっと見入って過ごした。それにしても浜松の屋台は昭和30年前後に造られたものが多く、どれも立派なものが多いな!



写真はくんまの里(浜松市天竜区熊)脇を流れる阿多古川

作成者 好延 : 2012年5月6日(日) 22:08 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]
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