2010年10月5日(火)
歯科医療を哲学的に考えると
アレテーと魂「哲学者とその思想」P12より
いったいソクラテスは、何を最も重要なものとして求めたのであろうか。それは、魂の
優れた状態、すなわちアレテー(徳)であった。アレテーとは倫理的な徳だけでなく、
ものを実現することに卓越して有能なことをさしている。したがって建築家がりっぱな
家を建てるのは、建築家のアレテーであり、それは建築についての知識と結びついている。
つまりすぐれた建築技術を習得しているものが、りっぱな家を建てることができるのである。
人間が「よく生きる」(エウ・ゼーエン)ためには、魂をできるだけ優れたものにしなければ
ならないが、それは善についての正しい知識をもつことにほかならない。なぜならそれが
正しい行為を生むからである。したがってひとが不正を行うばあいは、善を知っていないか、
不十分に知っているかである。そして善を知ろうとすることは、善つまり幸福をひとは願っ
ていることを示している。なぜなら、悪を有益と信じて求めるものがいるとしても、悪が
有害であることを知らないのであるから、善を求めているのであり、一方、悪を有害と
しりつつ求めるものは、もともといないはずだからである。
ところで善の知識は、個々の具体的で特殊なものについてではない。したがってアレテーも
普遍的で本質的である。というのも、たとえばアレテーの部分である勇気が、アレテーの全体と
みなすことができないことからもそれは明らかである。そしてこのような善についての正しい
認識は、魂の卓越性にほかならない。言い換えると、徳は知なのである。
これが、いわゆるソクラテスの知徳一致説である。要するにソクラテスが、人々に魂の
「世話をやくこと」(エピレメイア)を呼びかけたのも、魂をすぐれたものにし、
「魂の完成」を最大の目標としたからである。(引用終わり)
建築家を歯科医師に変えてみると
アレテーとは倫理的な徳だけでなく、ものを実現することに卓越して有能なことをさしている。
したがって歯科医師がりっぱな治療をするのは、歯科医師のアレテーであり、それは歯科に
ついての知識と結びついている。つまりすぐれた歯科技術を習得しているものが、りっぱな
歯を作ることができるのである。人間が「よく生きる」(エウ・ゼーエン)ためには、魂を
できるだけ優れたものにしなければならない
紀元前4世紀のソクラテスの考えが現代にも通用し いかに生きるべきかという命題に対し
みごとな回答を提示しており 私自身こういった考えに深く共感します

