Sat, Feb 4, 2012
なぜ登る
B.Cオリジナルに連載されている岳 みんなの山でエベレスト遭難シーンが描かれています。
悪天候のなか撤退しようとするも客の壮年夫婦が、こんなところで引き返すために
大金を払ったんじゃない、と反対します。
結局強行した結果衰弱してしまうのですが、そんなにまでして登りたい欲求というのは何か。
悪天候で撤退するのだから、山頂からの眺めなど望めるはずもない。
ただそこに立ったという記憶が残るだけです。
ぼくは高所恐怖症というのもあってか、山登りというのはいまひとつ魅力を感じません。
まだエアーズロックやワイナピチュ登山にこだわった連れ合いの方が向いているのかも。
ただ視覚的ものづくりをしている人間からすると、見たことのないもの
行ったことがないところに引かれるのは事実です。
その欲求と命の安全との天秤で後者が重くなってきているのかもしれません。
行ってみたいところの頂点は宇宙でしょう。
今やお金やコネ次第では民間人も宇宙に行ける時代になりつつあります。
しかしその場所的特殊性から命を落とす確率はかなり高くなるはずです。
あれだけスペースシャトルを飛ばしながら、帰還時の事故は1回というのは少ない。
ソユーズやアポロのカプセルなんかに比べると船体表面積は格段に大きく、
それだけ危険度は高かったはずです。
それに比べたら飛行機は安全な乗り物と言えるのかもしれませんが、
ぼくは今でも機体が離陸した瞬間には安堵感を覚えます。
昔、マドリッドからニューヨークまで飛んだとき、機体が無事着陸したときに
機内で拍手が沸いたのを覚えています。
いかにもラテンのノリだなあと思いましたが、スペイン人はそこでひとつ命が救われたこと、
つまり飛行の危険性を自覚していたのかもしれません。
まあただの習慣かとは思いますが。

