2011年12月30日(金)
年の瀬は落語
年の瀬もいよいよ押し迫り、明日は大晦日。
江戸時代や明治の頃は、大晦日に1年の付けや掛けにした支払いを精算する習慣であったようで、集金側と支払い側が丁々発止のやりとりを繰り広げていたようです。
三遊亭圓生師匠の掛取万歳という落語にその情景が見事に描写されています。
集金する側は、
大晦日首でもとってくる気なり
それに対してしたたかに、
大晦日首でよければやる気なり
集金に来る面々にそれぞれが好きなものを題材に言い訳をして行きます。
狂歌好きの大家さんへは、狂歌に凝ったが為に店賃を待ってもらいたいという言い訳をするのですが、言い訳に詠む狂歌がなかなか洒落てます。
貧乏をすれば悔しや裾綿の下から出ても人に踏まるる
貧乏をすれどこの家に風情あり質の流れに借金の山
貧乏の棒も次第に長くなり振り回される年の暮れかな
↓↓↓ こちらに続きます。
何かと慌しくささくれ立った世相ですが、軽妙洒脱な圓生師匠に習って、堅い話ばかりしてないで、すこし緩く考えても良いのでは。
来年はしたり顔で目くじらばかり立てることは一休みして、のんびり・粋・洒落っ気といったことを心がけてみては如何でしょうか。


