座乱読無駄話日記

「座乱読ーザ・ランドックー」及び、「座乱読後乱駄夢人名事典・歴史上のお友達?」の裏話・・事務連絡など・・不定期に語ります。

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2010年12月12日(日)

怪帝ナポレオン3世

 「怪盗ルパン3世」をもじった(ですよね。鹿島先生)、この本が、文庫になるのを待っていました。
 「怪帝ナポレオン三世ー第二帝政全史」(鹿島茂・講談社学術文庫)です。タイトルの「怪しさ」と、徳川慶喜と交流があったこの人物の、みてくれは、さしてよくないのに、なんとも摩訶不思議なイメージに魅かれて、興味を持っていました。
 じっちゃまならぬ伯父さんのネームバリューを利用して、いつの間にか成り上がった策謀家・・喰えないスケベおやじ・・、色んな側面を持っているんですが、なかなかに面白かった。
 この本を読んでみると、この「怪しい皇帝」を、決して無能な伯父の七光りのみの人物ではなく、きちんとした理想をもち、着々と実践していった、なかなかの政治家(つまりは陰謀家?)というのを顕彰したい・・というのはよくわかります。
 そのような、著者の「弁護」を超えて、やはりこの人は「怪しい」。とんでもなく女好きなのは、まあ「英雄色を好む」で、当時では許されたんでしょうが、むき出しの綺麗な肩が大好きだった彼の嗜好を反映して、デコルテ丸見えのずり落ちそうなファッションを流行らせたのは、彼を篭絡したいユージェニーの策略だった・・なんて、面白いですよね。
 しかも、長年の無秩序な人工集積で、糞尿の臭いが蔓延するスラム化したパリ大改造を企て、大胆不敵に、古い民家を遠慮なくぶっ壊し、びっくりするような幅広の道路や、森(ブローニュの森)まで作って、せっせと美化をした荒療治は、彼がパリっ子でなかったから・・というのはよく分かるような気がする。
 古い崩れそうな古い下町とか、情緒漂う良き時代風物なんてものに愛着がないからなんですよね。規模は違うけど、銀座レンガ街を作ったのが長州藩士だったんですし。江戸っ子なら、古い路地や、下町情緒というものを斬り捨てることは出来ないかも。明治政府は、本当は放射状に広がる、パリの大通りのようにしたかったらしいんですが、なかなか地盤が弱くて実行できなかったとか・・。
 これまた、なかなかに興味深いですが、ナポレオン3世が、世に出るきっかけというのは、やはり彼の名前なんですね。ナポレオン(1世)があまりに強烈な印象を残したので、後から来たどのような政権も、パッとせず、庶民の生活はちっともよくならない・・というところに、「英雄待望論」みたいな雰囲気が出来たんでしょう。
 風采の上がらなかった彼は(背は低くて足が短く、目つきはどんよりして鼻は不恰好・・・って)、言葉も不明瞭で自信なげで、ドイツ語なまりが抜けず、全くカッコよくはなかったのですが、笑うとチャーミングで、なぜか女性にもてたそうです。そうそう・・男は顔じゃないのだ・・。あまりに美男子だと、一部の女性にはモテるかもしれませんが、同性に嫌われるのは間違いないし、顔に自信がある男って、プライドの高い女性にも嫌われるんですね。何様だと思ってんのよ・・みたいなね。場末の役者なら、固定ファンさえつけばいいんですが、近代の「皇帝」となると、全ての国民(つまり男女両方)に好感をもたれなくてはならないんですから、大変ですよね。
 でも、ナポレオンの名前を有利に利用しながら、実は戦争がヘタだった3世は、それで失脚します。国を平和に治めるには、戦争なんてうまくなくてもいいんですけれど、ナポレオンブランドはそれを許さなかった・・気の毒ですね。

作成者 乱読おばさん : 2010年12月12日(日) 10:47 [ コメント : 0]

2010年12月4日(土)

16世紀の3D「サクロモンテ」

 昨今流行の3D映像ですが、歴史的事実や、遠い場所の出来事を、目の前に立体的に・・つまり、今そこにあるかの如き姿で見たい!というのは素朴な要求です。
 故に、古来、技巧を凝らして絵を描き、彫像を作りました。人物をありのままに描きたいというのが、2Dだと肖像画になり、3Dだと肖像彫刻になるように、ギリシャ以来、優れた芸術のあった西欧諸国に、キリスト教が広まると、いかに偶像を禁止しても、人々は、素直に、キリストの姿や、その生涯のドラマを、目の当たりに見たいと願います。
 その素朴な欲求を、聖職者の側も布教活動に利用し、ゆえに華麗なるキリスト教美術が生まれるわけですが、モザイク画や壁画から発展し、ルネッサンスを経て、極度に芸術がドラマチックになってくると、より迫力の臨場感を・・と求めるように、現代の映画のCG処理や、ついには3D映像に行き着いたように、宗教画も立体化してきます。
 その代表がサクロモンテ・・つまり「聖なる山」です。エルサレムに行けない巡礼が、あちらの聖地を、地元に復元した場所に詣でるという発想から始まったのですが、そこの礼拝堂を順次尋ねると、キリストの一生を立体映像で見ることが出来る場所になったのですね。
 有名なのは、イタリアのヴァラッロにあるサクロモンテです。
 勿論、クライマックスは受難劇。逮捕から鞭打ち、荊の冠、十字架を担いでの死出の道行き、そして磔です。
 これらを、絵画と、立体彫像によってその境目が分からなくするほどの技巧でもってこしらえた、まさに飛び出す壁画・・3D大迫力画面です。写真で見る限り、当初、絵の具の剥落がなければ、ぱっと見には、何処までが壁画で、どこからが彫像かわからなかったのではないでしょうか。
 そうなんですね・・「ヴァラッロのサクロモンテ」という本を手にすることが出来まして、サクロモンテ研究の一端にふれたわけで、いかに多くの人々が、この立体映像を、何年もかかって作ったかがわかります。教科書に出てくるような画家ではないけれど、それ相当の画力のある人たちが結集して、ミラノの大司教などが後ろ盾となって推進したのですね。
 まるで、その場にいるかのような、迫力なキリストの受難劇です。髪の毛はホンモノを使い、目にはガラスが入り、一部、布の衣裳を着せてありますし、等身大の彩色彫像は、当時の人たちには、まるで本当にそこに血を流すキリスト様がいるように見えたのではないでしょうか。十字架降下の後には、透明の柩に入ったキリストの死体(まだ、蘇る前です)が安置してある写真など、血まみれで、髪が乱れ、本当にブキミです。
 それにしても、ここまでくると、なにやら「芸術」ではないように見えるのですが、これは、宗教に奉仕する・・という意味では、キリスト教芸術のゆきつくさきなのかも。そう思えば、映画のメル・ギブソンの「パッション」など、その延長上にあるかもしれませんね。

作成者 乱読おばさん : 2010年12月4日(土) 13:21 [ コメント : 0]
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