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| 『ホームページ立ち上げました』 |
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今年の院展制作も終り、いよいよ、2月から計画し、少しずつ材料を準備をしていた、雅幸画房のホームページを立ち上げる。
とりあえず、表紙のページを設置。技法書片手に???悪戦苦闘?
パソコンの経験者である家内の力も借りながら。なかなかうまくいいかない。・・・
何かHP作成ソフトがあると良いのだが。とてもそんな贅沢なものを買えるような経済状態ではないし。
ちなみにこのパソコンは義理父のお古を家内が実家からもらって来たもの。既にかなり旧式の部類かな・・・。
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| 『今日からジオログで日記を始める』 |
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とても暑い1日だったが、炎天下の午後2時頃、今年もなんとか無事に上野の東京都美術館に院展の搬入を終えた。
院展に出品するということは、毎年春秋の2回、受験をしているようなもので、私のような凡人は、この制作に、もの凄いエネルギーを消費する。
特に、秋の本展の制作期間は7月から8月・・・夏真っ盛りである。
暑さに耐え、夏の遊びも知らず、全国の出品者は畳2枚以上ある大作と格闘しているのだ。
この戦いは22才からずっと続いているわけで・・・。院展出品を中心に1年・・・そしてまた1年とあっという間に年月が過ぎてしまう。
今回、自分で車幅いっぱいの絵をマイカーのキャリヤに積んで東京都美術館まで搬入に行った。徹夜明けなので、運転は家内まかせ(若葉マークでとにかく運転大好きな時期)・・・炎天ではあったが、雨や大風などなくて幸いだった。
結局おとといの夜は完全徹夜。性格なのか性分なのか・・・毎回結局ぎりぎりまでかかる。もっと余裕を持って制作しろとよく家族からは言われるのだが、追い詰められないとなかなかエンジンがかからなくて・・・
自分の家庭を持ったわけだから、いつまでもこれじゃあいけないんだが・・・。身分不相応?初入選以来の10年連続入選のあと、昨年、結婚後最初の大事な院展に落選してしまう・・・・・
連続で入選してると、周囲も、入って当たり前という感覚になるみたいで、落選の風あたりはものすごく、家庭崩壊はおろか、精神的に私も参ってしまい、心身症から体調を崩した時期もあった。
息子が産まれて最初の今回はリベンジ?ってとこなんだろうけど、今回も搬入前の拙作を見ると、16年も日本画をやってきて、俺もまだまだ3流のままだなーと痛感。まずい絵を前に「これではだめだァー!」と・・・情けなくなってしまった・・・
今年は精神的に、院展制作の期間を少し楽に過ごせた。パソコンが我家に来て、懐かしい人からのメールや新しい出会いなどに精神的に、どれだけ救われているか知れない。20代の時は、ひたすら我武者羅に努力と根性だけで道を開いてきた感があるが、30代になると、目の前に立ちはだかる壁はますます高くなり、真向法だけでは身体がいくつあってももたないし、作家としての私に求められるものも違ってきているんだと感じている。
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2000年8月
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