2006年12月28日(木)
「今」を考える
この国では、年の暮れに近づくと「忘年会」なるパーティーが盛んになる。この一年を忘れようという名称を掲げながらも、実のところは飲み食いの機会をつくって気分をかえようという以上の意味のない集いである。
嫌なことは忘れたい。いいことは覚えておきたい。しかし、実際はそうもいかない。忘れたらいいことが忘れられない。
過去を忘れないで生きているのが人間である。「今」の自分も過去の総決算として在る、と考える。
だから、「今」を知らない。「今」は一瞬に去っていくので過去の「ある時」になってから、なんとか、考える対象にしやすい。
しかし、「今」はたいへん大事なのである。途方もなく大事なのである。「今」において、人間は自分の自由意思を発揮して行動を起こせるからである。その唯一の機会が「今」である。昨日のことも、明日のことも、行動できない。頭で考えるだけだが、「今」はおもうままに活用ができる希な機会なのである。
なのに大方の人間は「今」をうっかりやり過ごしている。「今」は無理だという。「今」はまだ機が熟してないという。明日、いや来年からやるという。
「今」を活用しないで、先延ばしを続けていると、100年生きても、なにも自分のおもいのままに出来なかった人生になる。
作成者
アナーキー・タケシ
: 2006年12月28日(木) 15:23
[
コメント
: 20]

