2008年3月30日(日)
「庭」比べ
26日、「なつかしの庭」を観ました。
これまで、「古い庭園」と「懐かしの庭」と、そして今回の「なつかしの庭」と3種類を観ましたが、今回が一番良かったです。 みんな同じだろ!って言われそうですが、同じ作品なのにタイトルが異なるように、字幕の訳が全然ちがうのです。
「なつかしの庭」は時代背景が難しいので、それを踏まえて、異なる歴史、異なる文化の国の人たちに、上手に正確に伝えるのは難しいのだろと思います。特に字幕の場合は、字数制限があります。台詞を逐一訳していたのでは、見ているほうは、文字を追いきれませんから、非常に短くまとめなければならないとい制約も加わります。
昨年、シネマコリアで「庭」を観たとき、訳がちょっと軽い感じがしたのです。韓国語のシナリオからではなく、英語の字幕を日本語にしたんじゃないかと思うような、奥行きのなさがありました。
今回の韓フェスの「庭」は、そんな感じがなくてとてもよかったです。 特に次の2つの場面。

ヒョヌが出所する場面での看守さんとの会話。17年前とは時代が全く変わり、豊かで自由になったと看守さんがいいます。「オさんも、そのひとつの役割を果たしたのです」と。
この場面、一般の人々が、全斗煥の時代に投獄された政治犯をどう見ていたかがよくわかるシーンです。
刑期を終えたとはいえ、政治犯と看守の関係ですが、ヒョヌに対するある種の尊敬のようなものが感じられるのです。 シネマコリアの「懐かしの庭」には残念ながらそれが感じられなかったのです。
もうひとつはラストシーン。

今回のは良かったです。短い言葉なのでしっかり覚えているのですが、まだ見ていない人のために、内緒にしておきます。
もう迷わないで生きていこうという決意と、ハン・ユニに対する愛情とどっちも感じられて、今回の台詞が3つの中で一番ぴったりはまりました。
訳がとてもよかったので、ハン・ユニの癒しも十分感じることができましたが、ハン・ユニ中心に見てしまうと、80年代の民主化運動を闘った人たちが、ファン・ソギョンの「懐かしの庭」は受け入れられても、イム・サンスの「なつかしの庭」は受け入れられない気持ちもわかる気がしました。
でも私、「屋烏の愛」ってなわけではないですが、イム・サンス監督の「なつかしの庭」もすっきですわ。


