長野県の単立キリスト教会 マラナサ・グレイス・フェローシップ(MGF)の型破り牧仕のキリストバカ一代

ジーザス・フリーク、バイブル・マニアの皆さん、ようこそ! Welcome to Maranatha Grace Fellowship! Jesus not only loves you, He likes you too! Pastor & Servant Kazunari Kikuchi 時流に抗する愚直一筋の耶蘇坊主、菊地一徳

本ブログの聖書本文は断りのない限り新改訳聖書(新日本聖書刊行会)を使用

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2012年5月24日(木)

三浦光世・三浦綾子クリスチャン夫妻の聖書的結婚観・夫婦論  4/14

『愛すること信ずること』(三浦綾子著)

この文庫本の帯には「結婚するあなたへ」とあり、三浦夫妻の夫婦論をまとめた代表作である。理想の夫婦像をその生き方を通して私達に示した三浦夫妻の「すばらしい結婚生活の秘訣」がこの書には余す所なく書き記されている。その秘訣の中で最も大切なものは、「互いにほめ合う」ということだ。また、三浦綾子さんは「互いに責め合わない」ことを提案している。ある章のタイトルで「家庭は裁判所ではない」とあるが、このタイトルは多くの家庭が抱えている問題を見事に言い表している。家庭は相手を断罪する所ではなく、相手を赦し、生かす所であることを三浦綾子さんははっきりと教えている。
 これと関連することとして、相手をけなさないことも語られている。「鳴らずのバイオリン」という章があるが、そこでは何かをできる人が結婚相手にけなされることによって何もできなくなってしまうことがわかりやすく表現されている。光世さんは綾子さんに「綾子は鳴らないバイオリンをも鳴らすほうだよ」と言ってくれたという。
 そして、三浦綾子さんは「共通の目的を持つ」ことの重要性も述べている。「性生活のない夫婦の愛情」という章で、三浦綾子さんは3組の夫婦を挙げ、性生活が持てないような状況下でも共通の目的を持ち、愛し合い続けた夫婦がいたことを証ししている。「忘れえぬ夜」という章では三浦夫妻がクリスマスの夜トラクト配布をする姿が描かれているが、ここに共通の目的を持って生きておられる理想の夫婦像をはっきりと見ることができる。

以下は『愛すること信ずること』からの抜粋

〈夫の歌を聞く〉――結婚して以来、わたしは心の底ででも、夫を軽べつしたことは一度もない。むしろ、わたしの口は「ハッキリ」とものを言うために、「ハッキリ」とほめてきたかもしれない。「うちにはテレビがないけれど、三浦が、歌が上手なものですから、テレビなどいらないんですよ」などと、ぬけぬけとわたしは言う。そして、三浦がうたってくれると、ウットリと三浦の顔を眺め、悲しい歌は涙を流して聞いてしまう。人から見ると、いい年をして馬鹿な女と笑われるかもしれない。だが、夫の歌がこの上なく楽しいことは、べつだん他人様の迷惑にはなるまい。夫婦なんて、それでいいんじゃないかと思う。聖書にも、人のことをあれこれ言うなと書いてある。「さばくな」と。

「私は結婚以来、私の母や兄弟達に、三浦の悪口を言ったことは一度もない。むろん他人様にもいわない。夫婦というものは、親や兄弟に対するよりも、はるかに赤裸々な姿を、遠慮なくさらけ出し合っている。人間である以上、むろん欠点もあるし、気になる癖もある。だが、それは妻の前、夫の前だからこそ、見せることの出来る欠点であり、癖ではないだろうか。それを、まるで録音録画放送のように、「うちはこうなのよ、ああなのよ」と、他人様にさらされては、とても安心して共に住めないのではないか。夫婦がお互いの悪口を言うのは、大いなる裏切り行為だと、私は頑固に信じ込んでいる。私のように、半町も離れていない銭湯に行く夫に、いつまでも手を振って見送るなどというのは、少しく度が過ぎて神経衰弱の気味があるが(略)」

「とにかく、よい人生を送るには、よい伴侶が必要だ。よい結婚とは、よい相手を得ることだ。よい相手を得るには、独身時代の生き方が問題になる。自分が流行を追って、同性と美を争っているときに目の前に現れた男性などは、あまり信用のできる相手ではない。人生とは他との戦いではなく、自分自身のなかにうごめく、わがまま、怠惰、勝ち気、冷淡、さまざまのよからぬ欲望などとの戦いであると知ったとき、わたしたちの生活内容はたしかに変わる。そして、自分が変わったときには、いつの間にか自分のその生き方を育ててくれる男性が現れるものだ。ウソではない。わたし自身が変わったとき、三十を半ばも過ぎた寝たっきりのわたしにさえ、そんな男性がいく人も現れたのだから。」

「真の愛というものは、愛するにふさわしいものを愛するのではなく、だれからもかえりみられない価値なきものを愛することなのではないか。」

「結婚適齢期なんて、だれがつくった言葉なのだろう。人間はケモノじゃないのだ。よい相手に遭ったときが、その人の結婚のときなのだ。人間は何歳になっても結婚適齢期なのだと、わたしは言ってあげたい気がしてならない。」

〈引用以上〉


●その他の結婚/家庭生活をテーマにした三浦夫妻の推薦図書

 三浦綾子著 『この土の器をも―道ありき第二部 結婚編―』
 三浦綾子著 『新しき鍵―結婚について考える』
 三浦綾子著 『三浦綾子愛の歌集 いとしい時間』
 三浦綾子編 『三浦綾子対話集ー夫と妻と』
 三浦光世著 『綾子へ』
 三浦光世著 『妻三浦綾子と生きた四十年』


〈続く〉

作成者 Pastor & Servant Kazunari Kikuchi

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