長野県の単立キリスト教会 マラナサ・グレイス・フェローシップ(MGF)の型破り牧仕のキリストバカ一代

ジーザス・フリーク、バイブル・マニアの皆さん、ようこそ! Welcome to Maranatha Grace Fellowship! Jesus not only loves you, He likes you too! Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

本ブログの聖書本文は断りのない限り新改訳聖書(新日本聖書刊行会)を使用

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2012年2月29日(水)

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 20/21

 兵庫のREJOICE GOSPEL CHOIRはメンバーの大半が阪神大震災を経験した。2010年のハイチ大震災後も関西のチャリティーライブに参加した。今回の震災後もライブで募金を呼びかけた。ディレクターの田中武さんは「遠距離で1人でも行くつもりだったが、20人集まった」と驚く。路上会場で震災の経験や「多方面の支援を受けて復興できた。力を失った弱さのとき、希望、力を見つけた」と語ると、観客で涙ぐむ人もあり、震災で家族を失った人から「励まされた」という声があった。

 同クワイヤーは「神戸からゴスペル〜希望の歌〜を」“Never Alone〜ひとりじゃない〜”をテーマに掲げ、13日(日)午前はシーサイドバイブルチャペル(内藤智裕牧師)の特別礼拝にて、午後は泉福音チャペル(伊藤博牧師)により10月にオープンしたばかりの東松島アメージンググレイス支援センターでのコンサートも開催した。各会場には、時に涙ぐみながら、時に笑顔で聞く方も多く、「温かい歌声に感動しました。」、「遠いところ来てくれてありがとう。」、「あなた方も辛かったのね。」、「また聴かせてね。」などの声が寄せられた。

 02年に「第3回全国ゴスペルクワイヤフェスティバル」グランプリを受賞したBROWN BLESSED VOICEも宇都宮市から駆けつけ、「日本中に元気を」と力強い歌声を披露した。

KIZUNAは昨年12月に結成された日本聖泉基督教会連合仙台聖泉キリスト教会のバンドだ。最初のコンサートは単立・シーサイドバイブルチャペルだったが、その1月後に同教会が津波で流出した。「メンバーは2世、3世の生粋のクリスチャン。心から神への賛美、感謝、復興への思いを歌います」と語った。

ハレルヤゴスペルファミリーも仙台を拠点にするゴスペルシンガー、ジョン・ルーカスを中心に仙台、石巻、秋田、関東などから駆けつけた。

 グッドニュース・プロジェクトは石巻市雄勝中学校でのゴスペル指導を3月まで続ける。仙台市のラジオ放送Radio3(FM76.2)ではジョン・ルーカスとナビゲーターhiroにより同フェスティバル応援番組「GOSPEL Makes You Happy」が放送(毎週金曜日午前11時30分〜正午、再放送午後10時30分〜午後11時)され「永井信義のグッドニュースコラム」もある。同フェスティバルの模様も放送予定。

〈引用以上〉


実は、長野県でも長野国際ゴスペルフェスティバルというものが、長野県上田市の信州国際音楽村で開催されている。こちらは教会(キリスト教団体)を主体としたものではなく、町おこしのようなイベントのようだ。一方、仙台ゴスペル・フェスティバルは永井信義牧師が主宰している。


今流行っている日本のゴスペルもキリスト教式結婚式同様世俗化している。そもそもクリスチャンでなければ本当の意味でゴスペルは歌えない。同様にバッハの音楽もすべて礼拝音楽なのでやはりクリスチャンでなければ正しく解釈できない。日本は和魂洋才主義、いいとこ取りで、西洋文明の本質であるキリスト教を骨抜きにし、知識、技術、文化、風習といったものだけを一人歩きさせてきた。日本では仏教や神道主義の大学よりも多い、キリスト教主義のミッションスクールなども同じ運命をたどってきた。クリスマスをはじめ、母の日、父の日も教会から生まれた行事だが、教会で祝うことはしない。だから日本にはキリスト教人口がなかなか定着しない。「西暦」という呼称もその最たるものだ。それは本来「キリスト紀元」と呼ばれるものである。単に「紀元前」と呼ばれる「BC」は「Before Christ」、つまりキリスト誕生前を意味し、「紀元」と呼ばれる「AD」は「Anno Domini」、ラテン語で「私たちの主の年」という意味である。今年はイエス・キリスト誕生2012年というわけだ(歴史的にはイエスは紀元前に誕生しているが、イエスはこの世に来る前から神の子として永遠に存在しておられる)。「キリスト紀元」から「キリスト」を削除して「西暦」と呼ぶのはいかにも日本らしい。

「日本国の大困難、その最大困難とは何でありますか、私は明白に申し上げます。それは、日本人がキリスト教を採用せずして、キリスト教的文明を採用したことであります。これが我が国今日凡ての困難の根本であります。…キリスト教文明とは読んで字のごとく、キリスト教によって起こった文明であります。しかるに、日本人はキリスト教的文明を採用し、その根本たり、原因たり、その精神たち、生命たるキリスト教そのものを採用しないのであります。」(内村鑑三 1861〜1930年 キリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者)

〈※翌日3月1日に続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 19/21

ちなみに日本で“フォークの神様”と呼ばれる岡林信康(1946―)は牧師の息子である。彼の実家はメンタム製造メーカー近江兄弟社の創業者であるウィリアム・メレル・ヴォーリズが創設した教会である。

父親は新潟県の出身で30歳まで新潟で農業をしていた。しかし、閉鎖的な村社会が嫌になって故郷を飛び出し滋賀県の紡績工場に就職。その時期に宣教師に出会い牧師となって大阪の神学校で通った後、近江八幡市の田んぼのど真ん中に西洋建築の教会を立てた。当地で信康は生まれる。近江兄弟社中学、滋賀県立八日市高等学校を経て、1966年に同志社大学神学部入学。熱心なキリスト教信者であったが、実家の教会の不良少女の扱いに疑問を感じ「脱出」、その後社会主義運動に身を投じる中で、高石ともやに出会いギターを始める。その言動から彼がクリスチャンかどうかは不明だ。

教会、キリスト教団体、クリスチャンと呼ばれるものたちが、若者たちにつまずきを与え、神から遠ざけてしまう。あってはならないことだがよくあることだ。あの尾崎豊もその犠牲者のひとりに数えられる。しかし、いつまでも人のせいにして逃げて回ってばかりいてはならない。人は必ず神と一対一で対峙して神との関係に自らの意志で結論を出さなければならない。


【日本で流行しているゴスペル】

ゴスペル音楽を楽しんでいる人口は、日本においても10万人を超えたとも言われている。日本各地でゴスペル教室、ゴスペル・クワイアーなどが流行っている。日本で最もゴスペルが盛んな所は東日本大震災の被災地仙台である。


◆『震災乗り越え「復興歌声祭典」仙台ゴスペルフェスティバル』
 (クリスチャン新聞 2011年11月28日)

 第10回仙台ゴスペル・フェスティバル(同実行委員会主催)が11月12日仙台市で開かれた。全国から100組約千200人が駅前、商店街、公園など11会場で歌声を響かせた。全国初の「ストリート型のゴスペル野外音楽祭」として始まった同祭は10年目。東日本大震災があり、開催が危ぶまれた。実行委員長の永井信義さん(福音の群・東北中央教会牧師)は「多くの方々から応援をいただき『復興歌声祭典』として開催が決まった。ゴスペルは愛、希望、祈り、いやし、救いの歌として世界中で歌われる。参加される方々とともに仙台の街を感謝の歌声でいっぱいにしたい」と述べた。

 ファイナルステージは全国から集まった参加者の思いに応え、仙台から全国に元気な歌声を届けようと"鎮魂、復興、感謝"をテーマに開かれた。数百人のマスクワイヤと会場を埋め尽くす観客が一体となり、「You are good」「Oh happy day」などが歌われた。

 全校生徒54人のうちほぼ全員の自宅が津波で流出した石巻市雄勝中学校生徒も出演。同実行委員会有志の「グッドニュース・プロジェクト」は同中学校を支援している。選択授業として公立中学校では全国で初めてゴスペル指導を実施した。生徒の希望によって「Oh hhappy day」、「翼をください」、音楽バンドいきものがかりの「帰りたくなったよ」が選ばれ歌われた。古タイヤにビニールテープを張った太鼓で「雄勝北興輪太鼓」も披露。3年生が引退するため最後の公演となった。10月まで避難所だった石巻市河北ビッグバンでもゴスペル指導。開催中学生とともに出演した。

女性ボーカルグループJADEは津波でメンバーを1人失った。コーラス経験がある人もいるが、ゴスペルの魅力は「より気持ちを込められ、自由に歌えること」。同フェスティバル参加は常連。毎週の練習は生活の一部だった。「イベントに向けてみんなで作り上げる喜びがあった。確実に1人いない喪失感がある」。喪失感と震災後の混乱で当初は「歌うという頭はなかった」。しかし春に参加予定だった「とっておきの音楽祭」に参加したことなどがきっかけとなり徐々に歌えるようになった。「歌う場面がありようやく立ち直った。機会を与えてくれて感謝します」と語った。


〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 18/21

★ヨランダ・アダムス(1961―)

教職を辞め、サウス・イースト・クワイヤーに入り、リード・ボーカルをつとめる。1987年「Just as I am」でソロデビュー。R&B風のゴスペルで90年代にはスポットライトを浴び、2000年には「Mountain High…Valley Low」でBillboard誌の年間ゴスペルランキングで一位に輝く。教員からアメリカのトップ・ヴォーカリストの仲間入りを果たすという快挙。1992、1999年、2005年、2006年にドーブ・アワード(ゴスペル・ミュージック・アソシエーションという、アメリカで最も大きなゴスペル音楽協会の音楽賞)、2001年にアメリカン・ミュージック・アワード(グラミー賞に続く音楽賞と言われる)、2001年からBETアワード(ブラック・エンターテイメント・チャンネルの音楽賞)を3連覇、2001年にソウル・トレイン・ミュージック・アワード(70年代から大人気だったR&B、ソウルミュージックの音楽番組にちなんで作られた音楽賞)、そして、1999年、2001年、2005年、2006年と4回のグラミー賞受賞。ゴスペル・アーティストとしてだけでなく、ベストR&Bや、ベスト女性ヴォーカリストとしても受賞している。カーク・フランクリンを紹介した時に言及した映画「THE GOSPEL(ゴスペル)」にも出演。

'I Love The Lord' tribute to Whitney Houston
http://www.youtube.com/watch?v=3WbZIjG_3sE


★アル・グリーン(1946−)

子供のころは家族でザ・グリーン・ブラザーズというグループを作り、ゴスペルを歌っていた。1970年のアルバム"Al Green Gets Next To You"と翌年の"Let's Stay Together"がヒット(タイトルトラックは全米シングルチャートで1位を獲得)、一躍スターとなる。1974年、グリーンは彼のガールフレンドから熱湯を浴びせかけられ、重度のやけどを負ってしまう。その後彼女は自殺。この出来事に深く心を痛めた彼は牧師になる決意をした。1980年代以降はゴスペル・シンガーに転身、また牧師として宣教活動に力を入れた。「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」に於いて第14位。

None But The Righteous.People Get Ready.The Lord Will Make A Way.I'll Fly Away.
http://www.youtube.com/watch?v=xHIth29FoPk


★アレサ・フランクリン(1942−)

米ソウル界の重鎮。父C・L・フランクリンは説教者として有名な教会の牧師であり、母バーバラ・シガーズ・フランクリンは優れたゴスペル歌手であった。両親は、アレサが幼い頃から別居していたが、アレサは父のもとで育てられ、父の教会でゴスペルを歌っていた。

ソウル・ミュージック歌手の中でも、サム・クックと共に一際ゴスペル・フィーリングの強い歌唱を持ち味としており、“クイーン・オブ・ソウル”あるいは“レディ・ソウル”の異名を持つ。1960年代後半の作品群が特に有名で、オーティス・レディングと共にサザン・ソウルの隆盛に寄与した。1987年、女性アーティスト初のロックの殿堂入りを果たした[2]。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第1位に選ばれている。ちなみにホイットニー・ヒューストンは、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」に於いて第34位。ホイットニーの母はアレサ・フランクリンのバック・コーラス担当歌手であった。

I Say A Little Prayer
http://www.youtube.com/watch?v=STKkWj2WpWM

★マヘリア・ジャクソン(1911−1972)

ゴスペル界最高峰の歌手として語り継がれている。バプティスト教会で唄い始める。1927年にシカゴへ移り、ゴスペルグループであるジョンソン・ブラザーズのメンバーとしてプロの音楽活動を開始する。

Amazing Grace
http://www.youtube.com/watch?v=ZJg5Op5W7yw


〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 16/20

★ドニー・マクラーキン

1959年ニューヨーク州アミティヴィル生まれ。お家は、あまり裕福ではなかったそうです。7歳の時に、当時2歳だった弟を交通事故で亡くしてしまいます。お母さんは薬物に頼るようになり、お父さんはお酒を飲んでは暴力をふるうようになり、ドニーはおじさんの家に預けられます。しかし、この叔父さんが、彼に性的な虐待をします。傷ついたドニーに容赦なく、またもや、いとこ達からも性的な虐待を受けます。身内からの虐待に大きな傷を負ったドニーは、ゴスペル・シンガーであった叔母さんの勧めで、キリスト教を受け入れます。友達もなく、自分はダメな人間だと自信がもてなかったというドニー少年は、教会に通うようになってから、教会とゴスペル音楽が唯一の楽しみだったといいます。

音楽の道に惹かれていったドニーは、10代でザ・マクラーキン・シンガーズを結成します。その後もニューヨーク・レストレーション・クワイヤを結成して、路上や刑務所でのコンサートを中心に活動を始めます。そして、1989年、パーフェクティング教会の牧師であるマーヴィン・ワイナンズに副牧師として雇われます。

その頃から、ドニーはボーカリストとして高い評価を受けるようになり、テイク6のプロデューサーらの目にとまります。1996年にソロデビューアルバム"Donnie McClurkin"をリリース。アメリカのTVで有名なパーソナリティーであるオフラ・ウィンフリーの支援もあり、そのアルバムは、ステラー賞を受賞し、グラミー賞、ドーヴ賞にもノミネートされます。

ゴスペル・アーティストとして、脚光を浴び始め、その後は次々と大きなステージに登場するようになります。映画「Prince of Egypt」のサントラ盤に参加し、ステラー賞「男性ヴォーカリスト・オブ・ザ・イヤー」など2部門を受賞。2000年のセカンドアルバム、「LIVE IN LONDON AND MORE」は、100万枚を超える大ヒットとなり、ビルボードゴスペル部門のヒットチャートNo.1、ステラー賞など6部門に渡り受賞。ゴスペル音楽界のスターとして君臨します。

絶大なる人気を集めたドニーでしたが、そんな中、自身が被虐待児であったことを赤裸々に綴った自伝「Eternal Victim / Eternal Victor (邦題:ドニー・マクラーキン ストーリー暗闇から光へ)」を2001年に出版します。このショッキングな自伝は、アメリカだけでなく、海外からも大きな反響を呼びます。そして、この年、ドニーはニューヨーク州のパーフェクティング教会の牧師になります。

牧師としての職業を選んだドニーですが、アーティストとしての活動も続け、2003年には『...Again 』では、ビルボードゴスペル部門のヒットチャート1位、グラミー賞最優秀コンテンポラリー・ソウル・ゴスペル・アルバム賞を受賞。『Psalms,Hymms and Spiritual Songs』は、第48回グラミー賞を獲得。ビルボード12位、同R&Bチャート5位、同ゴスペルチャート1位となります。

大きなゴスペル・イベントの広告にドニー・マクラーキンの顔が出ていないことがない・・・というほど、NYでは本当によく見かけます。それでも、ドニーを見たい、ドニーの歌を聴きたいという人は、後を絶ちません。彼の魅力は、ハンサムなルックスや歌唱力は、もちろん!しかし、耳の肥えたニューヨーカーを魅了するには、それだけでは不十分です。彼の魅力は、やはり表現力ではないでしょうか。さまざまな試練を乗り越えたドニーの心からくるサウンド、作られたものではなく彼自身から表現される「偽りのない」強くて優しい歌声に、胸を打たれるのだと思います。

http://gospelnow.org/HTML/backnumber/artist/artist9.htmlより

Donnie McClurkin Stand Whitney Houston Funeral
http://www.youtube.com/watch?v=YDiwVeLhXF0

〈続く〉

※ホイットニーの葬儀で歌うドニー・マクラーキン

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 16/21

★B・J・トーマス(1942―)

アメリカ合衆国のポピュラー歌手。1960年代から1970年代にかけてチャート1位を獲得するヒットソングを発表したことで知られる。ソロ活動を開始する以前、トーマスは十代で教会の聖歌隊に参加しており、その後音楽グループ「ザ・トライアンフス」(The Triumphs)に参加していた。

1969年の映画『明日に向って撃て!』の主題歌として、トーマスはバート・バカラック作曲・ハル・デイヴィッド作詞の楽曲「雨にぬれても」(Raindrops Keep Fallin' on My Head)を歌い、同曲は1970年1月にビルボード・ホット100チャート1位を記録した。この曲は同名のアルバムにも収録されている。このほかの1970年代のヒット曲としては、「君を信じたい」(Just Can't Help Believing, 1970年ビルボードチャート9位、後にエルヴィス・プレスリーによってカバー)、「ロックンロール・ララバイ」(Rock and Roll Lullaby)、「アウト・オブ・タウン」(Everybody is Out Of Town)、「歓びのハレルヤ」(Mighty Clouds of Joy)などがある。近年では、トーマスはコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックの分野で新たなファンを獲得している。2002年、トーマスは1980年代末以来となるシングル「You Call That A Mountain」(同名のアルバムからのシングルカット)でチャート入りを果たした。2007年10月には、新曲のみで構成されたアルバム『Love To Burn』をリリースしている。

Raindrops Keep Fallin' on My Head
http://www.youtube.com/watch?v=ZIqxnYZZNB8


★スティーヴィー・ワンダー(1950−)

ミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。歌のほか、様々な楽器を演奏するマルチ・インストゥルメンタリストであり、11歳の時にモータウンのTamlaレーベルと契約し、以来現在までモータウンひと筋に活動する。30曲以上のU.S.トップ10ヒットを放ち、計22部門でグラミー賞を受賞、最も受賞回数の多い男性ソロ・シンガーである。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」に於いて第9位。彼も少年時代聖歌隊でアクティブに活動していた。

Stevie Wonder Whitney Houston Funeral - Personal Ribbon In The Sky
http://www.youtube.com/watch?v=ibsS05cBFZA


〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 15/21

★サミュエル・クック(1931−1964)

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第4位。ミシシッピ州クラークスデイル生まれ。後に家族とともにシカゴに移住。父親は牧師であり、幼い頃から聖歌隊で歌う。19歳のときにゴスペル・グループのソウル・スターラーズのリードボーカルとなり、端正なルックスでゴスペル界ではアイドル的人気を博した。1957年にソロ歌手としてR&Bに転向し、「ユー・センド・ミー」がヒット。これをきっかけにR&B界で数々のヒットを飛ばし、発展目覚ましかったソウル/R&B界のスターとなる。それまでの黒人歌手のスタイルとは一線を画した洗練された音楽性が持ち味で、白人層からの人気も高かった。

1964年12月11日、ロサンゼルスのサウスセントラル地区にあったモーテルで管理人の女に射殺される。33歳没。死については、「行方の分からなくなった女性を探していたクックがモーテルの事務所に押しかけてトラブルになり銃で撃たれた」、「モーテルに連れ込んだ売春婦に金や服を盗まれたために仕方なく裸で追いかけた後に銃で撃たれた」など諸説がある。

The Soul Stirrers – Wonderful
http://www.youtube.com/watch?v=vjtcOh4hmyE



★ジャック・リロイ・“ジャッキー”・ウィルソン・ジュニア(1934―1984)

サム・クック、ジェイムズ・ブラウンと並び、ソウルのパイオニアの一人とされる。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」に於いて第26位に入っている。

That's Why I Love You So
http://www.youtube.com/watch?v=xZg_05h4EoU


★オーティス・レイ・レディング・ジュニア(1941−1967)

ゴスペル・シンガー兼説教者のオーティス・レイ・レディング・シニアの息子。独特の歌唱法でソウルに多大な影響を与えた。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」に於いて第8位。

I Can't Turn You Loose & Shake
http://www.youtube.com/watch?v=xpog_MxufzA


★ウィルソン・ピケット(1941−2006)

情熱的、野性的な歌声を持つ、サザン・ソウル、アトランティック・ソウルの代表的存在。
アラバマ州プラットヴィル生まれ。幼い頃からゴスペルを歌い。1950年代末にゴスペル歌手としてデビューする。のちにソウルに転向し、ファルコンズのメンバーとなる。「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」(In The Midnight Hour)、「ダンス天国」(Land of 1000 Dances)といった、現在でもR&Bのスタンダードとなるヒット曲を放った。

In The Midnight Hour
http://www.youtube.com/watch?v=5KFYUJ63nk8

〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 14/21

エルヴィスが本物のゴスペル・シンガーであり、クリスチャンであったという証言

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 1
http://www.youtube.com/watch?v=EOiuLVHjl_k&feature=related

He Touched Me (Vol 1) Pt. 2
http://www.youtube.com/watch?v=2n1MSrpcMsA&feature=related

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 3
http://www.youtube.com/watch?v=JzmwAieXJso&feature=related

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 4
http://www.youtube.com/watch?v=8AWVysNe3RM&feature=related

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 5
http://www.youtube.com/watch?v=X01IwDPRgXo&feature=related

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 6
http://www.youtube.com/watch?v=3eosc3L2Yd4&feature=related

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 7
http://www.youtube.com/watch?v=Y3grqrxJuFI&feature=related

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 8
http://www.youtube.com/watch?v=ZqBBzuBT7vE&feature=related

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 9
http://www.youtube.com/watch?v=9QPZYZ1CK9E&feature=related

He Touched Me (Vol 1) Pt. 10
http://www.youtube.com/watch?v=mK4WD44vO0w&feature=related

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 11
http://www.youtube.com/watch?v=53J5XzMfhG8&feature=related

He Touched Me (Vol. 1) Pt. 12
http://www.youtube.com/watch?v=cTPYBGqwsNw&feature=related


以下にセキュラー音楽業界で世界的に著名になった教会の聖歌隊出身の歌手を何人か紹介する。みな一時代を築いた者ばかり。

★マーヴィン・ゲイ(1939−1984)

ソロシンガーとして高い評価を受ける一方で、常に独創的なアイディアを持った先駆的な楽曲を数多く制作し、生前は言うに及ばず、没後も多くの黒人ミュージシャンを含む、世界のミュージシャンに大きな影響を与え続けるクリエイターである。

厳格な牧師の息子として生を受け、地元の教会で聖歌隊に参加したことがシンガーとしての第一歩である。歌と同時にピアノやドラムといった、いくつかの楽器の演奏技術も習得し、音楽の下地を養った。音楽に没頭するきっかけは、彼の父親の常軌を逸した躾であり、精神的な虐待であった。この悲劇的な側面は、後の彼の人生に大きな暗い影を落とすこととなる。

Mercy mercy me
http://www.youtube.com/watch?v=eGDtg_ElK-Y&feature=fvst

〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 13/21

離婚後もエルヴィスとプリシラは友人関係にあり、以前よりも密に連絡を取り合うようになったという。エルヴィスがツアーでロサンジェルスにいるときは、彼女の家を訪れたり、なにか事あるごとにプリシラをグレイスランドに呼び寄せたりして精神的にプリシラを頼りにしていた。二人は、リサ・マリーがまだ幼かったこともあって、二人が離婚したことでリサが不幸にならないようにと願っていた。リサとエルヴィスは頻繁に会っていたようだ。彼が死んだその日もリサはグレイスランドにいた。

 ちなみに一人娘のリサ・マリー・プレスリーは9歳で父親と死別したあと、母親とその恋人との間で複雑な問題を抱えていた孤独なハイスクール時代は、ドラッグ・エクスペリメントを繰り返し学校を転々とした。20歳でミュージシャンのダニー・キーオと結婚し、長女リリー、息子ベンジャミンを儲けるも6年で離婚。26歳でマイケル・ジャクソンと結婚するも2年で離婚。
2000年代に入り歌手としての活動を活発化させ、34歳で俳優のニコラス・ケイジと結婚するも3ヶ月で離婚。(ニコラス・ケイジがエルヴィスの大ファンであるため彼女はトロフィー・ワイフだといううわさもあった)2006年、マイケル・ロックウッドと京都で4度目の結婚。2008年8月5日にフィンリーとハーパーという双子の姉妹を出産。2010年、イングランドに移住したことを発表。

エルヴィスは、1977年8月16日にテネシー州メンフィスの自宅、グレイスランドで死去した。ガールフレンドのジンジャー・アルデンによって寝室のバスルームの床に倒れているところを発見され、バプテスト記念病院へ搬送されたが、医師は午後3:30に死亡を確認した。42歳没であった。検死後、死因は処方薬の極端な誤用による不整脈と公式に発表された。晩年、エルヴィスはストレスからくる過食症に陥ったことが原因で体重が激増したことに加え、75年くらいからは処方された睡眠薬などを「誤った使い方」で服用していた。「処方ドラッグをやっていた」とグレン・D・ハーディンなどのメンバー、さらにデル・“ソニー”・ウェストなどのメンフィス・マフィアのメンバーたちも語っている。グレンは詳しいことは死ぬまで語るつもりはないといっているが、ソニー・ウェストは暴露本を書いて中傷した。違法なドラッグは一切使用していないが、この処方ドラッグの影響で癇癪持ちになり、体調も維持できなくなってしまった。ホイットニーも似たような末路をたどってしまった。

エルヴィスに関するギネス・ワールド・レコーズ

世界で最も成功したソロ・アーティスト
全米No.1シングル18曲(歴代2位)/全英18曲(歴代1位)
最多ゴールド、プラチナ、マルチ・プラチナレコード獲得数:140タイトル
全米No.1アルバム9作/全英6作
全米チャート入りレコード149作/全英98作
シングル発売133枚
最も長時間No.1にエントリーしたアーティスト(80週)
最も長期に渡ってNo.1アルバムをチャートに送り込んだアーティスト(1956〜2002年)初のNo.1アルバム「エルヴィス・プレスリー登場!(1956)」から「ELVIS(2002年)」まで。
最多ヒットシングル記録(151曲)ビルボードtop100へのエントリー回数151回は最多。
1日で最もレコードを売ったアーティスト(エルヴィス・プレスリー/死の翌日、1977年8月17日) 2,000万枚以上の売り上げ。彼の死の衝撃が物語れる。
世界に最もファンクラブが多いアーティスト(エルヴィス・プレスリー)世界で(死後にもかかわらず)625のファンクラブが現在活動中である。
世界で最も訪問される墓(グレイスランド) エルヴィスの墓であるグレイスランドは、年間約70万人が訪れる墓。死後18年にあたる1995年には、歴代最多の753,965人が訪れた。アメリカの国定史跡。

明日に架ける橋(訳詞付)/エルビス・プレスリー
http://www.youtube.com/watch?v=XStHAJkSC0E

〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 12/21

ところで、ホイットニー・ヒューストンの母シシーは、かつてエルヴィス・プレスリーのバック・コーラスに参加していたこともある。

★エルヴィス・アーロン・プレスリー (1935−1977)

アメリカのロックンロールミュージシャン。ミドルネームは墓石には Aaron と綴られているが、サイン、公文書共に Aron である(アロンは聖書に登場するモーセの兄の名)。キング・オブ・ロックンロールまたはキングと称され、ギネス・ワールド・レコーズでは「史上最も成功したソロ・アーティスト」として認定されている。1977年8月16日、心臓発作により急逝。42歳だった。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第3位。現在彼はゴスペルシンガーとして再評価され、史上初の「クリスチャン・コンテポラリー・ミュージシャン」と呼ばれる。

エルヴィスの家は敬虔なクリスチャンで、
近所のファースト・アセンブ リー・オヴ・ゴット
教会に毎週日曜日になると通った。エルヴィスは回想する。「母によると、僕が2歳の頃、教会で聖歌隊が好きで、母のひざから降りて、歌詞は歌えないがメロディーを一緒に口ずさんでいたという。4歳とか5歳になると、日曜日がすごく待ちどうしかったのを覚えている。日当たりのいい、行きつけの古い教会が大好きで、両親が一緒に居て僕を見守ってくれていた。初めにも終わりにも、そこが歌を練習した唯一の場所だった。できるだけ大きい声で音程を外さないように歌うよう努めた。」エルヴィスは教会の聖歌隊が歌い始めると、体を動かせてダンスしたり、歌詞を真似て賛美歌を歌っていたという。
5歳の時にはすでに聖歌隊の一員として歌うようになる。日曜日の午後に教会の外で黒人の歌うゴスペル・ソングを聴いていたという伝説があり、エルビスは「教会のゴスペル・ソングから学んだ」と言ったことがある。
貧しい環境の中、歌を歌うことが数少ない楽しみのひとつだったのだろう。
それはエルヴィスの
「夕食が済み、皿を片付けた後、父と母と僕は歌を歌って、三人でハモりました。
それが、当時の僕たちの娯楽でした。」
という言葉からもわかる。


黒人のリズム・アンド・ブルースと白人のカントリー&ウェスタンを融合することによって、今までにない新しい音〈ロック〉を誕生させ、広めた人物として知られる。初期はアメリカ、そして世界中の若者にロックンロールによって人気を博し、後期になるとラスベガスの舞台でカントリーやゴスペル、バラードなどを歌い、万人に愛される人物となった。ナンバー1ヒットは全18曲、合計80週間である。曲数はビートルズに次ぐ歴代2位である。週間数に関しては歴代1位である。ちなみに2位はマライア・キャリーの79週。(ビルボードに準拠)

ロックン・ロール、リズム&ブルース、ゴスペル・ミュージックの3部門のいずれも殿堂入りした初のアーティストとなった。また、今のところ3度グラミー賞を受賞しているが、3度ともロック部門ではなくゴスペル部門においての受賞であり、エルヴィスは終生この事を誇りにした。

エルヴィスには離婚歴がある。彼は1967年5月1日には、ラスベガスのアラジン・ホテルでプリシラ・アン・ボーリューと結婚。プリシラはエルヴィスのドイツでの所属部隊長の継子であった。エルヴィスは未成年であったプリシラを自分の父親とその妻の家に同居させ、有名なカソリックの女子高に通わせて、きちんと卒業させるということをプリシラの母親と継父に約束してプリシラをメンフィスで暮らせるようにした。しかし、程なく二人はグレイスランドで一緒に暮らすようになっていく。8年後に結婚し、1968年2月1日には娘リサ・マリー・プレスリーが生まれる。

その4年後、結婚前から続いているエルヴィスの生活習慣(昼と夜が逆転した生活、メンフィス・マフィア(エルヴィスの取り巻き)といつも一緒の生活、さらに年間何ヶ月にも及ぶコンサートツアーによる別居生活などのさまざまな理由から、彼女は空手教師のもとに走り、二人の結婚生活は破綻してしまう。グレイスランドを出たプリシラはリサ・マリーを引き取り、ロサンジェルスに住居を移す。1973年10月9日に正式離婚。

『Elvis Presley Gospel Medley』
http://www.youtube.com/watch?v=PkxkmbTyFOI

〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 11/21

★21世紀のマライア・キャリー、ジェシカ・シンプソン(1980―)

シンガーソングライター。父は南部バプテスト(プロテスタント)派の牧師、母ティナは元日曜学校の教師、妹アシュリー・シンプソンは姉と同じくシンガーソングライター。「21世紀のマライア・キャリー」のキャッチコピーで大々的に売り出され、"I Wanna Love You Forever"でデビュー。ビルボードHOT100において最高3位を5週連続に渡って記録する大ヒットとなり華々しいデビューを飾る。そして、その後1stアルバム『Sweet Kisses』をリリース。まだ見ぬ未来の夫に捧げたという"Heart Of Innocence"では作詞にも参加し「結婚するまで純潔を守る」と発言した。本人が人生の一部だと語るゴスペルスタンダードナンバー"His Eye Is On The Sparrow"を収録。離婚。敬虔なバプテスト、純潔運動家と知られ、一時期はヴァージンをカミングアウトしていた。離婚後、近年は恋多き女性として知られている。影響を受けたシンガーにはマライア・キャリー、トニー・ブラクストン、シャナイア・トゥエイン等を挙げている。

『His Eye Is On The Sparrow』
http://www.youtube.com/watch?v=AWNFSVe8VXA


★R&Bの女王ビヨンセ(1981―)

ビヨンセ・ジゼル・ノウルズ。シンガーソングライター、音楽プロデューサー。デスティニーズ・チャイルド初期からのメンバーで、グループではリードボーカル、プロデューサーも兼ねた。これまでのCDトータルセールスは、全世界で2500万枚以上。 デスティニーズ・チャイルド時代を含めると全世界で5000万枚を超える。2010年にはグラミー賞6冠を達成している。

アフリカ系アメリカ人のマシュー・ノウルズとルイジアナ・クレオールの祖先(アメリカインディアン、フランス人の血を引く)を持つティナとの間に、長女として生まれた。フランス領ルイジアナとのゆかりからフランス系の名「ビヨンセ」と命名される。Beyonce(発音は異なる)はティナの旧姓でもあった。7歳ごろのビヨンセはダンス・スクールに通い、教会の聖歌隊員だった。ビヨンセも純潔を守り、夫に出会うまで処女であったという。


◆『有名になり過ぎてビヨンセが教会通い断念』
 (CJC 2008年5月26日)

 『米エンターテインメント史上最も美しい女性』との評判を得た「デスティニーズ・チャイルド」のビヨンセ・ノウルズ(26)は、7歳のころから聖歌隊で歌うなど、テキサス州ヒューストンの教会に熱心に通っていたが、礼拝に出る度にファンにもみくちゃにされ、「恥ずかしくてもう行けない」と断念することにした。専門通信『コンタクトミュージック』などが報じた。

 「説教の最中にも押し寄せて、行動の全てを注視している。携帯電話で写真もとるし、良い人たちだけれど…。もしも日曜礼拝に行くのを止めても、神様は理解されると思う」と言う。

 またラッパーのジェイZとの結婚について、否定もしないし、話すことはない、と語っている。

〈引用以上〉


ビヨンセもホイットニーと同じく教会の聖歌隊出身の歌手で似たような経歴を持つ。同じ轍を踏むことがないように願いたい。

Beyoncé - Gospel Medley
http://www.youtube.com/watch?v=UO9NjB-LcGU


〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

2012年2月28日(火)

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 10/21

以下の英文記事には、マライアの信仰体験が綴られている。彼女は神と彼女の牧師に対する敬愛を公に宣言している。


Mariah Carey Testifies New Career Success Down to God

American pop queen Mariah Carey recently has announced that her two biggest loves are God and her pastor.

Christian today August 5, 2006,

American pop queen Mariah Carey recently has announced that her two biggest loves are God and her pastor.

The singer credits her faith with helping her recover from a breakdown after the failure of her 2002 album Glitter.

After being dropped by Virgin Records, she was picked up by Rev Clarence Keaton who helped her rebuild her life. The minister performed with her on stage at this year's Grammy Awards.

Throughout her lifetime, Carey has spoken about being reborn multiple times.
According to an article in American magazine Cosmo Girl, Carey said: "I do believe that I have been born again in a lot of ways. I think what I've changed are my priorities and my relationships with God."

Referring to her reported "breakdown" two years ago, she continued: "I feel the difference when I don't have my private moments to pray. I said to my father when I went through all that stuff, 'I feel like I've gone through everything but death, so I'm not scared of anything anymore.’
"Once you fall that hard and have been kicked and kicked you learn to protect yourself. I'm a fighter, but I learned that I'm not in charge. Whatever God wants to happen is what's going to happen. I feel like I've had endless second, third, fourth, fifth and sixth chances. It's by the grace of God I'm still here. Yes, I'm frustrated a lot of the time, I go through bad days. But, I'm ecstatic where I am."


〈※明日へ続く〉


※写真はマライア・キャリーとクラレンス・キートン牧師

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 9/21

★マライア・キャリー(1970−)

シンガーソングライター、音楽プロデューサー、女優。ベネズエラ系移民の父(アフリカ系ベネズエラ人とアフリカ系アメリカ人のハーフ)とアイルランド系アメリカ人の母(白人)の間に3人兄弟の末っ子として、ニューヨーク州ロングアイランドに生まれ醜い人種差別に耐えながら幼少期を過ごした。音楽はブラックミュージックを基盤としている。

彼女の持つ18曲の全米No.1シングル(Billboard Hot 100)はビートルズに次いで歴代2位で、女性アーティストとしては1位であり、ソロ歌手としても歴代1位である。全米TOP10シングル獲得数は27曲でアーティストして歴代5位。

2000年にはWorld Music Awardsにてこれまでに最も多くのレコードを売った女性として表彰された。(男性アーティストはマイケル・ジャクソン)。 これまでWorld Music Awardsにて17回受賞(アーティストとして最多)。

その他にも俳優(女優)としての受賞を含め、グラミー賞、American Music Awards、Billboard Music Awards、などの音楽4大音楽賞を含め数々の受賞歴がある。

全世界でシングルセールス6500万枚以上。アルバムセールス1億7500万枚以上。トータルセールス2億4000万枚以上のセールスを記録している。一方でデジタルセールスでは1380万ダウンロードを超えるセールス(米国内のみ)を記録している。

2009年12月に米のビルボードが発表した2000年代(過去10年)アメリカでの最大ヒット曲と最もラジオで流れた曲に 「We Belong Together 」(2005年発売)が1位になる。「世界一高い声を出すシンガーソングライター」としてギネス・ブックに登録されている。


マライアがアルバムの中で最も内省的な曲で一番ボーカル的にも歌詞的にも力強い曲は"Fly Like a Bird"と言っている。曲の中ではマライアの牧師で彼女の結婚式の司式もしたクラレンス・キートンがしゃべっている。「だから私にとってとても特別な曲なの」とマライアは言っている。

Somehow I know that
There's a place up above
With no more hurt and struggling
Free of all atrocities and suffering
Because I feel the unconditional love
From one who cares enough for me
To erase all my burdens
And let me be free to

[chorus]
Fly like a bird
Take to the sky
I need you now Lord
Carry me high
Don't let the world break me tonight
I need the strength of you by my side
Sometimes this life can be so cold
I pray you'll come and carry me home

Can we recover
Will the world ever be
A place of peace and harmony
With no war and with no brutality
If we loved each other
We would find victory
But in this harsh reality
Sometimes I'm so despondant
That I feel the need to

[chorus]

Keep your head to the sky
With God's love you'll survive

Fly like a bird
Take to the sky
I need you now Lord
Carry me high
Don't let the world break me tonight
I need the strength of You by my side

Sometimes this life can be so cold
I pray You'll come and carry me home
Carry me higher, higher, higher
Carry me higher, higher, higher
Carry me home
Higher Jesus
Carry me higher Lord

『Fly Like a Bird』
http://www.youtube.com/watch?v=3Sne4SLRISM

〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 8/21

世界で成功している歌手の多くは幼少期に教会で神賛美に触れた経験を持つ。彼らの音楽的センス、歌唱力は教会で培われた。あのマライア・キャリーもそのうちの一人である。彼女は、1998年にはホイットニー・ヒューストンとのデュエット曲「When You Believe」(映画『プリンス・オブ・エジプト』主題歌)を発表している。

When You Believe 訳詞付/ Mariah Carey & Whitney Houston‬
http://www.youtube.com/watch?v=harD6rbrOTg

数年前、アカデミー最優秀主題歌賞に選ばれた、「When you believe」「あなたが信じる時」というゴスペルソングがあります。(スティーブン・シュワルツという人が作詞・作曲をし、マライヤ・キャリーとホイットニー・ヒューストンによって、デュエットで歌われた) この曲は、旧約聖書の出エジプト記を題材にしたアニメ映画「プリンス・オブ・エジプト」の主題歌でした。(この映画は若干脚色されていますが、最新のコンピュータグラフィックスを使って、聖書を生き生きと描いています。海が分かれるシーンや海の底を歩いて渡るシーンなども見ごたえがあります)
 さて、この「When you believe」「あなたが信じる時」という歌の歌詞を、ここで少し、皆さんに紹介したいのです。こんな内容の歌詞です。

『幾日もの夜、私たちは祈りが聞かれるという確信を持てないけれども祈り続けてきた。
私たちの心の中には、小さな希望の歌があった。
今、私たちは、たくさんの恐ろしいことがあるのを知っている。でももう恐れない。
そんなことができると気付くずっと前から、私たちは山々を動かしていたから。

あなたが信じる時、奇跡が起こる。
希望はかすかなものであっても、それを消すことはできない。
誰が知っているだろうか、どんな奇跡をあなたが成し遂げるかを。
あなたが信じる時、
必ずあなたは神の栄光に満ちた奇跡を見るはず。
あなたが信じるなら、あなたは神の奇跡を見るはず。

この恐れの時、
祈りが次々と空しく消えていく時。
希望はまるで夏の鳥のよう、
とても素早く空に飛び去ってしまう。
でも今、私はここに立っている。
私の心はとても満たされて、言葉にあらわせないほど。
捜し求めていた信仰、口にしているこの言葉。
私がこんなことを言うなんて、思いもしなかった。

あなたが信じる時、奇跡が起こる。
希望はかすかなものであっても、それを消すことはできない。
誰が知っているだろうか、どんな奇跡をあなたが成し遂げるかを。
あなたが信じる時、
必ずあなたは神の奇跡を見るはず。
あなたが信じるなら、あなたは神の奇跡を見るはず。

あなたが祈り求めても、いつも奇跡が起こるわけじゃない。
だから恐れと失望の中に落込んでいくことは簡単なこと。
でも、あなたが信仰を通して現実を見るとき、
あなたは雨の中で救いの道を見出す。
そして「助けはとても近くにある」とその道を歩いているあなたは言うでしょう。』

 この中で、特にわたしの心に印象深く残っているのは、「そんなことができると気付くずっと前から、私たちは山々を動かしていた」という言葉です。これは短い言葉ですが、聖書が教えている信仰を、的確に表現している言葉ではないかと思います。この言葉が意味しているのは、つまりこういうことです。「私たちが心の中で感じているよりもはるかに確実に、私たちの祈りは主なる神に聞かれている」ということです。
 実際私たちキリスト者は、祈ってもすぐに応えられない経験をしばしば味わいます。また、まさに山のようにちょっとやそっとでは動かない、いや不可能だと思われる祈りの課題がたくさんあります。家族・親族や友人を覚えて祈る時、そんなふうに感じます。また、高い地位にある方たちや国々を覚えて祈る時、教会を覚えて祈る時、そんなふうに感じてしまいます。けれども、みこころにかなった祈りを主イエスに祈る時、この世界を包む主の祈りを日々祈る時、「そんなことができると気付くずっと前から、私たちは山々を動かしている」ということが起っているのです。

http://gospel.sakura.ne.jp/message16.htmlより


「奇跡は信仰の生む愛し子である。」(ゲーテ 1749-1832 ドイツの作家)

「信仰は山を持ち上げる。然り、不条理という山をである。」(アンドレ・ジッド 1869-1951 フランスの小説家)

「奇跡が信仰を証明するのではない。信仰が奇跡を受け入れさせるのである。」(P・H・シモン 1903-1972 フランスの作家)

「わたしが奇跡的だと思うのは奇跡ではなく、神が奇跡を行なわない瞬間こそ奇跡である。」(D・ドゥコワン 1945- フランスの作家)

〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 7/21

なおゴスペル・ミュージックには、1930年代から黒人教会で演奏され始めたブラック・ゴスペル(一般的にはこちらを指す)と、南部州の白人クリスチャンアーティストが歌っていたホワイト・ゴスペルがある。今日では、ブラック・ゴスペルを「ゴスペル」、ホワイト・ゴスペルを「コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック(CCM)」と呼ぶのが通例。ちなみに、このCCMのパイオニアがカルバリー・チャペルの「ジーザス・ミュージック」である。

さて、ゴスペルと教会を舞台にした、ゴスペル・ファン垂涎の映画「ゴスペル(THE GOSPEL)」は、ホイットニー・ヒューストンの生涯にも多少オーバーラップする。この映画の音楽をゴスペル界のカリスマと呼ばれるカーク・フランクリンが担当している。

ストーリーは、母親の死から父と対立した息子が家をでて、R&Bシンガーとして成功している。そんなとき、父親の病気を知らされ故郷の教会に戻り、父と和解するものの、父親は間もなく病気で死んでしまう。愛や友情に裏切られ、人生の困難にぶち当たる。「完璧な教会はない。完璧なのは神だけだ。」
そのセリフの通り、教会の牧師といえども悩み、野心を持ち、人生の選択を誤ってしまう。ちなみに教会経営の話は、映画「天使にラブソングを2」でも付属の学校が資金不足で閉鎖になるといったエピソードが出てくる。

映画『THE GOSPEL』の一部
http://www.youtube.com/watch?v=IHPk8lozxJw

ここでカーク・フランクリンに触れておきたい。彼はこの度3月2〜4日に開催されるフランクリン・グラハム(世界的伝道者ビリー・グラハムの息子)がメイン・スピーカーを務める『東北・希望の祭典』にゲスト出演する。


★カーク・フランクリン(1970―)

ゴスペルをヒップ・ホップ等の音楽を取り入れた、アーバン・コンテンポラリー・ゴスペルというスタイルを用いている。また彼はクワイアを率いているが、伝統的なスタイルではなく、ストリート感覚のある洗練されたファッションセンスを持っている。Hosanna、Brighter Day、September、When I Get There、Revolutionなどの曲が有名。

『Hosanna』
http://www.youtube.com/watch?v=nhx8FHYBs7k

『Brighter Day』
http://www.youtube.com/watch?v=7VTBtW3rD74

『September』
http://www.youtube.com/watch?v=7lQZ6j6UGrM&ob=av2e

『When I Get There』
http://www.youtube.com/watch?v=8kOIgWVMeOM

『Revolution』
http://www.youtube.com/watch?v=jr41skFqzb8&ob=av2e

母親は出産当時15歳の未婚者。実の父親は誰であるかはカーク自身も知らない。カークは母親に虐待され続けた後、3歳の時にクリスチャンである64歳の叔母に引き取られた。以来その叔母と共に教会に通い始め、彼の音楽の才能を見出した叔母が、空きカン集めをして彼のピアノ・レッスン代を工面した。ホイットニーと同じくわずか11歳にして教会の音楽リーダーとなる。このころ教会音楽の作曲・編曲を始める。両親不在の寂しさからカークは非行へと走るようになる。しかし、親友が15歳の若さで銃に撃たれ死亡したのをきっかけに、間違った人生を歩んでいたことに気付き、再びミュージシャンとしての人生を神に捧げることになる。1993年にデビュー・アルバム『カーク・フランクリン&ザ・ファミリー』でゴスペル界初のプラチナ・ディスクを獲得し、グラミー賞を受賞。90年代後期、カーク・フランクリンはゴスペル及びそれ以外のノンクリスチャンのジャンルでもスーパースターになり、音楽業界の革命児となる。


Kirk Franklin & Whitney Houston Gospel Medley (1996)
http://www.youtube.com/watch?v=KQkwbUMJ7kA

〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

ホイットニー・ヒューストン、プレスリー 福音歌手の栄光と凋落 ゴスペル vs 誤スペル? 6/21

【ゴスペルについて】

ゴスペル(Gospel music)は、アメリカ発祥の音楽の一ジャンル。元来はキリスト教プロテスタント系の宗教音楽。ゴスペルは英語で福音および福音書の意。ゴスペルソング、またゴスペル音楽ともいう。

現代英語の福音(Gospel)は、古い英語の単語Godspellから来ている。古い英語でspellはwordを意味した。換言すればGodspellは、神の言葉を意味する。そのため福音は神の言葉の内に見出される良き知らせである。福音(エヴァンゲリオン)とはギリシャ語で、「良い(euエウ- 、"good")知らせ(-angelion アンゲリオン、"message")」という意味で、英語に直訳すると、good newsとなる。マラトンの戦いの勝利の伝令のような戦争の勝利や出産など、喜ばしいことを伝える手紙などを指した。イエス・キリストの十字架刑と復活の後、イエスの弟子(使徒)たちは「神の国(支配)が到来した」というイエスのメッセージを世界に広げるために宣教を始めたが、これを弟子たちは「良い知らせ」と呼んだのである。マルコ福音書はその冒頭を「イエス・キリストの良い知らせの初め」で書き出している。使徒パウロは福音を以下のようにまとめている。

「兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。

また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、

また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、」(1コリント15:1−4)

また彼は福音についてこうも言っている。「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。『義人は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです。」(ローマ1:16、17)

さて、奴隷としてアメリカ大陸に連行されたアフリカ人は彼ら独自の言語・宗教などをいっさい剥奪された苦しい状況下で、彼らのうちのある人々は、救いを与えるゴスペル(福音)と出会い、個人的なキリスト教への改心を経て、神に彼ら独自の賛美をささげるようになった。こうしてアフリカ特有の跳躍するリズム、ブルー・ノート・スケールや口承の伝統などとヨーロッパ賛美歌などの音楽的・詩的感性が融合してスピリチュアル(黒人霊歌 negro spiritual などとも言う)という現在のゴスペルの基調となる音楽が生まれた。後年になってジャズやロックなど様々なジャンルと結びついてその音楽性は今も進化し続けている。ジャズ、ブルース、リズム・アンド・ブルース、ヒップホップ、ファンク、ラテンファンクなど、黒人音楽の多様化はそのままゴスペルの世界にも投影され、聖書をベースとしたメッセージ(原則プロテスタント解釈による)がこれらの多様な黒人音楽スタイルにのせて歌われるもの全てが市場ではゴスペルであるとされる為、ゴスペル音楽という言葉は現在、直接音楽のスタイルを指さないものとなりつつある。ちなみに、サイモン&ガーファンクルの世界的ヒット曲「明日にかける橋」はゴスペルにインスパイアされたものであるとされ、アフリカ等ではキリスト教会に“逆輸入”されている。エルヴィス・プレスリーもカバーしている。

キリスト教会でもこれを用いる教会と用いない教会があるが、特に青少年のための礼拝にはバンドまで繰り出して盛んに使われ、ローマ・カトリック教会でも事実上若い信者の獲得のために公認している。ウーピー・ゴールドバーグ主演の映画『天使にラブ・ソングを… Sister Act (1992) 』はカトリックの修道院が舞台である。その中の一ゴスペルナンバー、「Oh Happy Day」がゴスペルブームの火付け役となった事もあり、日本ではこの映画で歌われている音楽全体をゴスペルであるとする考えが浸透している。

『天使にラブ・ソングを… Sister Act (1992) 』
http://www.youtube.com/watch?v=wilBK-zuZLk

〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi
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