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下萌えの大盤石をもたげたり
下萌えの大盤石をもたげたり 「下萌」は、「草萌」とか単に「萌」とかいい,早春に草が萌え出ることやその芽をいいます!冬枯れであった地面や道端などから草の芽が想いもかけなく出ているのを見つけ出したときに春が来たことを感じます。特に歩道の割れ目に草が芽生えているのを見ると生命力を感じますね。 古来から下萌は密かに恋い焦がれる想いに例えられてきています。 揚句は、びくともしない巨大な石を下萌が持ち上げているようだ、と詠んでいます。 それはともかく、写実的なイメージだと、奈良県明日香の謎の石を思い出します。丁度訪れたのは早春でしたので、酒船石とか鬼の雪隠とか猿石とか謎の多い石を訪ね歩いたときも巨岩の縁から下萌が顔を面ぞかせていました。そのときは石をもちあげていることは無かったのは当然です。 びくともしないことを盤石といいますから、草が萌えだしてその巨岩を持ち上げることは有り得ないですから、これは写生というよりも作者の想いを詠んでいるのですね。 困難に立ち向かう市井も数がまとまるとものすごい力を発揮することがあります。明治維新について坂本龍馬とか西郷隆盛とか華々しく活躍した人物にスポットが当てられやすいですが、当時民衆に爆発的に流行したのが周期的に発生する伊勢神宮へのお陰詣りだったようです。踊り狂って伊勢参りをしたそのエネルギーが明治維新を下支えしたのですね。 平成維新といわれている民主党政権が、お陰詣りのようなエネルギーに下支えされているかどうかとなると疑問ですね。 作者が高浜虚子だとしると明治維新の空気がまだのこっている時代の心意気が感じられます。 したもえのだいばんじゃくをもたげたり 作者 高浜 虚子
君が代といひ日の丸といふ踏絵
君が代といひ日の丸といふ踏絵 「踏絵」は、「絵踏」の傍題で、江戸時代の切支丹弾圧のために、長崎を中心に九州各地で陰暦2月〜3月に明治4年まで続いたものです。つまり隠れ切支丹を発見するためにイエスキリストやマリア様の絵を踏ませることによって信者であれば踏むことが出来ないことを利用して逮捕して処刑するという惨いことが行われていたのです。 長崎の遊女が素足になって踏絵をするのを見たいために見物人が集まったと伝えられていますが、昔から無責任な大衆がいたんですね。 これが何故季語になったのか定かではありませんが、毎年行われていた行事としてだけでなく歴史の重みがある季語として理解したいですね。 揚句は、公式行事で歌われる君が代という国歌や掲揚される日の丸という国旗はどうも踏絵みたいだね、と詠んでいます。 大相撲やオリンピックの表彰式で歌われたり掲揚されたりする君が代や日の丸が踏絵とかかわるとは思えませんが、学校行事で国歌斉唱や国旗掲揚の時に着席したままの教師を東京都教育委員会が処罰したことが問題になりましたが、作者はこのことに現代の踏絵を感じてしまったのですね。 江戸時代と違って信仰の自由や思想の自由は憲法で保障されているのですが、権力をもってこれらを取り締まることがあるとすれば、それは江戸時代に逆戻りしてしまうかもしれません。 歴史は繰り返されるといいますが、国歌とか国旗っていったい何なんだということを揚句は投げかけているようです。 君が代や日の丸に抵抗なく接することが出来る国民ばかりでないことが複雑にしているのですね。 きみがよといいひのまるというふみえ 作者 石川 裕子
男手に育ちし娘なり針供養
男手に育ちし娘なり針供養 「針供養」は、2月8日に行われる、一年間に使って折れた針を供養する日で、東京では浅草の淡嶋神社の針供養が有名です。 この日に針仕事を休んで折れた針を持って淡嶋神社へ参詣し、神殿前に用意された豆腐や蒟蒻に針を刺して供養するのですが、近年針仕事をするのがめっきり減っていますので、洋裁学校の生徒さんが針への感謝と上達祈願で参詣するようです。 針は縫い針、待ち針、ミシン針などの他に、畳針なども供養されます。これ以外に注射針やホッチキス針などがありますがこちらはどのようにしているのでしょうか。時計の針も一年中休まずに働いていますよね。 針では無いのですが、パソコンで使っているマウスもいわば針の一種ですが、針供養の精神から云えば壊れたマウスを供養することもありではないかと考えます。 揚句は、男手一人で育った娘が針供養に出かけるようになったなぁ、と詠んでいます。 父親がしみじみと感慨深げに詠んだ句ですね。奥さんが亡くなられたのか、離婚したのか事情は解りません。生活保護世帯の母子家族手当が最近復活したようですが、父子家族というのが忘れられているようです。 最近の娘は針をもって縫い物をすることが出来なくなって、ボタン一つも附けられなくなったと聞きますが、娘の成長期に母親がいないと女性としての躾けや教育がおろそかになると云われますが、揚句では暮らしに必要な裁縫を身につけて針供養に行けるようになったことにホッとした父親ですね。 おとこでにそだちしこなりはりくよう 作者 鴨下 晁湖
とまどひのあとの跳躍野の兎
とまどひのあとの跳躍野の兎 「兎」は冬の季語になっています。「野兎」は冬に白くなり広く我が国に分布していますが、小学校などで子どもたちが飼育しているのは「飼兎」です。「白兎」「黒兎」北海道でみられる「雪兎」とか「蝦夷兎」などがいます。 「うさぎと亀」や「因幡の白兎」などの物語に登場するので子どもたちに馴染みな小動物ですね。小学校で子どもたちが飼育している兎が夜間なにものかによって殺されるという事件がありましたが、こころを痛ませる事件ですね。 また学校教育での話しで、小学校の理科の授業で子どもたちに聴診器を使って兎の鼓動を聴かせた話しがありました。命を大切にと観念的に教えるよりも、身近な兎が僕たちの心臓と同じ鼓動をしていることを確認することが大切なんですね。 揚句は、野兎が一瞬ためらったような素振りを見せたと思ったら、まさに脱兎のように飛んでいった、と詠んでいます。 野兎の行動をつぶさに観察していると揚句のような一瞬の動きに気づくのですね。 兎の後ろ足の蹴る力はものすごいパワーですから、瞬間的に敵から逃れることが出来るんですね。 短距離の選手がスタートについた瞬間ありったけのパワーを凝縮して次の瞬発力のエネルギーにしようとします。 揚句では戸惑いの後としていますが、兎が戸惑ったのではなく、作者の想いが反映されているようです。何かを飛躍するのが必要なコトだと理屈で解っていても、いざ実行するとなると戸惑いが生じるのはヤムを得ないことですね。しかしそのとまどいがあるからそれがバネとなって想定以上の飛躍画で来るのかも知れません。 とまどいのあとのちょうやくののうさぎ 作者 雨宮 抱星
きのふけふ風のかはきや梅の花
きのふけふ風のかはきや梅の花 「梅」は、早春を代表する花で、他の花に先駆けて咲くことから「花の兄」とか「春告草」などとも云われ、香りが高いので「匂草」とも云われています。 嵐雪の「梅一輪一輪ほどの暖かさ」が有名ですが、日ごとに温かくなってゆく頃に咲く梅の花です。 奈良や平安時代には桜よりもむしろ梅が愛でられていたのは中国文化の影響でしょうか。菅原道真の梅の歌が有名ですね。東京では湯島天神の湯島の白梅が有名ですね。 梅といえば「白梅」ですが「紅梅」と対をなす尾形光琳の紅梅白梅図屏風は傑作ですね。熱海の梅の期間МOA美術館で期間限定で公開されています。 揚句は、昨日今日乾燥した風にのって梅の香りが漂って来ます、と詠んでいます。 風がまだ乾いているということですから、いまで云えば乾燥注意報がでている天候かもしれませんね。これから徐々に温かくなれば湿度が上昇しますが、早春はまだ乾燥状態で風邪も引きやすいです。 湿度に関して日本人は敏感で、肌の湿り具合でそれを感じていますね。 揚句の作者は江戸時代の人ですから発句ですね。嵐雪の句と同様に梅の花と気象状況がきっても切れない関係で観察しているようです。 きのうきょうかぜのかわきやうめのはな 作者 浪 速