Saturday, March 7, 2009
ぶれない ファイナンス理論
つい先頃、有名な日本の経済学者の中谷巌さんが「懺悔」して話題になった。
中谷さんの本は読んではいないが、ビデオニュースで彼のしゃべるのを聞いて驚いた。彼は、どうも彼の専門である現代経済学そのものを否定して「懺悔」しているように聞こえるのである。
よくもまあ大胆にという思いと、何もそこまでという印象を受けた。
今回のサブプライムローン危機に端を発した金融危機の中で、金融工学を「悪魔」の学問のように声高に批判する人たちがいる。
ただ、理論の中身を本当に理解する人にとっては、「それは無理でしょう」という議論がたくさんある。
たとえばオプション理論だけを否定して、コーポレートファイナンスの理論は、問題ないなどとは言えないのだ。たとえば、ブラックショールズのオプション理論と、コーポレートファイナンスのMM理論は本質的には同じものなのだ。
投資理論は否定するが、資本コストの概念だけを受け入れて使うことことは不可能だ。投資家が企業に資本を供給することを理論だてたのだから少し考えれば当たり前のことだ。
ディスカウントキャッシュフローによる価格つけは信じていない、市場価格は需要と供給で決まるという人もいるが、これも何を言っているのか意味不明だ。
需要と供給から価格を出すには、需要関数が必要だ。ディスカウントキャッシュフローによる価格つけは、その需要関数を導く方法なのだ。このほかに、どうやって需要関数を導出することができるのだろうか?
つまり、すべては一つの学問体系の中にあるのだ。その一部を否定して、都合のいい部分だけを使うということは矛盾した論理なのだ。理論体系を理解した人間ならそれがわかるはずだ。
こう考えると、中谷さんの「懺悔」の意味が少しわかったような気がする。倫理的な善悪はともかく、彼にとっては、すべてを否定するしかなかったのだ。
少なくとも、彼は現代経済学の理論体系の成り立ちを理解していると思う。
ただ、残念なことにもし彼が本当に経済学の専門家なら、経済学の言葉と論理で現在の金融危機を読み解こうとしただろうに、そうでなかったことは非常に残念だ。
それを否定した彼は、その後、どうするのだろうという疑問は残るが、それは彼が決めることだろう。


