2012年5月13日(日)
エッシャー?のような北斎
北斎の不思議画像がたくさんあるということは、「江戸の奇想挿絵」のところでも書きましたけれど、北斎の美術館として、ちょっと有名なのは小布施ですね。あそこの「北斎館」には波の天井画のある屋台が売りだと思いますが、その屋台のてっぺんに彫刻があって、そのデザインも北斎です。
多分、前に書いたこともあるんですが、私がこの小布施に行ったのはてっぺんの彫刻「公孫勝」を見たかったからなんですね。ところが、はるかてっぺんには目が届かないし、そもそも屋台を上から眺めるっていう視点の展示方法ではなかったので、全然見えなかった。
で、館ではこの彫像の写真もなかった・・。そこであきらめていたのですが、なんと最近ではこの北斎館のhpでは、木彫りの公孫勝も一つの「スター扱い」。最近修理するために取り外し、その修復がなったので大々的に宣伝しているんだそうです。う〜ん・・・うまくタイミングってあわないものですね。
で、「江戸の奇想挿絵」ですが、それに、北斎の「新編水滸伝」の挿絵の中の一枚として、公孫勝が祈祷する場面が出ています。それが、この挿絵の向かって左側。エッシャーのような・・という解説ですが、エッシャーというより、同じスタイルの後姿の道士がならんでいるところは、どうも不気味な発想。
確かに、髪の毛ぼさぼさの道士(あ、彼らは道術を行うときには髪をほどいて、ざんばら髪にするっていうのは、三国志のファンの間では、孔明ちゃんの赤壁の祈りの蓬髪で有名?ですよね・・。でもレッドクリフでは、金城武は、このヘアスタイルやってなかったような気がする・・・。
水滸伝では、公孫勝は唯一?の「魔法使いキャラ」ですから、まあ、こういうのもありかも。勿論、台のてっぺんに乗っている一番えらい道士が公孫勝です。右側は、同じく北斎の公孫勝のまとも?な絵です。後姿のほうが、なんだかプリティな気がする。
作成者
乱読おばさん
: 2012年5月13日(日) 10:39
[
コメント
: 0]
2012年5月11日(金)
奇想の江戸挿絵
今更ながら、江戸時代の絵師が、現在のマンガなどに代表される日本のイラストレーションに影響を与えた・・なんていうのを言うつもりはありませんが、この本を見て(あくまでも見てです)、改めて、北斎ってすごいイラストレーターだなあって思いますね。
サービス精神が旺盛というより、映像を追求すること貪欲というか。いかなる絵を描けば人は驚くか・・これが北斎の絵を描く時の態度かもしれません。絵にも描けない面白さ・・というより、絵でなければ描けない面白さを追求したんでしょうねえ。
表紙の絵からしてぶっ飛んでいますが、爆発シーンや、時間の経過、奈落の底に果てしなく落ちる映像など、すごいなあって思います。勿論、北斎ですから、どこかで見たことのある絵柄があるのは確かでしょうが、ドラマチックな絵柄を生むことに対する執着はすごいかも。海外の火薬の爆発シーンの絵を参考に大爆発を描いたと言われますが、江戸っ子なら花火はしょっちゅう見慣れていただろうし、失敗して爆発したりするのも知っていたかもしれない。まさしく、「芸術は爆発だ〜!」ってたら、岡本太郎なんかよりもずっと早くに、頭の中にイメージとして描きとめていたんじゃあないでしょうか。
水滸伝の一場面で、道士たちが祈祷をするシーンで、まるでエッシャーのような祭壇・・とか描いてあったけれど、エッシャーというよりは、単調な呪文を繰り返す道士の集団を絵にすればこういう感じになるのかも。髪の毛をぼさぼさにして、同じ姿勢をとる何人もの道士の後ろ姿は、なにやらもごもごと不可解な呪文を低く唱和する声が聞こえてきそうな気がします。
作成者
乱読おばさん
: 2012年5月11日(金) 18:16
[
コメント
: 3]
2012年5月9日(水)
神戸雪汀から月岡雪鼎
吹田市内の名品ということで、旧西尾家関連で蒔絵師の神戸雪汀にしばらく、凝っておりましたら、今回やはり地元で、西尾家と同じく邸宅が公開されている中西家というのがあります。
中西家に保存されていた美術品が、今、吹田市立博物館で展示公開されています。 その中に、いくつかの絵画があり、パラパラと図録をめくっておりまして、目を引いたのが月岡雪鼎です。江戸時代の大阪の浮世絵師とでもいうのでしょうか・・。でも、大阪にはいわゆる「浮世絵」はなく、浮世絵というのは江戸もので、近世風俗画と呼ぶ・・と聞きました。
刷り物による大衆絵画は役者絵からしかなく、いわゆる美人がはすべて肉筆ということなので、月岡雪鼎も当然肉筆絵画が中心です。
なぜ、それが気を引いたかというと、雪鼎の師匠が高田敬浦という人なんですね。この人は狩野派から水墨画という絵師ですが、かの曽我蕭白の師匠ではないかとされている人です。もし、そうなら、月岡雪鼎と蕭白は同じ時期に京都にいたかも・・なんて想像をたくましくします。年齢的には蕭白が6歳ほど年下と推測されます。だからなんだってことなんですが、まあ、こういうネタみたいなことが私は好きなんです。
それと、この中西家の展示会には曽我二直という絵師の絵も出ている。これまた蕭白つながりで、蕭白が曽我派を自称していたので、系譜としては蕭白の三代前くらいになる画家です。これまたそれがどうしたですが、出ている絵が鷹の絵で、これは蕭白にも勿論同じ画題があります。
とかなんとか、こういうのって楽しい。でも、月岡雪鼎と蕭白は全然絵柄が似ていません。雪鼎は美人画と、春画で名高いのです(彼の春画は火よけになるという噂で、人気があったそうです)。挿絵は、雪鼎の小野小町ですが、この絵と同じ細長の衣装を着た小町が登場する「六歌仙」の絵が出ています。
作成者
乱読おばさん
: 2012年5月9日(水) 10:03
[
コメント
: 3]
2012年5月2日(水)
質志鍾乳洞
質志(しずし)鍾乳洞は、知る人ぞ知る京都の鍾乳洞。鍾乳洞と言えば、なんだかごっつい洞窟のイメージがありますが、こじんまりとしていて、深い穴なのですね。
行ったことがないところに行こうということで、家族でプチ遠出をしまして、鍾乳洞見学しました。というより、縦穴を梯子を使ってただただ降る! 40年前には梯子なしで、見学者は縄を伝って降りていたって・・どういうかんじなんでしょうかね。不思議発見のミステリーハンターみたいな目にあうのか。幸い、けっこうがっしりした梯子が設営されているので、降りることができますが、正直こんな急な梯子は、かつて、興福寺の未公開の五重塔に上ったみたいにハードだった。写真は、上っているのではありません。下りているのだ!
足腰がめっきり衰えたというか、去年の骨折騒ぎから以降、あまり歩いていない私には、鍾乳洞に入り口のある山に登るのもしんどいうえに、この縦に長い!洞穴探検ですよ。
それから、近く・・といってもまあ、ちょっとあるんですが、福知山城に行ったけれど、ここの4階までの天守閣すらしんどい・・やれやれ。なさけないですね。姫路城が再開したら、上れるかしら?
福知山城は明智光秀の建築ですが、現在の天守閣は復元されたもので、中は博物館ですが石垣は当初のもので、やたらと墓石が多い。石材が足らないからか、近隣から墓石やら五輪塔を集めて石垣にしたというのですが、なんか不気味ですよね。人は石垣人は城というのに、死んだ人の家?で作った石垣って・・・。
それはともかくとして、福知山では、大河ドラマを「招致」しよう・・なんてキャンペーンをやっていました。
作成者
乱読おばさん
: 2012年5月2日(水) 13:21
[
コメント
: 2]