2011年10月28日(金)
No211-4 独居より −重信房子さんの近況―
(ブログの字数制限の関係で、4つに分けてあります、No211-1から見てください。No211-3の続きです。)
『7月13日 真夏の日差し。運動ベランダに出るとプランターのひまわりが1つ、直径10センチ大の花を咲かせました。小さなプランターの少ない地の中で開いた花は太陽の方に向いてきれいに咲いていました。他のプランターには白、ピンク紫色のペチュニア、もう一つの方にはマリーゴールドが盛りです。(中略)
朝日新聞が大社説を掲げて、「いまこそ政策の大転換を。提言原発ゼロ社会」を訴えています。“朝日の世論調査でも段階的廃止への賛成が77%にのぼったことを示し、今ある54基のうち35基がすでに休止しており、8月にさらに5基が検査で止まるし、この夏の需要最盛期を乗りきれたら、かなりの原発はなくても大丈夫と証明したことになる。代替電源を増やし、電力会社による地域独占を抜本的に改めて自由化をすすめる。送電と発電を切り離し、東西の周波数の違いを改める”など新しい原発ゼロ社会に向けた提言を示し、朝日のこれまでの原子力社説のあり方も反省してみせています。
3.11から、東電の発表と国外の危機感の違いなどをどう報道してきたのか、「記者クラブ」のあり方、報道のあり方まで問うてほしいものです。それでも「脱原発」は、方法はどうあれ、国民の共通認識になっているので、「9条平和憲法」の徹底とも「地方自治の重視」とも結びつけて、さらに国民本位の社会への変革につなげてほしいと願っています。
この頃中東のニュースが資料が入らないせいもありますが、具体的な流れはわかりません。でも攻防はいっそう激しく公然非公然と続いているはずです。アラブ民衆のコンセンサス“イスラエルの占領を許さず、イスラエルに対する米欧のダブルスタンダードを許さず、超法規的な治安当局秘密警察の暴力を許さず”と、混迷しつつ問題を問うているでしょう。その分まだジグザグが続きそうです。レバノンでもハリリ暗殺の「国際法廷」が、かつてはシリア政権を「犯人」とし、今はヒズブッラーを「犯人」として指名手配し、レバノンにもホットな攻防が続いているようです。
11日にはカルテット(米・ロシア・EU・国連)がワシントンで会合を開き、パレスチナ和平交渉の再開をひき続き求める方針を確認したとのこと。しかしイスラエルとパレスチナの隔たりを埋める具体策は見出せず、声明を出さなかったとの記事。イスラエル擁護のカルテットは何の価値も権威も失っています。アラブの民衆の公正を求める声が広がっているためです。イラク侵略戦争の時からブッシュやブレアがネオコン勢力と企てた画餅のカルテットのロードマップはひどいものでした。植民地支配の総督気分の内容。国連の下で中東和平を問うのではなく、米国の支配下に国連もロシアも取り込んで、カルテットを代表してブレアが動き回るこんな偏向機関は解散させねばと思います。米国政府の思惑で、9月以降パレスチナが独立国家のステータスを国連総会で得ることを阻止する役割を果たすでしょう。
米国の中東政策はイスラエルと不可分のユダヤ在米機関の承認なしには一歩も進みません。この構造、世界のあり方を変えることが、アラブ民衆の根源的な公正を求める闘いです。それはまた、「脱原発」「反核」「9条に徹した日本」を求める人々の行動と結び合いながら、各地の民衆の共通の願いとして、21世紀の世界の構造を変えていきたいものです。フクシマヒロシマナガサキは、世界の変革と確実につながっています。(中略)
ベッド就寝時間の8時過ぎにジャムザワールドのニュースで、菅総理が記者会見で「脱原発依存」を言明したとのこと。また個人プレー。でも脱原発の布石はどんどん打って、ひき戻せない具体政策化を。各地の人々の運動が基盤となって、良識ある学者や専門家、超党派の脱原発議員、河野太郎とか役職を付けて、この国の旧い仕組みの要にメスを入れてほしいものです。脱原発依存は「人気取り」としても国民の意志が実現をつくりだしています。 (後略)』
この「日誌」の要約版は記事全体の約3割である。今後も定期的に重信さんの近況を伝えていく予定である。
(終)
作成者
yajiuma
: 2011年10月28日(金) 20:36
[
コメント
: 0]
No211-3 独居より −重信房子さんの近況―
『6月22日 今日は夏至。早朝から夏の太陽です。初の「真夏日」になり暑い! 冬物のネル状のパジャマと厚手の七分袖シャツに五分ズボン下。厳寒の冬から夏の八王子は京都盆地みたいでもう暑くてベッドにいても汗がだらだら。7月4日から夏のパジャマに変わるとのこと。(中略)
6.19の京都の丸岡さんを送る会の様子、早々に短信感謝。100名近い方々が集われ、O弁護士も「執行停止獄外治療」を認めなかった検察の見殺しを糾弾していたとのこと。丸岡さんの妹さんが「こんなにもいい人たちに恵まれていて兄は幸せでした。心から感謝します」と語られたそうです。パンタさんがビートルズの「レヴォルーション」「7月のムスタファ」「ライラのバラード」を熱唱して下さったとのこと。みなさんありがとう。
Yさんの本届きました。「一人の女性の軌跡として面白く読める本になっていますね。殊にあの時代を知る者(運動に参加した人もそうでない人も)にとっては、自身のクロニクルと重ねて思い出を辿るよすがになると思います。多くの人に読まれるといいですね」と、本を読んだ感想がちょうど届いて同感! Yさんの暖かい性格のままに当時を好意的に書いて下さっています。でもムムム・昔の「小説」まで入っていて照れくさいです。でも父のこと、掘り起こして書いてくれたのはうれしいです。ありがとう。
6月23日 昨日とかわって朝は曇り雨らしいけど、すぐに晴れるとのことで運動あり。プランターのひまわりのてっぺんに、もう小さい蕾! 昨日はグラウンドでの運動、晴れている上にねじり花がぽつんぽつんと咲いていて、クローバーの匂いもうれしい夏でした。今日はベランダで歩いたり走ったり。汗びっしょり。午後「夏物パジャマ1枚だけ支給します。今日から着ていいです」と、クレープの半袖が交付されました。よかった。すぐに冬物を脱いで着替えました。(中略)
6月24日 すごい晴天。昨夜は少し窓を開けたまま寝たので、朝方の風が心地よい。今日はもう1枚の夏物パジャマに下着など交付。暑いので前倒しして配ったようです。(中略)
6月28日 蒸し暑そうです。もうどこかで蝉が鳴いています。今日はグラウンドで運動。建物を出たところで、純白のくちなしの花がいくつも咲いています。駆け寄って匂いをかいでみたいけれど、それは叶いません。足下にはねじ花、もじずりの花です。楚々として美しい。屋外の空気はほっとさせます。(中略)
6月29日 今日は転房、引っ越しです。南向きの風通しの良い房から北向き風のない房に変わりました。ここは八王子に来て初めて入った房です。桜の深緑が繁り、つい目の先につぐみ、むくどり、ひよどりらが遊んでいて、風は通らないけど、夏は寒くないので悪くはありません。西北の山並みも美しく見えます。ベランダでの運動、引っ越し、入浴とバタバタ。(中略)
6月30日 今日は回覧が回ってきました。「7/4(月)からの夏期処遇について」です。「運動、入浴後、上半身のみ裸、5分間以内の拭身許可。水は洗面器2杯以内」とか「うちわ貸与」使用しない時の置場指示、「冷茶平日の3:00と免業日は昼食時一人300ccの麦茶供給」などの他「許可なくハンカチやタオルをぬらして冷やしたり不可」の注意事項も。また夕方には「7/1より1ヶ月刑務作業安全月間のお知らせ」。7/1〜7/7は全国安全月間で、7/1は国民安全の日でスローガンは「安全は家族の願い企業の礎、つくろう元気な日本」とのこと。「行事の一環として作業安全衛生をおりこんだ標語を募集します」との告知放送。(中略)
7月4日 今日から八王子医療刑は夏暦です。布団はビニール袋に入れてベッドの下へ。団扇も配られました。(中略)
7月5日 今日は7.6の日。69年の時代を考えつつ晴れ間を見上げ、和泉校舎のあの時の野甘草のだいだい色の原一面を思い返しています。和泉校舎の裏道を「これが革命か? 変だ。何でこんなことをする必要があるのか……」と考えながらとぼとぼと歩いた道、あたり一面の花。(編集室註:69年7月6日、明治大学和泉校舎で、ブント〔共産主義者同盟〕内の分派が指導部を襲撃し重傷者が出た)(中略)
7月11日 朝からがんがん照りの夏。こんな夏は好きですが、運動入浴とずっと汗がとまらず、風もなく子供時代の夏や湿気の多いイエメンの夏を味わっている感じです。ベイルートは快適、ベカー高原も寒暖の差のはげしい過ごしやすい夏、イラクは身体から水分が抜かれてドライヤーの熱いのを吹き付けられる夏ですけど。(中略)』
(No211-4に続く)
作成者
yajiuma
: 2011年10月28日(金) 20:31
[
コメント
: 0]
No211-2 独居より −重信房子さんの近況―
No211-1の続きです。
『5月30日 昨夜は寝つけず、丸さんの死を考えていました。29日朝、1棟むこうで死んだなんて。最期の救急措置はどうだったのだろう? 朝まで気づかず……となっていないだろうか。私の病房にはナースコールはありません。大阪医療刑務所では、ベッドから手の届くところにナースコールがあり、詰所の看護師さんがとんできます。ここでは、通常の報知器がドアのところにあり、ベッドを出てドアのところまで行って報知器(押すと廊下に板がおりて係官が目視)を押して待ちます。係の人が気付くと房に来て用件を尋ねて、必要なら看護師を呼ぶシステムです。私の病状では、それでまったく支障はありません。
丸さんの条件はわかりませんが、彼はベッドから緊急事態をどう知らせることができたのだろうか。丸さんが八王子は仙台よりも緊急体制がとれないと嫌がっていて、新舎になった東拘が一番良いと書いていたのを思い返しています。(中略)そんな中、丸さんはがんばったんだなと、改めて思いました。
今日もぐずついた天気。これまでで一番哀しい5.30記念日。(中略)
6月1日 今日は曇り空でしたがグラウンドで運動。100メートルのグラウンドを3周走ってあとは息があがったので歩いてみたり、クローバーの咲く芝生の上で柔軟体操、真向法。空を見ていたら、また丸さんのことがあれこれ思われます。土の匂い草の匂い。べーカーを思い出しつつ。
6月2日 雨ふり朝顔を昨日見かけたと思ったら、今日は一日中雨。
丸さんはここを出て、家族のようだったアラブ時代の仲間たちと会えただろうか。そして親族と大阪に帰ったことでしょう。きっと東京で5.30の39周年をみんなと過ごしたでしょう。雨を見ながらそんなこと考えています。
昨日点呼後「告知放送」がありました。6月1日に新法の規則の改訂が行われたという告知放送。あれ?新法の再検討は今年これからと思っていたのですが。法の「規則」といので別物? これで終りということではないでしょうね。
告知放送によると、改訂で大きく変わった点は3点あり、今後も社会復帰に向けて一段と努力するようにと述べた後、第一には日用品の装飾品や女子クリーム類が増えたこと、第二には自弁購入物品が増えたこと(1類処遇の人にはDVD、3類処遇以上はザブトン購入可、全員に制汗剤〔デオドラント風〕購入可)、第三にこれまで2類以上の人のみの電話による通信の拡大。人道上必要と認められた全受刑者。以上が改善された主な点で、今後新しい「所内生活心得」を改訂して配布するとのことです。もっと諸々改善点があると思ったのですが……。獄外の処遇改善の動きとどう連動しているのでしょうか。
(中略)いろんな友人から丸さんのお悔やみと励ましのお便り、本当に心が安らぎます。
「まつろわぬ魂魄天空駆け巡る」と丸岡弔う友よりの文
6月3日 「内閣不信任否決」の記事を読む。姑息に辞任を先延ばしにした菅首相に、ひいきの朝日新聞まで「新代表を速やかに選べ」との主張。菅首相は十分デタラメだったが、浜岡原発休止と発送電分離が菅下ろしを加速したみたい。今の政治家には覚悟が全然見えない。マスコミ世論調査にのっかって仲間を排除し合うか、政権の前提となった「マニフェスト」も官僚や自民党の反対に見る影もない。下からの国民の意志をどんどん政策化し実現する力をつけ、たち遅れの政治家、企業人、官僚、そのシステムまで変革を!と願うばかり。(中略)
6月17日 やはり点滴で食欲は減退。副作用で手足のしびれが昨日も今日も。午後メイの面会。丸岡さんの「追悼する会」があるので行くとのこと。丸さんのエピソード、メイの子供の頃の話など笑いながら話しました。哀しいから笑うしかないからと。
彼方よりオリオンの光届きしか君の魂魄抱き連れゆく
6月19日 ずっと梅雨じめり。今日は京都で「丸岡さんを葬送る会」が行われているはずです。検察権力への虐殺への憤りとパレスチナに殉じた丸岡さんに連帯して旧友たちのもとに戻ってきた彼の夢と志を抱きとめているでしょう。
新聞にパレスチナ国連大使のインタビュー記事。9月の国連総会で3分の2の支持をとりつけて、パレスチナ国家承認を求めて国連加盟をめざすとの意向。米国の「拒否権」で実現は不可能ながら、こうした当然の要求をつきつけつつ、安保常任理事国の特権を廃する国連改革へと広げてほしい。 (中略)』
(NO211-3に続く)
作成者
yajiuma
: 2011年10月28日(金) 20:25
[
コメント
: 0]
No211-1 独居より ―重信房子さんの近況―
重信房子さんを支える会発行の「オリーブの樹」という冊子には、重信さんの刑務所内での近況などが載っている。
私のブログの読者でこの冊子を購読している人は少ないと思われるので、この冊子に掲載された重信さんの近況をブログで紹介することにした。
当時の立場や主張の違いを越えて、「あの時代」を共に過ごした同じ明大生として、いまだ獄中にある者を支えていくということである。
今回は「オリーブの樹」106号に掲載された重信さんの獄中「日誌」の要約版を掲載する。(この記事の転載については重信さんの了承を得てあります。)
文書が長くブログの字数制限を越えるため、No211-1からNo211-4に分けて掲載する。
【独居より 5月29日―7月14日】オリーブの樹106号(引用)
『21世紀の世界の構造を変えていきたい(7月13日)
5月29日 夕方6時過ぎ、「電報です」の声。ちょうど朝から雨続きの空を見上げて、「明日は5.30リッダ闘争の日。丸岡同志はどうしているかな……」と独り言を言いながらカーテンを閉めたところでした。
「29日朝、丸岡死去。無念」とYさんからの電報でした。がく然……。
心臓がどきどきと高鳴って、思わず身体が震えてしまいました。今、その想いのまま筆をとっています。
もっとも最前線で苦難の先頭に立って自己犠牲的に歩んだ戦友丸岡同志。
日本は大震災で変革が根本的に問われ、アラブでは民衆蜂起の中でパレスチナの新しい希望が生まれ、明日5.30には心を送って連帯を共にできると思っていたのに……。
今、丸さんと初めて会った1972年ベイルート、それから共に分かち合って苦難を乗り越えてきた日々が頭の中を巡り、身体を熱くしています。お互いに何度も危険や死に直面し助け合って乗り越え、「敗北を勝利の土台に!」と進みましたね。家族のように兄弟のように。丸岡同志と共にJRAが新しい展開を試みた87年11月に帰国したまま、獄中闘争を強いられた同志。
そして東拘の肺炎対応の誤診から危篤状態は脱したものの、以来ずっと心臓の重篤な病状に陥ってしまいました。検察は日本赤軍の過去の闘いに対する報復のように、命の瀬戸際にある丸岡同志を決して許さず、「刑の執行停止」を認めず、死刑の如き扱いに終始しました。
八王子医療刑務所は、「緊急医療」には即応しえない「療養施設」であり、ことに人手の居ない週末の丸岡同志の異変をいつも心配していました。29日が日曜日だったことが気がかりです。けれども丸岡同志、あなたは長い獄中生活においても、志高く同志友人を支え、常に人びとの利益、人びとの幸せと求め続けてきたことを多くの人が知っています。丸岡同志が私の励みであったのにもう居ないなんて……。
丸さん、私はあなたへの感謝と、一方に口惜しさで一杯です。あなたが87年逮捕されてから、丸岡同志の闘いに応えることもできず、望みを十分に実行しえず、死もまた、受け入れて通夜に臨む術もない。あの時、こんなふうにしたらよかったのに、この時はこうすべきだったと語り合う機会を失いました。
丸岡同志、きびしい病状の中で生き、支え励ましてくれてありがとう。何を語れば、彼の同志愛に応えられるのだろうか……。今は生き続け、丸岡さんの想いを一歩でも旧友たちと実現していきたい。遠くに居る同志も身近に居る仲間も、敗北を次の前進の糧にすすみます。
「丸さん疲れたでしょう。ゆっくり休んでいいよ。そう言っても、また腕まくりして彼岸で活躍のこまかい準備を始めているでしょう。5.30バーシムたちと話の続き、革命の続きを共にして下さい。リッダ闘争39年目は一番悲しい記念日になりました。でも丸さん、あなたのように前向きにまた進みます。再会まで!」
以上は、今5月29日の思いです。
永別の君に手向ける花も無く心を込めて歌うインターナショナル』
(No211-2に続く)
作成者
yajiuma
: 2011年10月28日(金) 20:20
[
コメント
: 0]
2011年10月21日(金)
No210-2 反TPPの声が駿河台に響き渡る その5
(ブログの字数制限の関係で、2つに分けてあります、No210-1から見てください。)
『一方で、ナショナリズムから言うのではありませんが、TPPは日米のFTA、2国間の関係の中で実態はそれなんだ、アメリカの決める基準がTPPの基準になっていく。
TPPに対して障害になった場合、例えば国が発注する、地方自治体が発注する公共事業が日本字で発注された場合、英字でないがゆえにTPP違反だということで、英字で書くように要請されたり、あるいは一つの企業に対する自治体の融資が外国資本に対する差別だということで、それが禁止されたり、ことごとく内政がTPP優位において捻じ曲げられていく。
そのTPP優位というのは、実はアメリカだというそういう意味では、日本は独立国だろうけど、実はまったく食糧と経済という点では属国になっていかざるを得ないと思うんです。
政治と軍事という面で言えば属国になってしまっていると言わざるを得ない状態である訳ですが、TPPを通して食糧でも経済という点でも植民地のような状態に置かれていくことだと思います。中には50何番目のアメリカの州になるという人もいます。
何としても止めなければならんだろうと思います。
しかし、私たちが持っている力と、止めなければならないTPPの構成している団体との距離はかなりのものがあります。
経団連でしょ、多国籍資本です。国民がどうなろうと日本の地域経済がどうなろうとあまり関係がない様々な国に本店を持つ多国籍企業です。
もう一つは菅民主党政権、この問題というのはこの問題だけで議会を解散して国民に問うというほどの大きな問題であるのもかかわらず、情報を国会議員にすら開示せずにどんどんとTPP推進の道を歩みつづけている。
この菅政権、そしてマスコミ、さきほど誰かが言われましたようにマスコミは全く真実を伝えていません。
国民はTPPのプラスとマイナスをしっかり開示されて、どちらの方向に私たちは進むべきなのかということを判断しなければならない、その主権者であるにもかかわらず全く国民に情報が開示されていない。
開示されないまま6月の国会で上程されて参加を決めようとしている、さきほど中野先生がおっしゃったように一度参加したら抜けられなくなってしまう。そういう事態に遭遇しています。
どうしたら止められるべ。本当にどうしたら止められるんですかね。(「菅野がんばれ」の声)(笑)
農業か製造業か、この国の未来に幸せをもたらすのはどちらなのかということがTPPだと思っている、多くの国民は。全くそんなもんではないんだ、ということをしっかり伝えることから始まると思うんですよね。
それで、1冊100円のパンフレットを作りました。TPPとは何かということが非常に分かりやすく書かれています。皆さん、帰りがけに1冊買うということではなくて、是非、50とか100買ってそれをなるべく多くの人に撒いてください。
それからウエブサイトで「TPPに反対する人々の運動」というのがあります。それから「ザ・ジャーナル」というウエブサイトもあります。そこを是非検索していただき、TPPとは何なのかということを更に詳しく知っていただきながら、多くの方々に伝えていくという、一滴の雨水を寄せ集めながらTPPを阻止する反対する大きな大河を作るしかないと思う。
経済団体や経団連でもない、マスコミも持たない、政治権力も持たない私たちが、その3つの力の合体したTPP推進の流れに抗する世界を築くことが出来る可能性があるとすれば、それしかないと思います。そこから始まるんだと思います。
でも、それは来年ではないんですね。この5月6月なんですよ。
がんばりましょう。(拍手)
もうちょっと喋らせてください。
TPPとは何かということを一人でも多くの方にパンフレットを活用しながら広げていく、それから、地域に帰れば議会がある、地方議会で反対決議を挙げていく、是非やりましょう。それから、いろいろ思いついてがんばっていきましょう。
そんなことで反対阻止できるかとお思いの方もいるでしょうけど、やれば出来る、やらなければ出来ないと胸を張って、口笛を吹きながら、阻止するんだと、是非、おおらかにこの道を堂々と進んでいきたいと思います。
2.26、今日は出発点です。ありがとうございました。』
※1 11月にハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に向け、TPP参加の動きが加速しています。そこで「TPPに反対する人々の運動」では、10月31日(月)に「TPPに反対する緊急集会」を開きます。
詳しくは以下のサイトを参照して下さい。
【TPPに反対する人々の運動】
http://www.geocities.jp/yaoyahyakusho/muramachi/home.html
※2 菅野氏は山形県で農業を営んでいますが、福島原発事故の風評被害により、お米が売れないとのこと。風評被害のお米を買う支援をお願いしたと思います。リンクしている菅野氏のブログ「ぼくのニワトリは空を飛ぶ」を是非見てください。
作成者
yajiuma
: 2011年10月21日(金) 20:27
[
コメント
: 0]
No210-1 反TPPの声が駿河台に響き渡る その5
先週に引き続き、2.26「TPPでは生きられない!」座談会について報告する。
今回は、「TPPに反対する人々の運動」共同代表、菅野氏の集会総括のスピーチを紹介する。
(菅野氏は、先日の9.19「さようなら原発集会」の3大学共闘の小集会で明大を代表して発言している。)
ブログの字数制限を越えるため、No210-1とNo210-2に分けて掲載する。
『皆さん、お疲れ様でした。
高砂部屋から来た・・(笑)、菅野芳秀と申します。農民です。
先程、司会者と話をしたんですが、私に与えられた時間は10分ですが、時間はまだ15分ほどあります。
農業に関する発言がきっと多くなって、TPPの話は殆ど農業に彩られていくと思っていたものですから、代表者3名すべて農民でもあります。
先程まとめを書いてきたんですが、ことのほか農業に関する皆さんの発言が少なかったということがありますので、今、与えられた5分間の中で、私の村の実情をお話したいと思います。
山形県の南部にある置賜地方という3市5町で構成する穀倉地帯ですね。殆どが水田です。山間で果樹や米沢牛も作っていますが、風景を見れば、その支配的なものは水田です。この水田が中心の村の中で私は農業をやっています。水田4haそして自然養鶏のニワトリを100羽、息子と2人でやっています。
44戸の農家が何等かの形で農業に従事していたが、今、16戸の農家を残して、後は自家野菜というか、販売は止めた。16戸の農家のうち4ha以上層というのは3軒です。その方々はいわゆる国策から見ても中核農家として位置づけられていた方々ですが、しかし、16戸の農家、誰にも後継者はいません。唯一我家だけ後継者がいて、後は全部いません。
農家の平均年齢は、日本の農家の平均年齢とほぼ同じ67歳。何で(後継者が)いなくなったのか、例えば水田の米ですが、今年、農家が農協に渡す価格がどれくらいかご存知ですか。
60キロ玄米価格で9千円です。あとで個別補償とか来年の売り切った段階で差額補填などが多少でますから、それでも1万1千円前後ではないでしょうか。
しかし、他方、東北農政局という農林水産省の出先機関が毎年、米60キロあたりどのくらいの生産費がかかっているかの平均値を出す。その平均値は1万5千なにがしという数字が発表された。
1万5千なにがしの生産費がかかっているお米を9千円、あるいは1万1千数百円くらいで売らなければならない、生産費より販売価格が下回っている、こういう風に米を売らなければならない状態が10年以上も続いている。
私の友人でMというのがいます。知っています?知らないですよね、(笑)Mは15haの水田を経営し、5haの大豆畑を経営しています。
ほぼEUの平均耕作面積と同じです。その彼と一緒にラーメンを食いながら「お前いつまで百姓するんだ」と聞いた。彼は「息子はすでに農業外に出そうと思っている。俺はコンバインの借金があるから、もう少し続けなければならないけど、でもあと数年で百姓から足を洗う、やっていけない」と言っていました。
兼業農家は何とかギリギリ、つまり何でそんなビジネスとしては全く成立しない、生産費が販売価格よりはるかに高いという状態を続けているかといえば、それはビジネスではないからです。農家の暮らしだからです。だからやっている。おそらく今年も多くの方が種を蒔くし、田んぼに苗を植えると思います。
一方で、67歳、俺の代が終わったら止めるよ、あるいはMのように20町歩の耕作をやっていても足を洗うよ、という形でどんどん気持ちの上では農村、水田から離れていく農業から離れていく、恐らくあと数年したら平均年齢67歳が70何歳になったら、風景を見ただけで、この国はもうだめだとはっきり誰の目にも分かるようになると思う。
そして、そこに来たのがTPP。1俵60キロあたり3千円前後の米が入ってくるということですよね。そんな中で米づくりをやっていけると思いますか皆さん。
面積の問題ではありません。大規模にいかにやったところで対応できるものではありません。日本の穀倉地帯は冬は半分は雪で覆われているんです。春と秋は必要労働力が高くなります。しかし、冬はまったく必要でないし、夏は少ししかいらない。
こんな労働力の自由な出し入れが出来ると思いますか?
それを農村がやってきたのは暮らしがあったからです。
恐らく、この国はみすぼらしい風景になっていくのではないかと思います。
TPPのまとめですが、まとめなどというものは僕にはできないと思います。皆さんのお気持ちの中にあるそれが全てだと思います。
農業だけではなしに医療も労働も金融も公共サービスも、おそらく全ての問題一つ一つが かなり深刻に日本に影響を与えていくだろうと思うんですね。
反対したよというような、表現としての反対運動だと思うんですね。だけど、この運動というのは絶対に勝たなければならない運動だと、絶対に勝利しなければならない運動だと思うんです。』
(No210-2に続く)
作成者
yajiuma
: 2011年10月21日(金) 20:15
[
コメント
: 0]
2011年10月14日(金)
No209-4 反TPPの声が駿河台に響き渡る その4
(ブログの字数制限の関係で、4つに分けてあります、No209-1から見てください。No209-3の続きです。)
『(7 オオタさんの続き)
しかし、それは実現したと同時にその弱点を露呈させた。グローバリゼーションに綻びが見える、それが現在の状況である。
それを何とか乗り切ろうとするのが自由貿易協定という問題の本質であり、そのことを考えてきちっと問題を分析しなければならない。
今日は、農業とか医療とか様々な産業分野から問題提起された。それを貫いて言うことができるのは、大国が世界全体の多様性を無視して文化的な民族的な様々な経済的社会のあり方を含めた多様性を無視して、ただ一つの市場経済という基準によって世界を制覇しようとする、それがグローバリゼーション、自由主義貿易経済の本質であるということで、一致点を持つということである。
同時に、特に農業とか食の問題について語る時に、それは危うくナショナリズムに足をすくわれるところがある。
例えば地産地消という言葉はいいでしょう。食糧主権という言葉もいいかもしれない。しかし、それらは、私たち民衆の側としては国家主権とはズラしたところで発言しなくてはならないだろう。
つまり、食や農をナショナリズムの立場から擁護するようなところに、我々がすくわれてしまうと、それは強固な日本国家主義、民族主義に繋がってしまうところがあるのではないか。
そこのところに注意しながら、これからもグローバリゼーションの象徴的な形としての、自由主義貿易体制、このような一つの基準によって世界を一色に染めるな、そういう立場からの様々な活動を続けたい。」
8 カマタさん
「NPO法人なつかしい未来の代表をしている。
ネパールでチベットの伝統医療の復興とか、現地の若者の平和教育、そして日本でコミニュニティづくりの学び、そして小川町の有機農家にサポーターとして援農に行っている。
なつかしい未来という団体はスウエーデンの世界におけるオピニオン・リーダーの方と協力関係にある。
この方は、グローバリゼーションに関する様々な問題に、最も初期に問題提起して、グローバライゼーションに対する国際フォーラムを立ち上げて問題提起を行なってきた。
私たちが進む方向は、グローバライゼーションではなくローカライゼーションである、ローカルな地域の力をもう一回取り戻すという方向にこそ、我々の希望ある未来が開ける、というアドバイス、提案をしてきた。
イギリスで一番最初のファーマーズ・マーケットという農家が直接消費者に売る直売所を立ち上げた。ヒマラヤのラダックという辺境地帯に住み、発展の名の下に世界で何が起きているのかを見てきた。
これらのことは「なつかしい未来、ラダックから学ぶ」という本にまとめられている。
私たちは、開発、発展、グローバリゼーション、社会の進歩と呼んできたものの夢から覚めるべき時ではないか。
そのためには、しっかりと知ること、仲間を見つけ学びを深め、その輪を広げていくこと。
TPPなど経済の仕組みについて、私たちはあまりにも人任せにしてきた。経済に関する基本的なことをしっかりと理解することが必要である、TPPについては単に反対するだけではなく、性急にサインするのは待ちましょう、それが何をもたらすのか私たちはしっかりと理解する必要がある、そういう運動をやっていく必要があると思っている。
今年は世界の経済政策を変えていくために、国際ローカリゼーション同盟というのを立ち上げてグローバリゼーションに関する問題提起を世界的に行なっていきたい。
ローカリゼーションに関しては食と農だけでなくてエネルギーの問題もある。エネルギーは電力会社によって集中的に管理されるようになってしまったが、そのことによって、原発の問題などは全く報道されない状況になっている。
医療や教育などいろいろなことに関して今こそグローバリゼーションという方向ではなくて、一人ひとりの力、地域の力を取り戻して、いろいろな分野が大同連結して社会のあり方、文明のあり方を変えていく、そんな時代に私たちはいると思っている。』
以上、3分間スピーチの後半部分を紹介した。
これらのスピーチの底流を流れるのは、地域主義、ローカリゼーションという思想である。
グローバリゼーションの中で、国家主義、民族主義に繋がってしまうことなく、自らのアイデンティティーを失わず、地域に根ざした活動をしていくことの大切さが伝わってくる。
次回は「TPPに反対する人々の運動」共同代表、菅野氏の集会総括のスピーチを紹介する。
(つづく)
作成者
yajiuma
: 2011年10月14日(金) 20:14
[
コメント
: 0]
No209-3 反TPPの声が駿河台に響き渡る その4
No209-2の続きです。
『(5 エンドウさんの続き)
一つ感じたのは、マスコミを信じてはいけないということ。新聞社によって立場とか背景が違うので、それを分かった上で、情報を集めなくてはいけないと強く感じた。その中から自分で情報を整理して、自分の考えを確立していくのが必要だと感じた。
もう一つは、文句を言う人は結構いると感じた。でもそのための義務を果たしているのか自分自身も反省しているところだが、今後、統一地方選挙もある中で、自分がああして欲しい、こうして欲しいというのだったら最低限、選挙に行くのは当然の義務だと思っている。
若い人に意見を政治に反映させていきたいので、選挙で1票を投じて、日本を良くしていきたい。」
6 ハラさん
「生物多様性農業支援センターで活動している。
TPP反対というのは、アホじゃないかということを言いたい。何故かというと、1993年の細川内閣の時のGATウルグアイラウンドの時のことをもう一回思い出そうじゃないか。
ムシロ旗を掲げて反対して米を一粒たりとも輸入しないという運動があったが、18年後、どうなったか。
米の価格は半分、減反が緩くなった訳でもない、なおかつデータで見ると耕作放棄地は20万haから40万haになっている。
これは、その時の政策の選択の問題とか、新食糧法の問題などいろいろな理由があると思う。
反対、反対、狼がくるぞ、という議論ではなくて、これからどうするんだという議論をきちんと国民全体でしなければいけないと感じている。
ですから、反対だけをやっているのではなく、今日の集会も反対だけの集会ではなく、皆で知恵を出すことが一番大切ではないかと思う。
EUはご存知のとおり1992年以前から、その議論をやっていた。マスコミは、当時の日本人にその話を知らせなかったし、そういう意味では私たち自身が国民として勉強し直さなければいけないと思う。
一つ思っていることは、農業というだけの視点での反対論ではなくて、耕作放棄地がどんどん増えていること、担い手の問題もある、さまざまな原因があるが、農地がどんどん無くなるということは、若い人たちの将来の生きる糧が作る場所が無くなること。
私たちは水田を中心としながら田んぼの生き物調査をずーとやっている。残念ながら今日の集会には田んぼの生き物たちは参加できない、声も出せない。だけど、彼らはそこに田んぼがあって、そこに水が入って百姓が米作りをしてくれるから生きられるという事実が厳としてある。
昨年は生物多様性の国際会議が名古屋で開かれ、韓国ではラムサールの会議で水田決議が行なわれているが、残念ながら、具体的な行動として出てこない。
今回のTPPに反対するなと言っているのではなくて、これを絶好の機会として農業だけではなく、わが国の国土をどういう風にしていくのか、若い人たちにこの国土をどういう風に残していけるのかという議論を国民全体の中でしていく、国土の中で農業の占める割合は大きい訳ですから、そんな議論が展開できたらいいなと思う。」
7 オオタさん
「出版や著述の仕事を通して、人類社会が抱えている問題についていろいろ書いたり分析したりしている。
大きな関心の一つは、植民地支配とか侵略戦争とか誰が考えても人道に対する犯罪と考えられるような罪を犯した国、それらの国々がいつまでも大きな政治的権力や経済的権力、軍事力を行使して、政界を支配していく、世界を制覇していくこの事態をどのようにしたら転覆できるのか、そのことが非常に大きな関心の一つ。
それは、世界を植民地支配し始めたヨーロッパ列強諸国を思い、19世紀中盤以降からはアメリカ帝国を思い、ヨーロッパに遅れること数世紀後に明治維新を迎えた近代国家日本を思えば、これらの国々がいつまでもG7、あるいはG8という首脳会議を開いて、世界の政治経済危機を作っている訳ですから、これほど欺瞞的なことはない。
このような政治・軍事支配を支えてきたのは、経済力であるが、ソ連が崩壊して20年間の現代史を通じてグローバリゼーションという形での現代資本主義の世界的制覇が実現した。』
(No209-4に続く)
作成者
yajiuma
: 2011年10月14日(金) 20:11
[
コメント
: 0]
No209-2 反TPPの声が駿河台に響き渡る その4
No209-1の続きです。
『3 ナイトウさん
「ファイナンシャル・プランナーをしている。
人々の望む暮らしを実現するお手伝いを、マネープランという側面から支えている。
15年前にファイナンシャル・プランナーになった時は、収入の予測を3%くらいの上昇を見込んで計画を立てるように教わってきた。
ところが、この15年、現場でそれが適用できたかというと、3%だったものを2%にしなくてはならない、あるいは1%、いや上昇しないのではないか、最近では、この収入がいつまで続くのだろうか、など、望む暮らしの実現どころか夢のない話を現場でしなくてはならない状況に置かれている。
収入、雇用という問題もそうだが、貧困とか病とか老いとか、自己責任が問えないようなことに対する社会保障もどんどん崩されている。
お客さんからは、「保険に入りたいが不安があるので、どんな保険がいいだろう」という相談が多くなった。
何が不安かというと「老いて病気になった時に、ちゃんとした医療が受けられないのではないか、お金がないので受けられないのではないか、だから保険に入りたい」ということ。でもその時に「私たちは介護保険制度があるので、そんなに心配することはないですよ」と言っても「介護保険制度も財源がなくてダメなんじゃないか」と言う方がたくさんいるのにビックリした。
日本の医療、保険制度が崩壊しているのではないかと私たちが思うことによって、崩壊してもいいと思う人たちがいるので、自分たちがそう思うことによって崩されていくという危機感を持った。
そこで、「日本の医療を守る市民の会」というのを立ち上げて、勉強会をやっている。
そこで知ったのは、本当に医療に財源が回っていなくて、医師の人たちが苛酷な条件の中で支えている状況だった。
TPP導入されることによって、一気にこの状況が進んでいくと思う。それをストップできるのは私たち自身の無知を克服することだと思う。
今日、農業の話を聞いて、農業も医療も非常によく似ていると思った。
医療も国際競争力ばかり注目されているが、地場産業としての医療がどんどんないがしろにされていく。
TPPは私たち一人ひとりの暮らしの問題に関わっているので、皆さんと一緒に反対していきたい。」
4 カナモリさん
「千葉県の成田から来た。
成田で百姓としてやっていくための見習い中。
百姓になろうと思ったきっかけは、大学を卒業してから会社員になり、営業職で、お客さんにとって必要そうでないはないと思いながらも(商品を)売っていた。そうしないと食べていけないので、渋々やっていた。
ある時、これはやはりおかしいということで会社を辞めた。
自分で食べものを作れる人が一番偉いし、収入の過多に関係なく安心できるとうことで百姓をやろうと思った。
TPPになると、(食糧)自給率が40%から14%になるという話がある。
自分が食べるために、他の国がいらないものを輸出して、その金で食糧を買うといのはいいことなのかと思う。食べものを買うために何かを売らなくてはならないということは、買ってくれる人の言うことをきかないと、何もできない国になってしまう。
それはちょっとおかしい気がする。
僕は30歳だが、この社会はおかしいと思う。こんな国に誰がしたと思う。
子供や孫の世代が、僕くらいの歳になった時にどう思うか、今の社会をいいなと思ってくれるのか、それともこんな社会に誰がしたと思ってしまうのか、僕はそういう風には思われたくない。
いい社会、いい世界、いい国、いい地域を残したい。僕は死ぬまで、より良い社会を作っていこうと活動していくと思う。」
5 エンドウさん
「社会人1年目で25歳。
こういった会があるのを自分で調べて見つけた。TPPは最近になって勉強し始めた。もともと新潟県の出身で、実家が兼業農家で米を作っている。その関係で農業に興味がある。
今年は知り合いの農家から畑を借りて、自分でも畑作業をやってみようかと考えている。
そういう農業に関わっていく中で、TPPというのは絡んでくる問題ということで、勉強を始めたのが今年から。
いろいろ勉強していく中で、マスコミで報じられているのは産業界対農業界みたいな構図とか、バスに乗り遅れるなとか、平成の開国だとかいうような発言しか表に出てこなくて、実際の中身はどうなんだろうというところが報道されていない。』
(No209-3に続く)
作成者
yajiuma
: 2011年10月14日(金) 20:07
[
コメント
: 0]
No209-1 反TPPの声が駿河台に響き渡る その4
No192に続き、2.26「TPPでは生きられない!」座談会について報告する。
当日、30数名(団体)の方々から反TPPの3分間スピーチがあったが、全部は紹介し切れないので、前半と後半の2回に分けて発言を紹介したい。
今回は後半部分の15名のうち8名の発言を紹介する。
発言者の正確な名前が分からないため、名前はカタカナ表示とした。また、掲載した発言は発言内容を要約したものである。
ブログの字数制限を越えるため、No209の1からNo209の4に分けて掲載する。
TPPをめぐっては、10月9日の読売新聞に、野田首相がTPPに参加する意向を固めたという記事が載っていた。
『野田首相は、11月にハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、環太平洋経済連携協定(TPP)への交渉参加を表明する意向を固め、関係省庁に参加表明に向けた準備に着手するよう指示した。
複数の政府関係者が8日、明らかにした。APECの加盟国のうち、米国など9か国がTPPの大枠合意を目指して交渉を進めており、首相は、ルール策定段階から日本が関与することが必要だと判断したとみられる。
TPP参加を巡っては、関税が下がることで国内市場が外国産品に席巻されることを懸念し農業団体などが反発している。与党内では農業関係議員らが議員連盟を結成し参加反対を求める署名活動を行っている。政府内でも、鹿野農相らが交渉参加に慎重な構えを崩していない。首相が今後、政府・与党や関係団体をどう調整するかが焦点になる。』
また、「TPPに反対する人々の運動」は、環太平洋経済連携協定(TPP)参加に反対するため、10月12日(水)に政府に対して申し入れを行なった。
「明大土曜会」もTPPに断固反対の立場から「TPP交渉への参加に強く反対します」の申し入れに賛同の署名をしている。
<3分間スピーチ>
『1 アオニシさん
「開発と権利のための行動センターのアオニシです。
TPP反対という立場から、自分たちの与えられている大地、水というものに対して自分たちが責任を持って使っていく必要があると思う。
そのためには自由貿易ではダメで、地域社会の資源、地域の自然と結びついた地域社会を作り上げていくが大切と考えている。
農地調達の問題から言うと、農産物価格高騰の中で、世界中で先住民族から、あるいは小農民から土地が奪われている。そういう状況を見れば自由貿易は本当に成り立つのかという意識を持たないといけないと思う。
市場経済の中における価格は、本来の価格を反映していない。環境の問題なり先住民族や労働者の権利の問題なりを反映していない。
私たちは、その内容を分からないので、価格で買っている。
私たちは、情報を持って市場経済の中で、自由貿易の中で、何が起きているのかを知らなければ、自由貿易を語る権利はない。
情報を持って、市民社会がコントロールできる経済を持っていく必要があるだろうし、コントロールできる範囲に市場経済のスピードを落としていかなければならない。
私たちが食べているものが、どういう所から来てどういう形で作られているのか、十分に考えた上で動いていく必要がある。
去年、ペルーと経済連携協定が結ばれたが、ペルーの先住民族は反対している。私たちに相談無く作るな、先住民族に協議するように求めている」
2 ヒラノさん
「千葉県成田市の三里塚から来た。地域の有機農産物を加工して、生協などに有機野菜を販売している。しがみついてでも地域で頑張るということが大事だと思っている。
成田市は成田空港のおかげで経済的に豊かな町だそうで、ウソだと思うが日本で一番住みやすい町と言われている。
しかし、私が住んでいる成田市東峰というところでは、頭の上を2分間隔でジェット機が100ホンという音で飛んでいる。近くの県道を通るバスは、朝夕合わせて5本の路線バスしかない。
お年寄りは買い物難民とか医療難民の状態で、そのバスをなかなか利用できなくて、空港を循環するバスがあって、そこまで出かけていって町に行かなくてはならない状態。ここで土を守るということで、頑張ってきた百姓は、巨大空港に反対する闘いを有機農業ということでずっとやってきた。
今日、その有機農業の魅力に惹かれて、若い人たちが新規就農を目ざして研修に来ている。
三里塚地区というのは、北千葉の有機農業の一つのメッカとして頑張り切っていると思う。
地域が大事、そこで頑張れるということが大事だと思う。」』
(No209-2に続く)
作成者
yajiuma
: 2011年10月14日(金) 20:03
[
コメント
: 0]