2011年6月22日(水)
今日は夏至。「暑いー ! !」
六月二十二日、今日は夏至。
暑い ! ! 気温がぐんぐん上がり昼には室内で30℃。
ニュースでは各地の猛暑を告げている。
熱中症で救急搬送された人は19日までの3週間に全国で685人にのぼり、うち沖縄県の女性1人が死亡したことが、総務省消防庁の調査(速報値)でわかったと言う。
東日本大地震被災地、宮城県内でも、今朝から夏の強い日差しが照り付け、午前11時の気温は仙台で31度3分、気仙沼で29度ちょうどなど、各地で今年一番の暑さになっているらしい。
気仙沼市内の避難所では窓を開けたりうちわであおいだりしながら暑さをしのいでいるそうだが熱中症にならないようにお祈りする。
一番昼の長い今日、夏至が過ぎると、日脚は、秋、冬に向かい日一日と短くなって行く。
夏至今日と思ひつつ書を閉じにけり (高浜虚子)
作成者
sakakish34
: 2011年6月22日(水) 18:36
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2011年6月11日(土)
津波防災の日
昨日6月10日、超党派の議員立法の、「津波対策推進法」が衆議院の本会議で全員一致で可決されました。
この法案の中で、11月5日が「津波防災の日」として創設されることが決められたそうです。
11月5日は有名な「安政大地震」の津波が和歌山の有田郡廣村を襲った日。
157年前の1854年11月5日(旧暦)、安政南海大地震が起こり大津波が押し寄せたのです。 この時、庄屋だった「濱口梧陵」が津波から村人を救うために、自分の田んぼの収穫したばかりの稲むらに火をつけて、村人を高台に誘導して沢山の人々を助けました。
その後も、私財を投げ打って、堤防を構築。その作業のおかげで、村人に仕事を与え、震災後の生活を支えました。今も美談として語り伝えられています。
堤防完成から88年後の1946年(昭和21年)、広村を昭和南海地震の津波が襲いましたが、この堤防のために被害を減らすことができました。
濱口 梧陵(はまぐち ごりょう)。梧陵は号。名は儀兵衛。当時、醤油醸造業を営む浜口儀兵衛家(現・ヤマサ醤油)当主で、七代目浜口儀兵衛を名乗りました。
津波から村人を救った物語『稲むらの火』は小泉八雲によって世に紹介され、教科書にも載り、そのモデルとしても知られています。
1880年(明治13年)、和歌山県の初代県議会議長に就任して県勢の振興にも努めました。
今、和歌山県庁の県議会庁舎の前庭に、緑の木陰に包まれて銅像が建っています。
東日本大震災の復旧・復興をどのような思いで眺めているでしょうか。
作成者
sakakish34
: 2011年6月11日(土) 21:28
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2011年6月8日(水)
五月晴れ! !
暫く続いた鬱陶しい日から、今日八日午後やっと"五月晴れ"を迎えました。
「冗談じゃない"五月晴れ"って‥‥、もう六月だよ」と声がありそうですが、いやいや、今は
旧暦の五月。これが本当の"五月晴れ"だそうです。 知りませんでしたー。
五月雨(さみだれ)。 陰暦5月ごろに降りつづく長雨。梅雨。つゆ。さつきあめ。のこと。
だから、梅雨の合間の晴れ間の「ほっ」とする晴れ間は「五月晴れ! !」。
週末から、また雨だそうです。
作成者
sakakish34
: 2011年6月8日(水) 16:06
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