小林華弥子(こばやし かやこ)のブログ日記

小林華弥子(こばやし かやこ)の由布市議会議員としての活動、
ゆふいんのまちづくり活動、日々のデキゴト、想いをつづった雑日記。
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2012年1月10日(火)

【その1】ナショナルミニマムとどう向き合うか。〜国保の都道府県集約化〜

一昨日の毎日新聞にこんな記事が出ていました。
国保料:15年度から県単位集約 市区町村の格差縮小−−政府方針
http://www.mainichi.jp/select/seiji/news/20120108ddm002010131000c.html?inb=yt

政府が2015年から国民健康保険の医療費を都道府県単位で集約する方針…との記事です。

国保会計は、いま全国どこの自治体も大変厳しい状況にあります。
とくに地方の過疎化高齢化が進んでいる小規模自治体では、実質赤字会計です。
由布市も例外ではありません。
しかし由布市では合併以来、極力市民の負担を増やさない事を基本に、
国保税の値上げは控えてきました。
由布市は大分県内では、姫島村に次いで2番目に国保税が安かったのです。
そうすると、どうしても国保会計の赤字分を一般会計から補わなければなりません。
そこで由布市では毎年、一般会計から国保特別会計に多額の繰り入れをして
赤字分を補填してきました。
しかし国の方針では、一般会計から特別会計への繰り入れをさせない方向で
指導してきています。
一般会計から赤字分を補填できなくなると、それではどうしたらいいのか…。
結局は、国保税を値上げするしか方法はありません。
そこで由布市でも昨年の3月議会で、やむなく国保税を値上げせざるを得ませんでした。
(※詳しくは、「小林かやこ議員だより」58号をご参照下さい。)

さてそんな中、ここにきて国はこの国保の医療費を都道府県単位で集約化する方向だ、
というのです。これはどういう意味なのでしょう??
この記事にも書いてあるとおり、同じ県内の市町村でも、
国民健康保険の税金や医療費はそれぞれマチマチです。
高齢化が進んで医療費がかさんでいる市町村や、或いは高額の医療費がかかる医療機関や
患者が多い市町村などでは、国保の医療費がかさみ、
それだけ国保会計の負担が大きくなっています。
その負担を市町村によっては、一般会計から補填しているところや、
或いは国保税を値上げして賄っているところなど、それぞれ違うのです。

それをこの記事にあるように都道府県単位で医療費の負担を集約して、
県内の市町村が共同で全体の医療費を負担するとなると、これまで医療費がかさんでいた
市町村は負担が軽くなる一方、これまで医療費があまりかからなかった市町村は、
他の県内自治体の医療費分まで負担しなければならなくなります。
自分の市や町にとって、どちらが得なのか…という計算が働くことになるでしょう。

(→【その2】へつづく)

作成者 小林華弥子 : 2012年1月10日(火) 14:57 [ コメント : 0]

【その2】ナショナルミニマムとどう向き合うか。〜国保の都道府県集約化〜

→【その1】からの続きです。

しかし、私は自分の市にとって損か得か…といった観点でこの問題を考えるのではなく、
もっと基本的な視点から考える必要があると思っています。
それは、ナショナルミニマムをどう考えるか、という事です。
本来、国民健康保険というものは、憲法25条で定められている国民の最低限の健康で
文化的な生活を保障するという責任のもと、国が国民皆保険制度として始めたものです。
つまり、これは市町村や都道府県といった地方自治体がすべき事ではなく、
国が国民の健康を保障する責任として国の責任ですべき事なのです。
これがナショナルミニマムなのです。
ですからこの制度が始まった当初は、かかる費用のうち5割は国が担ってきました。

しかし、年々と国の財政が悪化するにつれ、国は自分の負担割合を下げてきており、
いまや5割どころか、国の負担は25%にまで引き下げられています。
それでは、国が負担してくれなくなった分は誰が負担するのでしょう?
当然、市町村などの地方自治体が負担せざるを得ません。
しかし、市町村だって財政が厳しい事には変わりがありません。
そうなると、結局は国民が支払う国保税を値上げせざるを得ないのです。

この悪循環を断ち切るためにも、国保会計の在り方を根本から見直す事は必須です。
しかし、それを都道府県単位で集約化してしまう事に、私はいくつかの懸念を感じます。
まず、個々の自治体がどれだけ自己負担を担っていたか、が見えにくくなってしまいます。
そして、自治体同士で負担を押し付け合うことになってしまうことになります。

さらに、医療費の負担を軽減するためには、各自治体では個々の事情にあわせた
予防医療の取り組みが重要です。つまり、健康増進をはかって、なるべく病院に
かからないようにすること、その取り組みはそれぞれの自治体が知恵を絞って
すすめていく事です。
しかし、医療費の負担が県全体で平均化されてしまうと、
自分の町の医療費が高騰しても他の県内自治体がみんなで負担してくれるから…といった
意識が働き、自らで医療費をおさえようという努力がされにくくなってしまいます。
そして、一生懸命医療費を抑える努力をしている自治体は馬鹿を見る…ということにも
なりかねません。

それから、いま市町村では、それぞれ市民に課する国保税の額と自治体が負担する分とを
睨みながら、なるべく市民税の負担は抑えようとそれぞれ努力しています。
その考え方、やり方は市町村それぞれ違います。
最初に説明した様に、由布市では市民の負担は極力抑える事を第一にして、
その分、赤字分は市の一般会計が負担してきています。
そういった、市が負担すべきか、国保税を値上げして市民が負担すべきかといった事に
ついて、それぞれの市町村の独自の考え方が、都道府県で集約化してしまったら
通用しなくなり、都道府県内で一律になってしまいます。

繰り返しになりますが、本来はナショナルミニマムなのですから、
市町村が独自で判断して制度維持・赤字負担するのではなく、
国が責任をもって負担するべきです。
それをしないでおいて、市町村それぞれでは赤字負担が限界に来ているから、
じゃあこんどは、都道府県単位で赤字分をガラガラポンして,お互いの負担分は
みんなで一緒に担い合いなさい、などというのは全く話の順番が違うのではないか、
と思うのです。全く無責任な話です。

国はナショナルミニマムを放棄して、国民の健康にはもう責任が持てない、
だからそれぞれ都道府県や市町村がそれぞれの住民の健康は面倒見てくれ、
というのでしょうか。
地方分権の時代なのだから、市民の健康や医療といった分野ももう地方が責任を持て、
ナショナルミニマムからシビルミニマムへ…という流れなのでしょうか?
私は、基本的に医療と教育といった分野はシビルミニマム化すべきではないと
考えています。憲法25条の責任を国は堅持すべきだと考えます。

しかしそれでもあえて、仮説として国民健康保険を市民(或いは県民)健康保険として
シビルミニマム化させるなどという極論に立った場合、
それならますます都道府県単位で集約化するのではなく、
それぞれの市町村がそれぞれの市民、町民、村民の事情にあわせて、
それぞれの自治体の中でどうやって保険制度を作り、
だれがどう赤字分を負担していくのかを決められる様にすべきでしょう。

いずれにしても、今回の国保医療費の都道府県集約化という方針が、
こういったナショナルミニマムをどう考えるのかといった基本的な姿勢から考えられた
上で出されたものとは思えない事に、一番問題を感じます。

そして地方自治体側も、国の態度を待っているだけではなく、
自らシビルミニマムとして自立的に市民の健康に責任を担う覚悟があるのか、
或いはナショナルミニマムとして国が責任を堅持すべきだと国に対峙するのか、
どこに立脚点を置いてこの問題に向き合うのかが問われるのだと思います。

作成者 小林華弥子 : 2012年1月10日(火) 14:53 [ コメント : 0]