ある日ある時 kayo_clinic  

ある日ある時、ここは小さな耳鼻咽喉科診療所。俳句を詠むセンセと、明るく病気と付きあう患者さん達の話です。

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2008年12月29日(月)

「時代の証言者」恩師として登場

女性科学者米沢富美子さん。正直言って知りませんでした。先日に読売新聞の「時代の証言者」を読むまでは。なぜその特集に目が止まったか。その記事の中に患者さんの名前があったからです。米沢さんは1938年吹田市の生まれ。日本の理論物理学者、慶應義塾大学名誉教授。その方が、中学時代の恩師として、患者さんの名前を上げておられたのです。

その患者さん篤本先生は現在84歳。記事によると、篤本先生は熱血教師で、数学部の顧問。放課後に代数の問題を解くのが部活動。米沢さんが頑張るので、次々と進み、中学の教科書は早々に終わり、高校の教科書も登場、でも、難しすぎるといって、部員がどんどん減って、気がつけば米沢さん一人だったそうです。「先生のお嫁さんになりたい」と言ったと篤本先生はおっしゃるそうですが、米沢さんには記憶がないそう♪

わたしが篤本さんを知ったのは中学の校長先生時代からです。温厚でおっとりした方で、熱血型教師タイプとは想像も出来ません。若き頃はイケメンだったかも...♪米沢さんを教えておられたのは、先生が24歳頃だったらしく、この新聞の話題を出したら「読まれましたか。」と、静かに微笑まれました。

「とにかく頭の良い子でした。背は小さかったですよ。ご主人がはやく亡くなられて..」と、言葉少なめでしたが、著名な教え子に恩師として新聞に登場された嬉しさは伝わってきました。わたしだって、その恩師が、うちの患者さんであることを自慢したいくらいに嬉しいのですから。

「時代の証言者」によると、今から40年以上も前になりますが、科学者の米沢富美子さんが、初めて基研の女性研究者として採用になったとき、「子持ちで勤まるのか・・」という声が出たが、「女性は恋に落ちたとき・結婚するとき・出産するときに活動が低下するけれど、米沢さんは全部済ませたから大丈夫・・・」と援護射撃があったとか。しかし、更に、米沢さんは、二人の子供を産み、育てておられます。

女医のみなさん。物理の研究も結婚も両方をとればいい、と夫の一言で結婚を決意した米沢さん。家庭も仕事も、どっちも頑張りましょう。頑張れます。

この縁で、科学者米沢さんのことをネットで調べてみました。国際的な偉大な女性物理科学者でした。しかも、家庭を持ち、夫に従い、三人の子供をりっぱに育て、驚くべき女性でした。丁度、その夫との別れの文章があったので、紹介します。

ここ読んでください

写真は田さんから。夜の観覧車。

作成者 kayo : 2008年12月29日(月) 20:19 [ コメント : 2]