2012年5月25日(金)
No241-1 1972年・連合赤軍浅間山荘銃撃戦と総括による死をどう受け止めたのか
(ブログの字数制限を越えるため、No241-1とNo241-3の3つに分けてあります。)
今年は連合赤軍による浅間山荘銃撃戦とメンバーの総括による死から40年となる。連合赤軍をめぐっては、当事者や関係者の本が数多く出版されている。また、最近では若松孝二監督による「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」(2008年)の上映や、漫画「レッド」の刊行など、「連合赤軍」の意味を問う作業が続いている。 そこで、今回は当時の資料から、浅間山荘銃撃戦直後に開かれた2つの集会の様子を紹介する。
40年前の1972年2月19日、浅間山荘の銃撃戦は始まった。
この銃撃戦を受け、同年2月24日、東大安田講堂前で日本赤色救援会主催の銃撃戦支持人民集会が開かれた。
明大新聞にこの集会の様子が乗っているので、まずこの記事を見てみよう。
【明治大学新聞 1972.2.24】(引用)
『「連合赤軍断固支持 人民集会開かる 破防法体制化を拒絶せよ」
先日、警察権力は、その全ゆる暴力機能を駆使した捜査により、突如として榛名山、妙義山麗に点在していたと見られる連合赤軍の“アジト”摘発に乗り出した。
そうした権力の襲撃に徹底した反逆を開始した彼らは、19日より軽井沢「あさま山荘」を舞台に1500名を動員した機動隊に包囲されつつ孤軍奮闘している。
一方、それに呼応する人民集会が、24日6時より東大安田講堂前で開かれた。この「連合赤軍支持人民集会」は、日本赤色救援会主催により約80名の結集を獲ち取り、始まった。
まず、日本赤色救援会は基調アピールを行い、「われらが人民の軍隊―連合赤軍は大胆に銃撃戦を展開している。連合赤軍銃撃戦・断固支持!組織破防法の企みを許すな!連合赤軍に全ゆる支援の手を!」と、発言。ついで軽井沢現地で九ん体制を整え、ビラ情宣等の救援活動を行う救援センターからは、現地の状況―そこでの救援活動が述べられる。
大菩薩峠被告団(赤軍)は「今、世界赤軍兵士がまさに具体化するのは、革命的言辞を吐く60年代闘争の観念性の暴露であり、何よりも革命戦争を蜂起させる武器を握った権力との大胆な緊張関係の創出であり、それをリアルに全人民に提示しえたことにある」と戦闘宣言を終えた。
京浜安保共闘のアピールを受け、支援団体(革命救援会・日本反帝戦線等)の発言が続いた。封鎖中の安田トリデを背にした本集会は7時半過ぎ終えていった。
21日、「支持集会」に先立ち情宣を行う人々に、権力は強暴にも妨害、3人を不当逮捕した。この日、2時ごろより原宿―明治外苑間を9人(3人づつ3隊)で歩きながらビラ情宣していた。途中、巡回中のパトカーがこれを見つけ、ひとりをパクろうとした。暴力的にパトカーに引きづり込む官憲を、大衆の見守る中で抗議。不当逮捕に窮地した官憲、抗議した1人を殴る。そのうち誰かが通報したか、大挙した権力が強権的に3人をその場からパクっていった。
一方、23日3時ごろ本学・記念館前に日本赤色救援会の名で立て掛けてあった“立て看”が警察の手で破られるといった弾圧があった。
「連合赤軍・銃撃戦・断固支持」を掲げる意志の表示すら奪おうとする権力の犬に、R戦線・日本反帝戦線が厳重な抗議を申し入れた。(後略)』
銃撃戦は2月28日に終結するが、翌3月になると、山岳アジトでの「総括」による14名の死が明らかになる。この事実を受け、3月31日、日本赤色救援会・HJ裁判闘争支援委・大菩薩破防法裁判支援委の主催により「HJ(ハイジャック)二周年 銃撃戦万歳・故連合赤軍兵士追悼人民集会」が開かれた。
この集会は、本来なら1970年の「よど号」ハイジャック闘争2周年の集会となるところであったが、浅間山荘銃撃戦、そして総括による14名の連赤メンバーの死を受けた追悼集会となった。
「もっぷる通信特別号 3・31人民集会特集」(1972年4月20日発行)(写真)には、この集会の内容が掲載されているので、その内容を一部紹介する。
銃撃戦と連赤メンバーの死という衝撃的な事実を受けて、赤軍派と革命左派、そして両派関係者がどのように受け止めたのかが生々しく語られる。
集会では基調報告(日本赤色救援会)、「連合赤軍公判対策委員会」設置の呼びかけ、特別アピール(共産同赤軍派、日本共産党<革命左派>)、連帯の挨拶(救援連絡センター世話人丸山照雄)、獄中アピール(赤軍兵士上野勝輝他)、各氏アピール(佐野茂樹、重信房子)と続くが、ここでは、要約したものをいくつか掲載する。
(No241-2に続く)
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yajiuma
: 2012年5月25日(金) 19:50
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No241-2 1972年・連合赤軍浅間山荘銃撃戦と総括による死をどう受け止めたのか
(No241-1の続きです。)
【もっぷる通信特別号 3・31人民集会特集】(引用)
『基調報告 日本赤色救援会
この銃撃戦は追い詰められたところから発し、「計画された戦術」ではなかったけれども、日本における階級闘争史上かってなかった銃による帝国主義軍隊―機動隊との闘いとしてあり、我々はこの闘いの偉大さを高く評価し、その革命性、英雄性、献身性を無条件に支持する。(中略)
開始された銃撃戦が中途挫折を余儀なくされたこと、「党内闘争―党(軍)の団結の強化」を粛清という形に結果させたこと、兵士たちの死と心ある人々の失望をまねき、敵につけいるすきを与えたこと、そしてこれら総体をして一時的にせよ革命戦争を暗闇の中に引きずり込んだことの責任の一端は我々にあるのだから、我々はこの自己批判抜きには何事も語りえないし、何事も成し得ない。(中略)
この問題をめぐる我々の闘いとは、これを人民内部の矛盾としてとらえ、この矛盾を敵の手に委ねることなく、一切の悪意と偏見を排し、全人民的政治課題として防衛し、「人民の軍隊―人民」の新たな関係をつくりあげ、武装闘争の強固な陣形を創出すべく教訓化、全体化することであると考える。
社会主義革命戦争の一翼を担うものとして「団結―批判―大団結」(ホ・チミン)のマルクス・レーニン主義の立場にたって、労働者、友人、兄弟たちと共に反撃を用意しよう。(後略)』
『特別アピール 共産主義者同盟赤軍派東京都委員会・関西地方委員会
「我々は明日のジョーである」2年前の本日、我が赤軍派の精鋭の同志たち9名は、そう宣言し、全世界の闘う兄弟たちの下に飛躍した。我々は、多くの兄弟、友人の全てを前に、その比類なき勇気と、その限りない希望を示したこのよど号ハイジャックを「不死鳥(フェニックス)作戦」と呼び、革命戦争の赤光が不滅であることを、そして我が赤軍派の赤い血もまた、不滅であることを誇りをもって再確認した。(中略)
連合赤軍兵士の英雄的死闘としての銃撃戦、そしてその敗北に並行し顕在化された苛酷なる党内国内矛盾としての、いわゆる「処刑」、その両者不可分なる現実は、69年安保攻防敗北以降の日本階級闘争の直面した武装闘争のリアリティと、その冷厳たる深淵を、余りにも象徴的に体現するとともに、はがゆい程の未熟さを引きずりつつ、その前線を荷ってきたきた我が赤軍派にとっても、その発足以降歩んだ栄光と悲惨の苦闘の歴史を余りにも凝縮し、体現した。(中略)
今回のいわゆる「処刑」が、作夏、連合赤軍誕生以降、我が赤軍派と、その最愛の盟友である日共(革命左派)の両者を中心に進められた、より高次な団結(いわゆる「新党」結成)に向けたその党内軍内矛盾としてあったことを明らかにしなければならない。
そしてそうした党内軍内矛盾が多くの同志、兄弟、友人を含めた味方総体内部の矛盾として、その相互関係をもつものであったにも拘らず、且つ団結あっての制裁であるにも拘らず、その矛盾に対し余りにも閉鎖的に、余りにも独断的に、余りにも早急に、その処理を計ったことを(中略)いわゆる「処刑」に至らしめたことを、全兄弟、全友人の前に深く自己批判しなければならない。(中略)
我が赤軍派は(中略)いわゆる「処刑」に参加した我が同盟員に対する厳格な処分を行うものである。(中略)
今回の連合赤軍の敗北とその党内軍内矛盾が如何に苛酷であったにせよ、否、そうであるが故に、我々はその試練を通し、更なる意識性と更なる実践をもって、今回中途挫折したより高次な団結に向けた事業を、断乎として継承するだろう。(後略)』
『特別アピール 日本共産党(革命左派)神奈川県常任委員会
(前略)我々には、一部の限られたニュースから判断すればこの問題は、人民内部の矛盾としか思われません。我々は人民内部の矛盾をこのようなかたちで処理することに断固反対します。(中略)
我々は、一部の革命派同志たちが、どうしてこのような誤りを犯したのか、その根本原因をつぎのように分析しています。それは、一部革命派同志たちは建軍武装闘争を政治によって総帥することをせず、政治を重視しないで推し進めてきた結果であると考えます。プロレタリア政治、反米愛国路線によって建軍武装闘争を総帥しなかった結果だと思います。今回のことは、政治抜き「軍事路線」の破産を宣告したものと思います。
私達獄中の同志は、7月15日の統一赤軍結成のニュースを知った時、一部の革命派の同志たちが、政治を重視せず、反米愛国路線を放棄して、統一赤軍を結成したことに断固反対し、脱党宣言まで含めてこれに反対しました。一部革命派の同志たちは形の上では、この反対意見を取り入れて統一赤軍(中央軍と人民革命軍の事実上の合同)を連合赤軍(両者の共闘―正しい)に改めました。
(No241-3に続く。)
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yajiuma
: 2012年5月25日(金) 19:48
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No241-3 1972年・連合赤軍浅間山荘銃撃戦と総括による死をどう受け止めたのか
(No241-2の続きです。)
しかし、一部の革命派の同志たちは、依然として反米愛国路線による軍事の統帥の必要を理解せず、政治「抜き」の軍事路線を押し進めたため、獄中の全ての同志がこれを断固批判し、再三再四、脱党宣言を含めて、7月以来、今回の事態に至るまで、この路線に警告を発してきました。(中略)
しかし、彼らは獄中が脱党宣言を出すのを避けるためか(それともマスコミのでたらめか)獄中の者には合同しない、統一赤軍はつくらない、反米愛国路線は守る、人民遊撃路線は守る、毛沢東思想は守ると、手紙で1月に知らせてきたので獄中一同安心していたのでした。(中略)
政治を放棄した時、そこにもうこうした痛ましい火種はあったのです。(中略)
政治路線を重視し、政治的自覚の高い人で軍を構成しないと、軍の機密保持のため不必要な処置をとらなくてはならなくなる。我々は、今回の事態をはっきりと政治抜き「軍事路線」の破産と宣言します。我々は、反米愛国路線、人民遊撃戦争路線、毛沢東思想を放棄して結成された統一赤軍=新党は我々の党派(革命左派)とは別の党派であることを宣言します。(中略)
政治路線が正しいか否かが、全てを決定するのであり、政治によって我々の闘争を全て統帥しなくてはなりません。我々は反米愛国を高くかかげて、人民遊撃戦争路線を高くかかげ、毛沢東思想を高くかかげて、赤軍派の同志の皆さんと固く正しく団結し、共闘し、人民遊撃戦争の大道を前進しようではありませんか。(中略)軽井沢銃撃戦は断乎支持する。(後略)』
『各氏アピール
「赤軍派の同志諸君ならびに連合赤軍の同志諸君そして友人たちへ! 重信房子」
さらば連合赤軍の同志諸君!
赤軍兵士の1人として、夢と勇気を込めて、決別を宣言する。決別とは、真の革命戦争を準備すること。決別とは、不退転の決意で自らを検証すること。
たとえ銃撃戦の開始をもって、人民に武装の質を伝達したとしても、自らの体内に共産主義がないかぎり、それは我々がめざす革命戦争ではない。
敵との直接的な緊張関係を通してでなく、味方内部を規律によって、共産主義化しうるという幻想は、悪しき独裁を助けるだけだ。我々はこんな革命はいらない。
仲間を殺した連合赤軍の同志たち、今だ、同志と呼ぼうとする私の気持ちが判りますか。仲間を殺す権利など、誰も持ちあわせてはいない。あなたたちの革命の私物化を、闘う同志たちは、決して、許しはしないだろう。
たとえあなた達が、数人、数十人の敵を殺したとしても、仲間を殺した罪は、償えないだろう。
殺害に責任ある同志たち、ブルジョア裁判によってではなく、人民の手によって裁かれることを望んで欲しい。
(中略)
パレスチナの闘う同志達は、日本の闘いをインターナショナルといいつつも、実は、ナショナルな情念価値観念にとらわれていることに、悲しみと、驚きを表現しています。(後略)』
『獄中アピール
「共産主義者同盟赤軍派 上野勝輝」
今回の連合赤軍について見た場合、あきらかに反革命兵士の処刑ではない。
赤色救援会声明は「両者は不可分の冷厳たる現実であるにも拘らず云々」として銃撃戦支持、同志殺しウヤムヤの態度を表明している。銃撃戦をブルジョアとプロレタリアという階級闘争のあらわれとして、支持するが、プロレタリアと共産主義の点からは同志殺しというプロレタリアート独裁の展望を否定し去った連合赤軍故に支持しない、これが正しい立場である。
あさま山荘の銃撃戦は、銃撃戦という発展段階、これからますます革命戦争が必要だという発展段階を示したにすぎない。
「党内闘争―処刑」ではない、同志殺しだ。』
この「もっぷる通信特別号 3・31人民集会特集」は、リンクしている「明大全共闘・学館闘争・文連」HPの「時代の証言者たち」コーナーで、連合赤軍を検証する重要な資料の一つとして全文公開している。
そちらも見ていただきたい。
今年(2012年)の5月13日、「連合赤軍事件の全体像を残す会」主催の「浅間山荘から四十年 当事者が語る連合赤軍」シンポジウムが都内で開かれた。
当事者として植垣康博氏(赤軍派)、青砥幹夫氏(赤軍派)、雪野建作氏(革命左派)、前沢虎義氏(革命左派)が出席。塩見孝也氏(赤軍派議長)、三上治氏(叛旗派)、鈴木邦男氏(一水会代表)、森達也氏(映像作家)、山本直樹氏(漫画家)など多数ゲストを交えて、5時間近く様々な事が語られた。
このシンポジウムの様子も、近日中に紹介する予定である。
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yajiuma
: 2012年5月25日(金) 19:47
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2012年5月18日(金)
No240 松林要樹監督 映画「相馬看花(そうまかんか)」を語る
4月の「明大土曜会」に映画監督の松林要樹氏が現れた。
松林監督は以前、土曜会に顔を出していたとのことだが、今回は新作映画「相馬看花」―第1部奪われた土地の記憶―を自ら宣伝するために来た。
松林監督はまだ三十台前半であるが、「花と兵隊」(2009)(インドネシア、タイ・ビルマ国境付近にいる未帰還兵の取材に取り組んだ記録映画)、「311」(2011 森達也、綿井健陽、安岡卓治と共同監督)(東日本大震災の2週間後、被災地へ入りその様子を記録したドキュメンタリー)と話題の映画を撮っている。
この「相馬看花」はどのような映画なのか、映画のパンフレットによると
『東京電力福島第一原子力発電所から20キロ圏内にある南相馬市原町区江井地区。2011年4月3日、津波と放射能汚染と強制退去で様変わりしたこの地域へ、松林要樹は救援物資を携えて向かった。市議会議員田中京子さんとの偶然の出逢いから、松林の取材生活が始まる。ときに避難所で寝泊まりしながら、被災の後に流れる特異な時間を現地の人々と共に生き、その表情と肉声を間近から捉える。
山形国際ドキュメンタリー映画祭2011で本作が上映されると、会場は笑いと涙につつまれた。逆境に立ち向かう者同士が交わすユーモア。いつの世もかわらぬ男女の機微。土地を、自由を奪われた人々の背景で咲き誇る桜の花。いくつもの美しい映画的な瞬間を湛えながら「相馬看花」は、原発事故によって奪われた土地の記憶へと迫っていく。』
当日の松林監督の話
Y『松林要樹監督です。先ほどお配りした「相馬看花」の監督です。初期の土曜会によく映画学校の学生でいらしていたんですね。しばらく見えないなと思っていたら立派な映画監督になって本当によかったと思います。
じゃあ映画のことはご自身でどうぞ。』
松林『去年の事故からすぐ出発して映画を作ったんです。それは別に「311」という森達也という映画の作家と一緒に共同監督で作ったんですけど、その後、帰ってきた翌日からまた自分一人で4月の2日から撮り始めたんですけど、相馬の南相馬の20キロ圏内の警戒区域に入って、土地が奪われるというのはどういうことだろうかということと、日本の大衆の無責任さと無関心さをそのまま映画にした感じです。
震災関連の映画っていろいろあるんですけど、自分から言うのは何ですけど、一つの重要な作品の一つだと批評家とか評論家が言うくらい重要なという、まあ何故そういう風に言うかというと、僕が撮ったのが避難所に一緒に寝泊まりしながら撮影していったので、そういう映像は他の作家は撮っていない。
何故僕が撮ったかというと、こういう土曜会とかに来てタダ酒を飲まさせてもらうという図々しさだけは持っているということです。
今、第二部の映画を作っています。第一部は20キロ圏内のおばさん、まあ人間を中心に撮って、人の生活だったり歴史だったり、何でこの場所にこんな発電所が出来たのかとか、当時の市議会議員に聞いていくんですけど、そんなやつなんですけど、第2部になると馬の映画を撮っています。イデオロギーとか無い映画なんで、これを言いたいとか、この目的を訴えることではなくて、映画を作るというか映画を観て考えるきっかけにしかならない映画なんで、売り方としては難しいと思うんですけども、観たら考えるきっかけになったらいいなと思うし、考えるきっかけというのも無関心だということで第二部を撮っています。
外国でもいろんなところで上映させてもらって言われるのは、日本の人たちは何でこんなに笑っているのか、 すごい災害に遭ったくせに何で笑えるのか、おかしいなと自分も取材して本当に嫌がられることはまず無かったんですけど、江戸時代の江戸末期の安政地震の記述とか読んでいくと、日本に来た外国人がおしなべて同じように、何でこの人たちはこんなに地震があったのに、翌日から自分の家が焼けているところからキセルでタバコの火を付けたり、何もなかったかのように他人事のような感じになるのか、ずっとそのDNAというか そういのが残っているのかなと思って不思議な感覚でした。
そういう映画です。口で説明よりも関心持ってもらったらと思って、今日ここに来て一緒に酒飲んでいけるんだろうなと思って来ました。
大先輩の小川プロは金に厳しかったけど、僕たちは本当に自分で自腹でやって、運動とどうつなげるかというのには映画はならないかもしれないけど、運動と映画はたぶん違うんですけど、現場に行って、現場をまず見ることだと思うんで、現場にずっと居続けます。』
東日本大震災と福島第一原発事故から1年、福島を見つめ、そして考えることは日本の未来を考えることにつながると思う。
「相馬看花」―第1部奪われた土地の記憶―は、5月26日(土)より「オーディトリウム渋谷」でロードショウ公開される。関心のある方は是非、劇場まで足を運んでいただきたい。
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yajiuma
: 2012年5月18日(金) 21:09
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2012年5月11日(金)
No239 原発ゼロの日 「さようなら原発5・5集会」
4月17日から5月5日まで、経産省前テント広場で、大飯原発再稼働阻止を掲げて集団ハンストが行われた。4大学共闘(明大、日大、芝工大、専修大)からも4名がハンストに参加し、5月5日の原発ゼロの日を迎えた。
5月5日、芝公園23号地で「原発ゼロの日 さようなら原発5・5(ゴーゴー)集会」が開催され、4大学共闘を中心とするメンバーがその集会とデモに参加したので、その様子を報告する。
当日は、ゴールデンウイーク中で最も天気がいい日。「さようなら原発1000万人アクション」のページから印刷した「さようなら原発鯉のぼり」(写真)を持って会場に向かう。
芝公園23号地の広場に入ると、すぐ集会が始まった。広場に参加者が少ないと思ったら、暑いのと、直射日光を避けるため、木陰に多くの人が避難していた。
最初は生田 卍さんの演奏。
演奏後、集会が始まった。集会での発言をいくつか紹介する。
■発言者: 鎌田 慧さん(ルポライター・呼びかけ人)
「もう止めてしまった原発は絶対に再稼働させない。脱原発に向かっていく瞬間です。
日本の原発反対運動に起ち上がった多くの人たちは鬼籍に入りました。この人たち思いも共有します。
この人たちの魂と一緒に行進します。」
■内橋克人さん(経済評論家)
「原発がなければ仕事がない、暮らしていけない、そういう社会の構造、在り方、政治の進め方を変えていかなければいけない。」
■澤地久枝さん(作家・呼びかけ人)
「今日は原発ゼロの記念すべき子供の日です。
あの日を境にして日本は原発から遠ざかっていくことができた、ということを子供たちに誇りを持って伝えたい。」
■神田香織さん(講談師・賛同人)
「5月5日、夜11時に原発が全て止まります。私たちの宿願の日です。
ですから今日はカンショ踊りをしながらビールで乾杯。原発の息の根を止めましょう。」
■チェヨルさん(韓国・環境財団代表)
『(日本語で)「再稼働反対!」「原発反対!」(参加者が応える)
日本政府は電力が足りないという名目で再稼働を目指している。我々は節電運動と自然エネルギーへの転換で克服すべきである。もうこれ以上、住民の犠牲の上に経済が優先されることは許されない。』
集会が終わる少し前に会場を離れ、デモの様子を撮るために、公園の出口の交差点にある横断歩道橋に向かった。
歩道橋の上には、すでに2、3人がデモの様子を撮ろうと待機している。良く見ると、そのうちの2人は腕に「警視庁」の腕章。ビデオカメラを持って公園の出口の方を見ている。
撮影位置は警視庁関係者のあたりが一番いいのだが、少し離れたところでカメラを構えてデモの隊列が出てくるのを待つ。
歩道橋の上を日の丸を持った男が足早に通っていく。「日の丸?」
デモの先頭集団に続いて4大学共闘の旗が現れた。(写真 )
写真を撮って、デモコースの道に向かう。デモ隊とは反対側の歩道から写真を撮るつもりだ。
歩道橋を降りると、さっきの日の丸の意味が分かった。日の丸や日章旗を持った十数人の男女が、デモ隊の反対側の歩道から、デモ隊に「このやろー」とか「てめーら」とか罵詈雑言を浴びせている。右翼だったんですね。その右翼の周りにはカラーコーンが置かれ、私服刑事が取り囲んでいる。
次の撮影ポイントである歩道橋の上に急いで上がる。ここは結構人が居る。
TBSの腕章をした女性記者が慌ただしくビデオカメラで撮影している。
4大学共闘の隊列はすぐやってきた。パチリパチリと写真を撮っていると、隣にいた金髪の外国人女性が「ゼンキョウトウ」と言っている。
「オッ!日本語が読める!」と思ったが、全共闘の意味は分かっているのかな?
デモ隊は東京タワーの周りを周る。(写真 )再び右翼の街宣車が数台止まっており、そこを通ると、さっきのように罵詈雑言。4大学のメンバーは街宣車にプラカードを見せるなど、余裕で通り過ぎる。
そして東京タワーの真下を通って、再び芝公園23号地へ進む。
東京スカイツリーが出来ても東京タワーには人がいっぱい。
デモ隊は芝公園に沿って浜松町の駅に向かうが、人通りは少なく、地味なコースという印象である。
デモ隊の先回りをして、最後の撮影ポイントである、JR「浜松町」駅前の歩道橋に向かう。
歩道橋の上で写真を撮り、解散地点である旧芝離宮脇の児童公園公園で到着を待つ。
今回のデモの締めは明大のY・R氏。(写真)
『次回は7月16日の代々木公園での「脱原発10万人」集会に4大学で参加しよう。』との発言。最後は参加者でインターを歌って解散となった。
インターを気兼ねなく歌いたいという人もいるようで、最後はこれになる。(写真)
集会参加者は主催者発表で5,500人、警視庁発表で4,000人。
「脱原発」に向けては、様々な分野で多様な取り組みを積み重ねていくことが必要であるが、デモで意思表示することも重要な取り組みの一つである。
7月16日の「脱原発10万人集会」に結集しよう!
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yajiuma
: 2012年5月11日(金) 20:10
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2012年5月4日(金)
No238-1 4・25「STOP TPP!1万人キャンドル集会」
(ブログの字数制限を越えるため、No238-1とNo238-3の3つに分けてあります。)
野田首相は先月末、アメリカを公式訪問しオバマ大統領と会談。「TPPの日米協議を前進させる」という日米共同声明を発表した。
TPPの参加表明は見送ったが、依然としてTPPP推進の姿勢を明確にしている。
訪米直前の4月25日、日比谷野外音楽堂でTPP(環太平洋経済連携協定)に反対する「STOP TPP!1万人キャンドル集会」が開催された。
この集会について、明大生田の出身で、現在山形で農業を営んでいる菅野氏から、次のような参加要請のメールが送られてきた。菅野氏は「TPPに反対する人々の運動」の共同代表である。
<参加要請メール>
『友人、知人のみなさま
山形の百姓・菅野芳秀です。
いよいよ明日、日比谷野外音楽堂で「STOP TPP!! 1万人キャンドル集会」の開催です。
それぞれの場でTPP参加反対の声をあげてきた各団体が政治的な垣根を越え、初めて一堂に会して共催する歴史的集会です。
この集会は、「TPPに反対する人々の運動」が様々な団体に呼び掛けて実現しました。
2010年12月、小さなNGOがあつまって結成した「TPPに反対する人々の運動」。
ようやく、ここまできました。
この集会をぜひとも成功させましょう!
ここからさら輪を広げて全ての領域に!
〇〇党も△△党系もなく、TPP参加反対の一点で連携しよう!
この大きな連携を全国に!
ですね。
―野田首相、訪米時にホントに「TPP参加」っていわないよね!?―
「STOP TPP!! 1万人キャンドル集会」開催のお知らせ
『「TPPを考える国民会議」、「STOP TPP!! 1万人キャンドル集会実行委員会」、
「4.25 TPP反対市民アクション実行委員会」の3団体は、「STOP TPP!! 1万人キャ
ンドル集会」とキャンドル・デモを4月25日(水)に日比谷野外大音楽堂で開催
します。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は私たちの暮らしの隅々や社会の基盤、国
のかたちまでをも大きく変える危険性を持っています。日本がTPPに参加すれば
農業や漁業、労働や医療・保険など多くの分野で、「みんなが安心して暮らせな
い」状況が生まれてしまうと、私たちは懸念しています。(中略)
主催3団体には多くの市民・消費者団体、生協、NGO、労働組合、農民組合、農協など、これまでになく幅広い37団体や個人が集まり、分野を超えて「STOP TPP!」をアピールする歴史的な機会です。』
当日、集会参加の前に経産省前テント広場で大飯原発再稼働阻止のハンストを行っている芝工大のY氏を激励。テント広場に居たO氏とともに集会場である日比谷野音へ移動した。
集会では、最初に「TPPを考える国民会議}の山田正彦元農林水産大臣が開会の挨拶を行い、その後、トークとミュージシャンの歌と演奏が交代で行われるという構成で進められた。
トークでは民主党の篠原孝衆議院議員から「4月の米国訪問の報告」、そして鈴木宣弘東京大学大学院教授から「TPPの本質はこれだ!」との発言、ウエブサイト「サルでもわかるTPP」の安田美絵さんの発言、農民、被災地の漁民、医療、労働など各現場からの声(一言アピール)、海外からの連帯メッセージ(韓国、アメリカ、ニュージーランド)があった。
ミュージシャンではYaeさん(加藤登紀子の娘)、喜納昌吉さんなどが出演、歌と演奏を行った。
トークと音楽が終了し、集会宣言が藤波心(ふじなみこころ)さん(15歳のジュニアアイドル)により読み上げられ、採択された。
閉会の挨拶は「4・25TPP反対市民アクション実行委員会」の菅野氏。
その後、銀座に向けてSTOP TPP!! キャンドル・デモが出発した。
この集会の発言からいくつかを掲載する。
●「TPPの本質はこれだ!」鈴木宣弘氏(東京大学大学院教授)
『ご紹介いただきました鈴木です。私も研究者としてTPP阻止に向けて覚悟を決めて取り組んでいる一人でございます。
私はAKB48に負けないように、TPP48という本を出しました。DVDも出しました。頑張っております。
さて、TPPの交渉の現状につきましては、国内向けには情報収集のための事前協議と言われておりますが、これはウソです。実質的な交渉が進んでおります。
アメリカはTPPに入れて欲しいのなら頭金を払えと、イチャモンのような懸案事項を押し付けてきています。それに対して密約条件を提示して、何とかクリアしようと必死の画策が続いております。
これが整えば参加できる、そのタイミングを模索しているのが今の段階なんです。
そもそもTPPの推進論はウソで塗り固められております。
TPPでアジアの成長を取り込むんだ、ウソです。日本の医療制度が影響を受けることはない、ウソです。食品の安全性が歪められることはない、ウソです。アメリカの輸入牛肉の輸入基準緩めても大丈夫だ、大ウソです。今朝、カリフォルニアでBSEが見つかりました。
農業が強くなって輸出産業になる、ウソです。製造業の輸出が伸びて景気が回復する、ウソです。
(No238-2に続く)
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yajiuma
: 2012年5月4日(金) 20:54
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No238-2 4・25「STOP TPP!1万人キャンドル集会」
(No238-1の続きです)
ISD条項はアメリカが乱用して、カナダやメキシコでも、人の命を守るルールや社会のセーフティーネットまで損害賠償と撤廃に追い込まれています。
お隣の韓国では、韓米FTAで韓国人の主権が韓国国民にあらず、今は米国企業にあるんだと嘆いております。
このような中で日本政府はISD条項は、日本も他のFTAに入れているんだから何がおかしいんだ、こんなウソはありません。
それから野田総理が何と言いましたか、世界に誇る医療制度を、美しい農村を断固として守り抜く、真っ赤なウソです。
徹底して国民を騙して国を売りとばしても平気なのです。こういう人たちに情報を出せと言っても、まともに出す訳はございません。
こんなに平気でウソを付くことが許されていいのでしょうか。皆さん、TPPのメリットを具体的に聞いたことはありますか。言うに事欠いて、最近はベトナム・イジメ論というのが出てきています。直接投資サービスが自由化されれば、日本もアメリカからイジメられて国民が職を失うから、経営陣はその分、ベトナムを責めてイジメて儲ければいいんだ言っているんです。
だからTPPというのは日本の雇用は失われる訳です。完璧にTPPというのは産業の空洞化を進める訳ですから、日本人の雇用はどうしても失われる。
ですから、この点を考えれば、製造業だからTPPに賛成だ、というのは間違いです。
日本の99%の方はTPPで苦しむことになる。アメリカでも、先ほど山田先生がおっしゃいました、69%の国民がTPPもFTAももう止めてくれ、つまり雇用が失われる、と言っている訳です。
だったら誰のためのTPPなんでしょうか。ごく一部の大企業と、それに結びついた、資金源にしている一部の政治家の皆さん、それから天下りで結びついている一部の官僚の皆さん、それからスポンサー料で結びついている一部のマスコミの皆さん、こういう方々が、ごく1%の利益を拡大するために、このような協定を推し進めようとしている訳です。
やみくもに規制緩和を徹底し、多数が雇用を失い、食料や医療までも十分受けられなくなるような人が続出するような格差社会を拡大することが、これ以上許されるのでしょうか。
TPPは例外なしに関税を撤廃し、日本の社会のシステムをガタガタにします。TPPはこれまでに、過去失うものが最大のFTAです。
そして得るものがどの他のFTAと比べても、一番小さいのです。
失うものが最大で得るものが最少なんですから、これは市場最悪のFTAな訳です。(拍手)
このような最悪の選択肢を我々は受け入れることはできません。目の前に日中韓FTAは5月から、ASEANプラス3も年内に具体化しようとしています。
TPPと距離を置いて、日本、アジア、そして世界にとって均衡ある社会の発展と人々の幸福につながる、真に互恵的な経済連携を日本が率先して具体化し、市場最悪のTPPの拡大を食い止めることこそが日本の使命ではないのでしょうか。(拍手)
ごくわずかの人々の利益のために、国民に情報をひた隠し、ウソを付いて曖昧にして、気がついたら参加が決まっていたというような、このような状況を作り出すために必死に画策している、こんなことをやって国民を騙して何とも思わないのでしょうか。
一部の官僚、一部の政治家、一部の大企業、一部のマスコミの皆さん、国を売りとばすのが皆さんの使命なのでしょうか
そのような行為を我々は許す訳にはいきません。(拍手)
私にも、君もそろそろトーンダウンした方が将来のことを考えて身のためではないか、とありがたいご忠告もいただいております。
さらには、私もCIAに狙われているのではないか、という噂までありますが、私もそう簡単に引き下がる訳にはいきません。(拍手)
冗談ではありません、断罪されるべきは私ではなく、国民を騙して国を売りとばそうとしている人たちではありませんか。(拍手)
こうした人々をきちんと牢屋に入っていただく仕組みを作らなければいけません。
放射能の情報を隠したのも殺人罪ですが、TPPの情報を隠しているのも殺人罪に匹敵します。(拍手)
政治家の皆さんに今こそ問いたい、今こそ日本に政治家がいる意味が問われています。幾つになっても、保身と見返りを求めて国民を見捨てて生き延びても、そんな人生は楽しいのでしょうか。
日本にも本当に立派な政治家がいた、と言われて政治生命を終えていただけませんでしょうか。(拍手)
地元に帰ると反対と言って、東京に戻るとムニャムニャと言っている政治家の皆さんには今度こそ退場いただきたい。
与野党を含めて半数以上の国会議員の先生方が反対しておられる訳ですから、その総力を結集すれば、必ず政府の暴走は止められる訳じゃないですか。
そいう点で、昨日の今日お集まりの先生方が決起してTPP反対議員集会を開かれた、これは本当に画期的な動きだと思います。(拍手)
更なる覚悟を持って行動いただければ、大変期待がかかります。
(No238-3に続く)
作成者
yajiuma
: 2012年5月4日(金) 20:52
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No238-3 4・25「STOP TPP!1万人キャンドル集会」
(No238-2の続きです)
そして、その政治を動かし、国民を救うのが国民の力です。皆さん、動きましょう。
この問題は頑張ったけどダメでした、では済まない問題です。
ここにお集まりの皆さん、そしてたくさんの方々に声をかけていただいて、その総力を結集して、このTPP48の本もDVDも活用いただきまして(笑い)TPPを止めるまで共に頑張りましょう。(拍手)』
●閉会の挨拶 「4・25TPP反対市民アクション実行委員会」菅野芳秀氏
司会:いよいよ最後です。この集会の主催団体の一つであります、4・25TPP反対市民アクション実行委員会の菅野芳秀さんです。菅野さんは山形県長井市での農業を営まれ、タイをはじめアジアの農民たちとの交流も行っています。
また、TPPに反対する人々の運動の共同代表として、市民によるTPP反対運動のリーダー的存在でもあります。菅野さんお願いいたします。
『お疲れ様です。今ご紹介いただきましたように、私は山形で百姓をしています。種を播かなきゃならない時期に、種を播かずにこの場に立たなきゃならないという、実に情けない話です。困ったもんです。
でも、皆さん、このTPP参加阻止の闘いは絶対に勝たなきゃならない闘いです。(拍手)
もしTPPに参加したならば、かって戦争への道を止められなかったように、また、原発への道を止められなかったように、未来世代に大きな苦難を強いることになっていきます。
未来世代とともに、彼らと連携し、このTPPへの道を断固として止めなければならない、と思います。
そもそもですよ、このTPPは私たちの暮らしや社会システムや、あるいはこの国の未来の在り様に大きな影響を与えかねない、そういう内容を含んでいるにも関わらず、協議は全くブラックボックスの中に閉じ込められ、私たちに知されていません。)
まさに原発でも、あるいは第二次世界大戦でもそうだったように、まったく情報は私たちに伝えられていないんです。
TPPはまさに主権在民と民主主義に対する重大な挑戦です。これを断じて許す訳にはいきません。
私たちはこの闘いに勝たなければいけません。そのためには、私たちは大きな連携を作り出す必要があります。小さな垣根、小さな立場を超えて大きな連携を作り出してこそTPPを阻止することが出来る。そのことを共に確認しようではありませんか。(拍手)
そして皆さん、この集会が画期的なのは、そのような連携を作り出して、今ここに会しているということです。(拍手)
この連携を首都圏だけに止めるのではなく、全国に広めていきましょう。(拍手)
この集会が画期的なのは、もう一つあります。それは国際的な反TPP運動と連携しながらこの集会が持たれているということです。
先ほど、ニュージーランド、アメリカ、韓国の方々から、温かい友情の、かつ力強いメッセージが私たちに届けられました。私たちは多くの力をそこから得ることができます。
同時にこの集会は、ニュージーランドにも、アメリカにも、韓国にも届けられています。
私たちは反TPPという1点において、国境を超えて連携しながらこの集会を実現しているということを共に確認したいと思います。(拍手)
この集会の意味合いにおいて、一つだけ留意しなければならない点がある。
それは日本の反TPP運動が、ともすれば日本の被害者意識を刺激するという、そこに留まってしまいかねない危険性を持っているということです。
日本は大国です。ともすれば被害者、その立場に立つこともありますが、一方で外国に対しては加害者に立つことができる力を持っている、そのような国です。
生活と暮らし、社会を守っていきたいという願いは切実です。それは我々にとってのみ切実なのではなくて、TPP参加国、アジア太平洋圏の方々すべてにとって切実なのです。
彼らと連携しながらTPPに対峙する、そのような視点が私たちに求められていると思うのです。(拍手)
さて、皆さん、成功裏のうちにこの集会は終わりました。これから街に繰り出していきます。
大らかに、伸びやかに、高らかに私たちの声を届けようではありませんか。(拍手)
希望とそして未来は私たちの手の中にあります。共にがんばりましょう。(拍手)』
集会が始まる頃から雨がポツポツ降ってきたが、途中で本降りに。
集会後半には雨も上がったが、こんな天気の中でも5,000人(主催者発表)の参加者が集まった。
今回の集会を契機に、TPP反対の連帯の輪が全国に広がることを期待する。
喜納昌吉(ミュージシャン)
「このような市民運動が政権の中枢にいる人と近づいたのは、初めてだと思います。
その意味では国民と国を司る人たちが非常に近づいてきた。もしかするとこの流れが国の形を変えるかもしれない、そんな気がする。」
※この集会の映像は「STOP TPP!1万人キャンドル集会」のブログで見ることが出来ます。
http://stoptppaction.blogspot.jp/2012/04/5000.html
作成者
yajiuma
: 2012年5月4日(金) 20:48
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