2012年2月10日(金)
反対の声をあげ続けること
毎日、寒いですね〜。
今日は少し寒さも緩んだかなあと思っていたら、一転して午後から雪模様でした。
今日から日出生台(ひじゅうだい)演習場で
在沖縄米軍海兵隊の実弾射撃訓練が始まりました。
「癒しの里」由布院の町に隣接する、西日本最大規模のこの演習場に、
「沖縄の痛みを分かち合う」という名目の下、
地元の住民をはじめ多くの住民、そして湯布院町や近隣町村だけでなく大分県も
こぞって反対していたにも関らず、「国の責任でやらせていただく」という
言葉とともに無理矢理強硬に持ち込まれて来た米軍演習です。
99年から始まり、今年で9回目となりました。
当初の事前の約束は次々と破られ、沖縄では行なわれていなかった演習まで持ち込まれ、
その実態は年々なし崩し的に拡大してきています。
いまこのブログを書いている最中にも、当初はしていなかった夜間訓練の砲弾の音が
ドーン,ドーンと響いてきます。
米軍演習に反対する地元の住民グループの方々は演習場を見下ろす高台に
監視小屋を独自で設置し、演習を監視しています。
彼らの詳しい活動の報告は下記ページをご参照下さい。
http://ameblo.jp/localnet/
また旧湯布院町議会では、この米軍演習が持ち込まれた当時、
議会内に「日出生台演習場対策特別委員会」を作って、町民・住民の安全対策を協議、
そして米軍演習が恒常化する事のないよう縮小・廃止を求めてきました。
合併後もこの特別委員会は、新市議会の中にそのまま設置されており、
旧湯布院町出身の議員が全員で特別委員会に所属しています。
私も委員に入っています。
いま、この特別委員会に旧湯布院町出身の議員だけではなく、
合併した挾間町・庄内町出身の議員もメンバーとして入れるべきだ、
という意見が出て、議会で議論になっています。
しかし、他の地域の議員を入れるか入れないかの前に、
議員たちの意見を聞いていると、
この特別委員会の活動目的や意味合いが段々とズレて来ている感じがします。
「米軍演習に反対反対というだけではなくて、特別委員会は
湯布院町にある自衛隊駐屯地や防衛省やとのパイプ作りをして、
防衛予算をもらってくる折衝をする委員会にすればいいんだ」…などという
意見が出てきました。
しかも「米軍演習にあんまり反対したら予算が削られるから黙っていろ」
などという事を平気で言う議員すらいます。
由布市に防衛交付金やSACO予算が入って来るのは、
危険と隣り合わせの戦争の演習をする組織や団体を受け入れている事に対する
「迷惑料」の様な物です。
それを、お貰い根性丸出しで、お金欲しさに市民・住民の安全を犠牲にしてまで
米軍演習反対を言えなくなって来ている…。
まるで「原発交付金」と全く同じ構図です。
お金欲しさに米軍演習を認めるのか…。
99年当時の町を挙げての反対運動を忘れてしまったのでしょうか。
演習の恒常化はもとより、こういう事に対する地元住民や行政当局の危機感が
年々薄らいできており、そしてお金に目がくらんだ議員の意識が低くなっている事が、
実は何より一番危険だと感じます。
つくづく、反対の声をあげ続ける事の難しさを感じます。
…が、在りし日の松下竜一さんが、
この米軍演習反対運動に駆けつけてくれたとき、
こんな事を言ってくださいました。
http://www.youtube.com/watch?v=zIs2cHresjk&feature=youtu.be
「ハッキリ反対の声をあげよう。なぜなら反対の意思を表明しない者は
自ずから賛成の中に数えられているのだ。
いくら心の中に反対だと思っていても、黙っている者、意思表明しない者、
そして自分は中立だと言っている者、
そういう者はすべて自動的に賛成の中に組み込まれているのだ。」
そんな中、国も行政も守ってくれない私たちの暮らしの安心と安全は、
自分たちで守るしかないと、演習反対の活動を続けてくれている住民グループの
方々の不断の勇気と努力と行動力に、心から感謝と敬意を表します。
どうか今年の米軍演習が、問題を起こす事なく早く終了して、
米軍が帰って行ってくれます様に。


