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改札破り
昨日の午後、レホヴォットというテル・アビブより南にある町へ行った。一般に第二ペサハと呼ばれる、過ぎ越しの行事に、その町に住む友人が招待してくれたからだ。 さて、夜7時から、ということだったが、生憎昨日は休日一日前で、遅くまで公共交通機関が動いていない。最終電車で行こうと近くの駅まで歩いた。最終は午後3時32分。駅に着くと、なんと券売の窓口が閉まっており、一つしかない券売機の前には50人以上の列ができている。この時点で電車の時間まで20分。日本ならまず券を買って無事に電車に乗れただろう。しかし、ここの券売機はドイツの券売機のようだ。日本のように行き先ごとにボタンがあるわけではなく、色々選択をしていくと、最終的に料金が表示される、というもので、慣れていてもある程度時間がかかる。ましてや、子供のグループなんかが前にいて、これはまず回ってこないだろう、と思った。案の定、あと1分の時点で前にはまだ10人以上。周りを見ると、自動改札を乗り越えていく老若男女。仕方ないか。と、私もそれに紛れ込む。すでに頭上のプラットフォームには電車が止まった音。階段を駆け上がり、滑り込みセーフ。ちゃんと電車の中でお金を払ったら50アグロットなぜかまけてくれた。改札破りをしたのはこれが初めてだ(後で払ったけど)。
春眠
「春眠暁を覚えず」、という孟浩然の詩があった。記憶が正しければ中学校の国語の教科書に載っていた。その当時は特に何も感じなかったのだが、語呂のよさか、この漢詩だけはなぜか暗誦できる漢詩の一つだった。今でも覚えている。今朝ふと雨がエアコンの室外機を叩く音で目が覚めた。4月も半ばというのにこれだけはっきりした雨は珍しい。鳥の鳴き声は雨の音で聞こえなかった。 この歌をインターネットで検索してみると、意外な解釈があった。私は春は眠いもので、朝はなかなか起きれない、というのが冒頭の句の解釈だと思っていたのだが、それによると、朝は日の出が早くなって、日の出とともに目が覚めることがない、と解釈すべきだ、というのだ。まあ、詩なんだから好きに解釈していいのだが、私はやはり春は眠いのだ、と解釈したい。というのはここのところやたらに眠いのだ。朝はいつも起きている時間に目が覚めても、もう少し、という誘惑に駆られて二度寝してしまう。そのくせ、昼食後も瞼が重くなり、勉強に集中できなくなって、集中できなくなるよりよいか、と言い訳をつけ、10分だけ、と横になり、長いときは数十分寝てしまう。これでよる目が冴えているのならまだしも、11時過ぎには寝てしまうのだ。やはり春には睡魔という名の魔物が潜んでいるらしい。
ハードディスク
知人を通して、壊れたコンピュータのハードディスクに残っていたファイルの復旧を依頼した。彼は普通のハイテクの会社に勤める傍ら、そういうことをやってくれる人で、私のコンピュータを持ち帰って、家で色々試してくれたのだそうだが、結局物理的な問題があって復旧はできなかったそうだ。 そこで、その人が、もしそれほど重要なファイルがあるのなら、そういうのを専門にやっている会社があるから、お金がかかってもいいならそこに出すか、と私に聞いてきた。大体の金額を聞くと、あの失われたデータを作り上げるのに費やす時間数と労力に見合いそうな金額だったので、とりあえず見積もりに出してもらうことにした。結局、そのうちのいくつかの作業は、古いバージョンのファイルしか手元に残っておらず、復旧の希望があるうちは手をつけないようにしているため、そちらの仕事は捗らない。改めてこまめに、できれば毎日バックアップをとるべきことを改めて痛感。 彼の話だと、ラップトップのファンが壊れて、熱が内部にこもり、それがハードディスクとCPUを破壊したのだろう、ということ。確かにファンの音が相当うるさかったのは事実。後は一日中電源を切らずに酷使したのも原因か。ひどい時は2週間ぐらい一度も電源を切らなかったこともあったし。
マイコプラズマ肺炎
小児・若年成人が中心で、1才以下には比較的少ない。熱発で発症し長引く、しつこい乾いた咳が特徴。咳は早朝、夜間就寝時に増強。 以上が、はてなダイアリーによる説明。偶然見つけたのだが、1月終わりから一ヶ月以上悩まされていた症状とどんぴしゃ。もちろん若年成人、という部分は除く。最初はおそらく熱もあったと思う。結局放っておいて直ったのだからいいが、肺炎の一種だと思うといい気持ちはしない。どうなんだろうか。 今日は暑くなった。
エルサレムで尋問
昨日は、エルサレムの博物館に用事があって行った。その後、ヤド・ヴァ・シェムというホロコーストの記念館に行った。初めてだった。みんなに暗い気持ちになるよ、とか、おぞましいよ、とか脅かされていたのだが、私はそういう感受性に乏しいのか、それで気分が滅入るようなことはなかった。その前に博物館で気分が高揚していたせいかもしれないが。また、ゆっくり見ているとものすごく時間がかかるので、けっこう要所要所だけ見た。最後に、日本人の中で「諸国民の正義」に数えられている杉原千畝さんの名前を探しに「諸国民の正義の庭」に行ったが、日本人の名前は見つからなかった。中国人は二人いたが。どこかに彼にまつわるものがある、と聞いたことがあったような気がするが、なんだっただろう?もしご存知の方がいらっしゃったら情報をお願いします。今度の訪問の際に探してみようと思います。 その後、友人を待っている間、独立公園の芝生でねっころがっていたら、近くで男性同士がディープキス。うわさには聞いていたが、この公園はゲイの方が集まるところのようだ。しばらくして、目の前にあるアメリカ領事館から警察官がやってきて、私に質問。パスポートとかばんの中を見せる。どうやら写真撮影をしてはいけない場所だったようだ。と言っても何も撮っていないが。ここが重点的警備区域だったからで、気分を害さないで欲しい、と最後に言って去っていった。しかし、何で「ボートでやって来たのか?(ここだけなぜか英語)」という質問を私にしたのだろう?また、そばでいちゃいちゃしていた男性カップルは知り合いか、とも聞かれた。