Wed, Feb 29, 2012
self portrait
マスクというのはあの臭いがどうにも苦手で長年避けてきましたが、
今回初めて使い捨てのものを着用してみた次第。
瀧 浩明 blank room仕事の合間のペダリングが想像力を豊かにする? |
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マスクというのはあの臭いがどうにも苦手で長年避けてきましたが、
今回初めて使い捨てのものを着用してみた次第。
まだ実物を見たことないかも、と思ったので行ってきました。
*ジャクソン・ポロック展/東京国立近代美術館
120506まで/10:00-17:00(-20:00金)/月休/1500円
近代美術館にしては強引な入場料だと思いましたが、
作家の初期から全盛期、そして晩年にかけての作品を網羅しているので
見応えはありました。
初期作品はピカソに代表されるような、具象を引きずった抽象絵画。
これが意外とうまい。
構成や色使い、曲線のシェイプなど見事です。
しかし作者も言及しているように、これではピカソを越えられない。
でも、作家は結局ピカソが好きだったのだろうなと思います。
それゆえ、後年自暴自棄になり、悲劇的な人生を歩んでしまう。
作家がピカソを越えるためにとった手法は、テクニックの放棄です。
それまでもマレーヴィチやモンドリアンなど抽象絵画の作家はいましたが
どこか古来からの美的意識は引きずっていた。
それを作家はカンバスから筆を離すことで偶然性を持ち込むことにより否定しました。
それは無意味を表現するダダイズムでさえなし得なかったことで、
画家の才能や努力さえ無意味だと表明することでした。
それはそれまで誰もやらなかったことではないのかもしれません。
彼の場合、強力な画廊が後押ししたこと、アメリカが美術界でスターを欲していたこと
ニヒルな風貌、自棄的な生活に加え悲劇的最期が決定打となり歴史に名を残したのでしょう。
ぼくが今回の展示で作家らしさが出ていていいと思った作品は3点のみでした。
すべて1950年に描かれた横長の作品です。
それはどこか書画を思い起こさせ、リズムや間を感じ取れるものでした。
無秩序が売りだった作家が後年、ある程度の秩序から評価されるという皮肉。
結局、テクニックを否定しても新たな美的基準が生まれただけでした。
そして作家自らが開けた禁断の穴から後年、膨大なフォロワーを生むことになります。
日本のネオ・ダダなどはいい例です。
フォロワーに埋もれた結果、作家の晩期の作品はもちろん最盛期の作品でさえ
クオリティに疑問がついてしまいました。
作家は40代に入ったころから絵が描けなくなり、44歳で自動車事故で亡くなります。
誰か彼を止めることはできなかったのだろうか?
もし彼が晩年、ピカソまで戻ってくれば平和な暮らしが待っていたのかもしれません。
でも彼は具象に傾きつつも、結局線の美学までは戻らなかった。
そういう意味では潔い人生でしたが。
結局耳鼻科で副鼻腔炎(蓄膿症)と診断されましたが、
症状は子どもの頃と比べると激しい。
急性と慢性の違いでしょうか。
水っぱなが出て悪寒もしたので1月28日に内科へ。
風邪未満という診断をもらい、一応総合感冒薬のようなものをもらい
1週間、飲み続けましたが変化なし。
クスリが切れてからは鼻汁は無色透明から黄色に変わり、
先週24日から突如、頭痛に襲われます。
目の周りから額にかけて、顔を前傾姿勢をとると痛みが走ります。
で、翌25日に耳鼻科にかかったところ冒頭のような診断が。
抗生物質、痛み止め、タンを切るクスリが処方されましたがなかなか改善せず、
昨日は頭痛がやんだと思ったらぶり返したし、今は鼻汁がおさまっているけどどうなるか。
いや、甘くみていました、蓄膿症。
前屈みになれないので新聞を読むのも辛いです。
外食に出ても鼻水が気になって楽しめない。
今日も耳鼻科に行きますが、早く治ってほしい。
given nameというものは自分では選べないものですが、
ぼくは子どもの頃、自分の名前が好きではありませんでした。
広く明るい心を持った子どもにということで浩明になったそうですが
歳とってからも広く明るくなんてただの能天気に思えて仕方がなかった。
浩はおそらく数年前に生まれた浩宮からの引用だろうし。
歳を取った今はまわりに同じ読みの名前の持ち主を多く知って
嫌ではなくなりましたが、でもまだ注文をつけたいところが。
瀧と浩がともにサンズイが付き、似た印象があるせいか、
瀧浩 明と読まれることがあります。
文字の印象も最初の2文字が構築的なのに対し、明はバランスを重視した漢字で
どうにも統一感がない気がします。
一時期はペンネームとして瀧広空というのを考えていたことがあります。
また事務所で使用しているstudio blankというのも同じような感覚で、
自らのアイデンティティになる名前は自分でつけたいという気持ちはいまだ持っています。
最近、流行の名前は大翔とか颯太とからしいですが、
子どもが老人になったときどう思うだろうか、とは考えないのでしょうか。
もしぼくが今オーダーするとしたらindependent fabricationあたりでしょうか。
でも高いですね。チタン+カーボンで5995ドル=48万円。
現実的なところではチタンオンリーになるのかな。
sevenとかmarlinとかも視野に入れて。
あるいはpandaniの阿部さんデザインでamandaとか?
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アメリカのvanilla bicyclesのオーダーは5年待ちだって。すごいね。
昨年から今年にかけて著名人がばたばたと亡くなっている印象がありますが、
ぼくがもっとも衝撃を受けたのはホイットニー・ヒューストンのケースです。
それはマイケル・ジャクソンのときよりショッキングでした。
洋楽において女性アーティストの率は低いと思いますが、
若くして逝去した人というと他にジャニス・ジョプリンくらいしか思いつきません。
ジャニスの場合はその絞り出すようなシャウトから脆さが見えないことはないですが、
ホイットニーは高らかにポジティブに愛を唱うタイプで、陰が見えない。
アフリカ系の女性ということも陰や死というイメージから遠い。
自殺につながるうつ病の罹患率は女性は男性の2倍にのぼりますが、
実際の自殺者数は、男性が70%以上を占めるところをみると、
女性は最期のところで強いという印象があります。
またぼくが足を踏み入れた唯一のブラック・アフリカ、ケニアでの記憶でも、
女性が数人並んで歌を歌いながら陽気にたらいで洗濯している風景が強く刻まれています。
旦那と結婚してドラッグを覚えてから転落していったとのことですが、
彼女の活躍した80年代後半から90年代前半の音楽シーンの影響もあったのかもしれません。
最後のヒットであり代表作でもあるI Will Always Love Youは1992年のリリース。
ロック・ポップス界ではこの頃からヒップホップなどが台頭し、
正統的な楽曲が売れなくなっていきます。
時代の波に飲まれてしまったのかなあ。
それもアフリカ人女性すら巻き込む強大なうねりに。
このところずっと鼻炎が続いていて、子どもの頃、蓄膿症だったことを思い出しました。
いわゆる慢性的な鼻づまりで、正確には副鼻腔炎というそうです。
小学生のときによくかかり、耳鼻科へ通っていました。
結構治療に来ている子どもは多く、ネブライザーと呼ばれる機器を使っていました。
写真のようなもので蒸気を鼻の中に注入するのですが、あまり効果は感じませんでした。
その後、成人するといつの間にか治ってしまいました。
同様に子どもの頃にかかっていて自然治癒したものに、
フケ症、白癬(いんきん、水虫)、ぎっくり腰などがあります。
全般に不潔なイメージがありますが、環境に思い当たることはなく
体質だったのでしょうか。
特にフケ症はどうにもならず、自分から他人を避けているようなところもありました。
あれは辛かったな。
この3つは暴力団等の非合法組織の資金源になっています。
日本国内では非合法とされ、厳しく取り締まられていることもあり、
この国の治安は世界でも屈指の高さを誇っています。
しかし海外へ出て行くと規制が緩かったり場所によっては合法だったりして、
誘惑の手が伸びてくことがしばしあります。
特に男子はなぜかこうした誘惑に弱い。
しかしぼくは海外においてもこうしたものには一切触れないことを勧めます。
興味があるような素振りを見せるとつけ込まれてしまいますし、
ぼくは個々人の理性が日本社会を安全に統治していると思いたい。
建築家にはどうにもできないのが立地です。
どんなにいいものをつくっても、場所が悪ければ生きてきません。
例えば千葉市美術館は市街地からも遠く、最悪なロケーションです。
東京都現代美術館も都心からの距離は短いものの、
最寄りの鉄道駅3カ所からのどこからも遠いという有様です。
せんだいメディアテークも微妙に市街地から離れていて、
あれだけのエポックメーキングな作品が残念なことになっています。
住居系で好ましくない立地となると、幹線道路、鉄道沿い、そして低地といったあたりでしょうか。
前者は防音ガラスに全館空調とすれば住めないことはないかもしれませんが、
エリアの雰囲気自体が廃れてしまっていることが多いです。
後者は水害が心配で、まだ川に直接面していれば日常で環境の恩恵を得られますが、
そうでなければ地盤も悪く、いいことはありません。
やはり前者と同じく、廃れた雰囲気が漂うのも特徴です。
場所でいえば前にHOME'Sによる関東エリアの人気の街(駅)ランキング
なるものがあって、1位-池袋、2位-川崎となっていたのも違和感あり。
東京に住んでいる人間からすると、ともに治安が不安な街です。
交通の利便性から選ばれたようですが、東京の土地に疎い人は
こんなランキングに流されてしまいそうで怖いです。
ぼくは男として、人間としてどうありたいか、あるべきかは
幾つかの小説から影響を受けています。
そのひとつが沢木耕太郎による壇で、
作家、檀一雄の妻、ヨソ子夫人から見た夫、夫婦関係が語られています。
小説、火宅の人で知られるように、一雄は家族を捨て、他の女性のもとに走ります。
しかしそれでも夫人は一雄を憎むことなく、その最期を看取ります。
壇という本では夫人が一雄を嫌いにならなかった理由が幾つか語られています。
ひとつは見合いのときに感じた壇のさっそうとした印象が生涯変わらなかったこと、
そして猥談や他人の悪口、陰口、非難めいたことをめったに口にしなかった、
それを、汚くなかったと表現しています。
悪口や批判をまったく口にしないのは難しいです。
でもそれは本人に直接ぶつければよいわけで、陰口となるとぼくも抵抗があり、
そうした話題で場が包まれると、なんとも居心地の悪い思いをします。
建築家つながりのcさんがなるしまチームの参戦するマスターズを観戦するというので、
kさん、yさん夫妻とともに見に行ってきました。
いわゆるレースというものを生で見るのは初めてです。
11時前くらいに家を出ましたが、今日は風が冷たい。
凍えるように青山通りからアプローチすると交通規制はしているものの観客はまばら。
まだ走っていないのかなと思ったらざーっと集団が通り過ぎていきました。
状況がよくわからず、コース沿いを歩いていくと直線に入ってゴールゲートが見えました。
観客は増えてきましたが、コース脇に2重3重に並ぶような感じではない。
と、sさんと遭遇。随分と久しぶりだけど偶然にはよく会う感じ。
その後、nuさんとも遭って同じグループだと判明。
うーん、二人ともレースってイメージからは遠いですが。
それより連絡先聞くの忘れた。まあまた会う機会はあるかな。
ゴールゲートを過ぎたところになるしまのテント発見。
cさんがいらっしゃって、レースの概略を伺いました。
マスターズは20分後くらいにスタートらしい。8周。
で、またコース際をふらふらと散策。早大と東大の応援部とチアがいました。
レースは思ったほどの迫力はない。起伏もなく短距離なのであまりかけひきもなさそう。
単独で飛び出したりちぎれたりすることなくゴールスプリントへ。
そのスプリントもツール・ド・フランスの映像に見られるようなインパクトはありませんでした。
マスターズの出走近くなってkさん夫妻合流。
そのレースの結果はオバタさん優勝、ヤマケンさん3位となるしまの圧勝。
新婚のオバタさんは夫婦仲良く写真に納まっていました。
と、ここでnaさんと遭遇。その後、bさんとも遭いました。
こちらは忘れずに名刺交換。この日は観客が少ない割にはいろんな人と会えました。
スポンサーの日直のブースには電動カンパのデ・ローザあり。
一方、なるしまのブースには電動アルテの試乗車があり、いじってみましたが
どうも変速のタイミングがワンテンポ遅い感じ。
でもオバタさんも電動デュラつけていたから、実用性はあるのだろうな。
マスターズの表彰が終わって一息ついてから皆でなるしま本店へ。
ぼくは足を踏み入れるのは何年ぶりかという感じ。
リュックのvelocityが置いてありました。pandaniの輪行バッグも発見。
まあたまには覗いてみるものだ。
ここで解散してぼくは2時頃帰宅しました。
私みたいなヤツを会員にするようなクラブには、絶対に入りたいとは思わない
--ウッディ・アレン
ひねくれてますね。(笑)映画、アニー・ホールでのセリフです。
でもこのジョークは聞いた時からずっと心にひっかかっています。
これはぼくそのものを表しているのではあるまいか。
女性関係は別として、群れっていうのがよくわからない。
群れ方も知らない。
子どもの頃からぽつんと取り残されるか、
群れの最後尾についてまわるかのようなタイプでした。
だから群れを引っ張るなんてとんでもない。
ぼくごときが群れに貢献できるようなことなどありはしない。
なんか勘違いしてか近寄ってくる人もいますが、それは幻想です。
ぼくはあなたになにもしてやれない。責任も取れない。
それはすぐにわかるでしょう。
このところ、HPを少しいじっています。
加入している住宅プロデュース会社からPDFファイルによる作品集を求められ、
それがようやく完成したので、事例ごとに分け、抜粋したものをトップページに置いています。
t邸カタログPDFファイル (21.7MB)
s邸カタログPDFファイル (36.1MB)
s2邸カタログPDFファイル(11.1MB)
プレビューと比べるとAcrobatReaderは再現率が劣りますね。
また、この間ブログで随時発表していたGRD3による写真を、
モノクロのものに絞って、まとめて掲載しています。
モノクロームの森
よろしければご覧になってみてください。
南青山の新鋭イタリアンに行ってきました。
基本的にカウンターがメインの小さな店舗ですが個室に通されました。
一皿あたりの量が少ないものの、結構な量が供されます。
料理が出てくるのに時間はかかるので、時間があるときにゆっくり楽しみたい。
味はシチリア風でかなり凝っていますが、どこかで食べたような感は否めません。
8500円のコース一品で、安いかなと思ったらサービス料やなにやらで結構な出費になりました。
最後にシェフの挨拶があり。あまりに若くてびっくり。30代前半くらいではなかろうか。
で、今回は数ある記念日のうち、おつきあい記念日で正確には2月10日。
連れ合いとの付き合いも8年になりました。
8年前に返事をもらった瞬間の喜びはいまだ越えられていません。
もともと社会での成功などより、好きな女性に惚れられることの方が
より多くの満足感を得ると考えてきました。特に30代以降。
なのでぼくは集団に対してはまず女性の信頼を獲得することに力を注ぎます。
男性対男性の争いは無意味です。むしろいかに抜け駆けして、
女性と付き合うかの方がよっぽど重要だと考えます。
バレンタインのチョコは少年時代のあこがれだったので、
それを取り返すべく、毎年、連れ合いにリクエストしています。
で、今年頂いたのがこのふたつ。
パフェのような形をしているのがグラマシーニューヨークのジェリーチェリー。
食べるのがもったいないきれいなデコレーションです。
下の円弧状の箱がGIOTTOのシャンパーニュ。
お酒が入ったチョコが6個入っています。なかなかおいしかった。
今年もお洒落なのをもらったのでホワイトデーのお返しはまた開拓しないとな。
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