2007年8月9日(木)
あこがれのペトラは、、、
何年もまえのことですが、ペトラについてTVで放送されたのをたまたま見ました。砂漠の民が岩をくりぬいて作った神殿エルハズネ。 その時のナレーションがよかったのか、エルハズネの神秘的な姿と歴史にすっかり魅了されて、なんとしても見てみたいと思っていた願いが叶いました。 私って本当にラッキーです! ペトラはワディー ムーサという小さい町から行きます。 ワディー ムーサへはアカバからヨルダンの人たちが使うバス(日本のマイクロバスです。)に乗って行きました。 このバスは満員にならないと出発しないので2時間ちかくもアカバのバス停で待ちました。 そして言葉がぜんぜん通じませんでした。
宿泊したホテル(Movenpick Resort, Petra)からは2分ほどで入場券の売り場に到着。ここから500M、埃っぽい炎天下の砂利道を進むとシーク(Siq)と呼ばれる巨大な岩の裂け目を抜ける道が1200M続きます。シークの中は灼熱地獄ということもなく、両側の切立った砂岩は色や形を変え、また大昔の素焼きの土管を埋めた水路なども見えて飽きません。 シークのカーブを曲がるたびに神殿はまだか、まだかと期待が高まります。そしてシークが終わり神殿(エルハズネ)が目の前現れます。 正直なところ、期待があまりにも大きすぎて、、、あまり神秘的には見えず、埃っぽい、なんかぼやけた神殿に見えてしまいました。 このエルハズネ、Indy Jonesに出てきた時はそれはそれは素敵でしたよ。 映画の撮影では照明などもプロ中のプロが最高の技術で臨むのでしょうから、実物よりよく映るのでしょうね。 それからペトラではらくだの糞、馬の糞、ろばの糞が当たり前ですが、路上に落ち、すぐ乾いて、風に舞うので、慣れない者にはつらかったです。 らくだ、馬、ろばなどに乗れという客引きもうっとうしかったです。 翌日行った奥の院(私がかってにそう呼んでいます。)エド ディルは炎天下、岩山を登ること約2時間、いよいよ救急車かと思えるほどフラフラになりましたが、その分、達成感が重なり感動も格別でした。
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みゆき
: 2007年8月10日(金) 01:25
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2007年8月2日(木)
中東の旅 (6月1日ー6月29日) パルミラ
パルミラはTVの番組でよく取り上げられる歴史的遺産です。 ダマスカスからバスで3時間ぐらいでパルミラ遺跡のある町に着きます。到着地点(バス停)から遺跡まで、あるいはホテルまではタクシーに乗ることになります。 場所に不慣れな事、アラビア語が出来ない事、そして40度はありそうな暑さの三重苦のため歩いて目的地に着く事は不可能に近いと分かってきます。 シリヤもヨルダンもタクシー運転手はなかなか手ごわいです。 片言の英語で客の予定を探り、観光地巡りのプランを提案してきます。 もちろん料金はだいぶ高めになっているはずです。 しかしこちらは暑さと乾きで頭フラフラ。 細かい交渉も値切るのも面倒になってきます。
さて、パルミラでは広大な遺跡のなかにあるゼノビアホテルに2泊しました。 アガサ クリスティーが泊まったとして有名なホテルです。 このホテルは去年投宿した人の話によると、古くて不潔な感じがしたそうですが、その後改修工事を経て、6月に泊まった時はこぎれいなホテルに変わっていました。 改修後も現代的というよりこじんまりとして古きよき時代を感じさせる雰囲気が保たれています。 このホテルのテラスに座り食事を注文し、お茶を飲んでくつろぎながら遺跡に目をやると遠い歴史の続きにいる自分が特別にラッキーなのだと感じてしまいます。 不思議な感動におそわれます。
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みゆき
: 2007年8月3日(金) 00:31
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中東の旅 (6月1日ー6月29日) ダマスカス
シリアの首都ダマスカスは思いのほか住みやすい町でした。
空港はインターナショナルとは名ばかりで、小さくて、窓ガラスは汚いし、建物全体も薄汚れています。 建物を出るとむちゃくちゃ暑いし、排ガス規制のない町の独特の臭いがあり、喉が痛くなりそうで、これはまずい所へ来てしまったというのが第一印象でした。 しかし宿を提供してくださるOさんの市内のお住まいは日本のマンションというより、西欧の古いアパルトマンと呼ぶにふさわしく、女性ファション誌でパリの下町に住むなんていう記事に出てきそうな雰囲気があって感動でした。 Oさんのお話に拠りますと国境を接しているイラクから100万単位で人々が流入して来ていてそのため物価は上がり、ここ1年でずいぶん物騒になったという事です。 一般人の月収は2万円ぐらいで、理想的には国営工場などで働き(賃金は安い)、スローライフをよしとする国民性だそうです。給料のよい外資系の会社は仕事がきついので嫌がる人もいるらしいです。シリヤでは英語があまり通じません。 交通標識をふくめ、英語でのサインが少ないのでバスの切符を買ったりする時困りました。
ダマスカス市の周りは乾燥した大地が広がっています。 この市の水道水は湧水を利用しているそうですが、いったいどこにそんな湧き水があるのか不思議でした。社会主義の国とはいえ市場はとても活気があり商品や作物(野菜や果物)も豊富で新鮮でした。 上から下まで真っ黒な衣装を身につけている人もいれば、スカーフだけしっかりかぶって普通の服装の人もいます。 またスカーフをしていない人はキリスト教徒だそうです。上から下まで真っ黒の衣装をつけて、スークの下着のお店で(売り手は男でお店の飾りつけは超派手)ベリーダンサーが着るような下着を選んだりしている人を見ると外で地味な分、家の中では刺激的な格好もありなのかとひとり想像して苦笑してしまいました。
日本のJICAが砂漠の緑化や下水道の整備など色々な分野に取り組んでいてその働きが一般に知られているらしく日本人には好意的でした。
作成者
みゆき
: 2007年8月2日(木) 23:34
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