2009年7月27日(月)
イギリスで自殺幇助をめぐり、かまびすしい議論
イギリスで「安楽死」(中身は自殺幇助)をめぐって議論がかまびすしくなっている。といっても、もう数年来の議論なのだが、今月はじめに明らかになったある出来事をきっかけに論争が再燃し、医療関係者、メディアを巻き込んで事態が大きく動きだしているのだ。
きっかけになった出来事は、有名な指揮者のエドワード・ダウンズ(85)とその妻ジョーン(74)がスイスに出かけてチューリッヒのNPO「DIGNITAS」の助けにより致死薬を飲んで一緒に死んだというもの。「タイムズ」や「インデペンダント」などの英国有力紙が15日付けで一斉に報じた。
ダウンズはロンドンの名門歌劇場ロイヤル・オペラ・ハウスなどで指揮した人で、最近は聴力と視力が衰え、妻ジョーンの助けなしには仕事ができない状態だった。ところが、その妻が肝臓とすい臓の末期がんにかかってしまい、54年間連れ添った二人はいっそ二人で死をともにしようと決意した。しかし、英国の法律では自殺幇助や教唆は最高14年の禁固刑に処せられる犯罪なので、スイス行きを選んだ。
スイスでも自殺幇助は違法だが、一定の条件下では事実上“黙認”状態にある。「DIGNITAS」は人権派弁護士ルードゥウイッヒ・ミネりが運営している団体で、98年の創設以来、この組織は115人以上の英国人の自殺を幇助している。一部の英国人にとって「スイス旅行」は「死出の旅」を意味しているのかもしれない。
そういえば、この春に英国から一時帰国した私の幼馴染が「尊厳死ってすばらしい。スイスでは尊厳死(=自殺幇助)が合法なんですよね」と盛んに(やや知識に不正確な面があるが)強調していたのを思い出す。一般人にもこうした雰囲気が浸透しているのかな、と改めて思い知らされる感じがする。
そして今回の指揮者夫婦もスイスの世話になったのだが、夫婦の子どもたちもスイス行きに同行し、泣きながら二人が致死薬を飲むのを見守ったという。両親から計画を打ち明けられたときには反対したが、結局はそれが最善の選択と考えるようになったという。こんな話がドラマチックにかつ、美談の匂いも含めて報じられたものだから、英国では国を挙げての大騒ぎとなっているようだ。
このあたりの消息は残念ながら日本のメディアではまったく伝えられないので、「タイムズ」「インディペンダント」「ガーディアン」「BBC」のサイトから関連記事を引っ張り出して、その情報をもとにこれを書いているのだが、ちょっと「危険」な動きがここ数日出てきている。安楽死・尊厳死推進の勢力がこれをチャンスと見て、一気に攻勢をかけだしているのだ。
その片棒をかついでいるのが「タイムズ」であり、17日〜19日に18歳以上1504人に聞き取り調査を行い、だいぶ推進側に有利といえる内容を記事にしたのだ。調査結果によると、末期の患者には医師が幇助して死なせてほしいと74%が答えた。また、自殺幇助合法化支持者のうち、「重症の身体障害」はあるがそれ以外は健康な人の自殺幇助についても48%が支持し、末期ではないが認知症など自分の状態が大きく変わる病気の人の自殺幇助も3分の2強が支持した。
などなど、すごい中身である。不治の末期で、耐え難い痛みに苦しんでいてその苦痛除去が不可能――など日本の東海大学事件の地裁判決で示された「安楽死」の要件などとは、まったく関係のない荒っぽさである。イギリス人たちは「安楽死」「尊厳死」のことを本当に知っているのかと疑いたくなる内容である。
そこへ今度は英国看護協会が、これまで合法化反対の姿勢だったのを引っ込め、「ニュートラル」な立場に変える姿勢を打ち出した(25日付け各紙)。ただし、これをキリスト教看護協会は批判しているし、英国医学会も従来通り、反対の姿勢を堅持している。また、議会筋でも違法との見方は変わらず、マスメディアも、重度の身障者など弱い立場の人たちをいっそう不利なところへ追いやる、ただでさえ未発達の緩和ケアがますます発達しなくなるなど、識者らの意見も紹介している。
もっとも国会では法改正案が否決されたばかりであり、これへの反攻といった趣が一連の動きにはありそうだ。であれば、これが即、英国の法律レベルでの動きにはつながらないと言えるが、それにしても異国のこととはいえ、情動をあおって世論を焚き付けるやり方はいささか引っかかる。医学会の検討会議で発言した女性教授の言が私には印象に残っている。彼女はこう言っている。
「現行法はうまく機能しています。時に厳しく、時に温かく、ね」
病む人に自殺を思いとどまらせる一方、115人の英国人が自殺幇助を求めて海外へ出た。それが現行法の「機能」の二側面であり、法改正すれば弱い立場の人を死へ追い詰める恐れが生ずる、そこに最大限の配慮をするべきというのだ。海外の臓器をあさる日本人に批判が出たからといって臓器移植法の改悪を急いだ日本にはない現実的智恵が、ここにはありそうだ。
お主の意見に、賛成じゃな。
良寛さまなら、きっと、こうおっしゃられるじゃろ。
「死ぬ時節は、死ぬのがよろし」
任天真の自然死。制度化された安楽死ではない。
良寛さまも苦しまれてお亡くなりになったが、最後は、座して逝かれたそうだ。貞心尼の看病を受けながら、の。
わしはの、戦時中、時の権力者どもが、民間人に自決用の青酸カリ、配ったことを今、思い出しておる。
厚生省のことだ、やりかねんぞ。
末期医療費(&年金支出の)削減だと抜かしやがって、本人の同意も、周囲の同意もなく(本人および家族に無用な「恐怖」を与えないため、などと称して)、わしらに毒を盛るつもりでいるかもしれん。
「汚染血液製剤」に目をつぶり、製薬会社を儲けさせた、やつらじゃがなもし。
そのうち、厚生省内に「末期高齢者往生支援局」なんての、できるかも、しれんぞ。
冗談じゃない。もう始まっているのさ。「前期高齢者予備軍」の我々も他人事ではない。連中の合言葉は「医療費を削減せねば……。年寄りがいちばん使っている」。たしかに日本の総医療費の3分の1は高齢者が使っている。だけどね、それで何がいけないの? 年取れば体も弱る、免疫力も落ちる、病気にかかりやすくなって当然だ。これまで安サラリーで世のために尽くしてきたのでないか。それを早く死ねだなんて、なんてえ、こった。最近は医者の中にも「ピンピンコロリ」だなんて、厚労省の役人が喜ぶことを唱える輩が出てきて、とにかく世を挙げて年寄りを早くあの世に送りたがっている。次は重篤な病気や障害を負った人たちがターゲットになるよ。すでにアメリカではそこまで行っている。権力者たちは「姥捨て」に目を血走らせているんだ。恐ろしいねえ。こうなりゃ、あたしゃ、健康保険も年金も掛け金分を取り戻してから死ぬぜ、なんて宣言したくなるね。
むむ、同感じゃな。
わしが厚生省の記者クラブを離れた後のことじゃが、菅直人君がの、大臣になっての、エイズ毒血液製剤問題で、怒りまくり、天下りは許さんなどと叫んだんのじゃが、たしか「官房長」なる男、製薬資本に平気で天下りしよったぞ。
ゴルフ焼けや酒やけが知らんが、権力臭、フンプンたる男じゃった。
やつらより、長生きせんとな。
筋を通して。
死に損なわないようにせなんとな。
そうそう、国民の健康を促進するなんて言っておきながら、庁内では煙もうもうだった。タバコの自販機を撤去するのも、霞ヶ関ではいちばん最後の口だったのが、厚生労働省だった。天下りといえば、厚生省出身で環境庁の事務次官になった輩も、製薬会社に天下っておったね。「環境団体の敵は環境庁」なんて一時、さかんに言われていたけど、その伝で言えば、「国民の健康の敵、製薬メーカーの味方は厚生労働省」って、ところかな。
動物の中で人間だけが自力で生活できない同僚を介護する。動物は悲しくても自立できないものを捨てて生きていく。老老介護、親子介護、介護する方が先に逝く。自力で生きる人を活かすのが人間でなければならない。姥捨山も安楽死も認める必要あり。
日本尊厳死協会の前身・日本安楽死協会の中心創設メンバーだった太田典礼がこんなことを言っている。「ナチスではないが、どうも『価値なき生命』というのはあるような気がする。(中略)自分が生きていることが社会の負担になるようになったら、もはや遠慮すべきではないだろうか」(『毎日新聞』1974年3月15日)。遺憾ながら、お説を拝見してこの言を思い出した。「自力で生きる人を活かす」ことと「姥捨山」「安楽死」とは論理的かつ現実的にストレートに結びつかないはずです。
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