2011年2月28日(月)
二月もおわりですねえ
いよいよ、あすから三月に突入しますね。年度末の最終決戦だ〜!とわめいている人もいますが、私にとっては、この2月がいろんなことがぐだぐだだった。
家中で、風邪をひき、学級閉鎖やら、インフルエンザB(あ、天皇陛下もインフルエンザBでしたっけ? 皇太子さまだっけ?)に罹患したのは2名。そのほかも、我が家ではほぼ、順番に風邪がまわりました。勿論私も例外ではない。
おまけに、鼻の下に「熱の華」のでっかいのが出て、「鼻血たらしてる〜」とからかわれる始末。それが、何時までも後が残ってたので、出かけるときには、たいがいマスク・・う〜ん大概マスク、対外マスク・・・(だじゃれみたい)、メガネに帽子つきで、すっかりあやしいおばさんみだ〜。
それがなおったところが、家中でじゅんぐりにかかるもんだから、忙しいのなんの。やれやれ・・・。
それに確定申告やらなんやらをすまして、あっという間に2月がすんでしまいました。ほんい逃げ月とは、ようゆうたもんですわ。
まあ、少しはあったかくなるんでしょうね。もう、お水とりですからねえ。がんばりましょう。
作成者
乱読おばさん
: 2011年2月28日(月) 21:16
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2011年2月11日(金)
システィーナ・スカル
「システィーナスカル」(柄刀 一 実業之日本社)は、「美術ミステリー」「本格」!「フィレンツェで死を」・・な〜んてうたい文句・・・・これに魅かれて、思わず手にとってしまった本。
そして「ミケランジェロの頭蓋骨」ってなんだ?
昔、聞いたことのある(いや、聞いたような気がする・・という程度のあいまいさですが)密かにどこかに保存されているパウロの頭蓋骨・・みたいな話ですが、これがミケランジェロと関係があるかどうかわからんし、まあ関係ないか・・。
でも、そそられるでしょう?
システィーナ礼拝堂の天井画の表紙で、スカル・・・。だって、最近「クリスタルスカルの王国」を見たばかりなんだもの。
ということで、買って読みました。スカルのほうは・・・謎解きの「頭蓋骨」が、それこそが「ミソ」なので、まあ、へ〜・・ほ〜・・という程度ですが・・短編の第一番目にのっていた「ボッティチェリの裏窓」。これがなかなかの題材でした。
中野京子「怖い絵」にも取り上げられていた「ナスタジオ・デリ・ネスティの物語」が中心にすえられたミステリーです。
この絵は、例の不可解な結婚祝いの絵画ですが、馬に乗った騎士が素っ裸の女性をおいまわして惨殺するという可解な主題を持つ連作絵画なんですが、その不可解さが現代の謎と直結する・・というお話です。主人公が絵画修復師という職業なので、壁画の修理をする・・という設定。
おどろおどろしく、大仰な・・というのは、舞台がイタリアというより、なんだかもっと北方のほうが似合います。スリーピーホロウのようなくら〜い「画面」を想定しているようなんですけれどね。
でも、それを一とする短編は、なかなかひとひねりしていあって・・・いやあ・・イタリア行きたいなあ・・っていう小説ですわ。はい。
作成者
乱読おばさん
: 2011年2月11日(金) 20:59
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2011年2月8日(火)
やはり面白い・・・。
「ナポレオン フーシェ タレーラン」(鹿島茂・講談社学術文庫)は、なかなか手出しできませんでした。
というのも、もともとのタイトル「情念戦争」という文字について、いささかためらいがある・・というか、もう少し「勉強してから」でないと、ダマされるというか・・まあ、ある意味、この「情念」という言葉にいかがわしさ・・まではいきませんが、なんとなく・・まあ・・うさんくさいような気がしていたわけですよ・・早い話が。
でも・・まあ、ついに読みましたよ。
で・・たまらなく面白かった! 「情念」は単なる分析道具ですが、3人の人間の個性がとっても楽しい。情念戦争・・・まさしくそれかも・・。
で、この本の前書きにもあるとおり、マルクスとフロイトという現代の2大「思想家」に翻弄された20世紀と言う時代の果てに何があるのか・・ということで、これまたもう少し古いシャルル・フーリエという思想家の「情念」の概念を持ってきているのですね。
情念ってなんじゃ?ってことですが、これがややこしいので、まあおいといて、フーリエが述べた13段階にもあたる情念の最後から二つ目以下の3つの情念、つまり情念ナンバー10、11、12をそれぞれ、陰謀・移り気、熱狂とされているわけです。
これをまあ・はあ?そらなんじゃ?というのには多分二番目の「移り気」をもう少しカッコいい言い方に変えたら、なんとなく「権威」があるようにも見えるんではないかとも思うんですが、まあ、そういう「訳語」だからしょうがない。むしろ、変幻とか変化(へんげ)、あるいは中国語の「思遷」みたいなのが重々しくていいかも・・なんて思いますが。
とはいえ、この3本柱がこの本の基本なんですね。
で、「陰謀」・・これはもう、誰が見たってフーシェ!に当てはまる。彼は「陰謀情念」の人なんです。つまり、物欲や性欲なんて低次元のものではなくて、彼が心底欲するリビドーは「陰謀」で、これが満たされないと真の充足はないのです。
「熱狂」はナポレオンですね。彼自身がとんでもなく「熱狂情念」に突き動かされ、これが発動すると、何処までも突き進む。つまりは、熱さも痛さも感じないで突撃することができるんですね。こういう人ってたまにいるかもしれませんが(まあ、殉教者なんてのはそうかもしれない)、ナポレオンの場合は、本人の持つ類稀なるカリスマのせいで、周りの人間を壮大に巻き込むってことなんですよ。これが、この時代の歴史の大迷惑?なのかも。しかも、今も尚、世界の国家の戦争という「政治」は、彼の影響下にあるのですよね。
で、残った「移り気情念」。これがタレーランです。「蝶々情念」ともいうらしい。この希代の天才(ある意味すごい人物だと思うのですが)に、名づけて「蝶々」とは・・はあ・・・・でも、そうなのだから仕方がない。ものすごい現実主義ですね。彼は、忠誠とか義理人情とかには縁がない。あくまでも、優雅に楽しく暮らしたいわけですよ。だから、戦場に出て、血しぶきあげての命のやり取りはゴメンだし、陰謀芸術にも縁がない。手段としてそれが必要とあれば、大いに陰謀はしますが、陰謀が大好きなわけではないんですよね。もともと、聖職者で、司教にもなったえら〜い宗教家なのに、全然神がかってません。
ということで、この3つの情念が丁々発止とやりあったのが18世紀から19世紀初頭の、この時代ということで、すごく面白かったですねえ。
それに、女性達・・・特にタレーランをとりまく、「蝶々情念」のまわりには、華やかな夜どころか、昼も、おおぶりの「蝶々夫人」たちがいて、愛人ネットワークを通じて色んなことをやるのはなかなか面白いですね。ここで、はじめてタレーランが、聖職者であったことも有利に生きていたのかなと思いますね。結婚しないでいられるって事は、誰とでも付き合えるってことですからねえ。勿論、彼はナポレオンに言われて結婚しますが、タレーラン夫人のカトリーヌという人は、気取り屋の彼らしくない下品な女だったそうですが、そういう「女性差別」をしないところもいいですね。
フーシェと組んでいたジョゼフィーヌもなかなかだし・・♪
作成者
乱読おばさん
: 2011年2月8日(火) 12:16
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