2012年2月5日(日)
第262回 産業都市伝説 曙ブレーキ工業(羽生市)〜平成のスーパーマン〜
世紀のアップセットから4年。因縁の東海岸対決24時間前となった。
月曜の朝という、日本人にとって最悪ともいうべき時間帯にLIVE中継されるスーパーボウル。昨年も深夜にでも楽しもうと思っていたら、山手線のニュース速報が目に飛び込んでしまいパー。
10年前あたりは圧倒的な守備力、近代的な守備システムで優勝するチームが目に付いてきたが、ここ数年はリーグを代表する存在となったQBを擁した攻撃力がものをいうようになった。やはり2000年代に3度優勝したニューイングランドの破壊力は、今年も当時を上回る。
しかし4年前に、そのニューインフランドのパーフェクトシーズンを土壇場の逆転で阻んだNYジャイアンツは今シーズンもレギュラーシーズンで再び劇的幕切れで返り討ちに。やはり前回同様、難攻不落と思われたパス攻撃を潰したパスラッシュと、ラン攻撃で弱点とされるニューイングランド守備陣を潰しにかかりたい。今年も記録的な視聴率を弾き出すのではないだろうか。
3年前のリーマンショック時は、ビックスリーの凋落を象徴するように、デトロイトがシーズン全敗を記録。しかし再建から2年。破たんしたGMが復活の世界一に返り咲いたように、デトロイトもプレイオフ進出へと返り咲いた。
日本のビックスリーが超円高と大震災で大きくシェアを落としたことも大きいだろうが、やはり北米市場はまだまだ熱い。日本勢は、中国市場をはじめ新興国で巻き返した日産が最も元気だが、国内では早くも受注に生産が追いつかないというトヨタが、新車ラッシュで今年は独り勝ちするのではと囁かれている。またホンダが今年後半に大きく巻き返すだろうと囁かれているが果たして。
その北米から、減税措置など大きなラブコールを受けている日本の自動車部品メーカーが、埼玉県羽生市に本社を置く曙ブレーキ工業だ。昨年7月には同社のブレーキが搭載されたF1マクラーレン・メルセデスマクラーレン・メルセデスのルイス・ハミルトンが独ニュルンベルクを制した。
F1への参戦によって曙ブレーキは、ポルシェ、メルセデス・ベンツ、アウディと名だたる欧州高級車から受注を獲得していった。この勢いで大衆車にも採用が広がれば、欧州勢が得意とする中国や南米など新興市場にも活路が見いだせるだろうと言われている。
曙ブレーキの創業は戦前までさかのぼる。当社は細々とブレーキ関連の部品を作る街工場にすぎなかった。「スーパーマン」の異名を持った信元安貞は、トップ自ら取引先である大手自動車メーカーや鉄鋼メーカーへの営業に臨み、80年代に社長の座を信元久隆に譲るまでに東証1部上場企業にまで育て上げた。
創業家でもなければ大株主でもなかった安貞はいわゆるサラリーマン経営者だったが、強烈なワンマン経営を貫き昭和の名経営者に名を連ねる。その偉大な父を持つ現社長の信元久隆は、73年に一橋大学経済学部を卒業するとフランスへと渡る。当時の曙ブレーキは米ベンティックウから技術供与を受けており、そのフランス子会社に勤務することになった。
帰国した信元は、父が経営する曙ブレーキに入社。ほどなく海外事業部が立ち上がり、海外経験が豊富ということで信元にこの事業部が任されることになった。
主な業務はベンディックスとのライセンス交渉。だが、育ての親だったベンディックスはマネーゲームにのめり込み、往年の輝きは失いつつあった。
1980年代、日米貿易摩擦はピークに達し、ホンダを皮切りに国内の自動車メーカーが相次いで米国に工場進出を図った。曙ブレーキもその流れに乗り、米国進出を図るが、いかんせん海外で存分に立ち回れる人材が少なかった。
ペンディックスに代わる新たな合弁会社を見つける難題に対し、信元の父・安貞は、GMとの交渉に漕ぎ着けるという離れ業をやってのける。しかし世界最大の自動車メーカーを前に、日本の部品メーカーが対等に生産拠点を運営できるはずもなかった。
全権を委ねられた信元は、旧知のトヨタ自動車・好川純一を訪ねて、トヨタ生産方式(TPS)の教えを請う。GMが日本の部品企業に関心を示すのは、そのコストと品質以外にあり得ない。文系で技術に疎かった信元は、足げくトヨタに通い、TPSを習得していった。
GMからは徹底した数値管理を叩き込まれ、合弁会社の経営にようやく道筋が見え始めた90年、信元は41歳にして曙ブレーキの社長に就任する。時代は平成に変わり、「昭和のスーパーマン」は経営の第一線から退いた。
そして20年後、曙ブレーキは独ボッシュのブレーキ事業を買収した。皮肉にもかつて育ての親であり、後に瓦解しベンダックスの事業の一部だった。
グローバル化の進展を目指す曙ブレーキは、2012年中に、埼玉県内に国際的な研修施設を作る予定だ。運動部もバスケやソフトテニス、それに東京ドームでの写真がHPに飾られる野球部も埼玉の代表として活躍を見せている。


