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地名の妙(2)
今回は東京の駅名でも。ちなみにあくまでも私の勝手な予想です。正しいことはお調べ下さい。
高田馬場〜丘の上に水田があり、その横に馬が飼育されていた牧場があったから。
大塚〜大きな塚(墓)があったから。
田端〜水田の端っこ。
日暮里〜もともとは新治(新墾=にいはり=)。墾は開墾して出来た水田のことで「にいはり」が日暮里に訛った。
御徒町〜徒(足軽)の住んでいた町。
神田〜神田明神への供物の稲を育てていた水田があった。
丸の内〜江戸城の外堀の内。
有楽町〜織田有楽長益(信長の末弟)が構えた屋敷があったため。
八重洲〜家康のブレーン、オランダ人ヤン=ヨーステンが拝領した屋敷があったので、それが訛った。
新宿〜大名内藤氏の新しい屋敷があったため。もともとは内藤新宿。
大久保・新大久保〜大きなくぼ地があった。
目白・目黒〜それぞれ不動様から。
国分寺〜武蔵国分寺の所在地。
国立〜国分寺と立川の中間から。合成地名。もと谷保町。
昭島〜昭和町と拝島町合併で、合成地名。
稲城〜古事記で大和政権に抵抗した豪族が稲を城のように積んで戦ったから。
高麗川・狛江〜朝鮮半島からの渡来人が開発し住み着いたところ。
赤羽〜もともと赤埴(あかはに)。埴は粘土質の土地。関東ローム層がはっきり見えたことから。
御茶ノ水〜将軍にも献上するくらいきれいな水が沸いていて、お茶に適していたから。
両国〜武蔵と上総にかかる橋があるから。
お台場〜開国時、外国船から東京を守るため、江川太郎左衛門が築いた砲台跡のこと。
築地〜埋立地。
晴海・豊海〜人工地名、勝瑞地名。
佃〜人間が改めて作った水田。
半蔵門〜服部半蔵専用門。
○○見附〜見附は現在の交番。当時幕府の警備員がいた詰め所のこと。
今回はこれくらいに。
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作成者
まゆげらら
: 2010年2月8日(月) 00:33
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バンクーバー冬季オリンピックを前に
今週末から始まるバンクーバー冬季オリンピック。今は非常にわくわくしている。
私が期待する選手の情報など細かいことは次回以降の書き込みにするとして、マスコミが恒例の異常盛り上がりになっている。テレビのオリンピック特集を見るたびにメダルが何個も獲得できるような報道がなされているが、過度な期待は禁物。マスメディアはこのような大イベントに便乗して、高視聴率やスポンサー収入を期待しているので、あおるようなキャンペーンを張っていることを忘れてはならない。このことは前回のサッカーワールドカップで証明済みだ。
もちろん日本勢が普段の実力以上の力を発揮して結果を残すことには大歓迎だが、さも日本は強いなどという幻覚を抱くことは後で一生懸命力を使い果たし燃え尽きた選手への失望や怒りにつながりかねない。日本人ってそういう連中だ。
期待をしつつ、もっとおおらかな心を持って観戦したいと思う。
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作成者
まゆげらら
: 2010年2月7日(日) 23:48
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地名の妙(1)
今回は地名の由来の話でも。ネタがありそうなので何回かに分けて書くこととする。
地名と名字(苗字とも書くが違いについては別の機会に)は密接に関係があるので地名を研究していくと自分の名字のルーツに辿り着くかもしれないので調べてみては。
さて初回は全国的に多い地名について解説する。
「庄・荘」は言うまでもなく中世の荘園に由来する。本庄(埼玉など)・本荘(秋田など)は周辺の中心となった荘園。新庄(山形など)は新しい荘園の意味。それから「名田庄」「武庫之荘」「恵我之荘」などはその荘園を開拓した人(田堵、開発領主、名、名主などと言う)や地形の特徴から荘園名にしたパターンだろう。なお「庄・荘」は水稲耕作地の場合であり、それ以外の荘園は例えば馬を献上した「牧・御牧」、神社領の荘園「御厨」などもこの分類に入ろう。それから寄進地系荘園が発達すると「領家」(寄進された家柄)、「本家」(領家から寄進された最上位の家柄)の地名や「本所」(本家領の荘園)の地名も輩出された。また、鎌倉時代に入ると地頭の力が強大になり荘官と地位が逆転すると本家や領家は地頭と和与や下地中分(いわゆる折半)などを行い、「地頭方」や「○○方」などの地名も現れた。
奈良時代あたりに「条坊制」や「条里制」が導入されたこともあって日本全国に「○条」や「○坊」「○里」と言う地名も多い。三条(新潟)・五條(奈良)などが代表例だが、「○坊」は後世一向宗(浄土真宗)の布教所の「坊」があるので注意(吉崎坊=福井=など)。「○里」も単に距離をあらわす地名があるのでこちらも注意が必要だ。
なお、「里」に関しては大宝律令で「国・郡(評)・里(郷)」と三段階の地方行政組織になったのでそちらも考えられる。郡はだいたい二十里を一郡として組織され、里は五十戸で構成される。里はやがて郷に変わるので「新郷」「南郷」「本郷」「白川郷」などの地名が生まれた。五十戸に満たない場合は「余戸・余部」と呼ばれた。
「保」も開墾された集落を指す地名で、「本保」に対して「新保」などもよく見られる地名だ。
「新田(しんでん・にった)」江戸時代の新田開発によってつけられた地名で比較的歴史が浅いことがわかる。開発者の名字がつけられる場合もある(例:鴻池新田・紫雲寺新田など)。
まだまだ書きたいことがあるような気もするが、長くなりそうな雰囲気なので今回はこれくらいにしておく。
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作成者
まゆげらら
: 2010年2月7日(日) 00:04
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寒い
雪は多いけど、そんなに冷えない道央に来たのに...。
雪は多いし、気温も十勝とあまり変わらず寒い。明日の予想最低気温は氷点下21度。
何か詐欺に近い。
さっぽろ雪まつりが始まりました。実は札幌市民は何かと敬遠するお祭りなのです。私もその一人なのですが、明日所用で西11丁目まで行かなければならないので、仕方がなく行ってきます。
大荒れの予想なので、本当は外出したくありませんが...。
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作成者
まゆげらら
: 2010年2月5日(金) 22:06
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